9月13日の夜。夕飯の皿を洗ってから、パソコンの前へ戻る。
仕事用の画面には、ハルトへ送った動画の一覧を開いてある。隣は作りかけの狸モデルだ。白い袖と赤い袴を着せてはいるが、腕を曲げると袖の形が崩れるので、まだそのまま使える状態ではない。
そちらを保存し、昨日の夜に書いたメモを開く。
工場の仕事は、今月いっぱいで終わる。最後に出勤するのは9月28日で、契約が終わるのは30日だ。
辞めた後に何をするか考えた時、編集とモデルのほかに、まだ手をつけていないものも気になった。
そのひとつが、《霊能力》だった。
最初にシステムを見た頃から候補には入れていたが、その後は金を稼ぐための技能ばかり増えている。生活の方が先だったので、順番としてはこれでよかったのだろう。
ただ、今なら詳細を読むくらいの時間はある。
お気に入りから《霊能力》を開き、取得後の効果と強化の項目を確かめる。
《霊能力 Lv:1》
取得条件:なし
必要SP:5
霊的存在および霊的現象を知覚し、基礎的な干渉を可能とする能力。
霊力の総量・出力・制御、および身体や物品への付与に補正。
前に見た説明から下へ送り、レベル別の参考例を開く。
【《霊能力》レベル別参考例】
Lv:1 日常レベルから逸出
霊感の強い者を参考例とする。通常は見えない霊的な存在を認識し、接触やごく初歩的な干渉を行える水準。
Lv:2 特技
初歩的な霊的対処を行う者を参考例とする。自身の身体や持った物へ霊力を込め、弱い霊的な存在を退けられる程度の力を扱える。
Lv:3 売れるレベルの特技
小規模な霊障への対処を行える水準。霊的な知覚と干渉を実用的に扱い、移動や攻防の間も霊力を維持できる。
Lv:4 三流
霊的な対処を専門に行う者の基礎能力を参考例とする。野生動物程度の力を持つ並の妖魔へ、霊力を用いて対抗できる水準。必要な箇所へ力を集中し、攻撃に用いる出力にも余裕がある。
※霊的な対象へ与える作用は、攻撃の物理的な勢いに加え、込められた霊力の強さに大きく左右されます。
身体や武器へ力を込めるところまで、これひとつに含まれている。
霊力そのものの量も、扱える出力も、上げた分だけ増えるようだ。見るための能力と、力を扱うための能力を別々に買う必要はなかった。
「取るなら、4くらいは欲しいな」
小さな霊障へ対処できるのが3で、妖魔を相手にするなら4が目安になるらしい。
野生動物程度、と言われても、犬と熊では随分違う。それでも、人間と同じくらいの相手を考えていればいいわけではないことは分かる。
わざわざ見えるようにするなら、力の方にも余裕が欲しい。
軽く当てるだけでも、込めた霊力が強ければ、それだけの作用があるということだ。バットを全力で振らなければ何もできない、というものでもないらしい。
右手を握ってみる。
今は何も変わらない。拳を眺めても、そこへ力を込める感覚など分からない。
一覧には魔術や陰陽道もあるが、そちらは霊能力を土台にした術の技量だ。使う術については、各体系の知識と手順を学ぶ必要があると書かれている。
最初に試すなら、この基礎の方がよさそうだった。
強化に掛かるSPを順に足していく。
取得に5。レベル2へ上げる時に10、3で25、4で50。
合計90SP。
「……4でも結構するな」
普通の技能なら、4まで上げるのに18ポイントで済む。元の価格が5倍なので、合計もそのまま5倍だ。
メモへ必要SPを入れ、次に《棍棒術》を開く。
《棍棒術 Lv:1》
取得条件:なし
必要SP:1
棍棒類の扱い、間合い、打撃と防御に必要な知識と技量に補正。
【《棍棒術》レベル別参考例】
Lv:1 日常レベルから逸出
棍棒類を用いる武術の基礎を習得した者を参考例とする。握り方や構え、基本的な打撃を適切に行える水準。
Lv:2 特技
継続して稽古を行う武術経験者を参考例とする。基本的な打撃と防御を組み合わせ、相手との間合いを見ながら武器を扱える。
Lv:3 売れるレベルの特技
棍棒類の基礎を他者へ指導できる経験者を参考例とする。実戦で基本的な攻防を行い、相手の動きに合わせて打撃・受け・回避を選択できる水準。
Lv:4 三流
武術の指導者として、棍棒類の扱いを継続して教えられる水準。武器の長さや重さ、相手の間合いに合わせて技術を使い分けられる。
Lv:5 二流
熟練の武術家を参考例とする。相手の癖や構えを読み、状況に合わせた攻防を安定して組み立てられる。
Lv:6 一流
一流の武術家として、複数の相手や不利な足場など、難しい実戦環境でも高水準の攻防を行える。攻撃の兆しや隙を直感的に捉え、適切な動作を選択できる。
※身体能力の強化は含みません。
「3なら、ちゃんと武器として使えるって所か」
刀を用意するより、バットの方が自分には馴染みがある。棍棒術なら、そういうものにも使えるようだ。
3までなら、取得の1と強化の2、5を合わせて8SP。
90の後に見ると随分安く感じるが、《映像制作》も最初はこの値段だった。
教える側へ回れるくらいなら、3でも十分に技術はあるのだろう。
その先は武術の指導者、熟練の武術家、一流の武術家と続いている。映像制作で言えば、俺が今いるところは最後の段階だ。
棍棒術の6も気になるが、まずは基本的な攻防ができるところまで欲しい。
ただ、最後の注記も気になる。
扱い方が分かっても、自分の身体が動かなければ困る。
続けて《身体強化》の詳細を見る。
《身体強化 Lv:1》
取得条件:なし
必要SP:5
筋力・速度・耐久力など、身体性能の倍率強化。
鍛錬の効果、および肉体の成長限界に補正。
【《身体強化》レベル別参考例】
Lv:1 日常レベルから逸出
平均的な成人を基準に、日常的な運動や肉体労働を得意とする者を参考例とする。元の身体性能へ倍率補正が働き、鍛錬の効果も高まる。
Lv:2 特技
継続して鍛錬を行う、体力に優れた者を参考例とする。筋力・速度・耐久力などを総合的に引き上げる水準。
Lv:3 売れるレベルの特技
訓練されたアマチュア競技者を参考例とする。運動能力を専門的に鍛えた者に匹敵する身体性能へ、総合的な補正が働く。
Lv:4 三流
職業的な競技者を参考例とする。身体能力を用いて継続的に活動できる水準の筋力・速度・耐久力を発揮する。
Lv:5 二流
国内の上位競技者を参考例とする。高い身体性能を総合的に発揮し、鍛錬による成長への補正も大きくなる。
Lv:6 一流
世界的な一流競技者を参考例とする。筋力・速度・耐久力など、各種の身体性能を総合的に高水準へ引き上げる。
※身体性能の比較は、平均的な成人を基準とした本システム独自の参考例です。本スキルは本人の元の身体性能を倍率強化し、霊力に依存せず作用します。
3で、専門的に身体を鍛えた競技者くらい。4からは、それを仕事にしている人間の目安になる。
しかも、元の身体へ倍率が掛かるので、本人が鍛えれば、その分だけ強化後も強くなるようだ。
「筋肉つけなくても強くなるのに、つけたらもっと強いのか」
自分の腕へ目を落とす。
工場では身体を使うが、筋肉を大きくするために鍛えているわけではない。運動のデイリーも、続けられるものを選んで済ませている。
それでも、普通に鍛えた人間と同じくらい動けるようになるなら、3でも十分に変わるだろう。
説明を下へ送ると、高いレベルでは成長できる肉体の限界も変わると書かれていた。筋肉や骨の密度まで、通常の生物の範囲を超えて高められるらしい。
同じ見た目の腕でも、出せる力や丈夫さは違ってくるということだ。
デイリーの運動も、これを取った後なら鍛えた分が今より身になりそうだ。どうせ毎日身体を動かすなら、そちらにも効果があるのは悪くない。
身体強化は、まず3。
5、10、25を合わせて40SP。棍棒術と並べ、最後に霊能力の分も足す。
138SP。
3つ揃えることを目標にすると、そうなる。
元の身体を強化して、武器の扱いを覚え、そこへ霊力を込める。何も知らないまま術を試すより、この順番の方が自分にも想像しやすい。
必要なポイントから今の残高を引き、どのくらいの日数が掛かるか考える。
ゼロから138を用意するなら、デイリーの3ポイントだけで46日。ウィークリーも全部取れれば、1週間で42ポイントになるので、3週間と少しだ。
月の分もあるが、まだ済ませていないものを全部取れる前提にしておくのはやめる。毎週の内容も確認してからの話になる。
貯めるだけなら、何か月も掛かる数字ではない。
しかし、工場を辞めた翌日に全部取って、すぐ使いに行くのも違う気がする。
今の収入は、工場へ行きながら得ているものだ。給料がなくなった生活を、まだ一度もやっていない。
10月から1、2ヶ月は、編集とモデル販売で暮らせるか確かめたい。仕事に使う時間も、自由にできる金も、その時になれば今より分かるはずだ。
メモへ、取得は生活を試してから検討すると書き足す。
必要なSPを揃えておけば、やりたくなった時には選べる。今はそのくらいでいい。
システムを閉じかけたところで、術の方も気になった。
魔術や陰陽道には、霊能力が前提としてついている。取れるようになったとして、肝心の術はどこで覚えるのだろう。あくまでスキルは補正でしかない、となると問題は知識の問題となる。
「……誰に聞けばいいんだ、これ」
検索欄へ言葉を入れ、出てきたページをいくつか開く。
古い本を画像にしたものや、その内容を説明しているものはある。図が載っているページもあり、見た目だけなら、それらしい。
拡大して読もうとすると、字の形からして今の本とは違った。読めたところにも、意味の分からない言葉が並んでいる。
説明しているページへ戻り、元の画像と見比べる。
何について書いたものかは分かっても、それを実際に行う手順までは掴めない。そもそも、この図に効果があるのかも判断できなかった。
食品衛生の講習なら、受ける場所を探して申し込めばよかった。
魔術を教えてください、と言える相手は知らない。検索でそれらしい看板を見つけたところで、本物かどうかを確かめる手段も今はない。
術の技能が上がれば、こういう資料も読みやすくなるのだろうか。
6まで行けば、映像制作で起きたように、見ただけで構造を理解できるところが増えるかもしれない。必要な手掛かりが載っているなら、断片から使い方を考えられる可能性もある。
そこまで上げるにもポイントが要るし、実際に試してみなければ分からないことだ。
ひとまず、読めそうな資料のページだけ保存しておく。
最初に試すことを考えるなら、霊力を込める方が先だろう。術を学ぶ場所は、その後で探してもいい。
ブラウザを閉じると、仕事用のチャットに通知が来ていた。
ハルト:確認しました! 3本とも大丈夫です。続きの素材も共有先に入れました。
ナオ:ありがとうございます。次の分も確認します。
送られてきた配信を開き、指定された時間へ進める。
同じ通路を何度も走っていたハルトが、画面の端にある扉を見つけている。最初にそこを通った時にも映っていたので、前の場面を短く入れると分かりやすそうだった。
該当するところへ印をつけてから、チャットへ戻る。
今後も続く仕事なら、工場を辞めることは伝えておきたい。
ナオ:それと、仕事のことで少しご相談があります。今月末で今の派遣の仕事を終えることになりました。10月からは、動画編集とモデルのデータ販売を中心にする予定です。
ハルト:そうなんですね。編集の方を本業にされる感じですか?
ナオ:はい。今お願いしていただいている分は、そのまま続けてお受けしたいです。
ハルト:こちらもお願いしたいです! 今の投稿ペースも続ける予定なので。
返事を読んで、相談したかった内容を続ける。
ナオ:今後は継続して編集をお受けする条件を一度まとめて、請求を月ごとにする形はいかがでしょうか。1本2000円はそのままで、月内に納品した本数をまとめてご請求する形です。
ハルト:月ごとで大丈夫です。今の週14本は、そのままお願いできますか?
ナオ:はい。今のペースを目安にして、増減がある時は先に相談していただければ。毎月同じ本数を必ず頼んでいただく形でなくても大丈夫です。
ハルト:助かります。配信の内容によって、切り抜きたいところの数も違うので。
月60本と決めれば、金額は分かりやすくなる。
ただ、欲しい動画の数が変わる時もあるだろう。今までのペースで予定を組み、実際に作った分をまとめる方が、今の仕事には合っている。
こちらも、請求のたびに資料を開く回数を減らせる。
ナオ:10月の分から、月末締め、翌月15日のお振り込みで考えています。素材の共有とまとめての納品は、今までと同じ形で。
ハルト:それでお願いします。条件をまとめたものを送ってもらえれば、こちらでも確認します。
ナオ:分かりました。明日お送りします。
チャットを閉じ、配信の画面へ戻る。
見つけた扉へ走っていくハルトの前へ、同じ場所を通り過ぎた場面を入れる。そこから気づいた時の反応へ繋ぐと、最初から見落としていたことも伝わった。
本人の声が聞きやすいよう音を整え、字幕を入れる。
何本か進めたところで、今度はレナから素材の連絡が来た。
レナ:次の本編、共有した。きのこの炊き込みご飯と鮭のやつ。分量のメモも同じところに入れてある。
ナオ:ありがとうございます。明日から進めます。材料のメモも確認しました。
フォルダには動画とメモが揃っている。
音声だけでは調味料の量が分からない時にも、これがあると確認しやすい。前に頼んだことを、次からまとめて送ってくれるのはありがたかった。
レナにも、ハルトへ送ったのと同じように仕事の話をする。
ナオ:それと、今月末で派遣の仕事を終えることになりました。10月からは編集とモデル販売を中心にする予定なので、本編とショートは引き続きお受けできます。
レナ:会社辞めるんだ。動画の方は続けてもらえるなら助かるかな。自分で編集する生活にはもう戻れない気がする。
ナオ:そこまで言ってもらえるなら、こちらも助かります。
レナ:撮り終わった後って、もう今日の仕事終わった感じするんだよね。でも前は、そこから編集だったし。
料理を作って、撮影して、食べて、片づける。
その後で長い素材をもう一度見るのは、確かに面倒そうだ。俺なら椅子へ座る前に、今日はここまででいいかと思ってしまう。
月ごとの請求についても、条件を伝える。
通常の本編は1本1万2000円、ショートは1本2000円。今の週2本と週3本を目安にしながら、その月に納品した分をまとめる。
レナ:まとめてもらえる方が楽。今の本数は続けたいし、増やす時は先に言う。
ナオ:お願いします。10月から月末締め、翌月15日のお支払いで、明日まとめたものを送ります。撮影の予定も分かる範囲で共有してもらえると、こちらの作業を組みやすいです。
レナ:了解。来週の分も決めたら送る。レシピのメモも忘れないようにしとく。
2人とも、仕事を続ける話はそのまま進められた。
残っている編集を終え、明日の予定へ条件をまとめる作業を加える。ゴウの方は、今のやり取りで特に困っていないので、そのままにしておく。
画面を閉じる前に、狸の顔を一度大きく表示した。
丸い頬と、目元を横切る濃い色の毛。短い耳の間には、葉っぱの飾りをつけてある。
顔は気に入っている。今度の休みで、服の方も仕上げたい。
翌日の金曜は、帰宅してから編集を進め、区切りのいいところで書類の方へ移る。
まず、ハルトへ送る条件をまとめる。
今までの請求書に使っている名前と連絡先を確認し、作業の内容、単価、素材をもらう方法、納品の予定を書いていく。
初稿を見てもらった後は、直したいところをまとめてもらう。こちらの誤字や編集の間違いは直し、素材そのものを変える時や、構成を大きく作り直す時は先に相談する。
話して決めたことと、普段のやり取りで済ませていたことを並べると、書く項目はそれなりにあった。
レナの分には、本編とショートの単価をそれぞれ入れる。サムネイルと投稿は、これまでどおりレナが行うことも書いた。
事務処理を取ってから、こういう内容も整理しやすい。
同じ話を別の場所へ重ねて書いていたところをまとめ、納品と支払いの日付を確かめる。必要な時に読み直して、何を決めたのか分かる形にはできた。
2人へ送ってから、先週作った管理表も開く。
10月の納品分を月末にまとめるなら、その金が入るのは11月15日だ。
10月から工場へ行かなくなっても、編集料がすぐ同じ月に入るわけではない。
今ある金と、既に請求している分、ほかの入金予定を見比べる。家賃や生活費を払った後に、保険や年金、後で払う税金のための分も用意しておきたい。
振り込まれる日まで含めて確認してから、表へ新しい請求の予定を入れた。
仕事の金額だけでなく、受け取る時期もまとめて見られるようにしておけば、後で何度も計算し直さずに済む。
「月ごとなら、こっちも分かりやすいな」
各月の納品一覧から請求額を出し、入金されたら対応する欄へ記録する。その月に作ったものを見れば、請求の中身も確かめられる。
ゴウの動画も、確認が終わったという連絡が来ていた。
製品のサイズを入れた字幕に間違いがないことをもう一度確かめ、完成版を送る。こちらの記録も、同じ管理表へ加えた。
しばらくすると、ハルトとレナから条件の確認が届く。
2人とも、これで大丈夫という返事だった。送った資料と返事を保存し、10月からの予定へ入れておく。
今日の仕事を終えたところで、狸モデルの画面へ戻った。
袖を直し始めると、ほかの服も気になるに決まっている。
明日は工場へ行かなくていい。作る方はそこへ回して、今夜はゲームをすることにした。
9月15日の土曜。朝飯を済ませて洗濯機を回し、先に編集を進める。
ハルトの分は、同じ配信から何本かまとめて作る。レナの本編は、炊き込みご飯の仕込みを見せてから、炊いている間に鮭を焼く流れへ繋いだ。
材料のメモと映像を見比べ、字幕へ入れた数字を確認する。
料理の順番と、レナが喋っている内容が合っているかも確かめる。使うところが決まると、映像を繋ぐ方は早かった。
書き出したものを見直して送り、洗濯物を干す。
昼飯の後は、狸娘の服を作る時間だ。
最初に、普段着を仕上げる。
クリーム色のニットへ、茶色のジャンパースカート。前に大きめのポケットをつけ、肩から小さな鞄を下げてある。
厚い靴下と、丸みのある靴まで合わせると、全体が随分柔らかい見た目になった。
ただ、正面から見ると服が身体へ沿いすぎている。
頬と髪はふわっとしているのに、服だけ妙に細かった。腰の辺りへ余裕をつけ、ポケットも少し膨らませてみる。
向きを変えて見比べると、こちらの方がいい。
「……狸って感じするな」
耳は短く、先を丸めた三角形だ。内側を明るい色にして、栗色の髪の間から見えるようにしている。
後ろには、太い尻尾を1本。
先端を濃くした毛の色も、服に合わせて確認する。普段着の茶色が尻尾と同じになりすぎないよう、布の方を調整した。
次は巫女服へ切り替える。
白い袖と赤い袴は、形を見れば何の服かすぐ分かる。腰につけた葉っぱの飾りも含めて、顔の雰囲気には合っていた。
問題は腕を動かした時だ。
肘を曲げると袖の途中が潰れ、手を前へ出すと布が身体へ入り込む。腕を下げた姿だけ見て作っていたせいだった。
形を直し、どの部分を腕の動きへ合わせるか調整する。何度か曲げ伸ばしをして、袖が身体から離れるところも確かめた。
袴の後ろは、尻尾の付け根と重なっている。
そこを開け、身体を捻った時にも布が引っ張られすぎないようにする。尻尾が太い分、細い穴をつけるだけでは足りなかった。
ひと通り動かしてから、メイド服へ進む。
黒い服に白いエプロン。丸い襟と膨らんだ袖、裾のフリルを合わせる。
頭の飾りは耳の間へ入れているが、正面から見ると髪に埋もれていた。位置を上げ、耳と重ならないところへ動かす。
顔を大きく映すと、白い飾りの形も見えるようになった。
ついでに、表情も確かめる。
ルゼの画像を隣へ開いて、同じくらいの大きさで並べてみた。
向こうは眠そうで、どこか生意気な顔。こちらは目尻を下げ、頬も丸くしているので、同じ小柄な女の子でも随分違う。
目の周りの濃い毛と、口元の明るい毛も大きい。人間の顔に耳だけつけたものには見えないところが、今回は気に入っていた。
頬の毛先を整え、笑った時の形を確認してから、最後の服へ切り替える。
魔女服は深い緑のワンピースへ短いケープを合わせ、腰に茶色のベルトと小物入れをつけてある。裾へ模様を入れ、足元は編み上げのブーツにした。
帽子を被せると、耳の上へ布が重なる。
耳が出る位置を直し、つばも目元が隠れすぎない形にする。帽子を外した姿も見比べると、髪とケープだけでも、これはこれでよかった。
着せ替えながら、4つとも同じ身体へちゃんと合っているか確かめていく。
服を変えても、尻尾の位置は同じだ。そこへ合わせたつもりでも、布の厚みが違うと重なるところが変わる。
何度か戻って直しているうちに、窓の外が暗くなっていた。
保存してから夕飯を作り、食後にもう一度パソコンへ戻る。
全体の色を見直し、手足と靴の位置も確かめる。服の袖から見える手には、身体と同じ色の毛がある。そこだけ色が変わって見えるところを直すと、着せ替えた時にも違和感が減った。
普段着、巫女服、メイド服、魔女服。
4つを並べた画像を保存し、明日確かめることをメモへ入れる。
作業画面で動かせるところまでは済んだ。あとは、実際に使って確認したい。
日曜の朝は、朝飯の後でVRのヘッドセットを出す。
モデルを読み込ませ、1人で確認できるワールドへ入った。
鏡の前に立つと、昨日まで画面で見ていた狸が、こちらの動きに合わせて腕を上げる。
横へ向き、身体を捻ってから、もう一度正面へ戻る。
尻尾も動いている。顔の横へ手を持っていくと、短い耳と丸い頬の大きさがよく分かった。
「お、結構いいじゃん」
しばらく顔を眺めてから、確認を始める。
歩く、振り向く、腕を前へ出す。座った状態も試し、斜め後ろから鏡を見る。
そこで、スカートの後ろが尻尾の根元へ入り込んでいることに気づいた。
真っ直ぐ立っている時には大丈夫だったが、座って身体を捻ると、布と毛が重なってしまう。
手元のメモへ場所を書き、ほかの服でも同じ動きをする。
巫女服の袖は、昨日より綺麗に曲がっている。手を顔へ寄せた時にも、布が大きく崩れることはなかった。
メイド服の頭飾りと、魔女服の帽子も確認する。帽子を外して戻し、耳が隠れないことを確かめた。
次に表情を切り替える。
笑顔にすると、口元の明るい毛の部分が、思ったより大きく伸びる。正面では気にならなかったが、横を向くと頬の形まで変わっていた。
そこにも印をつけ、ほかの表情を順に試す。
ヘッドセットを外した後は、見つけたところを直す作業だ。
スカートの後ろへ余裕をつけ、尻尾の付け根を避ける形にする。口元は、笑った時に動かす範囲を狭めて、頬の毛まで引っ張られないようにした。
もう一度読み込み、同じ姿勢で確認する。
さっき重なっていた布は、座って捻っても尻尾から離れている。笑顔も、口元が動いた後にちゃんと丸い頬へ戻った。
明るさの違う場所でも、服と毛の色を見る。
濃い目元が潰れすぎないか、白い袖だけが眩しく見えないか。何枚か画像を撮り、パソコンで見直したところで、昼飯の時間になっていた。
飯を済ませてから、配るためのデータをまとめる。
本体と4つの衣装、設定に必要なもの。それぞれを揃え、ルゼの時に作った説明書も開いた。
そのまま使える項目は引き継ぎ、衣装の切り替えや帽子の扱いなど、今回違うところを書き直す。
普段自分で開いているフォルダではなく、確認用に別の場所へまとめ直してから、説明の順に設定してみる。
途中で必要なデータが足りなければ、買った人も同じところで止まるはずだ。
読み込みから衣装の確認まで進め、ファイルの名前と説明を照らし合わせる。帽子を外すところの説明が短すぎたので、そこだけ書き足した。
最後に、紹介用の画像を作る。
普段着の姿を大きく入れ、ほかの3着も見えるように並べる。顔を近くで見せる画像と、横や後ろからの姿も用意した。
後ろの画像では、尻尾をちゃんと見せたい。
身体に隠れない向きへ変えて撮り直し、4つの服で使ったものを見比べる。
どの画像にも、たれ目の狸がいる。
耳だけをつけた女の子から考え始めた時より、顔にも身体にも、狸らしいところが増えた。服を変えても、それは同じだった。
データと説明、紹介に使う画像まで揃ったところで、保存した内容をもう一度確かめる。
「……よし、できた」
時計を見ると、午後3時を過ぎている。
名前と値段、いつ販売を始めるかは、まだ決めていない。ただ、モデルとして作るところは終わった。
未完成だった巫女服も、今は腕を曲げて使える。普段着へ戻すと、茶色の服の後ろで太い尻尾が揺れた。
仕事用のチャットには、昨日送った動画の確認が届いている。
必要な返事をして、次に受け取る素材の予定も確かめる。今日中に直すものはなく、今夜の分まで仕事は進んでいた。
モデルのデータを閉じ、紹介画像だけ隣の画面へ出しておく。
いつもより早く、ゲームを始められる。
待ち時間に横を見ると、狸は大きなポケットへ手を入れて、のんびり立っていた。
こいつを作っている間は、俺の方がずっと手を動かしていた気がする。
「できたんだから、今日はもういいだろ」
椅子へ座り直し、ゲームの画面へ戻った。