第四層五界-テリオン
世界歴 104679年4月27日
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闇の中を走り続ける車。
街を抜け、死体廃棄の目的地まであと半分。
監視カメラなんてものが設置かれている区間は、とうの昔に過ぎていた。
30才と16才が車に揺られる。
「そういえば、グレイさんとはあの日ぶりっすね。ほら、ノスタの」
「ん? ああ、そうだな」
「やばかったっすよね。自分もあの話しはビビたっす。しかも急に2億クレイって大金貰えたし。銀行に預けられないからタンス貯金っすよ」
「ティータも大金貰ったのに、普通に学生やってんだな」
「そりゃそうっしょ。今が楽しいから金のありがたみが、わかんねーす」
そんなもんなのか?
最近のガキはませてんだか、幸せなんだか。
学校なんてやめて、パーっと街出て遊べばいいんだ。
……この街を出る、か。
無理だな。
「グレイさんはノスタのあの話し、どう思うっす?」
「俺は悪い話しじゃねーと思うけどな」
──時は遡り、ノスタの弟分をハジいた日
第四層五界-テリオン
世界歴 104679年4月5日
──────
「楽しいなぁ。おい、髪が赤いの、お前、えっと」
「自分はティータっす」
「そうそう、ティータ。お前今日、急に呼ばれたんだって? 金貰ってんのか?」
「金? いや、報酬はまだ貰ってないっすけど」
ドナドナでノスタが大盤に振る舞う。
「おう。まだティータにくれちゃいねーが、今回の報酬は一律2億だ」
「2億!? え、皆んなそんなに貰ってるかんじ!? やば! 2億!?」
店内にティータの声が響きわたるが誰も気にしない。
ノスタがいる、この事実だけで店側が自己判断で貸切にしてくれた。
訪れた客の中には無理やり店内に入った者もいたが、ノスタの顔を見た瞬間に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして帰って行った。
「ね、ティータン。これやばいよね。しかもドナドナ昨日も来てるから連チャン」
「え、マヂ? シオン、ビップだね。……じゃねーし! 2億!?」
「……なんだぁ、マイク。お前自分の部下にそんな大金やったのか。そうだよなぁ、どうなるかわかんねーしなぁ。……マイク、お前男だな。よし、オイラがお前に報酬で10億やるよ。その金から嬢ちゃんに2億くれてやりな」
スケールのぶっ飛んだ話しに一同が沈黙する。
「おう、俺は人が出した金を引っ込めさせねぇ。ありがたく受け取るよ」
「そうこなくっちゃなぁ。お前、仁義わかってるなぁ」
ノスタはグラスのワインを飲みきり、手酌でワインを注いだ。
ホールスタッフが困った顔をしている。
マナー違反にではなく、ノスタに注がなかった自分にヒヤヒヤしているようだ。
「ところでオメーら、オイラの傘下に入らねーか? もちろん悪いようには扱わねーよ」
その言葉で、ノスタ以外の全員がボス、マイクを見る。
ノスタの傘下?
つまりバックにノスタがつくのか?
そうなりゃ、裏の家業はしやすくなるが。
「おう、その心は? こんな田舎の半グレの集まり、手札にいらねーだろ」
「いやー、自分で言うのもだけどよ。オイラの武勇のほとんどが真正面からのドンパチだろ? 成り上がる過程で敵を増やしすぎちまうんだよ」
「おう、だからなんだ」
「サンベイをハジいてるし、一気に勢力拡大といきてーけどそうもいかねーって話だよ。オイラと組むことにビビっちまっうから、意外と傘下がいないんだよ」
腕を組み、天井を睨んで考え込むマイク。
途端、何か閃いたように口角が上がり、不気味なほどに満面の笑みになった。
「おう、案外悪い話じゃねーな。要は下っ端の少ないノスタの手札に加わる代わりに、バックについてくれんだろ?」
「物分かりがいいじゃねーか。シマも広くしてけよ。この街だけじゃなくて、国の北側全部乗っ取るくらいの意気でよぉ」
ウィンデルは国の北側に位置している。
しかし、北側で括るにはあまりにも小さな田舎町だ。
ノスタが言っている北側征服は恐ろしく壮大な話だ。
まるでお伽話のような。
「おう、乗った! バシバシ、ノスタの名前を出させてもらうぜ」
マイクの発言に一同驚くも、心中だけに抑えて表情に出さない。
ノスタがグラスを掲げ、マイクも追ってグラスを上げた。
それに倣い、全員が同じようにグラスを掲げて音頭を待つ。
「おう、よろしく頼むぜ」
「いやー、気分がいいなぁ。この乾杯でオメーらはオイラの兄弟分だ。本当はちゃんと盃交わしてーが、今日のところは勘弁してくれ」
ノスタが『乾杯』と言わんばかりによりグラスを高く掲げ、一同もそれに合わせながら酒を交わした。
「オメーらならやれるよ。オイラも協力するしよ。とりあえず、国の北方はオメーらが頭になるよう気張れよ」
──。
「ま、あれから結構経つすけど。現実なんも変わんねーすっね」
「そんなもんだろ」
車は闇を裂きながら目的地まで突き進む。
道路の両脇には農業地帯が広がる。
肥沃な大地の奥には、星空で輪郭が浮き上がった山々が連なっていた。
「今日晴れて良かったっすね。これで雨とか地獄じゃね?」
「まあそうだな、月も出てるから明るいし。でもお前がいりゃ雨でも問題ないだろ」
「は? なんで?」
「いや、確かにお前は濡れるし、足も汚れるけどさ。けどそれでも時間短縮の恩恵はデカいだろ。巨人だけに」
「違う違う。別に上手くねーし。てかなに言ってんすか? 自分、今日って
「は? 逆になんでお前は
車内が静まり、お互いに相手の心中を考え合う。
ん? なんでティータは巨人にならないんだ?
あんな湿地帯に人間の死体担いで『ルート』を外さずに暗闇の中歩くなら、巨人になって外側から投げちまえよ。
「え、マジでわかんないんだけど。死体担ぐんじゃないの?」
「担ぐなら巨人になって投げちまえよ!」
「……え、だって巨人用の着ぐるみ持ってきてなくね?」
「……あ」
グレイが言葉を発し、そのまま開いた口が塞がらない。
それでも車は進んでいく。
「……え。じゃあお前、馬鹿正直にあそこを死体担いで行こうとしてるのか?」
「そりゃそうっしょ。シオンからそう聞いてるし。……え、なに? 怖いんだけど」
なんで俺は期待した?
ティータが来たってだけで、あそこを歩かなくていいって思うのは尚早だろ。
「……最悪。歩くのかー」
「え、そんなにヤバいの? 自分、怖くなってきたんすけど」
「……お前、巨人になれない?」
「嫌っすよ! なんで暗闇でマッパにならなきゃ行けないんすか! しかも男の人の前で!」
「だよな」
ティータが
そのため、着ぐるみと称した巨人用の服を用意することで、ティータの羞恥心を紛らわしてきた。
着ぐるみがない今、ティータが巨人になると言うことは、それは女子高生が素っ裸で巨大化することを指す。
無理だ。
年頃の女に『俺は目を瞑ってるし、夜で誰もいないから大丈夫。だからさっさと巨人になって死体投げ捨てろ』なんて言えない。
「ま、お前にとってはいい経験になるか。『ブンク』辺りの土地勘はあった方がいいし、何より『ムゾク沼』までの踏破ルートは頭に入れないとな」
「ブンクって地名っすよね? なんかシオンもルート外すとヤバいっては言ってたすけど」
「ムゾク沼はブンク以外の土地とも隣り合ってるけど、俺らは全部括ってブンクって呼んでんだよ。ちなみに今から車で行くところは正確な地名はブンクじゃないから」
「えー、ダル。内輪ノリの呼び方ってことっすね」
「ま、俺らがブンクって言ったら、壁に囲われてる湿地と思いばいいよ」
道の左側に木々が生い茂っているのが見えた。
農業地帯や田園を抜けて、目的地のムゾク沼付近まできた。
──ムゾク沼
遥か昔は雄大な湿地だったが、近代の田園開拓に伴い数十年前に遊水地計画が発足。
国はムゾク沼とその周辺の湿地帯をぐるりと大きな堤防で囲った。
しかし、渡り鳥の越冬地など、生態系が存在したこともあり、自然破壊を理由に近隣住民から反対運動が発生。
遊水地計画は頓挫し、ムゾク沼とまとめて呼称される湿地は人工の壁の中に閉ざされる結果となった。
ムゾク沼へと続く脇道に入り奥まで進む。
バードウォッチングなどでも使用される駐車スペースがあり、そこに停車しエンジンを止めた。
この停車した場所が、ムゾク沼、引いては湿地を囲む壁のような堤防の一端である。
「着いたな」
月光が一面を照らし、堤防から湿地を見下ろす。
しかし、沼は見えない。
沼までは堤防を下って約一キロメートル離れている。
見えるのは背の高い野草と、その合間から除く湿地の水が月光を反射させている様だけだ。
「ティータって巨人の時は何メートルだっけ?」
「測ったことないからわかんないすけど。多分グレイさんちの6階建てアパートよりは全然低いっす」
「だよな、15メートルくらいか? ここの土手は5メートルくらい……」
グレイが土手を見下ろしては、空を見上げるを繰り返す。
「自分やらないすよ」
「この高さの土手だと、下に降りて巨人になってもせいぜい太ももの付け根くらいまでしか隠れn」
「やらないっすから!」
「んなこと言わずに、ポーンって投げてくれよ。……あ! そもそも巨人の状態で本気で投げれば、マッハくらいの速度になって空中で破裂すんじゃねーか!?」
テンションの高いおっさんとイラつく女子高生。
グレイがティータの顔に『クソみてーな大人が、クドイんだよ』としっかり書いてあるのを察する。
「ハァ、わかったよ。さっさと行こう」
「ったく。マヂ、ウザすぎて巨人になってグレイさんのこと投げてやりたくなったすよ」
「お前、そんなことしたら。サイズ元に戻った時に、着る服ないぞ。俺のツナギが生命線だろ」
「ウザすぎ。早く行こっす」
トランクを開けて死体の入った大きな袋を取り出す。
農業用の厚手ビニール袋に、袋の口が縛れるように紐をつけたお手製だ。
ロープを持って持ち上げ、用意していたアウトドアワゴンに乗せる。
駐車場の端から立ち入り禁止の看板を抜け、土手の縁をワゴンを引きながら歩いていく。
「いいか、ティータ。あの木が目印だ」
駐車場から5分ほど歩き、グレイが立ち止まって指南する。
指が指す方向、土手の真下から100メートル程湿地帯の中に木が生えている。
グレイがおもむろに担いでいた袋を手放し、土手を滑り落とす。
「いいか、ここが沼までの踏破ルートの入り口だ。下に行ったら2人で袋担ぐからな」
グレイがティータにペンタイプのライトを手渡す。
「いいか、俺が頭にヘッドライトをつけて先頭をいく。ティータって右利きだよな? 左肩にコイツを担ぐから、お前はそのライトで俺と自分の足元照らせ」
「え、右っすけど。了解っす」
「だよな。いや、コツがあるんだよ。後ろの人間の利き腕を空けるために前の人間が担ぐ肩を合わせるって。俺も右だからお互い楽だろ。シオンが左だから腹立つぜ」
そんなことを言いながら、ワゴンを堤防に置いたままグレイが土手を下る。
それにティータも続いた。
無事に湿地と土手の境界、投げ捨てた死体袋に辿り着く。
境界の際には野草が生い茂っているが、死体袋を滑り落とした付近だけ開けていた。
淡い月光と風に吹かれた野草がカサカサと音を立て、ある種の風情がそこにあった。