第五層六界-アルカナ
世界歴 104679年4月24日 13時46分
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「ん? どおした!? 何かあったのか?」
「ゴホン。いやあね、スペアのパーツを取りに」
「そうか、間に合うか!? 大丈夫だよな?(あからさまに声が別人だな)」
「もちろん、マシンに異常があるわけじゃない。念のためさ」
メカニックの会話をピット裏で聞き、笑いをこらえる双子。
このウォームアップラップ前の時間にピットにくる奴は適当にあしらうようにとミーティングで共有済みだ。
誰か来たらラピス達のところに誘導するように、と全ピットクルーに伝えている。
「スペアのパーツならパーティションの奥に用意している。早めに頼むぞ!(まさか本当に犯人が来るなんて)」
「ああ、わかってるよ。(フッ、ちょろいな。パーツを持ってとんずらだ)」
ピットボックス内はライダーの空間やガレージなど、個々のエリアを区切るためにパーティションが使用されている。
ラピス達はその裏で犯人が来るのを待った。
「あれれー? さっきコースに行ってましたよね? 何か問題でもあったんですか?」
「ん? ああ、いや、順調だよ。念のためスペアパーツを取りにね。(ガキ共がこんなところに居やがった)」
わかりやすく感情が顔に出ている。
双子を邪険に思っていることが手に取るようにわかる。
「君たち、今からレースが始まるしあっちに行った方が……」
「合言葉は?」
「え? あいこt」
「アウトー! ゲンコウハーン!!!」
合言葉を聞くウルト、高らかに叫んで見せるラピス。
──弾指
──ドッ!
鳩尾にハーレクインを喰らわす。
「ッウ! っっくうぅぅ……」
──弾指
ハーレクインを操作し瞬時に拘束する。
ハーレクインが液体のように男の体を這う。
両手を後ろ手にし小指どおしを嚙み合わせ固まり、首輪のように首に巻き付き、小指の拘束と首の拘束が背骨に沿うように繋がった。
さらに正座の姿勢で両足の足首を拘束し、それも指の拘束に繋げる。
ハーレクインを使用した蓑虫縛りと蛯縛りのハイブリッド。
この状態で無理に動けば首が締り小指も悲鳴を上げる。
まあ、満足に体に力は入れれないけど。
「さあ、仲間の居場所を言いなさい」
「わかった、降参だ。頼む、少しでいいから緩めてくれ」
ラピスが犯人の体を軽く蹴った。
バランスを崩し、首が締り関節に激痛が走る。
「っい!」
ウルトが肩を支え正座の姿勢に戻した。
犯人の顔が一瞬で赤くなり、涙が頬をつたう。
「仲間の居場所を言え。もう一回、腹に鉄球喰らうか?」
ピット内は火気厳禁。ウルトのジッポは使えない。
火責めができないことにはウルトはサポートに回るしかない。
淡々とラピスが詰める。
「5,4,3、n……」
「仲間なんていない! 単独だ! 俺一人だ!」
「俺? あんた男なの? 顔変えてるよね、成り済ましてる。それに単独である証拠は? 自分を証明しろ」
「自分の証明ぃ……」
「5,4,s」
「警備員をやってる! ふとブルームジーピーのパーツとか金になんじゃないかって魔が差して!」
なるほど、こいつ顔の変装を解けばパドックの出入りを管理してた係員あたりか?
確かに警備員ならあらゆるチームの観察はできるか。
「なんで今回このピットを狙った?」
「休憩で警備の交代をしたらお前がマンリーのシャツを着てるとこ見て。ガキだし、エイプリリアファクトリーの関係者って言ってたし」
「それで?」
「ただでさえメンバーの親戚と思ってたのに、そいつがエイプリリアに向かいながらマンリーってバカかってね。それが理由さ」
「つまり世間を知らない子供がいるチームはリスク管理がガバガバだと考えたと。その証言はちゃんとエイプリリアファクトリー陣の前でも言ってね」
「(マジかよ、ラピスの我儘から始まった嘘が本当になっちゃったよ。俺も調子合わせといて良かったー。探偵としての面子が保てる)」
噓から出た甘美なる実をもぎ取った双子。
「ブルーム3やブルーム2じゃなくてブルームジーピーの方が価値があr──」
「じゃあね、おバカさん。グッナイ♪」
一瞬で傾く視界、混濁する世界。
ラピスのグッドナイト発言の直後、ハーレクインが犯人の顎に綺麗にヒットした。
気絶し魔法が切れる。犯人の顔が変わりパドックの出入りを管理していた警備員に変わった。
「やっぱりこいつか、言動的にパドックの入り口にいたやつだと思ったけど」
「こんな顔だったっけ? 何はともあれ、かわいいおバカさんゲット! ライディングハイだね」
「まあ、そうだな。一段落したし、さっさとマッシさんに伝えよう。そしたらブルームジーピーだ!」
状況をピットボックスのメカニックから、コース上のマッシに報告してもらう。
すでに犯人らしき人物と対峙していることを伝えてくれていたようで、連携はスムーズだった。
レース開始がまもなくということもあり、コースに出ていたメカニック達が帰ってくる。
「君たち見事だよ、ありがとう。結果をしっかり出してくれたことを評価する。それ以上に、感謝の気持ちしかない」
「光栄です」
マッシが単刀直入に謝辞を述べた。
コース上のメカニック達の動向を、マッシの肩の上から見守っていたヘラクレスが、ウルトの肩に飛び移る。
「ただ、すまないが私による状況確認は後にしてくれ。レースが始まる。ライダー2人にはまだ伝えてない、集中が最高潮だったからな」
「もちろんです。犯人の拘束は完璧です。捕縛の確認はいつでも問題ありません」
「そうか、私はすぐピットウォールに行く。過程より結果を尊重するからな、この意味わかるだろ? おい、2人に椅子を」
やった! 犯人を逃さなければ、レース観戦していいんだ!
思わずお互いを顔を見る双子。
犯人は人目にも中継にも触れない、ピットボックスの端に座らせている。
「いやぁ、さすがあんさんらや。お手柄やったな」
「当たり前でしょ、これくらいやらないとね」
「それでも内心はドキドキだったぜ? 窃盗されなきゃ良いだけの任務だったのに、捕縛というプラスアルファが必須の雰囲気だったからな」
「別にいいじゃない、結果オーライ。しかも私の言葉通りに犯人はこのピット襲ってんだから」
「(まあ、それはそうだけど。けどこれは偶然だろ)」
しかし堂々たるラピスの態度に、『やはり実力か?』と結果の過程に対して意味のない疑問を抱く。
「ま、神さんはサイコロなんぞ振らはらへん、っちゅうこっちゃ」
14時00分。
レース開始時刻。
──ッバァァァアァァン!
幾重もの重厚なサウンドが鳴り響き、追って歓声が聞こえてきた。
箒のエキゾーストサウンドが移動していきウォームアップラップが始まった。
「あぁ、すでに人生最高の日だ。お願い、勝ってねファビオ」
ラピスはすでに仕事気分は無いらしい。
ピット内のメカニックが引いた顔でラピスを見る。
「(あーあ、ついにファビオファンも曝け出したよ。一周回って俺達の面子を潰してんだよなー。……まあいっか)」
エイプリリアファクトリーのピットボックスでマンリーのエースを応援する暴挙。
「あ! ほら! ファビオがいつものルーティンのウォームアップラップの最後尾走行してる! ……ここで見れるの感激。いま死んでもいい」
「ラピス! (もう勘弁して、これ以上俺の胃を痛くしないで)」
「は? 死んでもいい、は例えでしょ? ウザ」
「そうじゃねーよ!」
「(ウルトはんも難儀やなぁ。ワイは知らん顔しとこ)」
ヘラクレスだけでなくメカニックもウルトに難儀を感じる中、ライダーは各々のグリッドに着いた。
「(始まる)」
高出力なエキゾーストサウンドが鳴り響く。
スタートに備えマナの出力を一定にたもつ。
レッドシグナル5つが点灯した。
──ライツアウト
シグナルが消灯し、レースが始まる。
人馬一体の22機が我先にと第一コーナーに突っ込む。
「よしっ!」
ホールショットをベズが取る、ジョージはスタートを成功させたマシンに抜かれ順位を下げた。
1周、また1周と周回が重なる。
スタート直後の乱戦も徐々に各順位争いのグループに分かれていく。
──セレッホサーキット
1周、約4.423km。左5、右8の13コーナーがあり、最長ストレートはわずか607mと短い。
レースは25周で行われ、110.58kmを走破する。
サーキットは地上に位置し、箒レース以外にも馬車(車輪付き走行魔具の総称)レースなどで使用される。
レギュレーションで厳格に飛行可能高度、及びコース範囲が決まっている。
コース状に浮遊する複数のビットとビット間を繋ぐ光が飛行可能範囲の確認指標になる。
範囲外飛行、つまりコース外飛行を繰り返すと、3回で警告、5回でロングラップペナルティが科される。
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レース終盤、3人のライダーが転倒(転倒認定エリアまで車体、またはライダーがコースから逸脱)している。
2人がリタイア、1人はただのオーバーランのため、箒もライダーも無事でレースに復帰しているが最後尾を走行している。
「クソッ! 今年のマンリーも遅い! ファビオが可哀想じゃない!!!」
ラピスの推し、ファビオは現在8位。後続のライダーとはコンマ0.4秒差、射程圏内を逃げるように飛行している。
マンリーは近年、苦しい戦いを強いられており、数年前までの黄金期は見る影もない。
他メーカーと比べ、ブースターパワーは弱く遅い。
ブレーキホバー時のダウンフォースも弱く、コーナー立ち上がり時の加速への移行が遅れる。
「子供の頃からマンリーを応援してる身としては毎戦、胸が痛いよ」
「ほんとそう。ファビオ、来年からウィンフィーに行っても私は応援するよ」
「マンリーからしたら、昔から永遠のライバルのウィンフィーに移籍するってのは心中やいかにだけど」
そんな会話をしている間に、ファビオはまた順位を落とした。
「ッチ、ソールもなくなってきてる」
ブルームジーピーともなると、エアグリップソールはレースごとに交換される消耗品にすぎない。
レースではエアグリップソールのマネジメントがとても重要だ。
消耗しすぎると転倒しやすい、そのためラップタイムが落ちてしまう。
残り3周、ドラマは待っていた。
ベズの後ろで虎視眈々と2位を飛行していたドゥカッティーニファクトリーのエース、マークが転倒。
さらにその後ろ、3位を走行していたマークの弟、アリクスが兄の転倒で2位に浮上すると、即座にベズを抜いてトップに躍り出た。
ベズはエアグリップソールの消耗が酷く、アリクスを抜けないままペースを維持し2位でフィニッシュ。
ジョージは何とか順位を上げたが4位でフィニッシュとなり、ファビオは14位で終わった。
「うわー、マーク飛んじゃったかー」
「けどやっぱりベズは速いね、ウルト的には1位じゃなくて残念だろうけど」
「うーん、でもピットボックスで観戦できたんだ。最高だよ」
「確かに、最高だった。あーあ、ファビオが年間王者に輝いたあの年の栄光が、エスナーフの国歌が思い出せなくなっていく」
ピットボックス内でモニターを見ながらレース観戦をした双子。
カメラに撮られ世界中継に何度も映り、解説に『メンバーの親戚でしょうね~』なんて茶化されていたことを2人はまだ知らない。