雑踏、その向こう。玄関から真正面の2kmほど先にあるビル群。
目の前の通りを渡りそのビル群にあるポータルを目指す。
「ウルト、ポータル代ある?」
「ああ、大人2人リアリス往復で3万マグ」
世界間移動には金がそこそこ掛かる。
それはそうだけど、観光じゃなくて仕事となると自腹はいささか気にはなる。
家が比較的住宅街よりは街寄りに位置している、そのため移動は容易い。
4ブロックほど歩きビル群特有の威圧感を感じ始める。
「なんか食べてく? 私、お腹減ったんだけど」
「朝ご飯抜いてるしな。けどせっかく金払ってリアリスだぜ? そっちで食べようよ」
「んー、まあ賛成。それで」
後に、イギリスで食べたご飯がそれほど世界(イギリス)を堪能できるような味付けや食材でないことを知った。
ビル街に入り薄暗い路地を近道とばかりに進んでいく。
俯く酔っぱらい、猫のケンカ、壊れて捨てられた箒に目つきの悪いゴロツキ達。
そこをタバコを咥えた青少女とその連れの青少年が闊歩し進む。
「よお、カップル達。こんなところをデートか?」
「野郎は回れ右だ。ねーちゃんこっちこいよ。な?」
ここを通るといつもこれだ。
ジャンキーどもが寄ってたかって居着いてる。
表情を変えずにラピスがタバコを”操作”して1人の額に押し付けた。
ヤキ入れだ。
「あづっ! クソったれぇ!」
「おうゴラくそアマ! 何しやがんだ!」
「てめーら! ぶっ殺しで勘弁すると思うなよ!」
3人のゴロツキが立ち上がる。が、魔具を手にしたまま動かない。
それはそうだ。あんな綺麗にタバコを操作したんだ。
普通の人間はヤバい奴、つまり魔法使いとして手練であると考える。
「ラピスいいよ、相手にすんなよ」
そうは言いながらもポッケの魔具を掴み俺も臨戦体制だ。
「キモいんだよあんたら。こっちはピチピチの16歳だぞ? レイプする気なのはわかったから。これからの全ては正当防衛だから」
終わった。少なくともラピスを止めることに失敗した。
相手が面食らう強い言葉を使って場を制止した。
正当防衛と言う名の暴力を相手の沈黙と言う名の肯定で正当化する。
これもラピスが効率的に行動するための常套句だ。
──弾指
──指を鳴らすほどの、ほんの一瞬。
──ドッ
「っぶふぅ!」
鈍い音と同時に1人が吹っ飛んだ。
頬が潰れ鼻血が弾けた。
他の2人には何をしたか見えなかったようだ。
2人とも固まり視界の端で飛ばされた仲間を見る。
泡を吹いて痙攣し、顔面の赤が紫がかり始め、患部が腫れてきている。
ラピスがジャラジャラと身につけたアクセサリーのほとんどは魔具だ。
それらは応用的に使える物もあれば、ただのマナの固まりを放出するだけの物とある。
今回ゴロツキを吹っ飛ばしたのはただのマナの塊だ。
ただ先のタバコの空中操作が効いたのか相手2人は動けないでいた。
こんな時は恥を忍んで退散すればいいのに。
ゴロツキってのは何故かそうしない生き物だよな。
信念なのか、はたまた馬鹿なのか。ゴロツキは時々俺を悩ませる。
「何? 仲間やられてもまだ私を欲するの? キモい。ってことで死刑ね」
ヤバい。ラピスがノってきた。
「おいおい、わかった俺が相手するよ」
こういう場面はあえて彼氏のフリをする。
だっていちいちアホどもに『俺たち双子で~』なんて説明するなら、さっさと片付けたほうがいいに決まってる。
それにラピスがこいつらを相手にして路地で騒ぎを起こすことの方が俺の心臓に悪い。
ラピスの正義は万人受けしない。俺が管理しないといけない。
俺はポケットのジッポを取り出してダイヤルを”火炎放射”に回した。
──ッキン、シュッ
ジッポのかん高い小気味いい開閉音と発火合金を擦る音が鳴る。
──弾指
直後、ボウっと炎が正面の路地を広範囲で覆う。
「うお!?」
「やべえ! そいつ連れてこい! いくぞ!」
男達は慌てて伸びた仲間を連れ、俺達の向かう先に逃げていった。炎は脅しだ。
”範囲も威力も制御”した。
「魔具の使い方とかゴロツキの相手はスムーズにしろよ」
「まあね、ごめん。けどお腹減って少しイライラしてんだよね」
そう言うとラピスはハッピーストライクを咥えて火をつけた。
俺達はラピスが人目を気にせず(常に気にしてないが)煙を嗜むために路地を行く。
その結果がこれだ。毎度のことのように絡まれる。
ゴロツキ達はダンジョンのモンスターか何かなのか?
新参が湧いてはまた消えていくを繰り返す。
持ってる魔具もナイフ系だの鉄砲系だの。
アナログすぎるしその人個人の産まれながらに持ってした魔法系統とうまく一致している魔具を持ったゴロツキに出くわしたことがない。
だから彼らは弱いし俺達からしたらイージーなんだ。
ラピスがタバコの2本目を吸い終わる頃に目的の場所についた。
──ポータルセンター
路肩に円柱状の機械が10機ほどならんでいる。
”他の世界や国”に行くための移動拠点であるポータルセンターは町のいたる所に設置されている。
約50メートルほどの道幅にそれらは収まり、皆んな空いているポータルにすきずきに入っては移動してる。
「お金出しといてー」
「了解。0601で大人2枚、イギリスのロンドンね」
俺たちは右から4番目のポータルに入った。
空いていて良かった。
中は人が5人入っても余裕がある。自動でドアが閉まる。
中に入ると慣れた手つきで操作盤に入力をする。
「本人証明書を提示してくだs」
証明書をタッチする。
「お連れのかt」
ラピスの証明書をタッチする。
──[ >0601 >UK >London 26500m]
画面に行先と26500マグと表示されお金を入れる。
決定ボタン押下。
「30秒後に転送を開始します。行き先を確認し変更したい場合はキャンセルしてください。すぐに移動されr」
決定ボタン押下。
壁一面が輝きはじめ空間全体が光に覆われた。
第六層一界-リアリス
世界歴 104679年4月10日 10時22分
──────
光が退くとそこは路地だった。
ロンドンのポータルアンカーはこの路地と決まっている。
左右をレンガ壁のアパートに挟まれ昼でも鬱蒼としている。
幸い今回もリアリス人に見られなかった。ま、見られた時のことを考えたこともないが。
「あーお腹すいた。行こ」
光がさす大通りに向け歩きだす。
「ママ見てー、ハリーピーターのファーマイオニー」
子供がラピスを見て言った。
俺も知ってるリアリスの映画だ。しかも魔法もの。
ラピスは明るい茶髪に前髪があり、髪はくせ毛で肩にかかる髪は下に行くほど横に広がりボリュームがある。
「本当だ。綺麗なお姉さんね」
そして大人の女の顔をしている。
ラピスの髪はもちろん地毛であり、髪型やスタイルは奴のアイデンティティだ。
にしてもマナもないのによくリアリスの人間は魔法というものをあんな鮮明に想像できるな。感心する。
「綺麗だって」
ドヤ顔するな。
俺たちが目指すところはたった1つ。
ザ・ウィートシーフ、パブだ。
ここは昼からやってるし前に来て気に入った。
ポータルの中でご飯はここと2人で決めていた。
「いやー、久しぶり。1年半ぶりじゃない? 前のほら、こっちで魔具使って稼いでるアルカナ人捕まえるって来てさ」
「たしかに、あれぶりか。あ、俺ビーフバーガーセットとイングリッシュペールエール」
「あー、私もそうしようかな。けどロンドンってウイスキーなんでしょ? 美味しいのってさ?」
「そうらしいけど、ビールにしときなよ。あ、すいません。ビーフバーガーセットにボディントンをそれぞれ2つ」
スタッフが困惑していた。
そういえばこのトンガリ帽子を被ってる人も真っ黒い格好してる人もリアリスで見たことないな。浮いてる?
俺達は帽子を脱いで最高のブランチを食べ終えた。
ビールも美味いじゃん。ん? それはどこでもか?
壁掛け時計は11時12分を指している。
会計を済ませ店を出る。
ロンドンはいいな、時間が俺達の世界とズレてなくて。
前にジャパンに行った時は着くと夜中だし、空は暗いわそのくせして街は明るいわ。
なんかこう紳士性に欠けてたな。トキオの夜は。
そんな話をしながら例の花屋に向かった。
「ここね」
花屋の向かいのブロック、歩道の自転車を壁に2人で眺める。
「ふーん、街並みも相まっていい感じのお店。すんなりことが運んだら知らんぷりして花でも買って帰ろうかな」
呑気なもんだなーラピスは。
俺はこの街(ロンドン)と自分たちの街(アルカナの地元)ではさほど景観も雰囲気と変わらないと思うけど。
それにこっちはポータルだとか”他の階層世界のことを認知していない”ぶんアナログな空間に感じる。
「よし、仕事だ。隠密最優先。店の人間はあのおばさんだけか」
「あいつが出界した魔女? 案外若いね。それとも場所を魔法使いに貸してるだけ?」
「どちらにしろ見られるわけにはいかないな。ラピス、いつもので行くか」
「そうね。行きも帰りもスムーズに」
ラピスはジャラジャラつけたネックレスのトップ一つにマナを込めた。
カーブミラーに映る俺達の姿が透明に、正確には何かに包まれるようにして姿を消した。
「ウルトが”空気魔法”で光の屈折とか細かいことやってくれればこんなことしなくて済むのに」
”大きな空気の操作”と大気に含まれる成分の操作とでは繊細さもスキルセットも、そもそものレベルも段違いなんだよ。
アクセサリージャラジャラはラピスの好みだろ。
ならその中身が魔具だらけだろうと関係ないし、関係ないなら今のままでいいだろうが。と心の中で言ってみる。
それを理解してなおも俺に刷り込むのがラピスか。
少しうんざりしながら道路を渡り花屋へ向かう。
お互いに認識できるため間違って押しあうなんてことはない。
しかし声は出せない。ここからはジェスチャーとボディランゲージがコミュニケーションの核だ。
店先で接客してるスタッフの横を通る。
花屋の中に他の人間はいないようだ。
「(やはりあいつが魔女か? まあいい、裏に行くための扉はどこだ。)」
イマイチ緊張感がない。リラックスしてるのか? 気を張ったはずが少し気が抜けている感覚がする。
店の奥に行くと扉が一枚だけあった。ラピスと目を合わせ頷き合う。
ドアノブを掴み回す。鍵はかかっていない。回しきれたからあとは押すだけだ。
後ろを確認し誰も居ないことを確認する。素早くドアを開けて中に入り素早く閉める。
「ビンゴ」
そこには広い空間が広がっていた。左右や天井など周囲は白い壁に覆われている。
ドームではなく角がある。正方形?
広さがうまくわからない。街のブロック数個分あるようにも感じるし、大きなビルの敷地分くらいにも感じる。
目の前に芝が広がり、右手には壁から地面の3割ほどが池になっている。
殺風景だが行くべき場所はなんとなくわかった。
一本の道が芝を裂き遠くに続く。
そして真正面、目線の先、道の続く先に森がある。
「あそこに行けってことなんだろうけどやっぱ森か。カブトムシ様々。箒は使わない方いいね」
「戻れば腐るほど乗れるんだ。さっさと済ませよう」
森を目指して歩み出した。やっぱり箒に乗ろうかな。
「ありがとう、また来てね。(ネズミが2匹。魔具だねあれは。姿隠してマナ隠さずか、久しぶりの客があれとはガッカリだね。)」
女は店先に『出かけてます』のボードを立ててエプロンの紐をほどいた。
「……ハァ、狩るか」