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第四層五界-テリオン
世界歴 104679年4月3日
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──金曜日
太陽の支配が完全に終わり、夜が産声をあげる。
街に『狂気』が溢れ出し、やがて満ちる。
安寧が目を覚まし、天使は震え、狼が笑う。
──翌朝、土曜
「よう」
ほったらかしの天然パーマ、作業ツナギ。
目つきと犬歯がやけに鋭い男がソファに座る。
「よう、グレイおはよう。シファちゃんは調子どう?」
「相変わらずだ。狂気が満ちてからは震えてて、昨日から一睡もしないで今もベッドだよ」
マッシュルームヘアでメガネにスーツの男が挨拶を返す。
「『
「だな。ところでキリト、ボスは昨日なんて言ってた?」
直近の仕事が気になる。
あの人の事だ、もうそろそろデカいのやるだろ。
そんな気がしてならない。
「『土日は自動車整備屋に集中しろ』だと。で、稼業は月曜、デカいのがあるって」
「思った通りだ。また俺との賭けに俺が勝っちまった」
この店に勤めて長い。
表の稼業もそうだが、裏の稼業のスケジュールもなんとなくわかる。
もちろん勘で。
「お前ってやつはいつもそうだ。9時にオイル交換の客が来るから。それと、ボスは9時半くらいに来るってよ」
「そうか、昨日は先帰って悪かったな」
「いいさ、金曜だしシファちゃん心配だろ? お返しはカクボロ一箱でいいさ」
金曜日は仕事が残ってても早く帰る。
キリトにタバコを買ってお礼するのは俺達の習慣だ。
「とりあえず、一本吸えよ」
今回分のカクボロは買ってなかった。
俺はハッピーストライクを一本取って火を付け、タバコを箱ごとキリトに渡した。
「おはようございま……あら、来るの早かったわね。一服中にごめんなさい」
「ああ、キッカワ様。おはようございます。そんなことありませんよ、こちらこそ申し訳ございません」
「いらっしゃいませ」
一口だけ吸ったタバコを急いで消して、作業服のチャックを上げた。
──30分後
「ありがとうね、また来るわ」
「こちらこそ、毎度ありがとうございます!」
キリトが今日最初の客を対応し見送る。
「あら、社長さん。どうも。今日もすぐに整備してもらったわ」
「おお、これはこれはキッカワ様。いつもありがとうございます」
『またね』と客は手を振り帰る。
「おはようございます」
2人揃ってボスに挨拶をする。
ボスはちょうど葉巻を咥えたところだった。
『おう』と言った雰囲気でボスは手を上げ事務所の奥のソファに座る。
「おう。昨日、キリトには言ったがよ。今度、タマ取ってきてもらう」
マッチを擦って火を灯す。
葉巻の端に火がギリギリ付かないように近づけ熱し、葉巻に火を付けた。
「ボス、殺しとは聞かなかったですよ」
「おう、じゃあキリト。……お前、降りるか?」
「……すいません。自分なりの事実を言っただけで。降りる気はないですよ。今まで通りこなしますよ」
俺達のボス、『マイク=レオーネ』。
立派なスーツに黒のワイシャツと派手なネクタイ。
オールバックで、鼻の下に髭を蓄えた初老の男性。
この街の裏を牛耳っている存在──ではない。
裏社会と太いパイプを持ち、それを稼業に金を稼ぐ。
要は表と裏のある男、それ以上でも以下でもない。
「キリトからは月曜に実行と聞きましたが」
「おう。ロルストンの組事務所に、とある男が来る。そいつと、そこに居合わせた人間を全員殺せ」
『全員殺せ』。
そりゃそうだ。
自分の
現場に自分の名刺を置いて帰ってるのと同義だ。
「おう、今日明日は準備期間だ。失敗はできねえ。動く金がでけえし、何よりも依頼主がビッグネームだ。ミス、それ即ち死だ」
なんでそんなの取ってくんだよ。
いや、この人はやらざるを得ないのか。
「おう。お前らだけでも構わねーが、人が欲しけりゃ集めろ。おう、グレイ。メリカールのとこのガキにも声かけてやれ」
「そうですね、今夜シオンにも声かけます」
ボスは旧友の娘を平気で稼業のバイトに呼びやがる。
女子高生だぞ?
まあ、それを嬉々として受け入れる、あの家族も家族か。
「で、ボス。ターゲットは?」
「おう。組はロウタウンファミリー。ターゲットはファミリーのトップ、『ノスタ=パパ』だ」
「ノスタ!? ボス、本当にやるんですか!? 裏社会のパワーバランスが一気に崩れて、一般社会の生活にも支障が出ますよ!」
「グレイの言う通りですよ! あのノスタを殺せって誰の依頼ですか!?」
──ッバン!
ボス、もといマイクがテーブルを拳で叩いた。
スーツから出ている拳だけ、マイクの
「おう、ゴタゴタうるせえよ。『サンベイ=フライハー』から直々の依頼だ。……な? どう転んでも、成功以外は地獄だ。むごい思いしたくなかったら気張れ」
ノスタ? サンベイ?
裏社会の重鎮共じゃねーか。
「……ミスってたまるかよ、まだ死ねねーよ」
「おう! キリト、その意気だ。お前らがミスれば俺も終わりだ」
裏社会に半身以上、突っ込んでんのは覚悟してた。
だけど、これほど急に生と死を天秤にかけられるとは。
「おう、キリト。今日の後の予約は?」
「……10時半に12ヶ月点検と、午後に車検の入庫が一件です」
「おう、じゃあ入庫までやって今日は終いだ」
「車検の客には月曜に納車と伝えてますが……」
「おう、じゃあ明日の日曜納車に変更って言っとけ! ったく」
顔面蒼白。まさか死を考える日が来るとは。
金のために裏稼業を始めた過去の自分を俺は呪った。
──ボスのマイクが帰り、太陽が一番高いところを過ぎた頃。
「急な変更、申し訳ございませんでした! では明日、日曜の納車でよろしくお願いいたします」
「いいよいいよ。こっちも1日で車検って申し訳ないかなと思って月曜にお願いしたわけだし」
「変更ありがとうございました。では明日の午後16時に納車でお願いいたします」
『はいよー』と手を挙げ、車検の客が帰っていく。
「グレイ、悪いが急いで頼む。俺もできることは手伝うよ」
「いいって。とりあえず部品持ってきてくれ、チャチャっと終わらそう」
「しかし腹減ったな。グレイ一回帰るか? 飯にしよう」
「いや、やっちまうよ」
預かった車のシートとハンドルに、ビニールのカバーをかける。
町工場とて、汚れや見た目を気にした一級品のサービスを心がける。
車を工場に移動させ、リフトにかける。
リフトアップしボンネットを開ける。
「部品置いとくから。にしても、家が隣だと飯はそっちで食おうってなるからいいよな」
「まあな、けど今は終わらせちまおう」
「別にいいけどよ、俺は飯食いに行くぜ?」
そう言ってキリトは昼食に出かけた。
月曜の話をボスからされて以来、キリトとその話はしていない。
あいつはどう考えてんだろう。今日は飲みにでも誘うか。
一通り整備を終え、今から2人で作業したいタイミングでキリトは帰って来た。
「今日もムツゴロウの冷やし中華は美味かったよ。裏切らない無難な味で」
工程を把握し、キリトはそのまま車に乗った。
ブレーキオイルを交換する。
「何回もー。ま、この街の飯はとびきり美味いはないけど、不味い所が無いのが良いとこだろ?踏みっぱー」
「明日はワカマツのカレーうどんだな。最後の昼食に最適だよ」
「……何回もー」
点灯するブレーキランプ。
徐々に新しいオイルで満たされるマスターシリンダー。
「なあ、キリト。今晩飲み行かねーか?」
「行くに決まってんだろ。お前が誘わなかったら首根っこ掴んで引きずって拉致ってたよ」
「じゃあアブラヤでいいか?」
「どこでも」
車検は最低限って依頼だったからすぐに終わった。
太陽は沈もうか悩んでいるよな、そんな様子だ。
「なあグレイ、今日もあの酔っ払いババアいるかな」
「いるだろ。マスターの彼女だぞ。てかババアって俺らも、もう30だろうが」
「そっか、あの人40前半くらいか。でもババアでいいだろ」
「40ピッタリだってよ、なんだっていーけど。あの人がこの街に越して来てから結構経つよな」
今日行くアブラヤの常連の話をしながら整備を続ける。
タイヤを取り付け、リフトから下ろし最終確認を行う。
「今日もきっと『グラちゃん綺麗~』ってマスターうるせーぞ」
「だな。店行く前に一旦家帰るわ。メリカールさんの家行って、シオンに月曜の件言わねーと。シファにも飲み行くって言わないとだし」
「じゃあ俺ここで待ってるわ。シオンにはちゃんと死ぬかもって言えよ」
「いつも言い過ぎて真に受けてくれないかも」
洗車などの納車準備は明日にまわし、帰り支度をする。
「じゃあ、また後でな」
家は工場の隣のマンション。
一階は『レストラン』になっており、最上階の6階に住んでいる。
一つのフロアに部屋は2つしかない。
隣の部屋にボスの旧友、メリカールさん一家が住んでいる。
一家と言っても母と娘の2人だが。
──ピンポーン
「隣のグレイですけど、シオンいます?」
ガチャっと扉が開き、中から制服姿の学生が出て来た。
肌を焼いて化粧は濃く、髪は金髪。
一つ結びにしているが、意味があるのかわからない場所を結えている。
「こんちゃー!ウチに用ってもしかしてバイトすか?」
「そうだよ、バイト。いいか、今回はまずい。ボスが一応声かけろって言ったから来てんだ。一応声掛けたぞ」
「いや、サラッと説明終わらすなし! 詳しく教えてよ、どうせやるし」
俺は『ハァー』とため息を吐いて肯定した。
「飯食わしてやる。今からキリトとアブラヤ行って飲むから来いよ」
「マヂ!? やった! あそこのご飯、ウチ好きなんだよね」
「俺は家戻って服着替えるから10分ほど待っといてくれ」
なんで女子高生を殺しに付き合わすんだ?
金がない旧友に金やる口実と言っても、やり方は他にあるだろうに。
俺は自分のことだけで精一杯なのに。
憂鬱な気持ちに駆られながら、自分の部屋の鍵を開け扉を開いた。