今回も挿絵ありです
9月24日、月曜日。
工場へ行くのも、今週で最後だ。
朝の支度をしながらそう思ったが、出勤してしまえばやることは変わらない。いつもの持ち場で働いて、昼飯を食べて、時間になったら帰る。
帰宅後は編集の依頼を片づけてから、ハルトのモデルを作った。
顔と髪を詰め、服を着せ、動かしたときの形を確認する。元のキャラクターは普段から動画で見ているので、表情をつけたときに違う顔になっていないかも分かりやすかった。
水曜日には全体が整い、木曜日には本人に渡せるところまでできた。
VRChat用と、普段の配信で使うためのデータをそれぞれまとめる。前に作ったスクリプトで必要なファイルを集め、説明書と画像を確認してから送った。
ナオ:モデルできたので送ります。まずいつもの配信環境で動かしてみてください
ハルト:早くないですか!?
ナオ:元のデザインがあるんで、その分は楽でした
ハルト:にしても早すぎでは……今から見てみます
しばらくして、ハルトから短い動画が届いた。
画面の中で、見慣れたキャラクターが首を傾げ、口を開けて笑っている。肩の厚みや髪の形も、渡された資料に合わせてある。
ハルト:自分で動かしてるのに、ずっと見ちゃいますねこれ
ハルト:横を向いてもちゃんと俺なんですよ
ナオ:背中もありますよ
ハルト:今見ました。ありますね!
当たり前のことを言い合っているのに、妙に楽しい。
VRChatのほうも、ハルトは平日の夜に触っていたらしい。アバターをアップロードできる状態になったと連絡が来たので、導入を手伝い、一緒に動作を見た。
ハルトがキーボードで自分のモデルを歩かせ、鏡の前で何度も向きを変える。
『これで土曜日に出られるんですよね』
「出られます。表情も、今押したところから変えられるんで」
『あ、これか。……おお、いつもの顔だ』
にやっと笑う顔を作っては戻し、また笑う。
本人が気に入ってくれたなら、作った甲斐がある。
配信は9月29日の土曜日に決まった。
ハルトが3Dモデルのお披露目をして、俺も一緒にVRChatで遊ぶ。コムギの販売開始も、その日に合わせることにした。
告知用の画像を渡し、ショップの商品ページを仕上げる。
値段はルゼと同じ。本体と標準衣装が5500円、追加衣装3着を含むセットが6500円。衣装だけのセットは1800円だ。
ついでにルゼの売れ行きを見たところ、本体と標準衣装が24件、全衣装のセットが56件。衣装だけの購入が16件になっていた。
本体は合わせて80体。発売からの売上は52万4800円だ。
手数料が引かれる前の数字ではあるが、俺が作った女の子がこれだけ買われている。
売れたらいいな、とは思っていた。
ここまでいくとは思っていなかったので、管理画面を閉じる前にもう1回見た。
そして金曜日。
最後の勤務を終え、借りていたものを返して、世話になった人たちに挨拶をした。
次の仕事を聞かれたので、自宅で動画の編集などをすると伝える。体に気をつけろよと言われ、そっちも気をつけてくださいと返した。
建物を出ると、いつもの帰り道だった。
ただ、今日からここへはもう来ない。
帰りにスーパーへ寄って、夕飯の材料と、明日の配信前に食べられるものを買った。
家に着くころには、何を作るかのほうへ頭が向いていた。
9月29日、土曜日。
午前中に編集を済ませ、コムギの販売を開始した。
商品ページと公開されたファイルを確認して、告知も出す。これでショップに並んでいるモデルは、ルゼとコムギの2体になった。
ハルトの分まで含めると、今までで完成したモデルは3体。
並べた画像を眺めてから、洗濯物を干しに行った。
家のことを済ませ、散歩から戻って、ステータスを開く。
今日のデイリーと、今週のウィークリーの報酬を受け取ると、SPは43になった。
マンスリーにも達成の印がついている。
依頼された成果物を30件納品する。報酬は5SP。
制作工程を改善し、実際に使用する。こちらは10SP。
編集の納品数は足りているし、ファイルをまとめるスクリプトも、今回の配布で使った。2つの報酬を受け取り、58SPになった。
未達成の項目は、公開配信で自作の成果物を実演する、というものだ。
今夜の配信が終われば、これも達成できそうだ。
その前に、1つ試してみたいことがある。
スキル一覧から、声に関係する項目を探し見つける。
《声真似》
声質や高さ、響かせ方、話し方を調整して、別の声を作るためのスキルらしい。
コムギを動かすなら、声も合わせたら面白い。
ついでに、ハルトを驚かせられる。
Lv1からLv4まで取得して、18SPを使った。残りは40SP。
録音を始め、まずは普段の声で話す。それから、頭に浮かぶ声の作り方を試した。
「こんばんは。ナオです」
思っていたよりも高い声が出た。
今度は高さを抑え、響きを変えて、同じ言葉を繰り返す。
録音を聞くと、柔らかい女の子の声になっていた。声だけを聞いたら、俺だとは思わないだろう。
コムギの顔を画面に出して、もう1回話してみる。
「今日もお疲れさまです」
似合うな。
普段の声へ戻してから、また女声へ変える。何度か録音し、長めに話しても無理なく続けられることを確認した。
ハルトには、まだ言わないでおこう。
夕飯を早めに済ませ、配信前の確認に入る。
ハルトはデスクトップで、俺はVR機器を使う。最初は鏡のある部屋でモデルを見せ、その後は2人で遊べるワールドへ移る予定だ。
ほかの人が入ってこないように部屋を作り、音量や画面を確認する。
『ナオさん、何か喋ってもらっていいですか』
「聞こえてます? こっちの声、大きすぎないですかね」
『大丈夫です。ゲームの音も今ぐらいでよさそう』
いつもの声で済ませた。
鏡には、ハルトのモデルと、普段着のコムギが並んでいる。
丸い頬と、目の周りの濃い毛。口元はクリーム色で、栗色の髪からは短い耳が出ている。頭には葉っぱの飾りもつけた。
後ろには、先の色が濃い太い尻尾がある。
クリーム色のニットに茶色のジャンパースカート。大きめのポケットと、小さな肩掛け鞄もつけていた。
『コムギちゃん、動いてるとさらに可愛いですね』
「ありがとうございます。今日のお供はこっちで」
『じゃあ、始めます!』
ハルトの配信が始まった。
『こんばんは、ハルトです! 今日は見ての通り、3Dになっております!』
:おおお
:立ってる!
:いつもの部屋じゃない
:告知見て待ってた
『このモデルを作ってくださったナオさんにも来てもらってます。一緒に遊びながら、いろいろ見ていこうと思ってますので!』
俺はコムギの手を上げ、女声で挨拶をした。
「こんばんは。ナオです。今日はよろしくお願いします」
『……え? ナオさん?』
:かわいい声
:ハルトどうしたw
:狸の子がナオさん?
いつもの声に戻して、鏡の前で手を振った。
「俺ですよ。さっきまで話してたでしょ」
『いや、待ってください。今の声もナオさんなんですか!?』
:急に男声になった
:どっちが地声?
:ハルトの反応がガチで草
「こっちが普段の声です」
『ですよね!? 俺、さっきまで話してたんですけど!』
「せっかくなんで、コムギに合わせてみました」
もう1度女声にすると、ハルトが黙った。
:固まった
:声まで作ったのか
:さっきまで普通に話してた人からこれ来たらびびるわ
『ちょっと、事前に言っておいてくださいよ!』
「今の反応が見たかったんで」
『じゃあ俺、思いっきり引っかかったってことですか!?』
「いい反応でした」
:開幕ドッキリ
:何のボイチェン?
:女声のまま淡々と話すの好き
『ボイスチェンジャー使ってるんですか?』
「使ってないです。声だけ」
『ええ……?』
「ほら、口も動いてますよ」
『そこは分かります!』
:確認する場所w
:生声でそれ出るのすごいな
:ハルトの3Dお披露目だよねこれ
『そうですよ! 俺のモデルを見せる前に、俺がびっくりする配信になってるんですけど!』
「じゃあ、ちゃんと見せましょうか」
コムギを横へ寄せ、鏡の前を空けた。
『改めまして、こちらが俺の3Dモデルです!』
:見慣れてるのに新鮮
:ちゃんと奥行きがある
:肩がいい
『普段の姿を、そのまま立体にしてもらいました。ナオさん、これ横も見せたほうがいいですよね』
「そうですね。ちょっと回ってみてください」
ハルトが横を向き、そのまま背中を見せた。
『どうですか!』
:背中だ
:後ろは設定資料でしか見た事なかったがなかなかだな
:いつもより姿勢がいい気がする
「表情も変えられますよ」
『これですね。まず笑顔で、こっちが……あ、こっちか』
鏡の中のハルトが、急に不機嫌な顔になった。
:なんで怒ったw
:間違えた顔が正解みたいになってる
『違うんです、押す場所を間違えました!』
「分かってますよ」
『その顔で言われると、分かってない感じがするんですよね』
俺もコムギの表情を変えた。垂れ気味の目を細め、口元をにやっとさせる。
:狸が煽ってる
:この2人で大丈夫か
「今日いっぱい練習できますから」
『遊ぶ前から不安なんですけど!』
ハルトが笑顔に戻したところで、俺のほうも普段の表情へ戻す。
『それと、隣のコムギちゃんは今日発売のモデルです。衣装もありますよね?』
「あります。4着作りました」
:今の服かわいい
:尻尾見たい
:巫女服もあったよね
「尻尾は後ろです。ちょっと横向きますね」
腕を広げてから、体を回す。肩掛け鞄の横から、太い尻尾が揺れた。
『この尻尾、いいですよね。さっきから目に入るんですよ』
「巫女服だと、もっと見やすいかも」
衣装を切り替えると、白い袖と赤い袴になった。腰の葉っぱ飾りを指し、もう1度後ろを向く。
:狸の巫女さん
:袖の動きかわいい
:ちゃんと尻尾出てる
『耳も尻尾もあって、服も4着って、作るところ多くないですか』
「多かったです。尻尾が服を突き抜けると困るんで、そこは何回か直しました」
:そっか服の後ろどうするか考えるのか
:もう買いました
:自分もセットにした
『もう買った人いる! ありがとうございます!』
「ありがとうございます。今度、着て遊んでみてくださいね」
メイド服へ切り替える。丸い襟と白いエプロン、膨らんだ袖。耳の間には小さな頭飾りが乗った。
『おお、これもいいですね』
:メイドさんだ
:お茶ください
:注文していい?
「自分の分を入れるときでよければ」
『ついでなんですか』
「1人分も2人分も、そんなに変わらないんで」
:思ったより生活感あるメイド
:それくらいの距離感でいい
最後に魔女服へ変えた。深緑のワンピースに短いケープ、腰には茶色のベルトと小物入れがある。
『帽子、大きいですね』
「外せますよ。耳は、かぶってても見えるようにしてます」
:魔女服好き
:葉っぱで化けるんじゃなくて魔法使うのか
:全部入りにしようかな
『今日、この格好で遊びます?』
「そうしましょう。何かできそうな見た目ですし」
『できるんですか?』
「まだ分かりません」
:見た目から入るタイプ
:頼りになる魔女だなあ
ハルトと一緒に、協力して仕掛けを解くワールドへ移った。
石造りの広場から、川を挟んで道が続いている。橋の代わりに、水面から出たり引っ込んだりする足場が並んでいた。
『ここ、2人用のコースですね。まずあのボタンか』
「踏んでみてもらっていいですか」
『はい!』
ハルトが床の丸い板へ乗ると、川の足場が一斉に上がった。
:橋できた
:分かりやすい
:まずはチュートリアルかな
「じゃあ、俺が先に渡ります。そこにいてください」
『分かりました』
足場を半分ほど進んだところで、次の石が水面へ沈んだ。
「あれ」
『あっ』
俺の足元も下がり、そのまま川へ落ちた。視界が切り替わり、スタート地点へ戻される。
:早かった
:そこにいてって言ったじゃんw
:ハルト動いた?
『違うんです、ナオさんがどこまで行ったか見ようとして、ちょっと前に!』
「いましたね。俺が落ちるところに」
『すみません!』
:目撃者
:声はやさしい
「今度は向こうまで行ったら言うんで、それまで待っててください」
『はい。絶対に動きません』
もう1度渡る。向こう岸には、同じ形の板があった。
「こっちにもボタンありますね。乗ったんで、来て大丈夫です」
『ありがとうございます!』
ハルトが足場を渡ってくる。
:交代で押すやつだ
:今度は渡れた
『これ、ナオさんが俺を落とそうと思ったら落とせますよね』
「そうですね」
『そこで肯定するのやめてもらっていいですか』
「早く来てください。足が疲れたんで」
『待って待って、今行ってます!』
:圧力かけるなw
:デスクトップ勢必死
ハルトが岸に着いたので、板から降りた。
『渡れた……。まだ最初なのに緊張した』
「次はハルトさんに渡ってもらおうかな」
『さっきのことは本当にすみませんでした』
次の部屋には、4つの絵が描かれた床と、閉じた扉があった。
『星、月、太陽、雲。順番に踏むんですかね』
「あっちに階段ありますよ。上に何かあるかも」
階段を上がると、床の絵と同じ記号が壁に並んでいた。ハルトのいる場所からは、壁の裏側になっている。
「ありました。こっちから順番を伝えるやつですね」
『了解です。俺が踏みます』
:協力っぽくなってきた
:チャットで答え書いていい?
『答えそのものはちょっと待ってください。俺たちで1回やってみます』
「まず月です」
『月、踏みました。……あれ、間違いっぽい音がします』
:月は合ってるよね
:順番が違う?
「ちょっと待ってください。こっちも見ます」
『説明に、矢印の順番に踏めってあります。壁にも矢印ありますか?』
絵の並びの端を見ると、左向きの矢印が描かれていた。
「ありました。これ、逆から読むやつだ」
『あ、そういうことか!』
「ごめんなさい。太陽からです」
『太陽、踏みました。今度は光った!』
:上の人が間違えてたw
:2人で見直すの大事
「次に星」
『星!』
「それから雲。白いやつです」
『はい、雲』
「最後に月」
『最初に踏んだやつですね!』
扉が開いた。
:できた
:間違いを学習に使った
:今の連携よかった
『ナオさん、開きました!』
「見えてます。降りるんで待っててください」
『俺、順番覚えましたよ。太陽、星、雲、月』
「次の部屋では使わないと思いますけど」
『今ぐらい覚えていさせてください!』
階段を降り、2人で扉をくぐる。
次は、向かい合った台の間に細い道が渡されていた。手前の台に箱があり、奥の台には同じ形のくぼみがある。
道の中央では、長い棒がぐるぐる回っていた。
『箱を持って、あそこまで行くんですね』
「横に操作盤ありますね。棒を止められるのかな」
『俺、見てみます。……停止はなくて、低速と高速があります』
「低速にしてもらっていいですか」
『低速にしました』
箱を持ち上げ、道へ出る。
棒が通り過ぎたところで進み、中央の広い場所で待つ。次に棒が回ってきたら、その後ろを追って向こうへ行けそうだ。
『そこまで行けるんだ。ナオさん、今どこまで見えてます?』
「出口まで見えてますよ。ちょっと待ってます」
『あ、これ押したらどうなるんだろ』
「押さないでくださいね」
『あっ』
棒の回転が速くなった。
「あっ」
避ける前に棒が来て、コムギごと箱を弾き飛ばした。
:押したwww
:あっじゃないんだよ
:飛んだ
:箱も一緒に帰ってきた
『すみません! クリックしちゃいました!』
「なんで俺が渡ってるときに試すんですか」
『いや、こっち向きの矢印って何かなって……』
「回転の向きも変えられるんですね。今、速さも変わりましたけど」
ハルトが操作盤から離れた。
『ナオさん、交代しましょう。俺が運びます』
「じゃあ、低速に戻しておきます」
:自分で責任を取る男
:ナオさん押すなよ
:押すなよ絶対に
「普通に運んでもらいますよ」
『ありがとうございます!』
ハルトが箱を持って進み始めた。
「今、棒が向こうへ行ったんで、真ん中までどうぞ」
『はい、行きます』
「そこで待って」
『ここですね』
「次が通ったら、後ろについていけば大丈夫です」
『分かりました。……今!』
ハルトが歩き出し、止まった。
『あ、箱が』
「落としました?」
『置いちゃった!』
拾い直している間に、棒が1周して戻ってくる。
「棒、来ますよ」
『待って、これ、拾っ……』
ハルトの姿が横へ飛んだ。
:自力で飛んだ
:操作盤のせいじゃなかった
:箱を守ろうとしたのはえらい
『難しいんですよこれ! 物を持ったまま動くの!』
「まず広いところで練習します?」
『します……』
箱を拾って、歩いて、置く。
ハルトが何度か繰り返す間、俺は操作盤の横から見ていた。
:教習所になった
:ここで覚えたらもう大丈夫
:俺も最初ずっと落としてた
『よし。今度はいけます』
「じゃあ俺、棒を見ておきますね」
『お願いします!』
もう1度、ハルトが道へ出た。
「真ん中まで進んでください」
『はい』
「そこで止まって。棒が通ったら、左側から進みます」
『左側、左側……』
「今です」
ハルトが箱を持ったまま、出口まで歩いた。
『着いた! 着きました!』
「そこで箱を置けば大丈夫です」
『はい、置きます!』
箱がくぼみへ収まると、横に普通の橋が現れた。
:クリア!
:やればできる
:橋あるんかい
「ありがとうございます。俺はこっちから行きますね」
『俺も帰りはそっちを使いたかったです』
橋を渡り、ハルトの隣へ並んだ。
その先には休憩用の広場があり、丸いテーブルと椅子が置いてあった。
『ちょっと休憩しましょう。俺、箱1個運んだだけなのに、すごい働いた気がします』
「2回飛びましたしね」
『ナオさんも1回飛んでるじゃないですか』
普段の声に戻して、椅子へ座る。
「俺の1回は誰のせいでしたっけ」
『急にその声で聞かないでください!』
:忘れてたw
:女声に慣れたところで戻るのずるい
:地声だと急に反省会っぽい
「水飲むんで、ちょっと待ってください」
『はい。俺も飲みます』
ヘッドセットを持ち上げ、水を飲んでから戻った。
『コメント見ていきましょうか。えっと、コムギちゃんはVRChat以外でも使えますか、って来てますね』
「今売ってるのはVRChat用です。普通の配信で使うためのデータも作ってますけど、そっちは確認してからですねぇ」
『俺のモデルも、いつもの配信で使えるようにしてもらってます。今日はVRChatですけど、今度そっちでも出してみたいです』
:普段の配信にも3Dくるのか
:ゲーム配信で動いてるとこ見たい
:作ってる人と遊べるのいいな
『そうだ、初めての人もいると思うんで。ナオさん、いつもの切り抜きの編集もしてくださってる方です』
「編集のほうが先ですね」
:あのナオさんか!
:名前に見覚えあると思ったら
:編集もモデルもできるのか
『今回のモデルもお願いして、こうして一緒に出てもらってます』
「作ってるうちに、動かして遊びたくなったんで」
『遊ぶとちゃんと楽しいですよね。さっきからひどい目には遭ってますけど』
「俺も遭ってますよ」
:主にハルトのせい
:久々に一緒にゲームしてる感じの配信で好き
『俺のモデルは販売してますか、って質問もありますね』
「ハルトさんのは専用で作ったので、売ってないです。今ショップにあるのは、コムギと、もう1体のルゼです」
『せっかくなんで、ルゼちゃんも見せてもらっていいですか』
「いいですよ。ちょっと変えますね」
アバターを切り替える。
淡い灰色の髪に、青緑の目。黒い短いジャケットと白いインナー、ショートパンツに厚底のスニーカー。
コムギよりも目つきの鋭いルゼが、テーブルのそばに立った。
:こっちも好き
:雰囲気変わった
:ルゼ使ってます
声も、さっきより落ち着いた女声にする。
「こっちが先に作った子です。ルゼといいます」
『あ、声も変わった』
「コムギのままだと、ちょっと違うかなと思って」
:声まで着替えるなw
:この子には合ってる
:何種類声出せんだよ
『ナオさん、最初にこれで挨拶されてても、俺は同じ反応したと思います』
「じゃあ、コムギにしてよかったですね」
『そういう問題でしたっけ』
ルゼの手を上げる。口元を笑わせると、小さな牙が見えた。
:この牙いいんだよな
:衣装も見たい
「こっちも4着です。今のが標準で、パーカーと部屋着と、黒い服があります」
順番に切り替えると、ハルトがそのたびに隣へ立って、鏡のように画面に並べてくれた。
『部屋着、めちゃくちゃくつろいでますね』
「家で着るなら、楽なのがいいんで」
:急に親近感
:パーカーよく着せてる
:黒い衣装も好き
『ショップのリンクは概要欄にあります。気になった方は、そっちから画像も見てもらえれば!』
「ありがとうございます。衣装だけの販売もありますけど、そっちは本体が入ってないので、選ぶときに確認してください」
:了解
:セット買った
:まずページ見てくる
ひと通り見せたところで、コムギの魔女服へ戻した。
『おかえりなさい』
「ただいま。次、行きましょうか」
:戻ってくると安心する
:もうこの声がナオさんになってきた
:中身男なんだよなぁ
休憩所の奥には、2人で動かす小さな乗り物があった。
説明板によると、片方が進む速さを変え、もう片方が方向を変えるらしい。曲がりくねった道の先に、ゴールの旗が見えた。
『運転ですね! これはいけますよ』
「さっき物を運ぶ練習したばっかりですけど」
『運ぶのと運転は別ですから!』
:不安しかない
:免許返納の準備しとくか
「じゃあ、ハルトさんが速度で、俺が方向をやります」
『分かりました。ゆっくりでいいですよね』
「まずはそれで」
2人で乗り込み、動かし始める。
出だしはゆっくりだった。俺が曲がるところを伝えると、ハルトが速度を落とす。
『意外といけますね』
「このまま行けば大丈夫そうです」
:今度は順調
:ちゃんと相談すればできる2人
『直線ですよ。ここ、ちょっと速くしてもいいですか』
「次が曲がり角なんで、そこまでなら」
『はい!』
乗り物が加速した。
『曲がり角、速度落としますね』
「はい。こっちを……あ、まだまっすぐだ」
『ナオさん、右!』
「待って、曲がるの遅れた」
曲がりきれず、乗り物が道の端へぶつかった。
画面に出ていた荷物の数が、3から2に減る。
:積み荷落ちたw
:今のはナオさんか
:まだ2個ある
『止めました!』
「ありがとうございます。今の俺ですね。思ったより曲がらなかった」
『大丈夫です、あと2個あります。俺も曲がるところ見てるんで』
「助かります。次はもっと手前から曲げますね」
『じゃあ、ゆっくり行きましょう』
:ようやく合意
:安全運転で頼む
次の曲がり角は、歩くくらいの速さで通った。
『いいですよ! 今のきれいでした!』
「ハルトさんも、その速さでお願いします」
『任せてください』
道が細くなるところで速度を落とし、登り坂で上げる。
最後の曲がり角を抜けると、旗までまっすぐだった。
『ここは上げても大丈夫ですよね』
「もうすぐなんで、このままでいいです」
『はい』
:学んだ
:えらい
荷物を2個載せたまま、ゴールへ着いた。
旗の上に紙吹雪が舞い、広場への扉が開く。
『クリア! よかったあ!』
「お疲れさまでした」
:おつかれ!
:荷物1個は犠牲になったのだ
:思ったより息合ってた
『1個落としましたけど、最後まで行けたので!』
「途中で止めてもらえてよかったです。あのままだと、もう1個落としてましたね」
『お互い様ですから。俺、ナオさんを川にも落としてますし』
ゴールの広場で、2人並んだ。
ハルトが笑顔に変えたので、俺もコムギを笑わせて手を振る。
『今日はこの辺にしておこうと思います。3Dのお披露目に付き合ってくださったナオさん、ありがとうございました!』
「こちらこそ。楽しかったです」
『また一緒に遊んでください』
「いいですよ。次は箱を落とさないようにしましょう」
『そこはもう覚えましたから! ナオさんも曲がり角、お願いしますよ』
「気をつけます」
:次回も楽しみ
:声の初見反応もう1回見たい
:コムギ買ったので遊んできます
『購入報告もありがとうございます。俺のモデルは専用ですけど、ナオさんのショップにはルゼちゃんとコムギちゃんがいますので、気になった方はぜひ見てみてください!』
「ありがとうございます。見てくれた人も、お疲れさまでした」
『それじゃあ、おつかれさまでした!』
:おつハル!
:ナオさんもおつかれ
:楽しかった
:最初から見直してくる
配信が終わった。
普段の声へ戻すと、ハルトがまた笑った。
『その声、なんか久しぶりに聞いた気がします』
「途中でも使ってましたよ」
『途中のやつも、あれはあれでびっくりするんですよ』
「またやります?」
『次は、俺が分かってるときにお願いします』
配信の映り方に問題がなかったかを聞き、後で使えそうな場面の話をしてから解散した。
ヘッドセットを外し、椅子へ座り直す。
思ったより長く遊んでいた。
アーカイブを開き、冒頭の挨拶まで戻す。
『……え? ナオさん?』
自分でもう1度聞いて、笑った。
これはスキルを取ってよかったな。
ショップを確認すると、コムギは標準衣装付きが3件、全衣装のセットが7件売れていた。
初日で10体。ルゼのときと同じように、購入の通知を見てから商品ページも開いてしまう。
今ごろ、この子を動かしている人がいるんだろう。
最後にステータスを開くと、マンスリーの残っていた項目にも達成の印がついていた。
公開配信で自作の成果物を実演する。
10SPを受け取り、残りは50SPになった。これで9月のマンスリーも全部終わりだ。
明日は日曜日。
その次の月曜日も、工場へ行くために早起きする必要はない。
寝る前にもう1度、ハルトが驚くところを見た。
次に遊ぶワールドは、俺も探しておこう。