パラレル・バーチカル・ウロボロ   作:馬憐狼詩

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第三十一話 【テリオン編】裏社会の夜明け【狂気、奴、死を考える日】

──魔法世界(アルカナ)のポアロ姉弟が、カブトムシの捕獲依頼に悪戦苦闘していた頃

 

第四層五界-テリオン

世界歴 104679年4月3日

──────

 

──金曜日

太陽の支配が完全に終わり、夜が産声をあげる。

街に『狂気』が溢れ出し、やがて満ちる。

安寧が目を覚まし、天使は震え、狼が笑う。

 

──翌朝、土曜

「よう」

 

ほったらかしの天然パーマ、作業ツナギ。

目つきと犬歯がやけに鋭い男がソファに座る。

 

「よう、グレイおはよう。シファちゃんは調子どう?」

「相変わらずだ。狂気が満ちてからは震えてて、昨日から一睡もしないで今もベッドだよ」

 

マッシュルームヘアでメガネにスーツの男が挨拶を返す。

 

「『奴(ヤッコ)』が天使ってのは可哀想だよな。俺達からしたら金曜日はボーナスタイム、リラックスできるのによ」

「だな。ところでキリト、ボスは昨日なんて言ってた?」

 

直近の仕事が気になる。

あの人の事だ、もうそろそろデカいのやるだろ。

そんな気がしてならない。

 

「『土日は自動車整備屋に集中しろ』だと。で、稼業は月曜、デカいのがあるって」

「思った通りだ。また俺との賭けに俺が勝っちまった」

 

この店に勤めて長い。

表の稼業もそうだが、裏の稼業のスケジュールもなんとなくわかる。

もちろん勘で。

 

「お前ってやつはいつもそうだ。9時にオイル交換の客が来るから。それと、ボスは9時半くらいに来るってよ」

「そうか、昨日は先帰って悪かったな」

「いいさ、金曜だしシファちゃん心配だろ? お返しはカクボロ一箱でいいさ」

 

金曜日は仕事が残ってても早く帰る。

キリトにタバコを買ってお礼するのは俺達の習慣だ。

 

「とりあえず、一本吸えよ」

 

今回分のカクボロは買ってなかった。

俺はハッピーストライクを一本取って火を付け、タバコを箱ごとキリトに渡した。

 

「おはようございま……あら、来るの早かったわね。一服中にごめんなさい」

「ああ、キッカワ様。おはようございます。そんなことありませんよ、こちらこそ申し訳ございません」

「いらっしゃいませ」

 

一口だけ吸ったタバコを急いで消して、作業服のチャックを上げた。

 

──30分後

「ありがとうね、また来るわ」

「こちらこそ、毎度ありがとうございます!」

 

キリトが今日最初の客を対応し見送る。

 

「あら、社長さん。どうも。今日もすぐに整備してもらったわ」

「おお、これはこれはキッカワ様。いつもありがとうございます」

 

『またね』と客は手を振り帰る。

 

「おはようございます」

 

2人揃ってボスに挨拶をする。

ボスはちょうど葉巻を咥えたところだった。

『おう』と言った雰囲気でボスは手を上げ事務所の奥のソファに座る。

 

「おう。昨日、キリトには言ったがよ。今度、タマ取ってきてもらう」

 

マッチを擦って火を灯す。

葉巻の端に火がギリギリ付かないように近づけ熱し、葉巻に火を付けた。

 

「ボス、殺しとは聞かなかったですよ」

「おう、じゃあキリト。……お前、降りるか?」

「……すいません。自分なりの事実を言っただけで。降りる気はないですよ。今まで通りこなしますよ」

 

俺達のボス、『マイク=レオーネ』。

立派なスーツに黒のワイシャツと派手なネクタイ。

オールバックで、鼻の下に髭を蓄えた初老の男性。

この街の裏を牛耳っている存在──ではない。

 

裏社会と太いパイプを持ち、それを稼業に金を稼ぐ。

要は表と裏のある男、それ以上でも以下でもない。

 

「キリトからは月曜に実行と聞きましたが」

「おう。ロルストンの組事務所に、とある男が来る。そいつと、そこに居合わせた人間を全員殺せ」

 

『全員殺せ』。

奴(ヤッコ)案件か。

 

そりゃそうだ。

自分の奴(ヤッコ)を見た人間を逃した日にゃ、一家全員殺される。

 

現場に自分の名刺を置いて帰ってるのと同義だ。

 

「おう、今日明日は準備期間だ。失敗はできねえ。動く金がでけえし、何よりも依頼主がビッグネームだ。ミス、それ即ち死だ」

 

なんでそんなの取ってくんだよ。

いや、この人はやらざるを得ないのか。

 

「おう。お前らだけでも構わねーが、人が欲しけりゃ集めろ。おう、グレイ。メリカールのとこのガキにも声かけてやれ」

「そうですね、今夜シオンにも声かけます」

 

ボスは旧友の娘を平気で稼業のバイトに呼びやがる。

女子高生だぞ?

 

まあ、それを嬉々として受け入れる、あの家族も家族か。

 

「で、ボス。ターゲットは?」

「おう。組はロウタウンファミリー。ターゲットはファミリーのトップ、『ノスタ=パパ』だ」

「ノスタ!? ボス、本当にやるんですか!? 裏社会のパワーバランスが一気に崩れて、一般社会の生活にも支障が出ますよ!」

「グレイの言う通りですよ! あのノスタを殺せって誰の依頼ですか!?」

 

──ッバン!

ボス、もといマイクがテーブルを拳で叩いた。

スーツから出ている拳だけ、マイクの奴(ヤッコ)のライオンになっている。

 

「おう、ゴタゴタうるせえよ。『サンベイ=フライハー』から直々の依頼だ。……な? どう転んでも、成功以外は地獄だ。むごい思いしたくなかったら気張れ」

 

ノスタ? サンベイ?

裏社会の重鎮共じゃねーか。

 

「……ミスってたまるかよ、まだ死ねねーよ」

「おう! キリト、その意気だ。お前らがミスれば俺も終わりだ」

 

裏社会に半身以上、突っ込んでんのは覚悟してた。

だけど、これほど急に生と死を天秤にかけられるとは。

 

「おう、キリト。今日の後の予約は?」

「……10時半に12ヶ月点検と、午後に車検の入庫が一件です」

「おう、じゃあ入庫までやって今日は終いだ」

「車検の客には月曜に納車と伝えてますが……」

「おう、じゃあ明日の日曜納車に変更って言っとけ! ったく」

 

顔面蒼白。まさか死を考える日が来るとは。

金のために裏稼業を始めた過去の自分を俺は呪った。

 

──ボスのマイクが帰り、太陽が一番高いところを過ぎた頃。

 

「急な変更、申し訳ございませんでした! では明日、日曜の納車でよろしくお願いいたします」

「いいよいいよ。こっちも1日で車検って申し訳ないかなと思って月曜にお願いしたわけだし」

「変更ありがとうございました。では明日の午後16時に納車でお願いいたします」

 

『はいよー』と手を挙げ、車検の客が帰っていく。

 

「グレイ、悪いが急いで頼む。俺もできることは手伝うよ」

「いいって。とりあえず部品持ってきてくれ、チャチャっと終わらそう」

「しかし腹減ったな。グレイ一回帰るか? 飯にしよう」

「いや、やっちまうよ」

 

預かった車のシートとハンドルに、ビニールのカバーをかける。

町工場とて、汚れや見た目を気にした一級品のサービスを心がける。

 

車を工場に移動させ、リフトにかける。

リフトアップしボンネットを開ける。

 

「部品置いとくから。にしても、家が隣だと飯はそっちで食おうってなるからいいよな」

「まあな、けど今は終わらせちまおう」

「別にいいけどよ、俺は飯食いに行くぜ?」

 

そう言ってキリトは昼食に出かけた。

 

月曜の話をボスからされて以来、キリトとその話はしていない。

あいつはどう考えてんだろう。今日は飲みにでも誘うか。

 

一通り整備を終え、今から2人で作業したいタイミングでキリトは帰って来た。

 

「今日もムツゴロウの冷やし中華は美味かったよ。裏切らない無難な味で」

 

工程を把握し、キリトはそのまま車に乗った。

ブレーキオイルを交換する。

 

「何回もー。ま、この街の飯はとびきり美味いはないけど、不味い所が無いのが良いとこだろ?踏みっぱー」

「明日はワカマツのカレーうどんだな。最後の昼食に最適だよ」

「……何回もー」

 

点灯するブレーキランプ。

徐々に新しいオイルで満たされるマスターシリンダー。

 

「なあ、キリト。今晩飲み行かねーか?」

「行くに決まってんだろ。お前が誘わなかったら首根っこ掴んで引きずって拉致ってたよ」

「じゃあアブラヤでいいか?」

「どこでも」

 

車検は最低限って依頼だったからすぐに終わった。

太陽は沈もうか悩んでいるよな、そんな様子だ。

 

「なあグレイ、今日もあの酔っ払いババアいるかな」

「いるだろ。マスターの彼女だぞ。てかババアって俺らも、もう30だろうが」

「そっか、あの人40前半くらいか。でもババアでいいだろ」

「40ピッタリだってよ、なんだっていーけど。あの人がこの街に越して来てから結構経つよな」

 

今日行くアブラヤの常連の話をしながら整備を続ける。

タイヤを取り付け、リフトから下ろし最終確認を行う。

 

「今日もきっと『グラちゃん綺麗~』ってマスターうるせーぞ」

「だな。店行く前に一旦家帰るわ。メリカールさんの家行って、シオンに月曜の件言わねーと。シファにも飲み行くって言わないとだし」

「じゃあ俺ここで待ってるわ。シオンにはちゃんと死ぬかもって言えよ」

「いつも言い過ぎて真に受けてくれないかも」

 

洗車などの納車準備は明日にまわし、帰り支度をする。

 

「じゃあ、また後でな」

 

家は工場の隣のマンション。

一階は『レストラン』になっており、最上階の6階に住んでいる。

 

一つのフロアに部屋は2つしかない。

隣の部屋にボスの旧友、メリカールさん一家が住んでいる。

 

一家と言っても母と娘の2人だが。

 

──ピンポーン

「隣のグレイですけど、シオンいます?」

 

ガチャっと扉が開き、中から制服姿の学生が出て来た。

 

肌を焼いて化粧は濃く、髪は金髪。

一つ結びにしているが、意味があるのかわからない場所を結えている。

 

「こんちゃー!ウチに用ってもしかしてバイトすか?」

「そうだよ、バイト。いいか、今回はまずい。ボスが一応声かけろって言ったから来てんだ。一応声掛けたぞ」

「いや、サラッと説明終わらすなし! 詳しく教えてよ、どうせやるし」

 

俺は『ハァー』とため息を吐いて肯定した。

 

「飯食わしてやる。今からキリトとアブラヤ行って飲むから来いよ」

「マヂ!? やった! あそこのご飯、ウチ好きなんだよね」

「俺は家戻って服着替えるから10分ほど待っといてくれ」

 

なんで女子高生を殺しに付き合わすんだ?

金がない旧友に金やる口実と言っても、やり方は他にあるだろうに。

 

俺は自分のことだけで精一杯なのに。

憂鬱な気持ちに駆られながら、自分の部屋の鍵を開け扉を開いた。

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