第五層六界-アルカナ
世界歴 104679年5月25日
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「あーあー。んっんー。もう喉がガラガラ。『キャー』って叫び過ぎた」
「叫び過ぎたじゃねーよ。真面目にやれよ。ファビオに会った時はもっと甲高い感じだったろ。全然、恐怖してる奴の悲鳴じゃねーよ」
「じゃあウルトもやってみろよ」
「いや、ラピス姐さん。ホンマやる気のやの字もないような悲鳴やで。よくそう言えまんな」
ベルモント卿との約束の日。
すでにポアロ探偵事務所は壊滅寸前の有様だった。
外壁はボロボロで、マナスプレーで数多の罵詈雑言や目を背けたくなる卑猥な言葉が殴り書かれている。
最初のうちは、窓ガラスを石で割られる程度だったが、徐々に過激になっていった。
事務所や居住空間に侵入しないにしても、犯罪であることに変わりはない。
これがギャングを敵に回すということか、と理解した一同。
しかし、ポアロファミリーはこれを甘んじて受け入れた。
全ては今日、ギャング達を一掃し、街の英雄になるために。
「んー。このウザったい嫌がらせも今日で最後ね。このボロになったわが家が、名声と言う名のトロフィーを一段と輝かせるわよ」
エリザベスが背伸びをしながら、描いている絵図を語る。
「あ、ウルト。気を付けなさい」
──パリン!
「ゴラァ! ポアロ! オメーらフケ切れねぇからな!」
チンピラが石を事務所に投げ込んできた。
エリザベスが自身のマップで、常に家の周りを監視している。
そのため、攻撃の予見は簡単にできた。ウルトがヒョイと避ける。
「キャー。何度叫ばせんのよ、ったく」
「そんな低い悲鳴、聞いたことねーよ!」
「せやで! 姐さんの悲鳴なんて、きっと外の連中に聞こえてへんで!」
ギャング達の気持ちと裏腹に、この二日間を快適に過ごしたポアロファミリー。
計画も完璧。全員が同じ意思、認識で作戦を実行できる。
「……もうすぐ時間ね、あなた達。改めて言っとくけど、容赦無用。ギャングはこの街のゴミよ。抑止力になってるとか自警とか言うやつはアホ。いいわね」
ティーカップに注いだウィスキーを飲むエリザベス。
そう。これから起こることは、悪の討伐とはいえ戦争だ。
俺達も犯罪を犯すことは間違いない。
その上で掴み取った結果を、街の群衆とポリスがどう受け取るのか。
「ヘラちゃん、扉開いて」
「はいな」
外にはギャングがゴロゴロいる。
ベルモント卿のもとまで、騒ぎを起こしながら行くことになる。
それを避けるために、すでにベルモント卿の本拠地へ行く扉をヘラクレスが作っていた。
全員でヘラクレスの空間に入り、ベルモント卿の本拠地の前へ出た。
「あら、やっぱり見張りはいないわね」
「どうせ、家の外にいたギャング達に私達が出てきたら襲うようにって、指示してあったんでしょ」
「だろうな。俺達が襲われ終わった後にベルモントが登場くらいの絵図だろ」
「それ、ワテも思っとったわ。あれやな、アウトローな依頼をこなしすぎると、やっぱり思考がアウトローになりよんねんな」
悪ガキも近づかないベルモント卿の本拠地を前に、仁王立つ三人とホバーする一匹
──ピンポーーン
「スイマセーン、ポアロ探偵事務所の者ですがー。ベルモントさんいらっしゃいますかー?」
「最悪。母さんさ、隣の家に町内会の会費徴収に来てんじゃないんだから。2日前の名演技とやらはどこにいったわけ?」
「え、ああ、ゴメンゴメン。今晩のご飯どうしようかなって、せっかくだし外食行く?」
緊張感のない、母と娘の会話の直後に扉が開いた。
──ガチャ
「ん? ああ!? お前ら探偵の、なんでいるんだ? 他の連中から連絡がねーが」
「あ、先日はお世話になりましたー。あの、本日こちらにお伺いするようにとベルモント様からお話し頂戴しまして」
「ちょっと待ってろ!」
扉を閉められ待たされる。
中から、『おい、探偵共が来てんぞ!』『どうすんだ!? 中に入れんのか!?』なんて怒声が聞こえる。
──ガチャ
「入れ。先に言っとくけどよ、これが最後に両目で拝める空かもしれねーぞ? お?」
「あ、そうなんですね。かしこまりましたー。さ、あなた達もお邪魔するわよ」
──弾指
下っ端の構成員が目を背けた瞬間、全員ヘラクレスのアジトに退避した。
ウルトがアジトの中から三人の虚像を作る。
あたかも三人がそこに存在し、歩いているかのような虚像を空気魔法で作り出す。
アジトの中から外の状況を全員で確認する。
異空間の中では、外の状況を一方通行で確認することができる。
あちらが監視されていることに気づくことはない。
マナ解析に長けた者がいない限りは。
つまり、ラピスやウルトが魔法戦闘のプロだとグランティに絶賛されるこのアルカナで、それを出来る者はいないに等しい。
「フォッフォ。よく来たのう。若い衆に囲まれた事務所から上手く出て来たのはさすが探偵と言ったところかの」
ベルモント卿が直々に登場した。
「女は裸になってワシの靴を舐めろ。野郎は後ろの連中の相手をしとれ」
──アジト内
「ゲー、最悪。あのジジイ、今すぐ殺したい。神様、いるなら今の発言はお許しください。そしてあのジジイを殺してください。触りたくありません」
「おいおいラピス、ジョークは今いいよ。どうする母ちゃん? 虚像の中に
「いいんじゃない? あっちが怒って触るの待ちで。爆発したら瞬時にここを出て、最初からいた風にすればいいわ」
──。
「フォッフォ。さすがに怖いかの? けどなあキサンら、ワシの言うこと聞けん立場じゃなかr」
──ボッバァァァアアァァァアアン!!!
ベルモントがエリザベスの虚像に掴みかかろうとし、触れたため虚像が爆発した。
瞬時に、全員がアジトから出る。
『グワーッ、イデェェェ!』『チクショウ! なんだ、なんだ!?』『やばいやばい! 外に出てる連中も呼べ』
急な出来事にギャング達が慌てふためいている。
「やってくれたな! ポアロぉ!」
吹っ飛ばされたベルモント卿を抱えたファウストが、抱えていない左手をポアロファミリーに向けて魔法を練っている。
「こないだ事務所にベルモントと来た側近ね。なに魔法かしら? バチバチ言ってるけど雷?」
「ねー、あんたの魔法って雷系統? 私達に撃つの止めた方g」
「死ねぇぇえぇ!!!」
──弾指
──ッドッッガァァアアァンン
雷がベルモント卿とファウストを穿いた。
轟音、雷光、放電。
数秒間にわたる、けたたましい雷の衝撃。
それが終わると、落雷箇所には黒焦げになったベルモント卿とファウストの死体が転がっていた。
その他の構成員も、落雷の影響で死亡した者が複数いる。
一瞬の静寂の後に、落雷由来の火元が出現した。
ラピスが合金魔法で避雷針を作り、雷の方向を操作して落雷を食らわせた。
もちろん、放電が自分達に向かないように調整もしていたため、ポアロファミリーの立っている場所だけ無傷だった。
「ふう、スマートに片付いたわね。ちょうど火もあがったし、火事待ちで良さそうね」
エリザベスが軽い口調で次の行動を発言する。
が、双子とクワガタは無言のまま、ベルモント卿を見ていた。
おいおい、ついにラピスがやっちまったよ。
今や俺達は魔法戦闘を熟達しつつあるが、ついに人を屠っちまった。
「ヤバ。……ついに私、やっちゃった」
「ラピス。怖気づいたの? 甘えないの。覚悟して来たでしょ。こいつらは歩く犯罪、さっき変態ジジイが私達になんて言った? まああれは虚像にだけど」
「女将さん。そないな言葉ではラピス姐さんの気持ちは、今この瞬間に整理がつきまへんて」
動揺している様子の、ラピスの肩をウルトが摩る。
「大丈夫さ、心配すんな」
「……ええ、大丈夫。通過儀礼みたいなもんでしょ。正直ショックはあるけどね」
「ああ。一番最初の依頼を思い出してみろ。リアリスで魔法使って金儲けしてるマジシャンの拘束。魔法使っちゃダメな世界でドンパチしたろ」
「そうね、たとえ法を犯しても私達にはやるべきことがある。正義の反対は別の正義、か。そうでしょ?」
ラピスがウルトの顔を見た。
「そうだよ。いつも2人でやってきただろ。これからも上手くいくさ。それに今はヘラクレスだっている」
「せやせや。ワテも今は正直パンパンや。でもあんさんらの仕事に乗った時から覚悟はしとった。これからも変わらへんで」
姉を支える弟と、それを見守り肯定するクワガタ。
その光景を見ながらエリザベスは安堵に似た表情で微笑んだ。
「確かに。ラピス達はこういう現場は初めてよね。けどいつまでも引きずっていられないわ。こっちに向かってる連中もいるし、火事ってこともあってファイヤーファイターも来る」
「せやな。まずはアジトに入りましょか」
ごうごうと燃え始めた、ベルモント卿の本拠地を後にするポアロファミリー。
街の裏を牛耳る人間と、その主要構成員を潰した一行。
残るは残党の殲滅と、ポアロ探偵事務所の華々しいギャング殲滅発言のみとなった。