第四層五界-テリオン
世界歴 104679年4月27日
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「ルートを辿れって言っても簡単だ。俺が足をついた場所を踏み続けろ。以上。さ、担ごう」
「あのさぁ、なんでキリトさんもグレイさんも説明テキトーなんすか? 前提っていうか、背景っていうか、教えてくんないとやりたくないっす」
「……ゴメン」
急に自身の、広くはおじさんの悪癖を指摘され謝るグレイ。
このムゾク沼と呼称される湿地を抜け、沼なのか泥でできた水溜りなのかわからない本物のムゾク沼へ行くたの、効率的な踏破ルートが存在する。
「遊水地計画が発足して頓挫したって言ったろ? その遊水地計画の時に、ムゾク沼まで安全に辿り着くために松杭を地面に打ってるんだよ」
「マツクイ? それを踏んで歩くってことすか?」
「そう。松杭ってのは松から作った杭、釘みたいなやつだな。だから松杭。ここの湿地は膝まで泥に足が刺さるし、そのまま歩くのは現実的じゃない。けど遊水地計画時代の産物である松杭の場所を把握して、その上を歩けば深くても10センチまでいかない」
「あーまあ、理解したっす。地面の中に木の棒が打たれてるから、それを踏んで歩くと。外したら80キロ近い死体と一緒に泥の中ってことっすね」
『そういうこと』とグレイは言うと、装着したヘッドライトを点灯し死体を左肩に担いだ。
「行くぞ」
ティータも左肩に死体を担ぎ、2人の足元を照らしながらグレイの足取りを注視する。
一歩、また一歩と歩みを進めるデコボココンビ。
「疲れるっすけど、慣れてきたっす」
「だろ? けど気を抜くな。シオンはいっつも最後の方で泥に落ちるから」
「ハハッ、シオンらしー。てか、なんで自分らなんすか? グレイさんとキリトさんが2人で運べば早くないすか?」
東側の堤防の輪郭がうっすら分かるほどに、空が白み始めた。
「そりゃそうだろ。俺らが運ぶときは
「じゃあなんで」
「……いやぁ、『ここの連中』に嫌われてて」
「は? 連中って?」
──……ゴゥゥン
「なんの音すか!? ちょっと、グレイさん! どゆこと!?」
グレイの『ここの連中』発言後、ハンマーで硬い物を叩いたような音が微かに響いた。
「ムゾク沼には基本、国の連中しか来ない。けどそれも外周だ。要は、この堤防内の足場の悪さや豊かすぎる生態系のせいで、人は普段ここに踏み込まない」
「つまり?」
「それを逆手にとって暮らしてる人間達がいるってことだよ。通称『ムゾクの民』。けど俺らもその逆手を取る側だ。なんせ沼に死体捨てるんだからな」
「まってよ、つまり自分らはそのムゾクの民達からしたら敵ってことすか? マズイじゃん!」
──……ゴウンゴウン
重機の移動するような音が聞こえ、ティータの声色から不安が伝わる。
「大丈夫だよ。嫌われてんのは
「なんだ、襲ってくるとかじゃないんだ。良かった。……じゃねーし! だったら男の大人2人で運べよになるんすよ」
「喧嘩になるんだよ、毎回さ。どっちが前だの早いだの遅いだの。だったらシオンとか呼んで、ペーペーに気を遣いながら交代交代でやった方が俺達からしたら調子いいじゃん」
「結果、大人の事情すか。ま、そんなもんか」
会話の最中も重機の動く音や機械音など、さまざまな音が聞こえる。
しかし、そのどれもはっきりとした音ではなく、近いようで遠いような、音源がわからないような響きをしていた。
「てか、大雨の時ってここ沈むんすよね? ここって暮らすには環境的にキツくないすか? それに音とかどこで鳴ってんのか、重機みたいな音するっすよね? そもそも連中が敵なのかもわかんないすよ」
「それが分かりゃ苦労しねーよ。昔キリトと
「え、うん(ゴリゴリ干渉されてんじゃん!)」
「追いかけるにも足場が悪いし、あっちは地の利ですぐ逃げるし。それをボスに報告したら『おう、なんか地下で暮らす連中がいるって聞くな。洪水でもへっちゃらなんだと。おう、誰も連中のツラぁ見たことねーからな。余裕があったら捕まえろ』って言われたよ。それでムゾクの民を知ったわけだ」
弱々しくも響いていた音が一旦途切れる。
一面を背の高い野草に囲われながら、『ピチャッペチャッ』と湿地を歩く2人の足音だけが響いた。
徐々に空が白み、夜が明け始める。
「ま、触らぬ仏になんとやらだ」
「なるほどすけど。こういうことはシオンも言っとけよ。自分、普通にビビったっすよ」
「いや、シオン知らないから。あいつ音とか気にしてないよ、たぶん。質問されたことないし」
「……そっか。……てか、いつ頃ゴールすか? もうライトいらないくらい明るいっすよ」
完全に夜が明けたわけではないが、それでも暗闇を歩った者達からしたら明るく感じられるほど、日が登って来ている。
「安心しろよ。あと50メートルくらいだ。あの木が目印で、あそこまで行けば野草が晴れて目の前には沼がある」
グレイの言葉の通り、少し先に木が生えていた。
足取りの方向もそちらを向いている。
死体を担いで歩き始め、早1時間半。
もうすでにお互いの顔は認識でき、普段の生活を送れるほどの明るさに包まれていた。
「着いたぞ」
「やった。ここが、ムゾク沼」
目の前には大きな水溜りと揶揄されても仕方のない、申し訳程度の沼があった。
沼の外周を野草が覆う。
眼前の情報は空と野草と沼という、ある種の絶景が広がっていた。
「あー重かった。ティータ、降ろしていいぞ」
ティータが松杭を一歩分後退し、グレイとの間に死体を降ろす。
グレイが
死体の頭側にある袋の紐を解き、反対側の足を服の上から掴んで持ち上げる。
逆さまになった袋から死体の上半身がのぞき、それを松杭の上でバランスをとりながら前後にゆする。
勢いがついたところで、遠心力を使い沼の中に死体を投げ入れた。
「っしゃあ、終わったー。さっさと帰ろうぜ」
ビニールの袋から完全に露出した裸体の死体は、泥濘みが酷い沼の中にゆっくりと沈んでいった。
死体は1ヶ月もせずに骨だけになる。
もっとも、骨だけは残り続けるが、泥に沈んだその骨を見つける術は無いに等しい。
しかし、ティータは松杭の上で立ち尽くし、青ざめながら一点を見つめる。
グレイの奥、沼の中に投げ入れられた死体。
それがティータの目線を離させない。
「…え、ちょっと待ってよ。……あれって」
「え? ああ。あれノスタだよ」