スキル制ステータスで現代をお気楽に過ご……したい   作:逆鯖

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 今回も挿絵ありです


退職と配信 【挿絵あり】

 

 

 

 9月24日、月曜日。

 

 工場へ行くのも、今週で最後だ。

 

 朝の支度をしながらそう思ったが、出勤してしまえばやることは変わらない。いつもの持ち場で働いて、昼飯を食べて、時間になったら帰る。

 

 帰宅後は編集の依頼を片づけてから、ハルトのモデルを作った。

 

 顔と髪を詰め、服を着せ、動かしたときの形を確認する。元のキャラクターは普段から動画で見ているので、表情をつけたときに違う顔になっていないかも分かりやすかった。

 

 水曜日には全体が整い、木曜日には本人に渡せるところまでできた。

 

 VRChat用と、普段の配信で使うためのデータをそれぞれまとめる。前に作ったスクリプトで必要なファイルを集め、説明書と画像を確認してから送った。

 

 

ナオ:モデルできたので送ります。まずいつもの配信環境で動かしてみてください

 

ハルト:早くないですか!?

 

ナオ:元のデザインがあるんで、その分は楽でした

 

ハルト:にしても早すぎでは……今から見てみます

 

 

 しばらくして、ハルトから短い動画が届いた。

 

 画面の中で、見慣れたキャラクターが首を傾げ、口を開けて笑っている。肩の厚みや髪の形も、渡された資料に合わせてある。

 

 

ハルト:自分で動かしてるのに、ずっと見ちゃいますねこれ

 

ハルト:横を向いてもちゃんと俺なんですよ

 

ナオ:背中もありますよ

 

ハルト:今見ました。ありますね!

 

 

 当たり前のことを言い合っているのに、妙に楽しい。

 

 VRChatのほうも、ハルトは平日の夜に触っていたらしい。アバターをアップロードできる状態になったと連絡が来たので、導入を手伝い、一緒に動作を見た。

 

 ハルトがキーボードで自分のモデルを歩かせ、鏡の前で何度も向きを変える。

 

『これで土曜日に出られるんですよね』

 

「出られます。表情も、今押したところから変えられるんで」

 

『あ、これか。……おお、いつもの顔だ』

 

 にやっと笑う顔を作っては戻し、また笑う。

 

 本人が気に入ってくれたなら、作った甲斐がある。

 

 配信は9月29日の土曜日に決まった。

 

 ハルトが3Dモデルのお披露目をして、俺も一緒にVRChatで遊ぶ。コムギの販売開始も、その日に合わせることにした。

 

 告知用の画像を渡し、ショップの商品ページを仕上げる。

 

 値段はルゼと同じ。本体と標準衣装が5500円、追加衣装3着を含むセットが6500円。衣装だけのセットは1800円だ。

 

 ついでにルゼの売れ行きを見たところ、本体と標準衣装が24件、全衣装のセットが56件。衣装だけの購入が16件になっていた。

 

 本体は合わせて80体。発売からの売上は52万4800円だ。

 

 手数料が引かれる前の数字ではあるが、俺が作った女の子がこれだけ買われている。

 

 売れたらいいな、とは思っていた。

 

 ここまでいくとは思っていなかったので、管理画面を閉じる前にもう1回見た。

 

 

 そして金曜日。

 

 最後の勤務を終え、借りていたものを返して、世話になった人たちに挨拶をした。

 

 次の仕事を聞かれたので、自宅で動画の編集などをすると伝える。体に気をつけろよと言われ、そっちも気をつけてくださいと返した。

 

 建物を出ると、いつもの帰り道だった。

 

 ただ、今日からここへはもう来ない。

 

 帰りにスーパーへ寄って、夕飯の材料と、明日の配信前に食べられるものを買った。

 

 家に着くころには、何を作るかのほうへ頭が向いていた。

 

 

 9月29日、土曜日。

 

 午前中に編集を済ませ、コムギの販売を開始した。

 

 商品ページと公開されたファイルを確認して、告知も出す。これでショップに並んでいるモデルは、ルゼとコムギの2体になった。

 

 ハルトの分まで含めると、今までで完成したモデルは3体。

 

 並べた画像を眺めてから、洗濯物を干しに行った。

 

 家のことを済ませ、散歩から戻って、ステータスを開く。

 

 今日のデイリーと、今週のウィークリーの報酬を受け取ると、SPは43になった。

 

 マンスリーにも達成の印がついている。

 

 依頼された成果物を30件納品する。報酬は5SP。

 

 制作工程を改善し、実際に使用する。こちらは10SP。

 

 編集の納品数は足りているし、ファイルをまとめるスクリプトも、今回の配布で使った。2つの報酬を受け取り、58SPになった。

 

 未達成の項目は、公開配信で自作の成果物を実演する、というものだ。

 

 今夜の配信が終われば、これも達成できそうだ。

 

 その前に、1つ試してみたいことがある。

 

 スキル一覧から、声に関係する項目を探し見つける。

 

 《声真似》

 

 声質や高さ、響かせ方、話し方を調整して、別の声を作るためのスキルらしい。

 

 コムギを動かすなら、声も合わせたら面白い。

 

 ついでに、ハルトを驚かせられる。

 

 Lv1からLv4まで取得して、18SPを使った。残りは40SP。

 

 録音を始め、まずは普段の声で話す。それから、頭に浮かぶ声の作り方を試した。

 

「こんばんは。ナオです」

 

 思っていたよりも高い声が出た。

 

 今度は高さを抑え、響きを変えて、同じ言葉を繰り返す。

 

 録音を聞くと、柔らかい女の子の声になっていた。声だけを聞いたら、俺だとは思わないだろう。

 

 コムギの顔を画面に出して、もう1回話してみる。

 

「今日もお疲れさまです」

 

 似合うな。

 

 普段の声へ戻してから、また女声へ変える。何度か録音し、長めに話しても無理なく続けられることを確認した。

 

 ハルトには、まだ言わないでおこう。

 

 夕飯を早めに済ませ、配信前の確認に入る。

 

 ハルトはデスクトップで、俺はVR機器を使う。最初は鏡のある部屋でモデルを見せ、その後は2人で遊べるワールドへ移る予定だ。

 

 ほかの人が入ってこないように部屋を作り、音量や画面を確認する。

 

『ナオさん、何か喋ってもらっていいですか』

 

「聞こえてます? こっちの声、大きすぎないですかね」

 

『大丈夫です。ゲームの音も今ぐらいでよさそう』

 

 いつもの声で済ませた。

 

 鏡には、ハルトのモデルと、普段着のコムギが並んでいる。

 

 丸い頬と、目の周りの濃い毛。口元はクリーム色で、栗色の髪からは短い耳が出ている。頭には葉っぱの飾りもつけた。

 

 後ろには、先の色が濃い太い尻尾がある。

 

 クリーム色のニットに茶色のジャンパースカート。大きめのポケットと、小さな肩掛け鞄もつけていた。

 

『コムギちゃん、動いてるとさらに可愛いですね』

 

「ありがとうございます。今日のお供はこっちで」

 

『じゃあ、始めます!』

 

 ハルトの配信が始まった。

 

 

 

 

 

『こんばんは、ハルトです! 今日は見ての通り、3Dになっております!』

 

 

:おおお

:立ってる!

:いつもの部屋じゃない

:告知見て待ってた

 

 

『このモデルを作ってくださったナオさんにも来てもらってます。一緒に遊びながら、いろいろ見ていこうと思ってますので!』

 

 俺はコムギの手を上げ、女声で挨拶をした。

 

「こんばんは。ナオです。今日はよろしくお願いします」

 

『……え? ナオさん?』

 

 

:かわいい声

:ハルトどうしたw

:狸の子がナオさん?

 

 

 いつもの声に戻して、鏡の前で手を振った。

 

「俺ですよ。さっきまで話してたでしょ」

 

『いや、待ってください。今の声もナオさんなんですか!?』

 

 

:急に男声になった

:どっちが地声?

:ハルトの反応がガチで草

 

 

「こっちが普段の声です」

 

『ですよね!? 俺、さっきまで話してたんですけど!』

 

「せっかくなんで、コムギに合わせてみました」

 

 もう1度女声にすると、ハルトが黙った。

 

 

:固まった

:声まで作ったのか

:さっきまで普通に話してた人からこれ来たらびびるわ

 

 

『ちょっと、事前に言っておいてくださいよ!』

 

「今の反応が見たかったんで」

 

『じゃあ俺、思いっきり引っかかったってことですか!?』

 

「いい反応でした」

 

 

:開幕ドッキリ

:何のボイチェン?

:女声のまま淡々と話すの好き

 

 

『ボイスチェンジャー使ってるんですか?』

 

「使ってないです。声だけ」

 

『ええ……?』

 

「ほら、口も動いてますよ」

 

『そこは分かります!』

 

 

:確認する場所w

:生声でそれ出るのすごいな

:ハルトの3Dお披露目だよねこれ

 

 

『そうですよ! 俺のモデルを見せる前に、俺がびっくりする配信になってるんですけど!』

 

「じゃあ、ちゃんと見せましょうか」

 

 コムギを横へ寄せ、鏡の前を空けた。

 

『改めまして、こちらが俺の3Dモデルです!』

 

 

:見慣れてるのに新鮮

:ちゃんと奥行きがある

:肩がいい

 

 

『普段の姿を、そのまま立体にしてもらいました。ナオさん、これ横も見せたほうがいいですよね』

 

「そうですね。ちょっと回ってみてください」

 

 ハルトが横を向き、そのまま背中を見せた。

 

『どうですか!』

 

 

:背中だ

:後ろは設定資料でしか見た事なかったがなかなかだな

:いつもより姿勢がいい気がする

 

 

「表情も変えられますよ」

 

『これですね。まず笑顔で、こっちが……あ、こっちか』

 

 鏡の中のハルトが、急に不機嫌な顔になった。

 

 

:なんで怒ったw

:間違えた顔が正解みたいになってる

 

 

『違うんです、押す場所を間違えました!』

 

「分かってますよ」

 

『その顔で言われると、分かってない感じがするんですよね』

 

 俺もコムギの表情を変えた。垂れ気味の目を細め、口元をにやっとさせる。

 

 

:狸が煽ってる

:この2人で大丈夫か

 

 

「今日いっぱい練習できますから」

 

『遊ぶ前から不安なんですけど!』

 

 ハルトが笑顔に戻したところで、俺のほうも普段の表情へ戻す。

 

『それと、隣のコムギちゃんは今日発売のモデルです。衣装もありますよね?』

 

「あります。4着作りました」

 

 

:今の服かわいい

:尻尾見たい

:巫女服もあったよね

 

 

「尻尾は後ろです。ちょっと横向きますね」

 

 腕を広げてから、体を回す。肩掛け鞄の横から、太い尻尾が揺れた。

 

『この尻尾、いいですよね。さっきから目に入るんですよ』

 

「巫女服だと、もっと見やすいかも」

 

 衣装を切り替えると、白い袖と赤い袴になった。腰の葉っぱ飾りを指し、もう1度後ろを向く。

 

 

:狸の巫女さん

:袖の動きかわいい

:ちゃんと尻尾出てる

 

 

『耳も尻尾もあって、服も4着って、作るところ多くないですか』

 

「多かったです。尻尾が服を突き抜けると困るんで、そこは何回か直しました」

 

 

:そっか服の後ろどうするか考えるのか

:もう買いました

:自分もセットにした

 

 

『もう買った人いる! ありがとうございます!』

 

「ありがとうございます。今度、着て遊んでみてくださいね」

 

 メイド服へ切り替える。丸い襟と白いエプロン、膨らんだ袖。耳の間には小さな頭飾りが乗った。

 

『おお、これもいいですね』

 

 

:メイドさんだ

:お茶ください

:注文していい?

 

 

「自分の分を入れるときでよければ」

 

『ついでなんですか』

 

「1人分も2人分も、そんなに変わらないんで」

 

 

:思ったより生活感あるメイド

:それくらいの距離感でいい

 

 

 最後に魔女服へ変えた。深緑のワンピースに短いケープ、腰には茶色のベルトと小物入れがある。

 

『帽子、大きいですね』

 

「外せますよ。耳は、かぶってても見えるようにしてます」

 

 

:魔女服好き

:葉っぱで化けるんじゃなくて魔法使うのか

:全部入りにしようかな

 

 

『今日、この格好で遊びます?』

 

「そうしましょう。何かできそうな見た目ですし」

 

『できるんですか?』

 

「まだ分かりません」

 

 

:見た目から入るタイプ

:頼りになる魔女だなあ

 

 

 ハルトと一緒に、協力して仕掛けを解くワールドへ移った。

 

 石造りの広場から、川を挟んで道が続いている。橋の代わりに、水面から出たり引っ込んだりする足場が並んでいた。

 

『ここ、2人用のコースですね。まずあのボタンか』

 

「踏んでみてもらっていいですか」

 

『はい!』

 

 ハルトが床の丸い板へ乗ると、川の足場が一斉に上がった。

 

 

:橋できた

:分かりやすい

:まずはチュートリアルかな

 

 

「じゃあ、俺が先に渡ります。そこにいてください」

 

『分かりました』

 

 足場を半分ほど進んだところで、次の石が水面へ沈んだ。

 

「あれ」

 

『あっ』

 

 俺の足元も下がり、そのまま川へ落ちた。視界が切り替わり、スタート地点へ戻される。

 

 

:早かった

:そこにいてって言ったじゃんw

:ハルト動いた?

 

 

『違うんです、ナオさんがどこまで行ったか見ようとして、ちょっと前に!』

 

「いましたね。俺が落ちるところに」

 

『すみません!』

 

 

:目撃者

:声はやさしい

 

 

「今度は向こうまで行ったら言うんで、それまで待っててください」

 

『はい。絶対に動きません』

 

 もう1度渡る。向こう岸には、同じ形の板があった。

 

「こっちにもボタンありますね。乗ったんで、来て大丈夫です」

 

『ありがとうございます!』

 

 ハルトが足場を渡ってくる。

 

 

:交代で押すやつだ

:今度は渡れた

 

 

『これ、ナオさんが俺を落とそうと思ったら落とせますよね』

 

「そうですね」

 

『そこで肯定するのやめてもらっていいですか』

 

「早く来てください。足が疲れたんで」

 

『待って待って、今行ってます!』

 

 

:圧力かけるなw

:デスクトップ勢必死

 

 

 ハルトが岸に着いたので、板から降りた。

 

『渡れた……。まだ最初なのに緊張した』

 

「次はハルトさんに渡ってもらおうかな」

 

『さっきのことは本当にすみませんでした』

 

 次の部屋には、4つの絵が描かれた床と、閉じた扉があった。

 

『星、月、太陽、雲。順番に踏むんですかね』

 

「あっちに階段ありますよ。上に何かあるかも」

 

 階段を上がると、床の絵と同じ記号が壁に並んでいた。ハルトのいる場所からは、壁の裏側になっている。

 

「ありました。こっちから順番を伝えるやつですね」

 

『了解です。俺が踏みます』

 

 

:協力っぽくなってきた

:チャットで答え書いていい?

 

 

『答えそのものはちょっと待ってください。俺たちで1回やってみます』

 

「まず月です」

 

『月、踏みました。……あれ、間違いっぽい音がします』

 

 

:月は合ってるよね

:順番が違う?

 

 

「ちょっと待ってください。こっちも見ます」

 

『説明に、矢印の順番に踏めってあります。壁にも矢印ありますか?』

 

 絵の並びの端を見ると、左向きの矢印が描かれていた。

 

「ありました。これ、逆から読むやつだ」

 

『あ、そういうことか!』

 

「ごめんなさい。太陽からです」

 

『太陽、踏みました。今度は光った!』

 

 

:上の人が間違えてたw

:2人で見直すの大事

 

 

「次に星」

 

『星!』

 

「それから雲。白いやつです」

 

『はい、雲』

 

「最後に月」

 

『最初に踏んだやつですね!』

 

 扉が開いた。

 

 

:できた

:間違いを学習に使った

:今の連携よかった

 

 

『ナオさん、開きました!』

 

「見えてます。降りるんで待っててください」

 

『俺、順番覚えましたよ。太陽、星、雲、月』

 

「次の部屋では使わないと思いますけど」

 

『今ぐらい覚えていさせてください!』

 

 階段を降り、2人で扉をくぐる。

 

 次は、向かい合った台の間に細い道が渡されていた。手前の台に箱があり、奥の台には同じ形のくぼみがある。

 

 道の中央では、長い棒がぐるぐる回っていた。

 

『箱を持って、あそこまで行くんですね』

 

「横に操作盤ありますね。棒を止められるのかな」

 

『俺、見てみます。……停止はなくて、低速と高速があります』

 

「低速にしてもらっていいですか」

 

『低速にしました』

 

 箱を持ち上げ、道へ出る。

 

 棒が通り過ぎたところで進み、中央の広い場所で待つ。次に棒が回ってきたら、その後ろを追って向こうへ行けそうだ。

 

『そこまで行けるんだ。ナオさん、今どこまで見えてます?』

 

「出口まで見えてますよ。ちょっと待ってます」

 

『あ、これ押したらどうなるんだろ』

 

「押さないでくださいね」

 

『あっ』

 

 棒の回転が速くなった。

 

「あっ」

 

 避ける前に棒が来て、コムギごと箱を弾き飛ばした。

 

 

:押したwww

:あっじゃないんだよ

:飛んだ

:箱も一緒に帰ってきた

 

 

『すみません! クリックしちゃいました!』

 

「なんで俺が渡ってるときに試すんですか」

 

『いや、こっち向きの矢印って何かなって……』

 

「回転の向きも変えられるんですね。今、速さも変わりましたけど」

 

 ハルトが操作盤から離れた。

 

『ナオさん、交代しましょう。俺が運びます』

 

「じゃあ、低速に戻しておきます」

 

 

:自分で責任を取る男

:ナオさん押すなよ

:押すなよ絶対に

 

 

「普通に運んでもらいますよ」

 

『ありがとうございます!』

 

 ハルトが箱を持って進み始めた。

 

「今、棒が向こうへ行ったんで、真ん中までどうぞ」

 

『はい、行きます』

 

「そこで待って」

 

『ここですね』

 

「次が通ったら、後ろについていけば大丈夫です」

 

『分かりました。……今!』

 

 ハルトが歩き出し、止まった。

 

『あ、箱が』

 

「落としました?」

 

『置いちゃった!』

 

 拾い直している間に、棒が1周して戻ってくる。

 

「棒、来ますよ」

 

『待って、これ、拾っ……』

 

 ハルトの姿が横へ飛んだ。

 

 

:自力で飛んだ

:操作盤のせいじゃなかった

:箱を守ろうとしたのはえらい

 

 

『難しいんですよこれ! 物を持ったまま動くの!』

 

「まず広いところで練習します?」

 

『します……』

 

 箱を拾って、歩いて、置く。

 

 ハルトが何度か繰り返す間、俺は操作盤の横から見ていた。

 

 

:教習所になった

:ここで覚えたらもう大丈夫

:俺も最初ずっと落としてた

 

 

『よし。今度はいけます』

 

「じゃあ俺、棒を見ておきますね」

 

『お願いします!』

 

 もう1度、ハルトが道へ出た。

 

「真ん中まで進んでください」

 

『はい』

 

「そこで止まって。棒が通ったら、左側から進みます」

 

『左側、左側……』

 

「今です」

 

 ハルトが箱を持ったまま、出口まで歩いた。

 

『着いた! 着きました!』

 

「そこで箱を置けば大丈夫です」

 

『はい、置きます!』

 

 箱がくぼみへ収まると、横に普通の橋が現れた。

 

 

:クリア!

:やればできる

:橋あるんかい

 

 

「ありがとうございます。俺はこっちから行きますね」

 

『俺も帰りはそっちを使いたかったです』

 

 橋を渡り、ハルトの隣へ並んだ。

 

 その先には休憩用の広場があり、丸いテーブルと椅子が置いてあった。

 

『ちょっと休憩しましょう。俺、箱1個運んだだけなのに、すごい働いた気がします』

 

「2回飛びましたしね」

 

『ナオさんも1回飛んでるじゃないですか』

 

 普段の声に戻して、椅子へ座る。

 

「俺の1回は誰のせいでしたっけ」

 

『急にその声で聞かないでください!』

 

 

:忘れてたw

:女声に慣れたところで戻るのずるい

:地声だと急に反省会っぽい

 

 

「水飲むんで、ちょっと待ってください」

 

『はい。俺も飲みます』

 

 ヘッドセットを持ち上げ、水を飲んでから戻った。

 

『コメント見ていきましょうか。えっと、コムギちゃんはVRChat以外でも使えますか、って来てますね』

 

「今売ってるのはVRChat用です。普通の配信で使うためのデータも作ってますけど、そっちは確認してからですねぇ」

 

『俺のモデルも、いつもの配信で使えるようにしてもらってます。今日はVRChatですけど、今度そっちでも出してみたいです』

 

 

:普段の配信にも3Dくるのか

:ゲーム配信で動いてるとこ見たい

:作ってる人と遊べるのいいな

 

 

『そうだ、初めての人もいると思うんで。ナオさん、いつもの切り抜きの編集もしてくださってる方です』

 

「編集のほうが先ですね」

 

 

:あのナオさんか!

:名前に見覚えあると思ったら

:編集もモデルもできるのか

 

 

『今回のモデルもお願いして、こうして一緒に出てもらってます』

 

「作ってるうちに、動かして遊びたくなったんで」

 

『遊ぶとちゃんと楽しいですよね。さっきからひどい目には遭ってますけど』

 

「俺も遭ってますよ」

 

 

:主にハルトのせい

:久々に一緒にゲームしてる感じの配信で好き

 

 

『俺のモデルは販売してますか、って質問もありますね』

 

「ハルトさんのは専用で作ったので、売ってないです。今ショップにあるのは、コムギと、もう1体のルゼです」

 

『せっかくなんで、ルゼちゃんも見せてもらっていいですか』

 

「いいですよ。ちょっと変えますね」

 

 アバターを切り替える。

 

 淡い灰色の髪に、青緑の目。黒い短いジャケットと白いインナー、ショートパンツに厚底のスニーカー。

 

 コムギよりも目つきの鋭いルゼが、テーブルのそばに立った。

 

 

:こっちも好き

:雰囲気変わった

:ルゼ使ってます

 

 

 声も、さっきより落ち着いた女声にする。

 

「こっちが先に作った子です。ルゼといいます」

 

『あ、声も変わった』

 

「コムギのままだと、ちょっと違うかなと思って」

 

 

:声まで着替えるなw

:この子には合ってる

:何種類声出せんだよ

 

 

『ナオさん、最初にこれで挨拶されてても、俺は同じ反応したと思います』

 

「じゃあ、コムギにしてよかったですね」

 

『そういう問題でしたっけ』

 

 ルゼの手を上げる。口元を笑わせると、小さな牙が見えた。

 

 

:この牙いいんだよな

:衣装も見たい

 

 

「こっちも4着です。今のが標準で、パーカーと部屋着と、黒い服があります」

 

 順番に切り替えると、ハルトがそのたびに隣へ立って、鏡のように画面に並べてくれた。

 

『部屋着、めちゃくちゃくつろいでますね』

 

「家で着るなら、楽なのがいいんで」

 

 

:急に親近感

:パーカーよく着せてる

:黒い衣装も好き

 

 

『ショップのリンクは概要欄にあります。気になった方は、そっちから画像も見てもらえれば!』

 

「ありがとうございます。衣装だけの販売もありますけど、そっちは本体が入ってないので、選ぶときに確認してください」

 

 

:了解

:セット買った

:まずページ見てくる

 

 

 ひと通り見せたところで、コムギの魔女服へ戻した。

 

『おかえりなさい』

 

「ただいま。次、行きましょうか」

 

 

:戻ってくると安心する

:もうこの声がナオさんになってきた

:中身男なんだよなぁ

 

 

 休憩所の奥には、2人で動かす小さな乗り物があった。

 

 説明板によると、片方が進む速さを変え、もう片方が方向を変えるらしい。曲がりくねった道の先に、ゴールの旗が見えた。

 

『運転ですね! これはいけますよ』

 

「さっき物を運ぶ練習したばっかりですけど」

 

『運ぶのと運転は別ですから!』

 

 

:不安しかない

:免許返納の準備しとくか

 

 

「じゃあ、ハルトさんが速度で、俺が方向をやります」

 

『分かりました。ゆっくりでいいですよね』

 

「まずはそれで」

 

 2人で乗り込み、動かし始める。

 

 出だしはゆっくりだった。俺が曲がるところを伝えると、ハルトが速度を落とす。

 

『意外といけますね』

 

「このまま行けば大丈夫そうです」

 

 

:今度は順調

:ちゃんと相談すればできる2人

 

 

『直線ですよ。ここ、ちょっと速くしてもいいですか』

 

「次が曲がり角なんで、そこまでなら」

 

『はい!』

 

 乗り物が加速した。

 

『曲がり角、速度落としますね』

 

「はい。こっちを……あ、まだまっすぐだ」

 

『ナオさん、右!』

 

「待って、曲がるの遅れた」

 

 曲がりきれず、乗り物が道の端へぶつかった。

 

 画面に出ていた荷物の数が、3から2に減る。

 

 

:積み荷落ちたw

:今のはナオさんか

:まだ2個ある

 

 

『止めました!』

 

「ありがとうございます。今の俺ですね。思ったより曲がらなかった」

 

『大丈夫です、あと2個あります。俺も曲がるところ見てるんで』

 

「助かります。次はもっと手前から曲げますね」

 

『じゃあ、ゆっくり行きましょう』

 

 

:ようやく合意

:安全運転で頼む

 

 

 次の曲がり角は、歩くくらいの速さで通った。

 

『いいですよ! 今のきれいでした!』

 

「ハルトさんも、その速さでお願いします」

 

『任せてください』

 

 道が細くなるところで速度を落とし、登り坂で上げる。

 

 最後の曲がり角を抜けると、旗までまっすぐだった。

 

『ここは上げても大丈夫ですよね』

 

「もうすぐなんで、このままでいいです」

 

『はい』

 

 

:学んだ

:えらい

 

 

 荷物を2個載せたまま、ゴールへ着いた。

 

 旗の上に紙吹雪が舞い、広場への扉が開く。

 

『クリア! よかったあ!』

 

「お疲れさまでした」

 

 

:おつかれ!

:荷物1個は犠牲になったのだ

:思ったより息合ってた

 

 

『1個落としましたけど、最後まで行けたので!』

 

「途中で止めてもらえてよかったです。あのままだと、もう1個落としてましたね」

 

『お互い様ですから。俺、ナオさんを川にも落としてますし』

 

 ゴールの広場で、2人並んだ。

 

 ハルトが笑顔に変えたので、俺もコムギを笑わせて手を振る。

 

『今日はこの辺にしておこうと思います。3Dのお披露目に付き合ってくださったナオさん、ありがとうございました!』

 

「こちらこそ。楽しかったです」

 

『また一緒に遊んでください』

 

「いいですよ。次は箱を落とさないようにしましょう」

 

『そこはもう覚えましたから! ナオさんも曲がり角、お願いしますよ』

 

「気をつけます」

 

 

:次回も楽しみ

:声の初見反応もう1回見たい

:コムギ買ったので遊んできます

 

 

『購入報告もありがとうございます。俺のモデルは専用ですけど、ナオさんのショップにはルゼちゃんとコムギちゃんがいますので、気になった方はぜひ見てみてください!』

 

「ありがとうございます。見てくれた人も、お疲れさまでした」

 

『それじゃあ、おつかれさまでした!』

 

 

:おつハル!

:ナオさんもおつかれ

:楽しかった

:最初から見直してくる

 

 

 配信が終わった。

 

 普段の声へ戻すと、ハルトがまた笑った。

 

『その声、なんか久しぶりに聞いた気がします』

 

「途中でも使ってましたよ」

 

『途中のやつも、あれはあれでびっくりするんですよ』

 

「またやります?」

 

『次は、俺が分かってるときにお願いします』

 

 配信の映り方に問題がなかったかを聞き、後で使えそうな場面の話をしてから解散した。

 

 ヘッドセットを外し、椅子へ座り直す。

 

 思ったより長く遊んでいた。

 

 アーカイブを開き、冒頭の挨拶まで戻す。

 

『……え? ナオさん?』

 

 自分でもう1度聞いて、笑った。

 

 これはスキルを取ってよかったな。

 

 ショップを確認すると、コムギは標準衣装付きが3件、全衣装のセットが7件売れていた。

 

 初日で10体。ルゼのときと同じように、購入の通知を見てから商品ページも開いてしまう。

 

 今ごろ、この子を動かしている人がいるんだろう。

 

 最後にステータスを開くと、マンスリーの残っていた項目にも達成の印がついていた。

 

 公開配信で自作の成果物を実演する。

 

 10SPを受け取り、残りは50SPになった。これで9月のマンスリーも全部終わりだ。

 

 明日は日曜日。

 

 その次の月曜日も、工場へ行くために早起きする必要はない。

 

 寝る前にもう1度、ハルトが驚くところを見た。

 

 次に遊ぶワールドは、俺も探しておこう。







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東雲ハルト全身図



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