第五層六界-アルカナ
世界歴 104679年4月24日 7時12分
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「ん?(やけにレーシーなサウンドだな)」
「ウルトはん、どないしたんや?」
「聞こえるだろ? 箒のエキゾーストサウンドが大きくなってきてる」
「せやな、近づいてきとるんちゃうか?」
徐々に大きくなるエキゾーストサウンド。
その距離感とサウンド本来の音量を想像でき始めたころには非日常を感じ始めていた。
「おいおい! なんだよこの音! レースマシンかよ!?」
「明らかに異常でっせ!」
ギアを落として減速するのを感じた。
音が通り過ぎることなく、家の目の前付近に来ていることがわかる。
ハッと一つの思いがウルトの脳裏をよぎり時計を確認する。
「(7時14分! 嘘だろ! これラピスか!?)」
ホバーモードに切り替わったのか音が急に静かになる。
が、その音の動きから察するに音源となったそれは家の前に居るように感じる。
「ウルトはん。これ、もしかしてy」
「たっだいまー!」
満面の笑みのラピスが勢いよく玄関の扉を開け入ってきた。
「なによあんた達、人が帰ってきたならおかえりでしょ?」
この言葉の直後、ホバーモードのマシン2機が玄関から入ってくる。
1機は見慣れているがもう1機は見慣れない。
今までのマシンより一回り程大きく、圧倒的にレーシー。
なんせスラスターが展開され、レースさながらのグラフィックが優しいネオンのような色合いで輝いている。
「お、おま、おまおま、おま……」
ウルトは眼前の光景が信じられなかった。
そこには喉から手が出るほど渇望し、金銭的な観点で断念していた憧れが存在していた。
MZ-R10B、それは明らかにラピスの所有物の風体をしている。
「なによ? どうかした?(どーだ、ウルト! MZR4の時の仕返しだ! 私がMZR4を買うのを知ってて、私の納車日前日に同じ車両を納車してドヤ顔しやがって!)」
「ラピス姐さん、新しいホウキ買うたん? めっちゃかっこええやん」
「ヘラクレスわかってるわね。これはR10Bって言ってね、マンリーのSSのフラッグシップよ。B! ね、R10じゃなくR10B!」
「お、お、おま。なんで、だって、え? 金とかそれ、おま、高いしそれ、え?」
ラピスの箒が何なのか理解しないヘラクレスと混乱するウルト。
ラピスには復讐したい過去があり、ウルトの態度から察するにそれは大成功していた。
「え? ああ、お金ね。いやー、ウルトがサーキット走行に熱中してる間に母さんの依頼こなしてね」
「え? 依頼? うそ、だってお前、ダチと遊ぶって。だってお前新作スイーツって……」
「嘘に決まってんじゃん。見なよ、太ってないでしょ! いやー500万マグは高いけどローン組む価値あるよね。まあ300は用意したからローンは200だけどね」
過去の発言を嘘の一言で済ます姉。絶句する弟。
この状況にさすがのヘラクレスも察した。
「いやー、メータ読みで300キロ以上余裕で出るし! 空力も最高ね! すーって言うか、ビタっとラインに吸い付く感じ? もうアドレナリンどばどば!」
「さんびゃくぅぅ、くうりきぃ、あどれなりn」
「姐さん! よう分からんけどウルトはんのライフ、ゼロや!」
膝から崩れ落ち虚空を見つめるよう見える、がその目はしっかりとR10Bを凝視するウルト。
「アクラのエキゾースト、ブランボーのホバーブレーキ、Oリンズのサスペンション制御コンピューター、サーキット仕様のECU。どれも完璧ね」
「アクラのエキ……なんて?」
「いいんだ、ヘラクレス。エキゾーストだのサスペンションだの、お前は知らなくていいんだ。唯一は、この箒は、マンリーの最高の箒ってことだ」
ウルトが床を見つめながら言った。
完璧だ。私が思っている以上のダメージを与えることができた。
「ボサっとしてられないよ。早く出て朝ごはん食べなくちゃ」
「あら、ラピス帰ってたの? ものすごい音がしたと思ったらもしかしてあなたが犯人? あーそれ言ってた新しい箒ね、納車今日だったんだ」
「さすが名探偵ね。そう、今日が納車で今からこれ持ってレースに行くの」
「茶化すわねー。その箒なら今日のレースに出れるんじゃないの?」
「それは無理。まあここいら、少なくともウルトなら瞬殺ね。けどブルームジーピーでは無理だよ。スペックが違いすぎる」
「そりゃそうだろ! こっちはMZR4だぞ!? メインジェットの数が倍以上違うじゃねーか! てか、母ちゃん知ってたのかよぉ」
「なんや、そないなことどうでもええから、はよ準備して行きましょか」
「そんなこと!?」
双子がまったく別の感情で同じ言葉を叫ぶ。
母エリザベスはやれやれといった表情で事務所に戻っていった。
「ま、今後は極力このR10Bちゃんで依頼をこなすから。なんかの拍子に傷つけたら許さないからね」
「んなこと言うなら宝箱にでもしまって鍵でもかけてろよ」
「え? なに? ウルト嫉妬? 欲しけりゃね、あんたもデカいの買っちゃいな」
「買ったってピーキー過ぎてラピスにゃ無理だろ。身長あと10センチ伸ばしたら?」
「ダニエルと同じ158センチですけど? 彼ブルームジーピーのレジェンドですよね?」
「ダニエルは筋肉つけてモンスターマシンいなしてたんだろ!? お前は体のシルエットとか言って筋トレしねーじゃねーか!」
「ファビオと同じ177センチだからってイキってる? じゃあ早く走ってみろよ!」
「まあまあお2人さん! ここは穏便にいきましょか!」
クワガタに仲裁される姉弟。
そうよ、こんなところでイライラしている場合じゃないでしょ。
今日は人生最高の、完璧な日になるんだから。
「そうね、ヘラクレス。ごめんね、時間無駄にして。でも安心して、あいにく私は心に余裕があるの」
「は? 俺も余裕だけど? てか決めた、今に見てろ。俺もR10B買うからな」
ラピスのR10Bを見て、少なくとも自分がやりたいカスタムの全てをやっていることを確認するウルト。
自分の時はどうしよう、どう差別化を図る? いや、その前に今は金だ。
「はい、ウルトの真似しっこ。MZR4の時もそう、今回もなんだ?」
「あぁ? お前に憧れてとかじゃねーだろ、明らかにさぁ!? お前こそR10Bの威を借りるな!」
「ちょっとちょっと、お2人さん!」
埒が明かない。
ま、私がウルトをからかってるわけだし、いい加減に仕事モードに入るか。
「いーい、2人とも。今日は私の人生で最高の日になるの。つまらないことでゴタゴタしたくないのよ」
「俺はすでに最高の日からかけ離れてるけど、最高とか関係なしにゴタゴタしたくないね」
「あら、意見一致やない。さすが姉弟やな」
ヘラクレスを睨む双子。
「あぁ、仕事でブルームジーピーに行く、しかもパドックに入って護衛だなんて。神様ありがとう。マンリーじゃなくてエイプリリアなのが不満だけど」
「エイプリリアのファクトリーチームだぞ!? ベズにジョージだ! 最高だろ!?」
「うるさいわね! 私だって嬉しいよ! 欲を言えばよ、欲を言えば。待っててファビオ、あなたのサインを貰いに行くからね」
「ラピスさ、本当にエイプリリアパドックでマンリーの服着んの?」
「この方が自然で護衛に見えないってテキトー言えばいいでしょ。仕事のための演出ってさ。それでね、空き時間にマンリーファクトリーのピットに行くの」
「(女の姐さん、初めて見たわ。意外と乙女やん。口が裂けても言われへんけどな)」
各々仕事の準備を整える。
「じゃあ私たち仕事に行くから」
「はーい、気を付けてね」
事務所に顔を出し母に声をかける。
母は書類に目を通しながら返答する。
玄関を開けて外に出た。
「ヘラクレス、選びなさい。趣味の悪いブローチになるか、服の下に隠れるか」
「は? どういうこっちゃ?」
「あんたね、クワガタが飛んで喋ってたらおかしいでしょ。自分の出自を考えなさいよ」
「ちゃうねん、趣味の悪いブローチのほうやねん。趣味悪い? ブローチ?」
「服の下で待機だとなにかあった時にすぐ動けないかなって。だったらブローチ型魔具のふりしてウルトに引っ付いてた方よくない?」
「あー、うん。理解はしたで。趣味悪い?」
「まーまー、ヘラクレス。そのままでいいよ。これは自立型の魔具で喋るんだ、名工の傑作だ、って言うさ」
「それだ。もはやそのまんま。魂があるかないかの違いだけで、本当にそのまんま」
「ありがとう、ウルトはん。励まされたわ。姐さん、あえてなんも言わへんで」
ビルが乱立する街の中心部を目指す。
レース会場は国を跨ぐため、ポータルを使用する。
「あーお腹空いた。早くオートマットに行きましょう」
「いつものところでいいだろ?」
「そうね、あそこじゃないとウルトの大好きなハンバーガー無いしね。それと無料のトマトスープ」
「トマトスープなんて飲むわけないだろ」
「あんさんら、そのオートマットってやつ好きやなぁ」
「まあ、私達の聖地ってとこね。入り浸っても問題なし。たむろし放題」
「なるほどなぁ」
そうこうしてる間にオートマットが見えてくる。
要は自動販売機を利用したセルフサービス形式のレストランだ。
中にはガラス張りのボックスが沢山あり、その中に食べ物が入っている。
目当ての食べ物のボックスにお金を入れるとその扉が開く。
その他には料理を食べるためのテーブル、そして好きに使える調味料などが置かれている。
「というか、ウルトはんトマト嫌いなん? 知らんかったわ」
「ん? いや、あれはそうじゃなくて。オートマットのトマトスープってのは自分で作るスープなんだよ。無料で使えるケチャップと塩をペーパーカップに入れてお湯注ぐの」
「そ、お金がなくても無料で飲めるわけ。スタッフはいるけど裏で作る人だけだから無人みたいなもんだしね。だから、さっきのはウルトを茶化したのよ」
「そういうこと。かなり前に国が経済不況になった時に失業した人がよく飲んでたんだよ。今はそんな人いないさ」
「飲む人はいるよ? けどそれはライフハック的なものであってウルトが言ったみたいなお金のない人が飲むなんてことは今はないってこと」
「なるほどな。黒糖ゼリーって売ってるんかな?」
あるわけないでしょ、なんてバカ話をしながらオートマットの中に入った。
ずらりとケースが並んでいる。
他の自販機には目もくれず、ラピス達は店内の奥にあるハンバーガーの自販機まで颯爽と歩みを進めた。
出会いは唐突。
ハンバーガーの自販機の前に”そいつ”はいた。
「ふー、最高に温まる。そしてうめぇ。うめぇよぉ。生きてるって感じだ、ヤーマン」
ペーパーカップから赤い液体が見える。
恰好がみすぼらしい。
見るからに金の無い人が明らかにトマトスープを飲んでいる。
しかも目には涙を浮かべて。
「今って居らへんのちゃいますの?」
「いたね」
「いたよ」
姉弟とクワガタが呆然としながら、ドレッドヘアで茶褐色の肌をした男を見つめた。