パラレル・バーチカル・ウロボロ   作:馬憐狼詩

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第十二話 【アルカナ編】箒レースを観に行こう【饒舌、僥倖、蠢き】

第五層六界-アルカナ

世界歴 104679年4月24日 10時8分

──────

 

半数が我儘と思い、もう半数がプロの思考と認める。

この空間には期待と不安が、物の見事に両立していた。

 

「(確かに、この子らは護衛なわけだし、腕の立つ探偵と聞いて依頼したわけだ。犯人がここに来ればそれこそ罠に掛かりに来たネズミそのもの。しかし……)」

 

マッシが何で悩んでいるかを察していたがあえて彼の言葉を待った。

 

「ちなみに『マンリーファンじゃありません』は通用しないよ。携行してる箒が2人ともマンリーだ。しかもそのデカい方のマシンはマンリーの一番いいやつだろ? たしか」

 

ジョージが絡んでくる。さすが幼いころからサーキット一筋なだけはある。

一般航空道走行用の免許を持たない彼はR10Bをちゃんと認識していないんだ。

 

レースマシン以外に興味がない、というよりは考える機会がないといった方が正しいだろうか。

だから箒レースファン、かつマンリーファンなら喉から手が出るほど欲しいR10Bの名前すら把握していない。

来季からマンリーに移籍しマンリーファクトリーのライダーになることが決まっているのに、だ。

 

「いいですか? 私たちは探偵のプロです。皆さんが私の格好に意見したい気持ちはわかります。もちろん中継映像にも映るでしょうから話題にもなるでしょう。しかし、結果として犯人を捕えれば?」

 

問いを投げかける。

 

スポンサーの兼ね合いもある。チームの運営や世間的な兼ね合いもある。

プロの探偵の作戦とはいえ、敵チームの服を着た人間をピットに入れるというのは本来なら天と地が裂けてもあり得ない。

 

唯一の望みはラピスとウルトが若く、何も知らない子供のように世間に映ること。

そうすればエイプリリアが責められることもないか。

 

ジョージに関しては単にマンリーファンだからその服着てんでしょ? といった具合にちょっかいを掛けてくる。

 

そう、すべての真実はラピスがマンリーファクトリーライダー、ファビオ=クアッタからサインを貰うための我儘。

それを上手く言いくるめたいだけ。それ以外の何ものでもない。

 

「(胃が痛い。なんでラピスはここまで我を通せるんだ)」

「(ウルトはんも調子合わせとるさかいな。姐さんの腹ん中思たら、末恐ろしゅうてしゃあないわ)」

 

「わかった。服装は好きにしてもらって構わない。当チームを囮にする作戦も同様に好きにしてくれ」

「マッシさん、ご理解ありがとうございます」

「ただ確実に犯人は捕まえてくれよ? 被害が出なければいいでは済まない。その服装は問題なんだ」

「任せてください。犯行は今シーズンの全レースで起こっていますよね? なら今回もきっと現れますよ」

 

マッシが折れた。完璧だ。

 

「ハハッ、ところで君たちサイン要らない? ブルームジーピーファンなんだろ、しかもベズの」

「おいジョージ、よく自分から言えるな。ッたく。もちろん、サインなら書くよ」

「本当ですか!? ありがとうございます! 2人のサインが貰えるなんて光栄です!」

「ちょっとウルト。お2人ともありがとうございます。もちろんとても嬉しいですがこの任務が無事完了したら頂戴します。心に隙を作りたくないので」

 

わかったよとジョージが言って、笑顔で肩をすくめる2人。

 

「マッシさん、今はメカニッククルーの方々はピットにいらっしゃいますよね? 犯行手口は、ピットが手薄になった際にメンバーになりすまして行っていると聞いています」

「どちらもその通り。それに犯人が各チームメンバーを把握していると我々も考えているため全員ピットから出ないように指示をしている」

「であれば今は護衛は不要と考えます。護衛開始は本戦開始前のサイティングラップからと思いますがどうでしょう?」

「こちらは被害なく、かつ犯人を捕らえてもらえればそれでいい。よろしく頼むよ」

 

クールに見えるが、マッシの内心はきっとドキドキだろう。

マンリーシャツを着た人間がピットを徘徊し犯人を捕まえなかった場合は各方面から叩かれる。

 

「かしこまりました。では私達は依頼完遂のために早速調査に向かいます」

「あぁ、そうそう。支障は出ると思うが箒は置いてってくれ」

「かしこまりました。護衛任務につくタイミングでこちらのトレーラーで預かってもらいます」

 

制止される間もなく、部屋を後にする。

結果、箒を携行する2人。今頃マッシはどんな顔をしてるだろうか。

 

「さて、第1フェーズ完了ね。次はマンリーファクトリーのトレーラーに行ってファビオからサイン貰うわよ」

「お前さあ、いい加減にしろよ。俺は恥ずかしいよ、マジで。みんなお前の我儘ってきっと気づいてるぜ」

「さすがのワイでも、ちぃと引き気味やわ。ようそないガツガツいけまんな」

 

幼稚とも、信念が固いともとれるラピスの行動。

それにはウルトもヘラクレスも、すでに疲れ切っていた。

 

「いいのいいの。二度とないチャンスよ。それにウルトなんか彼等の記憶にも残んないわよ。このくらいガツガツいかなきゃね」

「せっかくの方向性がおこがましいんだよ」

「本当は今度のエスナーフグランプリで護衛したかったけどねー」

「はいはい、ファビオの母国グランプリね。マンリーの護衛が良いだの、エスナーフが良いだの」

「いやぁ、なんやろな。たぶんラピス姐さん、えらい長生きしまっせ。ええ意味で、ずる賢い言うんか、我がよう通っとる言うんか、そう思わせよるわ」

「今に本気なのよ」

 

そう、こんな機会は滅多に、いや一生に一度しかない。

ガツガツ上等。

ファビオのサインを入手し、スターの記憶に自分が残るなら、どんな形であれ嬉しいね。

 

運と言うのは良いときはとことん良いものだ。

 

マンリーファクトリーのコンテナを探している最中、ラピスの真打が突然現れた。

 

「キャーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

 

突然響き渡る歓声。

ある者は絶叫と思い辺りを見回し、またある者は黄色い歓声と捉え叫ぶ人間の見つめる先を見た。

 

「ファビオ!!! アーーーーー!!!!!」

 

ラピスの咆哮の先に、ファビオその人がいた。

 

キャップにサングラス、それにイヤホンをしている。

それなのにも関わらず周囲の雰囲気か、はたまたラピスの声が届いたからか、こちらを振り向いた。

 

「ん? 君マンリーファン?」

 

イヤホンを外しラピスに喋りかけるファビオ。

 

「はい! マンリーもだし、あなたの大ファン! あなたに会うために今日は来たの! お喋りもだけど、その、握手とサインをお願いしたいわ!」

「そうなんだ、ありがとうね!」

 

ファビオと握手を交わし、すかさずマナペンを渡す。

 

「(うわー、ラピスは準備いいなー。てか渡したマナペン、個性じゃねーか! また高いもの買ったな、しかも白黒切り替え可能かよ)」

 

──個性のマナペン

書いた本人のマナが込められたマナ消し(マナ消しゴム)じゃないと消えない強力、かつ高級なペン。

 

ラピスの身に着けるキャップ、シャツ、ショートパンツにマナケー(マナ発源携帯連絡機)背面。

極めつけはR10Bのフレーム、ありとあらゆる物にサインを書いてもらう。

 

「なあラピス、もうそのくらいにした方が、ファビオにも悪いし……」

「あ、このサングラスの左のレンズの端っことテンプルにも! これ去年の前半にあなたが着けてたモデル!」

「気づいてたよ、箒も僕のグラフィックにしてくれてるしホント嬉しいね! 他にサインは? どんどん書くよー!」

 

ブルームジーピーに全然関係ない靴にもサインしてもらい、やっとラピスの気持ちが落ち着いた。

 

「ファビオありがとう! これからもあなたを応援するわ、マンリーだろうと何処だろうと」

「ハハッ! それは嬉しいね。これからも応援よろしくね!」

「(やべえ、ファビオ良い奴過ぎてこのやり取り見てるだけで心が温まるぜ。これが神対応ってやつか)」

「(姐さん、めちゃくちゃ女の顔しとるやないか。違う意味で、えらいレアなもん見せてもろたわ)」

 

その場をあとにするファビオ、手を振って見送るラピス。

目には涙が浮かんでいる。

 

「いい? これが人生を生きるということよ。……ハァ、もういつ死んだっていい」

「良かったな。こんなお前を見るのも最初で最後なんだろうな」

 

人生最大の幸福を今。たった今、最大限に享受している。

 

ああ、もうこれ以上の絶頂的な幸福は、今後の人生では考えられない。

 

でもいいの。

言い方を変えればこの幸せを享受できない人生なんて生きている意味がない。

 

だって死ぬその瞬間に後悔するから。

ファビオからサインを貰えなかった。喋れなかった。そんな人生って。

 

「さ、エイプリリアに戻るわよ! 汗かく前に全部着替えないとね! 替えの靴がエイプリリアのシャツに合わないけど気にしなーい!」

「替えの靴って、興奮して適当にサイン貰ってたわけじゃねーんだ。てかさっきチームにマンリーシャツでいくって言ったじゃねーか!」

「そんなもん撤回するに決まってんでしょ。まさかこんなに早くサインを入手できるなんて思ってなかったんだから」

「ほな最初はエイプリリアの格好で挨拶しといて、情報集めるタイミングでマンリーの格好に着替えたらよかったんちゃいますの?」

「ハァ、ヘラクレスちゃんさ、ファビオも『マンリーファン?』って聞いてきたでしょ。恰好が大事なの。なんならパドックに入る前からマンリーの恰好しときゃ良かった説まである。ま、サインを貰えたからもうどうでもいいけど!」

 

チョー絶、イージーになった!

服もエイプリリアのを着れば犯人を捕まえなくても良いでしょ、被害さえなければ万事オーケー。

 

──しかし、ラピスの陽気な心中をよそに、不穏は水面下でしっかりと蠢いていた。

「(あのガキども、見ない顔だったな。エイプリリアファクトリーの関係者、か。マンリーのシャツ着てアホか? まあ親戚かなんかだろ。ガキの子守で手薄になるピットを狙うか)」

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