前話を少し修正しました。
権利関係の話と冗長気味の話の調整程度です。今後には特に影響ありませんので読み直す必要性も薄いです。
10月1日、月曜日。
目が覚めたのは、いつもと同じ時間だった。
枕元のスマホで時刻を見てから、布団の中でもう少し寝ようとした。けれど、目を閉じても眠気が戻ってこない。しばらく転がっていたが、腹も減ってきたので起きた。
顔を洗い、冷蔵庫から卵を出す。目玉焼きを作っている間にパンを焼き、皿へ載せて、コーヒーと一緒に机へ運んだ。
普段なら食べ終わるころには家を出る時間だ。今日は、その時間を過ぎても椅子に座っていられる。
スマホを見ながらコーヒーを飲み終え、食器を洗った。
もう少し夜更かししてもよかったな。
そう思ったが、起きてしまったものは仕方ない。洗濯機を回し、床を拭いてから、いつもの散歩に出た。
平日の朝は、通勤する人や学校へ向かう子供が歩いている。俺も金曜日までは、この時間に工場へ向かっていた。
今日は途中でコンビニへ寄り、昼に食べるものを買って帰った。
パソコンをつけると、ハルトから配信の切り抜き候補が届いていた。
最初の挨拶。箱を運ぶところ。最後の運転。
冒頭には、俺の女声を聞いて固まったハルトが映っている。
土曜日から何度も見た場面だが、編集するために再生しても、やっぱり笑ってしまった。
話す前にコムギが手を上げるところから使う。ハルトが黙った間も入れ、普段の声へ戻したところで字幕を切り替える。
この場面なら、初めて見る人にも何が起きたか分かる。
ほかの依頼も確認して、届いていた素材を順番に編集した。書き出しを始めたところで椅子の背にもたれ、ステータスを開く。
日曜日のデイリー報酬を受け取った時点で、SPは53になっていた。今日の3件も達成しているので、受け取って56SP。
10月に変わったマンスリーも確認する。
【Monthly】
・依頼された成果物を40件納品する 0/40 報酬:5SP
・自作の成果物を1件公開する 0/1 報酬:10SP
・新たなスキルを取得し、実際に使用する 0/1 報酬:10SP
納品40件は、今の依頼を続けていれば足りる。
自作の成果物は、何を公開しよう。新しいモデルでもいいし、配信で使うためのデータを仕上げるのもよさそうだ。
スキルも、試してみたいものはまだある。
今月の予定を考えながら画面を見ていると、見慣れない項目が増えていることに気づいた。
【実績】
開くと、達成した条件に応じてSPを獲得できる、と説明が出た。これまでの活動も集計の対象になるらしい。
一覧の先頭には、既に達成した項目が2つ並んでいる。
【実績】
・自作の成果物を初めて公開する 達成 報酬:5SP
・自作の成果物を初めて販売する 達成 報酬:5SP
ルゼを公開したときの分だ。
2つとも受け取ると、SPは66になった。
ほかには、自作アバターの累計販売100体、自作商品の累計売上100万円、オリジナルモデル10体の完成、といった条件がある。
販売100体の項目を開くと、96/100と表示されていた。報酬は20SP。
ショップの管理画面を見てみると、週末の配信後にも購入が増えていた。ルゼとコムギを合わせて、あと4体で達成になる。
100体まで来るのか。
自分で使って遊ぶところから始めたものを、これだけの人が買ってくれている。数字を見ていると、また次の衣装を作りたくなった。
オリジナルモデルの完成数は2/10。ルゼとコムギの2体が数えられている。
ハルトのモデルは、本人のデザインを立体にしたものなので、ここの条件には入らないようだ。
実績の説明を読むと、報酬を受け取れるのは各条件につき1回。累計数を増やす項目には、さらに上の段階もある。
仕事や制作を続けていれば、こういうところからもSPが手に入る。
今までは日課や月ごとの課題をこなして、使うスキルを選んでいた。これからは、モデルが売れたり、作ったものが増えたりするのも楽しみになる。
ほかの実績もひと通り眺めてから、元の画面へ戻った。
そこで、もう1つ増えている項目を見つけた。
Yearly。
今まで一度も出てこなかったものだ。
年末までに何か大きな成果物を作るとか、そういう内容だろうか。期限が長いなら、モデルを作る目標も少し大きくなるのかもしれない。
開いてみた。
【Yearly】
・ウェンカムイの討伐 0/1 報酬:1000SP
期限:12/31 23:59
しばらく見てから、もう1度読んだ。
1000SP。
さっき受け取った実績の報酬は5SPずつだった。販売100体まで行っても20SP。それが、いきなり1000。
数字を見間違えたわけでもない。ちゃんと0が3つある。
「なんだこれ」
声が出た。
しかも、内容は討伐だ。
ウェンカムイという名前には心当たりがない。けれど、カムイという響きには聞き覚えがあった。
ブラウザを開いて、名前を検索する。
すぐに出てきた。
アイヌに関する言葉で、悪い神。熊について書かれたページにも、この名前が載っている。
人に危害を加える、悪い熊の神。
画像に出ているのも、熊だった。
「は、熊?」
画面を見たまま、椅子へ深く座り直した。
熊を討伐しろと。
工場を辞めた初日に、自宅で動画を編集していたら、熊を倒す仕事が増えた。
何をさせようとしてるんだ、このシステム。
普通の熊だって、相手にしたくない。大きさも力も、人間と比べるようなものじゃないだろう。
そこへ、神までついている。
今までの課題は、生活を整えたり、仕事をしたり、作ったものを使ったりする内容だった。突然これを出されても、どう手をつければいいのか分からない。
Yearlyの画面へ戻り、項目を選んでみる。
名前と報酬と期限が表示されるだけで、詳しい説明は増えなかった。
どこにいるのかも、どの熊なのかも分からない。
ウェンカムイという名前の個体がいるのだろうか。それとも、この言葉に当てはまる相手を探せということなのか。
検索結果だけでは、そこまで分からなかった。
ただ、こんな項目が出た以上、何かしら対象はいるんだろう。
名前の響きだけなら格好いいが、相手が熊だと分かった途端に話が変わった。さらに神でもあるなら、普通の熊より危ないものだと考えておいたほうがよさそうだ。
期限は12月31日の23時59分。
今月中というわけではないが、名前だけ分かれば済む内容でもない。
もう1度、報酬を見る。
1000SPあれば、今まで手を出せなかったスキルをいくつも試せる。編集もモデル制作も、ほかにやってみたいことも、かなり進められるだろう。報酬は欲しいが、熊を相手に何ができるか、今の俺には見当もつかない。
まずは、この名前についてちゃんと知りたい。
開いていたページをいくつか読み、後で見られるように保存した。
書き出しが終わった通知が出ている。俺は動画を確認して依頼主へ送り、昼飯を食べた。
午後も作業を続けたが、ウェンカムイという名前が頭に引っかかっていた。
アイヌのことを聞くなら、詳しいやつがいる。
アイヌについて研究していて、話を聞くと、知らなかったことがいくらでも出てくる。
ロボと特撮が好きで、VRCでもロボ系のモデルを使っている。新しいロボットや変身の話を振ると、画像や動画のリンクがどんどん送られてくるので、そっちもよく覚えている。
ナガちゃんのアイコンも、ロボットだった。
連絡先を開き、飯に誘う。
直人:ナガちゃん、今週どっかで飯行かん?
正樹:ええぞ。何食う?
直人:まだ決めてない。アイヌのことでちょっと聞きたいこともあってさ
正樹:お、何?
直人:ウェンカムイについて
正樹:また急に渋いところ来たな
直人:調べ物してて気になった。熊のやつ
正樹:なるほどね。飯食いながらでいいか?
直人:それで頼む
正樹:明日の夜どうよ。俺は空いてる
直人:大丈夫
正樹:ほな明日。店は適当に探しとくわ
直人:頼む。食いたいもんあったらそこにしよう
正樹:任された。腹減らしとけ
相変わらず、標準語とエセ関西弁が適当に混ざっている。
そういえば、最近はVRCで会うことが多かった。実際に飯を食いに行くのも楽しみだ。
明日の夜は空けておこう。編集は昼のうちに進めればいいし、工場から帰ってくる時間を気にする必要もなくなった。
予定に夕飯を書き足してから、Yearlyをもう1度開く。
ウェンカムイの討伐。報酬1000SP。
何度見ても、1000SPに目が行った。
まずは飯を食いながら、詳しい話を聞いてこよう。