第五層六界-アルカナ
世界歴 104679年4月24日 14時48分
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「いやー、今回のレースも素晴らしかったですね」
「ですね。結構ベズもソール終わってて、グリップに苦労してましたからね」
「そうですね……ん? これはマンリーのファビオとウィンフィーのミアのパッシングシーンですね」
「あー接触してる。だからファビオが結構、順位を下げたんですね。接触あったんだ」
「そしてこれはエイプリリアファクトリーのピットの様子ですが……」
「なんか、この女の子怒ってる? 接触でファビオが順位落としたからですかね?」
「あー、立ち上がって画面に向かって中指を立ててますね」
「っぷ! エイプリリアファクトリーのメンバーの親戚でしょうねー」
中継の実況と解説が今日のレースシーンを談義中。
まさかリプレイ映像でラピスがウィンフィーのライダーにキレているところが映るとは。
眉間を八の字にし暴言を吐くラピス、自身も驚いた後にラピスをなだめるウルト。
「ん? 一瞬、モニターの中継映像に俺達映った?」
「知らなーい。それより見て、ジョージが汗だく。汗だくの生ファビオを見たくなってきちゃった」
「あんまふざけんなよ?」
「は? ガチだけど?」
「いやいや、ガチやけどってキレ方もおかしいですやん」
レーシングシートに座り、興奮気味にスタッフに説明をするジョージ。
ベズは二位でポディウムを獲得したため、表彰会場へ向かっている。
そのため、ピットには戻ってきていない。
「よし! 2位だが最高だ! ジョージも4位。皆! いい仕事をしてくれた!」
マッシがその場にいる一同に労いの声を掛け、ベズのもとへと向かった。
「マシンが途中、暴れることが数回あった! これはソールマネジメントがザルだったからじゃない!」
「ああ、立ち上がりだろ? そこ以外はどうだ?」
レース後の疲労感の中で、得た物のすり合わせ。
ジョージとスタッフが必死のあまり、喧嘩にも似た形相でやり取りをしている。
「スゲー、やっぱ俺らブルームジーピーのピットにいるよ。あの中継の口パクが、今は声聞きながら間近で見てるよ」
「そうね。けど早く犯人を渡したいし、早く表彰式終わんないかなー」
ピット内のモニターには、ベズのインタビューがちょうど流れた。
「今日はとてもタフなレースだったよ。後ろのマークがなかなか引き離せなくて。アリクスに抜かれたけど、ポディウムに上がれたのは嬉しいね。家族、スタッフに感謝です。ナイアプスの皆さんも、ありがとう」
ベズは本当にいい奴だ、見ててわかる。
なんせインタビューの最後には中継カメラのレンズにチューまでする。
明るいキザなヤツだ。
「あーファビオのカメラキス見たいなー。自宅の部屋で一人でコッソリ」
「ファビオがやったことないだろ! てかそういうこと弟の前で言うなよ! キモいんだよ!」
「ガキが」
「姐さん。一応ワテからも頼んまっせ。ウルトはんが難儀や」
その後のピットボックス内はそれはそれは祭りの様だった。
一通り言いたいことを言って、椅子に凭れるジョージ。
ポディウムではライダーにトロフィーが渡され、その後シャンパンファイトが始まる。
ピット内のメンバーはモニターに食らいつき、歓声を上げる。
ジョージも悔しさは滲ませながらも、笑顔で拍手を送っている。
「失礼。楽しんでいるところ悪いが、窃盗犯はどこだ?」
突然、黒いスーツを着た男たちが四人現れた。
リーダー格以外はただのSPのようだ。
「どうも、お疲れさまです。ヘイ、探偵たち! ブルームジーピーの運営の方々だ」
表彰式を見てる最中だというのに。
「こんにちは。初めまして、エイプリリアファクトリー様に雇われているポアロ探偵事務所の者です」
「初めまして。この度はありがとうございました。後ほど、最高責任者からもお礼をいたします。まず犯人はどちらに?」
「犯人ならピットに入ってすぐの所にいますよ」
黒服は『え?』みたいな表情をして、入って来た方へと戻っていく。
開きっぱなしのピットの扉を閉めると、その裏には拘束された犯人が正座で鎮座していた。
鉄の輪っかを猿ぐつわのように咥え、服はよだれと涙でぐちゃぐちゃに濡れている。
「あ、どのように引き渡しますか? この状態だと少しでも動かすと犯人に激痛が走ります。一旦解除しますか?」
犯人の顔は解除を望んでいるように見えたが、黒服はそれを拒否した。
うーん。惨めな思いをさせてやろうと本気で拘束したけど、見た目が汚すぎる。
やり過ぎちゃった。
「お疲れさま!」
満面の笑みのマッシが帰って来た。
「いやー、今回は防衛だけでなく、拘束まで依頼して正解でした。これで一安心ですね」
「マッシさん、ありがとうございます。もうそろそろ世間に公表しなくては、と運営内でも声が出てました」
「これで、事後報告にはなりますが、事件は解決したと公表できますね」
「そうですね。再発防止も考えてますし、あとはトップが会見を開くだけですよ」
やり取りから察した。マッシは大満足だ。
「おい、人目に触れないように運べ。スイマセン、探偵さん。拘束を良い感じに解いてもらえませんか?」
「かしこまりました」
猿ぐつわと、足と腕の拘束を解き、首輪からリードのように伸ばした鉄紐をSPの前に出した。
「この鉄はただの鉄として処理してください」
「わかりました、この度は誠にありがとうございました。よし、行くぞ」
「(え、大丈夫なの? ラピスいないと鉄の首輪切るのに苦労するよ?)」
犯人が背中を丸め連れられて行った。
あいつ、一回も弁明しなかったなー。
もしかして、きつめの拘束が効いたのかな?
「犯人も引き渡したし、これで一件落着だ。始めはどうなるかと思ったが、見事だった」
「いえいえ、私達は仕事をした。それだけですよ」
「次回も引き続き護衛として雇うかは検討させてくれ。というか、その……はっきり言って頼まないだろう」
「そうでしょう。前提としてパドック内は警備されていますし。今回はエイプリリア様の自警判断で我々がいるわけですから」
マッシの顔がより明るくなった。
言わなくてもわかってくれてありがとう風の朗らかさだ。
「君たちのことは評価してるよ。起きてほしくないが、同じことがあったら真っ先に依頼するさ」
「その言葉だけで満足です。こちらこそ、この度はありがとうございました」
汗を拭きながらジョージが歩み寄って来た。
なにせ場所がピットの入り口だ。トレーラーへ移動してる最中のようだ。
「あれ? そういえば犯人は捕まえたの?」
「ジョージ達に言ってなかったが、レース前に捕まえてもらってたよ」
「マジかよ! スゲーな! 犯人見たいんだけど、いないの?」
「もう運営の黒服に連れてってもらったさ。それはそれは惨めな見た目だった。だろ? 二人とも」
「そうですね。ボコボコにしてやりましたから」
「……ハハ。まあ、服はよだれと涙でべちゃべちゃでしたね」
ジョージが『よだれ?』見たいな顔をした。
そりゃそうか。ジョージは箒を早く走らせられても、拘束の仕方は知らないか。
「我々はもう撤収しなくてはならない。急がせて悪いが二人も帰り支度をしてくれないか」
「次回のレースに向けて忙しいですものね」
次の瞬間、業務の会話に沈黙で立ち会っていたウルトが慌てて声を上げた。
「あ、あの! ベズとジョージのサインは!?」
一瞬、時が止まる。
「アハハ! オーケー、忘れてたよ! 何に欲しい?」
「ありがとうございます!」
「あー、そういえば忘れてた。ベズから君たち2人にプレゼントを預かってたんだ」
マッシはその場を離れ、紙袋を持ってきた。
中にはベズのサイン入りのエイプリリアファクトリーのシャツが2着入っていた。
「うわ! マジか! ありがとうございます!」
「ちょうどいいじゃん。じゃあ俺もこれに書き足すよ」
ジョージはそう言うとシャツにサインを書いてくれた。
「やったぜ! エイプリリアファクトリーのシャツにライダー2人のサインだ! もう家宝だぜ!?」
「本当に嬉しいです! ウルト、良かったね」
「え……おう」
弟を思う姉の言葉、という世間体を気にした発言に一瞬ひるむウルト。
最後の最後まで抜け目のないラピス。
「さて、これで円満な別れになりそうだな。2人とも、本当にありがとう」
「いえいえ、こちらこそ。人生で忘れられない最高の日になりました」
「そうです! ありがとうございました」
「ハハ、君らのことはきっと忘れられないな。気をつけて帰ってね」
ジョージの『忘れない』という発言に、ウルトが目を輝かせる。
「改めまして、この度はポアロ探偵事務所にご依頼いただき、誠にありがとうございました」
「無いに越したことはございませんが、また何かございましたら是非、ご依頼ください」
「本当だよ、無いに越したことはない。けど君たちは最高だった。ではまた」
マッシやジョージ、チームメンバー達に挨拶しピットボックスを後にした。
「いやー、ジョージが俺達のこと忘れないってよ。マッシも最高だって言ってたし。最後にベズと会話したかったなー」
「それもこれも私のおかげ。そもそも今回の依頼はウルトだけでも全然うまくいったと思うけど、その場合はここまでの評価になってないでしょうね」
沈黙するウルト、しかし表情は『確かに』と面食らっている。
「いーい?何事も完璧が一番つまらないの。不完全にこそ人間としての美しさが宿るのよ」
「うん。だけどねお姉ちゃん。こっちは貴女の言動にヒヤヒヤしてるの。依頼者からの目が怖いの」
「はぁー。わかってないね。ニコニコと愛想がよくても中の下なんていくらでもいるの。どんなに個性的でも、上の上なら皆がファンになんの」
「お前って正解というか、正論を平気でぶつけるよな。いいか、正解や正論は石みたいなもんなの。ぶつけるんじゃなくて渡してほしいの」
「じゃあ、そういう女を姉にしたら?」
「まあまあ、2人ともそう熱うならんと」
帰りのポータルは思ったより空いていた。
なるほど、やはり箒で来る人が大多数か。なんせ聖地の一つだしな。
「ま、良かったじゃない。間違いなく人生最高の日になったでしょ」
「お前の戦利品の数には適わないけど、まさかサイン入りのシャツが貰えるとは」
「額にでも入れて飾りなさいよ。私はファビオ関連を飾る棚ならすでに買って家に届いてるけど」
「準備良すぎだろ! ……保管方法とか、飾り方とか、俺も考えないとな」
「やっぱり、あんさんら最高のコンビやな」
ハッとしたように、ラピスとウルトが顔を見合わせた。
「ま、ライディングハイってとこね」
「そうだな。絶好調だ」
「それにしても大したもんやで。2人とも飄々とやっとるけど、危ない仕事っちゅうことには変わりまへんで。ほんまに、あんさんらが世界を牛耳る日も、そう遠くないかもしれまへんなぁ。」
ウルトは『ハァ?』といった表情を浮かべたところ、ラピスの目つきが鋭く変わった。
「ふーん。なるほど、世界を牛耳るね……」
奇しくも、双子共に人生最高の日となった。
その舞台であるサーキットを背に、一同はポータルへ入り帰路についた。