第四層五界-テリオン
世界歴 104679年4月4日
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「おはーす」
「おう、メリカールんとこの。遅刻だ、明日は1分たりとも遅れんな? まあ座れよ」
「マイクさん、シオンっすよ。シ・オ・ン」
「んなこた、わかってらぁ。なんせうちの稼業はデキた従業員とお前入れた3人が稼ぎ頭なんだからよ。仕事を獲るのが俺、やるのがお前」
──日曜
太陽はまだ昇り続けてる。
「おう、昨日は飲みに連れてってもらったそうじゃねーか。おじさん達にありがとう言ったか?」
「いや、ウチそんなガキじゃないし。言ったっすよ」
『おう、ガキは育つのが早え』と言いながら、マイクは葉巻に火をつけた。
「おう、オメーらよく聞け。ノスタは明日月曜の13時に事務所に顔を出すそうだ。弟分が組をかまえたのを祝うんだと。ただその弟分ってのがサンベイに寝返ったらしい。テメェが組を出しゃノスタが来るからそこをハジけってよ」
「……すげー話しだな」
「おう、キリト。俺もノスタみたくなりたかねーからよ。謀反なんて考えるなよ?」
「ボス、冗談キツいですって」
キリトが眼鏡を外してレンズを拭き始めた。
「おう、オメーらは明日、ロルストンの例の事務所で暴れてこい。キッチリ、全員殺せよ。今日はその前祝いだ。今晩は皆んなで飯を食おう。ドナドナの席を取った。シオンはカーチャンに言っとけ、飯食わしてやるって。グレイ、シファも呼べよ」
「やったー! ドナドナは近いのは良いんだけど高くって食えねーっすよ! ママに言ったら喜ぶなー、マジでアガる!」
「ありがとうございます。シファに言いますね」
「ノスタをハジく前日にドナドナのフルコースか。最後の晩餐だな……」
──バンッ!
マイクが握りしめた拳を真下に振りかざし、テーブルを殴った。
スーツから出ている拳は人のままだ。
「おう、キリト。オメーもしかして、鉄砲玉のつもりか?」
キリト、てめー。
なに地雷踏んでんだよ。
場が一瞬で凍りつく。
あからさまに、シオンの顔に『メンドー』と書いある。
「おう、俺はな、オメーらを信用してんだ。何もここでビクビク怯えて結果を待ってようなんて思っちゃいねー。現場任せるっつーのはよ、トカゲの尻尾切りしてーから言ってんじゃねーんだ、あぁ?」
「ボス、わかってますよ。さっきは失言でした、すいません」
マイクが葉巻をクリスタルの灰皿にこすりつけて消す。
「おう、今回の金は前払いだ。1人につき、一律1億クレイ。そしたらオメーら高跳びしろ。この街を1年くらい出ろよ。晩飯食い終わったらここにまた集まる。そん時に金を渡す」
「そんなにすか!? 必要なら逃げるすけど。てか1億って!」
「おう、無駄遣いすんな? カーチャンにも言っとけ」
1億。
それだけの大金があれば、これまでの稼ぎと合わせても不自由しないで生きれるんじゃ。
この『狂気の濃い街』をシファと抜け出して。
欲しかったクルマを買って、家を買って、家庭を持って──。
圧倒的な額の前払い報酬に思考が止まらない。
「ボスなりの誠意ってことですね。受け取りました」
キリトが頭を下げた。
「おう、万が一、オメーらが倒れても誰にも盗られねーところに隠せ」
マイクは笑いながらシガーカッターの手入れを始めた。
──6時間後
西の空は太陽を感じさせない。
真上の夜空の黒と比べ、明るいコバルトブルーがおやすみを言っているようだ。
予定の時間の5分前にレストランに着き、中へ入る。
俺が遅刻するわけにはいかない。
ボスの招待ももちろん理由の一つだが、そうじゃない。
ここ『レストラン・ドナドナ』は俺の住んでるマンションの一階。
住人が遅れるなんてことほど、バツの悪い話はない。
「いらっしゃいませ」
この店唯一のホール担当が出迎えてくれた。
店内はヴィンテージというよりアンティークな雰囲気。
床が真っ赤な絨毯で覆われ、白の外壁とそれ以外の家具などはマホガニーで統一されている。
シャンデリアが優しい光で全体を照らす。
テーブルは全て円卓で、6卓しかない。
奥にはオープンキッチンがあり厨房が覗け、その手前にワインクーラーが鎮座している。
「マイク様のお連れ様ですね。こちらです」
席に通されると、そこにはすでに全員揃っていた。
「おう、こういう時しか見れねーからな。孫にも衣装じゃねーか」
「お待たせしました。そうですね。最近はスーツなんて、ここみたいなコースの出る店以外で着ないですね」
「マイクさん、お久しぶりです。本日は誘っていただいてありがとうございます」
普段は作業着しか着ない俺に向かってボスのマイクが茶化してくる。
「シファさん、やっほー」
「やあシファ。久しぶりじゃないか」
「カノンさんにシオンちゃんも今晩は」
席にいるマイク、メリカール一家、キリトに挨拶をして着席する。
マイクの目が泳ぐ。
サービススタッフを探しているらしい。
口角が上がった。スタッフが捕まったようだ。
「おう、人が揃ったからコースを始めてくれ。全員酒を飲むからよ、アペリティフに辛口のシャンパンと各料理毎に合うワインを2本ずつ頼む。今日は前祝いなんだ、額は気にしねーよ」
「かしこまりました。マイク様、いつもありがとうございます。本日はとっておきのヴィンテージをご用意いたします」
すぐにアミューズと、シャンパンが運ばれてきた。
スタッフがシャンパンの栓を慣れた手つきで開ける。
店内が多少賑やかだったのと、その開栓のテクニックもあいまり、気づいた時にはコルクは抜かれてグラスにシャンパンが注がれた。
「おう、明日はこれまでの稼業で1番デカいヤマだ。全員の無事と輝かしい未来に、乾杯」
マイクの乾杯の音頭で、席の全員がグラスを掲げた。
シャンパンの泡が優雅に昇り続けてる。
あー、このシャンパンは美味いな。
キンキンに冷えているし、しっかり辛口。
食欲がそそられる。
このレストランに来ると、つい目線はキッチンに行きがちになる。
オープンキッチンの向こうにいる3人の料理人。
いや、3匹か。
『牛、豚、鶏』がエプロンを付け、二足歩行で料理している。
主に牛と豚が料理をし、鶏が盛り付けを行う。
なんとも猟奇的な光景だ。
あれが
「おい、グレイ。お前またキッチン見てるぞ」
「悪い。ついな」
「失礼いたします。こちら、本日のプルミエアントレ、牛ヒレ肉のタルタルにキャビアとトリュフのジュレでございます」
「やばー! すごい美味しそう」
「ほら、マイク。あたいのグラスにワインを注ぎな」
「おう、んなもん手酌でやれ。ったく」
そう言いながら、マイクがカノンのグラスにワインを注ぐ。
いや、スタッフにお願いした方が、とは言えない。
マイクにとって、ワインを仲間内で注ぎ合うのはマナー違反と思わない。
豪快なのか、田舎人なのかわからないのがボス、マイクだ。
「いいワインだね。あたい好みだ」
「おう、だろ? もっと飲めよ」
さすがドナドナ、前菜にも肉が入ってくる。
そもそも魚料理や口直し以外、全てに肉を使うのがここのコースの売りだ。
「ほんと、ママとマイクさんって仲良しだよね。そのおかげで、ウチにも仕事はあるし、美味しい料理は食べれるし。マヂ最高ー」
「おう、にしても金がねーっ言う割にゃ良いもん着てんじゃねーか」
確かに、カノンさんはこの店の中で1番派手だ。
鼻が高く、品のある顔立ちなのもあり、さながらレッドカーペットの女優のようだ。
「当たり前さ。常に一流の格好をするんだよ。世界は自分を信じる人を信じるからね。それに威厳ってのは香水みたいに、付けてる人間には分りゃしない。自信を香らせるんだよ」
カノンがワインを一口で飲む。
『やっぱ、ママかっこいいわ』、とシオンが見惚れる。
「おう、一丁前にもの言いやがって。キリト、なんか言ってやれ」
「いやーカノンさん、本日も綺麗ですよ」
キリトが眼鏡を拭きながら流す。
それを見て、カノンとマイクが大爆笑した。
笑いが連鎖し、場が盛り上がる。
あー、本当に楽しい。
ボスは時として威圧的だか、根底に愛がある。
だから、俺もキリトも付いて行く。
シファも俺を信じて応援してくれる。
──楽しい一時は過ぎ
「こちら、本日のデセール、フォンダンショコラでございます」
最後のデザートが運ばれてきた。
みんなコーヒーを断り、ワインと一緒にいただく。
さっきの食べたメインは最高に美味かった。
牛サーロインのステーキ、ソースボルドレーズ。
これぞ、ドナドナと言った一品だった。
「おう、美味かったな。よし、これ飲んだら事務所に行くぞ」
マイクの一言で、一気に感覚が日常に戻った。
今から事務所に行って、稼業の前金で一億クレイか。
絶対に、俺が思っているシナリオじゃない。
各々がマイクに『ご馳走になりました』とお礼を言う。
『おう』と満面の笑みで答え、会計するから先に出とけと指示される。
店から出る直前、振り返ると物凄い厚みの札束をマイクが支払っているのが見えた。
おいおい、ワインはいくらしたんだ?
──ド
キリトに肩を叩かれた。
「グレイはどう思う? ボスの心中をよ」
「まあ、聞いてた通りのシナリオにはならねーだろうな。賭けてもいいぜ」
「お前が賭けるなよ。当たっちまうだろ」
俺は頭を掻き、キリトは眼鏡を拭き始める。
やり取りを見て、シファの顔に不安が走った。
「なああんた達、あの人をよろしく頼むよ。あたいにも伝わってる。多分、マイクは死ぬ気だろうね」
全員の顔がこわばる。
「グレイ、わかってるな」
「お前こそ。恩返すぞ」
──カランッコロン
「マイク様、本日もありがとうございました」
「おう、また来る」
マイクがジャケットを腕を通さずに羽織りながら出てきた。
すぐにシガーケースから葉巻を取り出し、カッターで先を切る。
「ご馳走です」
「おう、美味かったな。事務所に行こうか」
キリトが持ってたジッポに火を灯し、葉巻に近づける。
マイクは『おう』とそれを受け入れ、葉巻に火をつけた。
事務所に入ると、いつもの部屋の匂いが新鮮に感じる。
「おう、何突っ立ってんだ。全員座れ」
マイクは自席、カノンは仁王立ち。
その他はソファに腰をおろす。
「おう、約束の金だ」
黒いボストンバッグ が3つ並んでいる。
「おう、耳揃えて入ってるからよ。気になるやつは札束数えろ。……あとよ、金の動きが変わってよ、1億って言ったが中には2億入ってる。持ってけ。おう、シオン。20キロ以上あるから、グレイに運んでもらえ」
緊張が走る。
一億が倍の二億。
稼業前だぞ? 前金なんだぞ? しくじるかもしれないんだぞ?
ボスは何を考えている。
「マイク、何カッコつけてんだい。こんなに金払ったら破産して、ドナドナで幅利かせられないよ?」
「おう、バカも休み休み言え。なんで金がねーって、毎度ウルセーやつが、その金で説教垂れれるんだ? あ?」
一瞬の静寂。
「ボス、どんな絵図か分かりませんが、明日はやり方を変えましょう」
「キリトの言う通りです。ボスはここに残るそうですが、誰か来客予定ですか? ノスタの暗殺に同行するか、それt」
─ガリッ
マイクの自席が軋んだ。
スーツから出ている左手はすでに獅子で、テーブルに爪を立てている。
ボスの鋭い眼光はそのまま。
顔に金色の毛が生えだし、黒のオールバックヘアは縮れた立派なタテガミに変わっていった。
目の前にスーツを着たライオンが現れた。
ボスの
「おう、オメーら俺の心中を知っての発言か? あぁ!?」
──ダンッ!
自席を殴るマイク、爪で削られたマホガニーの木片が宙に舞った。
テーブルが危なく壊れるところだ。
──ッス
キリトがソファから崩れ落ちるように地面に膝をつき、土下座した。
「お願いします! 頼みますから考え直してください! サンベイを断れないのは分かります! だからと言ってボスが鉄砲玉にならないでください!」
「俺からもお願いします! やり方は他にもあるはずです!」
俺も続いた。
キリトも俺も、この人に恩がある。
のらりくらりと浮雲のように、この街に蔓延りろくな生き方を知らない俺達に仕事をくれた。
裏稼業だって俺達から頭下げて加えてもらったんだ。
そん時も嫌な顔せず、『しくじったら死ぬぞ、覚悟しろ』って肯定してくれた。
「ボスに仕事もらって生かしてもらってるんです! 俺達だけ金もらってトンズラなんて、できるわけないですよ!!!」
「そうですよ、俺達を信じてください!!!」
マイクのタテガミが徐々に短くなり、色も黒になっていく。
顔が徐々に人に戻り、
「おう、気持ちはわかったよ。一緒に考えようや」
依頼には加わらないシファやカノンを含め、話し合った。
みんなが生きることに必死になった。
みんながボスを生かすことに必死なった。
「では、ボス。また明日、朝8時に。今晩はご馳走様でした」
「最高の夜でした。シファも呼んでくれて、ありがとうございます」
シファやシオンも感謝を述べて、マイクは『おう』と笑顔で相槌を打った。
「シオンは先に帰ってな。マイクとちょっと飲んでから帰るよ」
「はいよー、ママおやすみー」
グレイがシオンの、引いてはメリカール家の報酬金も肩に担ぎ、一同は事務所を後にした。
「何考えてんだか。シオンを父なき子にするきかい?」
「おう、今もいねーのと同義だろうが」
「でも、それじゃあダメだろ。生きるんだ。……マイク、あんたはいい部下に恵まれたね」
「……ちげーねぇ」
マイクとカノンの気持ちが交差する中、夜は更けていった。