第四層五界-テリオン
世界歴 104679年4月27日
──────
「よう。ほら、もう行くぞ。……ん? ティータか?」
「うー、眠い。こんばんわー」
黒い闇がじっとりと世界に満ちていた。
時刻は丑三、事務所の前にグレイとティータが集まる。
グレイは車のボンネットに座りながらタバコを吸い、ティータは明らかに寝起きの雰囲気で眠そうにしている。
「あれ、今日って結局グレイさんなんすか?なんか前に、結構な頻度でキリトさんにこの稼業を変わってもらってるって聞いたんすけど」
「そうなんだよ、ダメだった。キリトに断られたよ。今回は変わってやらないって」
「今回は? 自業自得パターンな感じ?」
──12時間前
「頼む、すっかり忘れてたんだ。変わってくれ」
「ふざけるな、変わらない」
「頼むよ! 今日、『死体』捨てに行く日なの忘れてたんだ。21時からバイクのレースなんだよー、ライブで見ないと」
「21時ぃ? 行けるじゃねーか! こないだは朝の4時からって言うから変わったけどな、お前その時間なら行けよ! 今回は変わってやらねー」
グレイの趣味である、世界最高峰ロードバイク選手権のライブ観戦。
それを理由に死体遺棄の稼業を幾度となく、キリトに変わってもらっていた。
そして、今回は代打の依頼をキリトが断っていたのだ。
──。
今から始める仕事は至ってシンプル。
稼業で出た死体を、とある場所に捨てに行くだけだ。
しかし、時間が深夜に限られる。
「いろいろあってな。いいか、生ハムをツマミにワインを飲んで、バイクレースを見る。……最高だね。脳汁ドバドバ」
「は? ワインて、どんだけ飲んだ感じー? 飲酒野郎の車に乗りたくないし。てか飲酒の相乗りで捕まるとかダサすぎだし!」
「死体積んでる時点で、捕まったら終わりだろうが」
「……確かに。じゃ、ねーし! 安全運転ヨロっす、マヂで」
普段はドナドナで『焼いてもらう』が、今日は月曜。
焼却日の金曜まで日にちもあるため、わざわざ捨てに行く。
「てか、俺だって今日はシオンかと思ってたぜ。さっき家のチャイム押したらカノンさん出て来て『ウルセぇ、殺すぞ』って怒られたよ。で、来て待ってたらお前くるし」
「そうなんすよ、ガッコで急に仕事変わってって」
「へー、なんだデートか?」
「あいつ彼氏いないはずなんすけどね。で、夜中の2時に集合って言われたんで来たっす」
すでに車はエンジンをつけ、ライトは道を挟んで向かいの公園を照らしている。
片田舎の街、月曜の深夜。
人っ子1人としていない。
「とりあえず乗れよ」
作業着を着た男とジャージ姿のティーンが車に乗り込む。
「コンビニ寄って欲しいんすけど。いすか?」
「死体積んでんだぞ? 自重しろ。……何用だ?」
「喉渇いたなって」
「ま、勝手に車のトランク開けて、ビニールの中の死体見るやつなんていねーだろ。コンビニどこでもいいか?」
「やった! あ、自分はラーソンしか行かないんで」
最短で街を出て、監視カメラのない道だけで目的地を目指そうと、車を発進させたグレイがブレーキを踏む。
「まあ、あっちからでも行けるけどよ。こっちに進み始めてたし、ブラザーマートって言ってくれんのかと思ったぜ」
「いや、聞かれたから」
「遠回りになるけど別にいーよ。だって俺もラーソン派」
『マヂ!? やっぱからあげチャンっしょ』なんてラーソントークをしながら車を走らせる。
コンビニに着き買い物をする。
「飲み物だけのはずが、ついいっぱい買っちゃうんすよね」
グレイがラーソンのホットコーヒーだけなのに対し、ティータは袋がパンパンになるくらい買い物をしている。
手にはからあげチャンを持っている。
「おいおい、買いすg」
グレイがツッコミの途中で、コンビニの壁に張り付きティータを静止する。
ティータが一瞬で察して沈黙した。
車を止めたのはコンビニ入り口の死角。
コンビニの角から身を隠し、車を見るグレイ。
2人組がトランク付近を覗き込んでいた。
「どうするっす?」
「俺が人間のまま、ドロップキックでアイツらを吹っ飛ばす。鍵開けるからその隙に乗れ。そしたらすぐ出発だ」
グレイがコーヒーを床に置いた。
ダッシュで2人組に突っ込み、すかさずキックをお見舞いする。
──弾指
2人組はひらりとかわした。
「あっぶねーな! 何すんだよ」
ドロップキックをかわした片方が叫ぶ。
よく見ると2人組は馴染みのある顔だった。
「キリト、……とシオン? なんでお前らがここに。……あ! あれ、もしかしてお前ら! なんだぁ、そういうことかよー。 おい変態! 女子高生に手だすの犯罪だぞ! ハッハ」
「……断じて違う。なに喜んでんだよ、お前のツボ、おっさんじゃねーか」
夜中のコンビニに居合わせたキリトとシオン。
このペアの登場に、グレイは面白くなって茶化し、ティータは引いた目で見ていた。
「シオン、あんた。マヂ?」
「いや違うし、ガチで。ティータン、その引いた目やめろし」
キリトもシオンも、目元が赤くなっている。
まるで泣いた後のようだ。
「ウチが好きな海外ドラマさ、たまたまキリトさんも好きで。『俺のバイブル』とか言うから今度一緒に見よって。それでずっと見てたの」
「そういうこった。さっきやっとすれ違ってた2人が結ばれてさ、泣きながら休憩しにラーソン来たんだよ」
キリトの家はこのコンビニの隣り、一階が内科診療所になっているアパートの一室に住んでいる。
『泣きながらコンビニって、キモいな』という言葉をグレイは飲み込んだ。
「んなことより、なんだオメーら。仕事中だろ。しかもこれ中身よー、見られたらやばいんだから緊張感持てよ」
「こいつがラーソン行きてーって」
「グレイさん。マヂで、それはない。自分もラーソン派とか言ってたじゃん」
まさか夜中に、泣いて目元腫らしたキリトに仕事のことで怒られるとは。
普通にショックだ。
「俺ら戻るから、しっかりやれよ。あと1時間もしたら空が白み始めるぞ」
「わかってるよ、そっちもドラマ見んのがんばれよー」
キリトが『ウルセー』と言わんばかりに中指を立て、シオンは『でも2話後に別れるから辛いわー』なんて言いながら去っていった。
「ティータ、俺らも行くぞ」
「からあげチャン冷めたから温めてくるっすね」
同僚に説教され、その一端を担った存在がコンビニに駆けていく。
大丈夫だ、俺。
この仕事はティータがいれば一瞬だろ。
小さな不安と淡い期待が混ざりながら、ティータがコンビニから出て来るのを待った。