第四層五界-テリオン
世界歴 104679年6月5日
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──アブラヤ
「あー暇」
「……ヤーマン」
双子は厨房で立ち尽くし、ロックスはカウンターで肘をつきながら相槌を打つ。
店内に客の姿も、ましてや店主のラングやグランティの姿もない。
人目につく心配がないヘラクレスはホバーしている。
「外には人っこ1人いないぜ?」
「せやかて、22時頃から増えるんでっしゃろ?」
「ヤーマン、もう少しで21時。かれこれ4時間はこのままだしな」
アルカナ一行がラングの命で出勤するも、いつまで経っても客は入って来ない。
一同は簡単なゲームにも飽き、テリオンの考察をするも、減っていくのはグラスの中の酒だけだった。
「あーあ。ウルト、ビールおかわり。何が金曜は暇よ。しかも理由聞いてもはぐらかしてくれちゃってさ。そもそm、……ねえ、感じる?」
「ん? ああ、なんだこれ? ……おいおいなんか変だぞ!」
「あっちや! 奥の部屋? ……やない! 外や!」
「ちょっとちょっと、どうゆうこと!? みんな行くよ!」
暇な時間を愚痴っていた、ポアロ姉弟が騒ぎ始める。
普段はクールなラピスの慌てぶりに、ロックスが動揺し始めた。
「ヤ、ヤーマン! どうした!?」
「感じないの!? これだからウィンクルムの地上人は!」
「姐さん、それはあんまりやで! 他のウィンクルム出身者知らんやろ!」
「どうせ、ロックスと同じように自然エネルギーを感じないでしょ!」
「ロックス行くぞ! 急にテリオンの自然エネルギーが濃くなり始めたんだ! そもそもアルカナよりは濃いように感じてたけどよ!」
一同が店を慌てて出る。
ポアロ兄弟が一目散に走るのを、訳もわからずロックスが後を追いかける。
「クソったれ! ジャンヌで飛んで行きたい!」
「我慢しろよ、すぐそこだろ!」
「あそこや! あの煙が出てるところや!」
「ヤ、ヤーマン。あそこって……」
アブラヤのある繁華街を抜け、公園に入る。
公園を走っている途中、すでに目視でその元凶を確認していた。
グレイやキリトの職場と教えられた自動車整備工場。
その隣、一階がレストランになっているマンションの屋上。
そこから煙が一筋立ち昇る。
その煙は圧倒的な高濃度の自然エネルギーに満ちていた。
「……ありえない。アルカナに満ちているマナの比じゃない。なんなのあれ」
公園で立ちすくむポアロ姉弟。
煙は100メートルほど上空で不自然に、水平方向に広がっていく。
まるで、自然エネルギーに満ちた煙が街全体を覆うように。
「何突っ立てんだ!? ラピス、行くだろ!?」
「バカ! 曲がりなりにもテリオンは上層! 私達の知らないナニカが命取りになるかもでしょ!」
「じゃあ、ジャンヌ装着しろよ! 俺はジッポ持っとくからよ! これは最初で最後のテリオンの真理を知るチャンスかも知れないぞ!」
不気味な状況に慎重になるラピス、それに対してウルトが檄を飛ばす。
普段のポアロ姉弟はラピスが頭脳であり、ウルトとヘラクレスは手足に近い。
しかし、それはあくまでラピスが最適解をメリットデメリットを通して瞬時に導くのに優れているからであり、決して弟達が言うことを聞くだけの木偶だからではない。
「いいか!? 俺達がマナを使えば、テリオンで無双できる自負がある! ラピスは何を気にしてる? ヘラクレスの部屋のストックも温存してる。ウィンクルムで使う予定のマナはまだまだあるだろ」
「それはそう。私は不確定要素のナニカについて考えてる。ウルトはそれが私達に危害を加えるなら交戦すればいい、なぜなら勝てるからと言ってる。私は考えがそもそも違う」
「……じゃあなんだよ」
「今から煙の出ている場所に行ったとして、それを知ったとして、私達にデメリットが出るとすれば? 例えば、ここに滞在する上で私達はテリオン産まれテリオン育ち。でもこの煙の出所を『わざわざ』見に行った時、その前提が崩れるようなナニカだったら? あえて行かないって選択も視野に入れるべきでは?」
「……一理ある。けど俺は行くぜ。申し訳ないけど、好奇心が止められない。ま、エゴってやつだ」
ラピスがウルトの目をじっと見つめる。
まるで、自分の中にある本当の気持ちをウルトの表情で確かめているような、そんな光景をヘラクレスとロックスが見守る。
「そう、好奇心。私達は好奇心のままに動いて問題ない。今この瞬間だってそう。能力的にも、経験的にも、リソース的にも、全て安全な領域で遂行することができる」
「じゃあなんで、わざわざ可能性を広げて考えるんだよ」
「だって、好奇心を軸に動くためのもっとらしい理由なんて、ウルトが声に出して言ってくれるでしょ。だから私は別の考慮をした上であんたの言葉を聞けば、自ずと選択する方向性がわかる。なんたって、ウルトの発言の殆どは私の鏡合わせなんだから」
「……ハァ。うぜぇ」
結局、状況把握能力は姉の方が一枚上手である事実を突きつけられ、ボーっと遠くを眺めるウルト。
「まあまあ、とりあえず行く先は決まったんちゃいます?」
「そうね。ウルトは空気操作で足場作って。私とウルトは空中ダッシュ、ヘラクレスは飛んでついて来て。ロックスは待機か、マンションの階段駆け上りな」
「おう、じゃあ行くぞ」
公園の中腹よりマンション寄り。
ウルトが空気操作で目に見えない階段を作り、それを双子がマナ検知で駆け上る。
「ヤーマン! さすがウヌらだ! 空中を走るなんて!」
「ロックスはマンションの階段使えよ! 落ちたら死ぬぞ!」
「この状況をテリオンの人らに見られたらやばいんちゃいますの?」
「ハハッ! じゃあ目撃者全員の頭にハーレクインを喰らわして記憶を喪失してもらおっか!」
一気にアドレナリンが出てゴキゲンなラピスとそれに続く弟達。
ロックスはやっと公園を駆け抜け、そのままマンションを目指す。
空中高くに駆け上り、マンションの屋上を見下ろすポアロ姉弟。
マンションの屋上には、真ん中付近にポツンとペントハウスがあり、そこの煙突から煙が出ている。
その時はすぐに訪れた。
ペントハウスの扉が開き、人影が姿を現した。
人ならざる人影が。
『血まみれのエプロン』をつけた牛、豚、鶏。
バケツ、ナタ、ノコギリ。
その他、使用用途を考えたくない物の数々。
「(マズイ!)」
眼下の想像をあまりにも絶した光景、それの考察を瞬時に放棄したラピス。
何も知らずにマンションの階段を駆け上がろうとするロックス。その足元に5センチほどのハーレクインをすかさず打ち込む。
──ダガンッ!
「ワッダー!?」
驚きロックスが上を見上げる。
ウルトが屋上を凝視する中、ラピスが『公園に行け』と言わんばかりに、元来た方向に指を刺している。
ロックスが瞬時にイレギュラーを察し、道路を渡ってフェンスを登り公園に入る。
公園外周の木の影に隠れながらマンションを観察する。
「よし、ロックスは隠れたね」
「……なんだよ、あれ。牛と豚と鶏? どれも人と同じくらいのサイズで二足歩行で、……てか、あいつら何持ってんだ?」
「……あれが姐さんの言っとったナニカ。ワテらの知らんこの世界の真理」
「……そうみたいね。……オドロオドロしい。あいつらマンションの階段を下ってく。ロックスと鉢合わせたらどうなっていたことやら」
牛達はポアロ姉弟に気づかず階段を下る。
ポアロ姉弟も気づかれないように、牛達を観察しやすい場所まで空中を移動する。
牛達は地上に降りると、一階のレストランに消えていった。
「すごい、どんどん自然エネルギーが濃くなって、この街に充満していくのがわかる」
「おい、早いとこロックスと合流しないt」
──バダンッ!
『アーッハッハッハ!』
マンションの一室の扉が開き、出てきた人間が高笑いをしている。
瞬時に空中を駆け上がり、死角に入るポアロ姉弟。
「あー、最高だ! ハッハッハ!」
──ダンッ!
「よし、グレイ! 街にくりだすよ!」
「キャハッ! 早く行こっす!」
別の部屋の扉が開き、人が合流する。
「……おい、あれ」
「……グレイはんに、シオンはんや。もう1人は、シオンはんのオカンか?」
「ま、これで謎はたくさん出来たけど、進展はあったね。この世界は確かに、『狂気世界』かも」
「あいつらは、牛達が出したであろう煙に当てられたのか?」
依然、途切れることなくモクモクと立ち込める煙。
テリオンの自然エネルギーの濃度の濃さに不安を覚えるも、姉弟は思考を巡らせ続ける。
「考察は後回し。今後の身の振り考えよ。まずはロックスと合流してすぐに店に戻る。原因は十中八九、煙。それに当てられた奴らが街に溢れかえると予想する」
「せやな、多分グレイはん達が騒いでたのはここが煙の発生源に1番近いからや。これから街中に伝播するで」
「牛達のことをこの街の連中は知ってるだろうな。下手に質問できない。それと、この自然エネルギーの発生についても質問する場合は慎重にいかねーと墓穴掘るかもな」
「確かにそうね。この街だけなのか、この世界は何処も同じなのか」
ポアロ姉弟が相談しながら公園まで駆け降りる。
その間も街のあちこちで嬉々とした絶叫が木霊する。
「ヤーマン! なんだあれは! 牛と豚と鶏がスプラッター映画のワンシーンみたいな物持って歩ってたぞ!」
「今はそれについて語らうのはやめましょう。それより早く戻らないと」
「アーハッハ! アブラヤに行くだろう!?」
「ママ、それいーね! キャハ! じゃあ今晩はアブラヤだ!」
「あー、早く酒飲みてぇ! 良い! 良いぞ! 今日の『狂気』は濃い!」
アルカナ一行が公園の隅で作戦会議をする中、マンションの階段を高いテンションでテリオン人が降りてくる。
「やばい! あいつら、アブラヤ行くって言ってるぞ!」
「今グレイはんが、狂気が濃い言いよったで!」
「うるさい! 走るよ!」
アルカナ一行が、空けて出てきたアブラヤを目指して、公園を駆け抜けた。