第五層六界-アルカナ
世界歴 104679年5月25日
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「ねー、ウルトまだー?」
地面から5メートルほどの高さで、箒に跨りホバーするラピス。
ハンバーガーを頬張りながら、マナケーでウルトに電話しているその様は、余裕以外の何ものでもない。
しかし、ラピスのいる狭い通りには、ギャングやチンピラが何人も倒れ、血が至る所に飛び散っている。
『……な、何やってんだ、あの娘は。ベルモント卿の部下達になんてことを』『こんな低い飛行禁止エリアを箒で飛ぶなんて』
国が飛行を禁止している低空エリアで、堂々と箒を飛ばしギャングを蹂躙するティーンエイジャー。
行き交う人々の注目が嫌でも集まる。
──東区
「今そっち向かってるよ。にしてもやけに早かったな」
『効率良くやったの。喧嘩売って、買ったやつ全員にハーレクインを食らわした』
「え!? 俺なんて1人ずつに殲滅してやる宣言してたぜ?」
マナケーでラピスと通話しながら、100キロほどの速度で飛行するウルト。
「ラピス、いるのどの辺?」
『細横丁の入り口。すぐ中央区行けるように』
「ほそよk、ってイブリーン通りな。名前ついただろ」
『ウザ、通じるんだからいいでしょ。……ん、あーいたいた』
通話が切られた。
おいおいどこだよ。
ラピスは箒の飛行音で俺のこと分かっても、こっちはまだ見つけてねーよ。
電話が切られた地点から、200メートルほど直進してやっとラピスを確認した。
「遅い」
「それなりに飛ばして来ただろ」
「ポリスに根回ししてるからか、捕まえに来ないね」
「だな。こんな低いところ堂々と飛ぶなんて、違和感しかないぜ」
双子が暴力沙汰を起こして飛行法に反しても、ポリスが来る気配がない。
「さすが、エリザベス様々ね。行きましょ」
双子が中央区を目指して箒を進ませた。
──国家防衛軍 総司令室
「久しぶり、先輩。いえ、『ドン=ミウラ』元帥」
「ベティ、久しぶり。変わんないねー。ほら座って」
焼けた肌、もみあげから顎にかけて輪郭に沿った髭。
凛々しいその顔はまさに元帥と呼ばれるに相応しい。
しかし、四十代半ばほどの男性の服装は、運動用のラフな格好で最高権威の様相はまるで感じられない。
元帥用の服やマント、帽子は部屋の隅のラックに掛かっている。
「ホント久しぶりだね。酒飲むでしょ?」
ミウラは執務用のデスクから立ち上がると、棚から酒とグラスを持って応接用のソファに座った。
「すいませんね、先輩。ありがたく頂戴します」
「うん、飲んで飲んで。言われてた件だけど、俺が上手くやるから気にしないで暴れていいよ」
グラスに酒を注ぎながら、あらかじめ聞いていたエリザベスの要件を、すんなり受け入れた。
「じゃ、かんぱーい。ゴクッゴクッ、っあー美味い。にしても、子供達を養子に入れてもう10年か。どう? 母親は」
「最初のうちは大変でしたよ。言う事聞かないし、喧嘩するしで」
「でも、もう16でしょ? 大人じゃん」
「ふふっ、そうですね。魔法戦闘をグランティに教わって、今じゃ私なんて足元にも及ばないですよ」
「え!? そうなの!? スゲーじゃん!」
ミウラが目を大きく開いて驚く。
「ベティの『重力』より凄いんだ。会いたくなってきたな。最後に見たのだって、ベティのとこ来てすぐの時でしょ」
「ええ、ぜひ会ってあげてください。『
「んー、じゃあこれ飲んだら現場行こっか。俺がいた方が話し早いし」
ギャング殲滅のために街中で行われるであろう戦闘に、国防が補助的に介入する。
ドンパチの発端がラピスとウルト、ひいてはポアロファミリーであったとしても、紙の上ではお咎めなし。
ポアロファミリーが行った暴力行為や飛行法違反などを現場の統制はポリスが、責任を国防が取る形がエリザベスの絵図だった。
全ては、ギャング達が一家撲滅を目的に跋扈し、それに対するポアロファミリーの自己防衛だったと。
そして、その歯車の全てがエリザベスの人脈でうまく回っている。
「どこでドンパチやんの? ここ街の最北だし、結構距離あるよ? 国防の転送システム使う?」
「お構いなく。
「ミウラの旦那、どうも。ワテはヘラクレス言います。ワテが旦那を送るさかい、よろしゅう頼んます」
「なにこれ!? クワガタ? へぇ、よろしく」
ホバーしているヘラクレスにミウラは目を輝かせた。
ヘラクレスがアジトへの扉を開いて、3人は移動を開始した。
──北区 イブリーン通り
「ラピス!」
──ビュンッ!
槍がラピスの顔面目掛けて飛んで来た。
ラピスはしっかり認識したうえで、首を右に傾げ躱して見せる。
「叫ばれなくてもわかるけど?」
「びっくりしたんだから仕方ないだろ」
会話しながらも、双子が見る先は一緒だった。
中央区に続く通りの前方、地面に革ジャンを着た二人組が仁王立っている。
『やばい! リン兄弟だ!』『巻き込まれる前に逃げろ!』と群衆は革ジャンの二人を見るなり慌てて逃げ出す。
「フーン、俺の攻撃を避けるか。やるな」
「ねー、お兄ちゃん。どっちやる?」
シルバーのロン毛にノッポな男と小太りでゴシックなツインテールの女。
「あんた達も兄弟なの? リストに名前あったかなー。雑魚に興味ないんだけど」
「別に俺達を知らなくていいよ。冥土の土産はやらない主義なんだ」
ラピスの挑発に男はそう答えると、近くにあった馬車に手を向けた。
馬車がぐにゃりと変形し、拳銃や玉の形になって男の手中に収まった。
──バンバンバンッ!
「あんたバカ?」
発砲された弾丸が、ラピスの前方で停止している。
「なに!?」
「あんたも鉄を操るんだ。発砲してから、弾丸にマナ込めてないじゃん。同系統の相手かも知れない可能性を考えれば、それは悪手でしょ」
弾丸が集まって鉄球が完成した。
明らかに革ジャンの二人組が動揺している。
「大したマナ消費じゃないのにケチっちゃって。武器の提供ありが、とうッ!」
弾丸から生成したハーレクインをロン毛の男に放ちながら、箒のアクセルを全開にラピスが突っ込んだ。
「ウルト! 私はこのロン毛やるから、あんたはそっちね!」
「舐めやがって。俺達はギャングお抱えのプロのヒットマンだぜ!?」
追加で馬車から鉄を取り出し、鉄砲を槍に変形させラピスを狙う。
「あんた名前は!? ぶっ潰してやる!」
「ラルド=リン。ヒットマンだ!」
ラピスとラルドが戦闘を開始する。
「バイバイ」
革ジャンの女がそう言い放つと、ウルトが周囲に異変を感じる。
「ん? もしかして俺の周りを真空にしてんのか?」
奇しくも、革ジャン兄弟は兄が鉄系、妹が空気系の魔法使いだった。
「あんたが死ぬのは時間の問題。さて、何分持つかな?」
他者のマナがこもっている物質を操作することはできない。
常に人からマナがあふれ出しており、ウルトの全身を覆うマナとそこに重なる空気が真空から体を守っている。
「お前、アホか?」
箒操作で移動するウルト。
すぐに真空エリアから抜け出した。
「それは絶対に動かない相手には有効だろうけど、こういう戦闘には向かないだろ。必殺に思えて使えない」
「フンッ、あんたも空気魔法なんだ。ま、真空は応用に使うのが基本だし、あんたが雑魚か測ったの」
「それ、静の観察にすらなってないよ」
──キンッ、シュッ
「へ?」
──ゴォォォオオオォオォォォ!!!
巨大な火柱が女を襲う。
「何が『真空は応用に使うのが基本』だよ。空気魔法なんて応用でしかまともに機能しないだろ」
この時ウルトは、ヒットマン達は自分たちと実力が大差ないと踏んでいた。
「ドットぉぉぉぉ!」
ラピスとの戦闘の最中、ラルドが妹のドットを按じ叫ぶ。
ウルトが火柱を消したとき、眼前には熱せられ赤くなった石畳と、そこに転がる黒焦げのナニカがあった。
「え?」
一瞬で名のあるヒットマンを屠ったウルト。
ウルトは自分でもどうなっているのか理解しきれていない。
──ドスッ!
ラルドの胸を、槍が貫通し地面に突き刺さる。
「ゴフッ」
ラルドは脱力しきり、槍に支えられながら立った格好で息絶えた。
「こっち側へようこそ」
「……ハァ。その声のかけ方、最悪すぎるだろ」
初めてウルトが人を屠り、ラピスがそれをフォローするが、いささかブラックジョークが過ぎた。
「あ、ちゃんとリストに書いてるね。へー、この兄弟とこいつらのボスが要注意だって」
「こいつらは悪、こいつらは悪。そうだ、こいつらは悪なんだ」
「なにそれ、キモ。自己肯定の方向性が他人のステータスに依存しすぎ。自分の正義を信じれば?」
「うるせーよ! 俺はお前じゃねーんだから、独自の正論で戦うな! 俺にとってはそれは正解じゃないんだよ!」
「はいはい。でも今はね? 私が言ってることは本質だと思うけど?」
──弾指
──キィィィィイイイィィィイィィン!!!
──シュパッ!
ラピスは索敵を怠っていなかった。
そのため、最速で反応し体をのけ反らせたが、高速で飛んで来たナニカが頬と自慢のウェイビーな髪をかすめる。
「ウーン。リン兄弟が死んでくれたおかげで、鉄と空気魔法をゲットできたよ」
何処からともなく、革ジャンを着た女が現れた。
鼻ピアスに首に刺青、髪は両脇が刈り上げられ、左に流した毛の毛先が赤く染められている。
「あんた、殺し屋にしては派手じゃない? 陰気な職業なのに」
「ハハッ! 言うねー。けど、どんな仕事でも、自分の見た目容姿のポリシーを貫くのは大事だよ」
槍が空間から現れて、直立しながら女の背後を浮遊する。
ラピスをかすったのは、その槍らしかった。
「リン兄弟の魔法が手に入ったら槍を真空で飛ばすってやってみたくってネ。想像以上に早かったのに、かわされちゃった」
ポアロ姉弟で言うメテオラを一人で放った女。
双子は揃って臨戦態勢に入る。
「あんた、
「ご名答。ま、その
ちゃんとターゲットの情報を読んでおけば良かった。
使える魔法が二十ある? どうなってんだ? こいつ、バケモンじゃねーか。
「ウルト、このフラッキーがリストに書いてる魔法戦闘の最高位だから」
「おう。じゃあ、いっちょ本気で行くか」
一難去ってまた一難。
なぜか魔法が複数使えるヒットマンの登場に、双子は能力の縛りという足枷を外した。