第五層六界-アルカナ
世界歴 104679年5月23日
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「何度目? 良い加減断って」
ラピスが依頼内容の書かれた契約書をテーブルに放った。
探偵事務所のソファに座り、ハッピーストライクに火をつける。
「仕方ないでしょ。最近この辺のギャングが手当たり次第に悪さしてんだから」
契約書には特定の人物の拘束と、ポリスへの身柄受け渡しが書かれている。
「そうだよ、ラピス。近頃ゴロツキが殺気立ってるっていうか、あいつら問題を起こし過ぎだし」
「そうやそうや、こないな依頼ばかり来てもしゃーないわ」
ラピスがテーブルを挟んで、向かいに座るウルトの顔をめがけて、タバコの煙を吐き出した。
「やめろよ」
「てか本当にギャング? ゴロツキ? こんなバカなことやるのは何処の誰なの? 明らかに誰かの指示で雑魚が動いてますって感じだよね」
母エリザベスが『ラピス、タバコの煙で挑発だなんて品がないわよ』と説いてみせる。
「とにかく、私達のやるべきは依頼主の問題を解決することよ。ちなみにこれと同じような依頼が他にも2件、つまり全部で3件あるから」
ラピスが最悪と言わんばかりに、ガクンと首を後ろに倒して天井を睨んだ。
ラピスの気持ちもわかるけどな。
3人(ヘラクレスも人扱い)で依頼をこなして、俺達の手元に来る金はリスクの割に微々たるもの。
ヘラクレスの報酬が黒糖ゼリー3つであってもだ。
何かを思いついたようにラピスが勢いよく顔を上げた。
「母さん、これの報酬って1人何マグ?」
テーブルの上の依頼書を指差す。
『またラピスの報酬交渉か』と母が目を細める。
「50万マグ。申し訳ないけど、あなた達には1人あたり15万マグね」
「これ私1人でやるから30万マグ頂戴」
始まった。このわがまま姉貴が。
「おい、ずるいだろ! それなら俺だって1人でやりてーよ!」
「私1件、ウルト1件。最後は全員で。そうしたら2人とも2件出れば良い。報酬はフルでやった場合の45万マグ。どう?」
「……え? あ、うん。……ん? つまり今までと同じ報酬で個人の依頼回数を減らそうって提案してんのか?」
「そう言ってんでしょ」
なんだろう、この場はゴメンなのか?
それとも良い案だな、か?
俺が瞬間的に思った意図とギャップがありすぎて、何と言うべきか。
「ダメよ。何があるかわからないんだから。……と、言いたいところだけど。いいわ、やってみなさい。ぶっちゃけ、その方が効率がいいのよね」
母が了承し、ラピスが無表情のまま目を輝かせる。
1人で依頼をこなす、か。
魔法戦闘ありきの依頼では初めてだな、そう思うと俺も昂ってくるぜ。
「それと、1人につき1件。ヘラちゃんも1人でやってみなさい」
「ええんか、女将さん! おおきに!」
「待ってよ。それじゃあ稼ぎが減るじゃない」
喜ぶクワガタ、ブーたれる姉。
「何言ってんの。いつまでヘラちゃんをタダ働きさせるのよ。マナがあれば口座開設でも買い物でも、なんでも出来るのよ? 自分でお金を稼いで使う。人じゃなくたって当然のことよ」
「えー? ヘラクレスは黒糖ゼリー3つでいいよね?」
「姐さん、せっかく女将さんがワテを認めてくれたゆーのに。あんまりや」
ヘラクレスは体こそクワガタとはいえ、人語を操り魔法戦闘もできる。
生き様はまさに、人間そのものだ。
「よかったな。自分の口座持って管理するといいよ」
「ほんまやで! 逆に今までが黒糖ゼリー3つとか、ブラックもいいとこや。……急に怖なってきたで」
「……最悪。1人で依頼こなすって提案が完全に悪手だったとは」
全員が冷たい目線でラピスを見た。
それに気づかず、顔を歪めながらタバコの火を消すラピス。
双子なのにこんなに性格って違うもんなのか?
まあ、気持ち悪いくらい一緒よりは断然いいが。
「楽しくなってきたわね! はいこれ、今ある依頼。好きなの選びなさい。もし個人で出来るって各々が証明できたら、この手の依頼はドンドン取るわよ!」
「確かに、そうなれば報酬が増えるわけだし。あんた達、しくじんないでよ」
「わかってるよ、ラピスも気をつけろ」
「ワテはあれやな、部屋をあらかじめセッティングしないとやな」
『皆しっかり準備してね』と母が言い、話を続ける。
「そもそも50万マグって、街の便利屋価格なのよね。拉致拘束なんて本当は200万くらいが妥当なんだけど。だから数をこなして、皆で頑張りましょ!」
「ホントそう思う。着手金100万、身柄拘束の成功報酬で300万くらいにしてよね」
「え、そんなに取れんの?」
「あのね、ウルト。私達がやってんのは魔法戦闘、死がついて回んだから。相手が大物なら1000万マグでも安いわよ」
母を皆で見る。
「……ハァ、なによ。この街に生かされてるの、私達家族は。魔法戦闘でお金を稼げてるだけ、あなた達は環境に恵まれてるわ。その自覚を持ったうえで発言をしてちょうだい」
「はいはい。私がこの街に事務所構えても競業避止義務違反で訴えないでね」
「ラピス、そこは『感謝してます』だろ」
「ほんまやで」
『無視だ。準備しよう。ヘラクレス、部屋開いて。真空にするから』
『ハイな。これ吸い込めば終わりやからワテが1番この依頼に向いてる可能性あるで』なんて会話をしながら依頼の準備を進める。
「あーそうそう、繋がってるのがギャングの可能性もあるわけだから気をつけてね。変に恨まれないように」
双子とクワガタは『無理だろ』と言わんばかりの雰囲気で応えた。
傷害暴行、住居侵入に器物損壊、性的暴行やマナ登録機器の強奪。
それらが多発し、しかも実行者はチンピラや、ただ金欲しさのガキが多い。
明らかに大元はギャング一択だろ。
「ヤバいね。私、危機感が一切ない。むしろバカが金の成る木に思えてる」
「うーん、俺も。友達には家の手伝いって言ってんのに。ギャングと揉めて勝ったとか知られて、変に目立ちたくないな」
「なんや、相手が裏社会の人間ゆうのに、アオハルの心配かいな」
母が口に手をあて、考え込んでいる。
さすがに母ちゃんも話しててマズイと思ってきたか?
せっかく1人で依頼をこなす気満々だったのに。
「うーん、いっそのことギャングを敵に回す?」
想像していなかった母の言葉に驚き、声が出ない。
今しがた、俺たち家族はこの街に生かされているって言ってなかったか?
ギャングもこの街の一部だろ。しかも一番、敵にしちゃいけない奴らだろ。
「そうこなくっちゃ。で、どう潰す?」
「3人とも、ターゲットを拘束した時に何か聞かれたらこの事務所の名前を出しなさい。元締めにココを狙わせるの」
「なるほどねー。けど楽しそうなだけで、マネタイズが見えないけど」
「いいのよ、街のヒーローに成れれば。それに、最終的に敵の本部を叩いてボーナスはそこからゲットよ」
へー、さすが親子、さすが女同士。
話が合うなー。
「じゃ、ねーよ! なに勝手に話しを進めてんだよ!」
「せやせや! いまいち話が見えてこーへんで!」
「あんた達バカすぎ。頼れる隣人として薄利で数をこなすんじゃなくて。大元潰して金はそこから盗って、街の人たちからは名声を勝ち取るの」
「まー、ざっくりとそんな感じね。ちょっと生活に支障が出るかもだけど、ヘラちゃんの部屋に大事な物をしまって生活すればいいでしょ」
「それ、家がギャングに破壊される前提じゃねーか!」
「住民を守るためにギャングと対立。家を破壊されるも、ギャングを討伐、そして解体。ギャングは金を、街は地位と名声を私に。……完璧だ!」
ラピスは目を輝かせ、タバコに火をつけた。
母はロックグラスにウィスキーをダブルどころか、なみなみと注いで、豪快に飲み干した。
女性陣が満面の笑みでニタニタしている。
頭の中にはすべてが上手くいった絵図がすでに描けているらしい。
「……ヘラクレス、俺達も頑張ろう」
「せやな。なんかこう、ワテらも不安は無いんやけどな。温度差感じるわ」
『芋づる式ギャング撃退大作戦☆』の幕がゆっくりと上がった。