スキル制ステータスで現代をお気楽に過ご……したい   作:逆鯖

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 今回は会話メイン


ウェンカムイとは

 

 

 

 10月2日、火曜日。

 

 地下鉄の座席でヒグマについて調べながら、俺は自分の腕を見た。

 

 オスの体長は約2m。体重は150〜400kg。成人男性何人分になるのかを考え、同じ座席に並ぶ男たちへ目を向ける。数人集めて重さを合わせても、あの爪も筋肉も手に入らない。熊に肩を並べられる要素が俺には一切ないな。

 

 時速50km程度で走る、という説明もあった。もし追いかけられたとして、毎日散歩しているくらいの俺がどうやって逃げ切ればいいのか。

 

 さらに、ハンターへの取材記事には、心臓を撃ち抜いてもすぐには倒れず、30〜40m走ってから倒れることがあると書かれていた。別の猟師も、撃たれた熊が撃った人へ向かってくる場合があると話している。

 

 銃弾が当たっても、まだ来るかもしれない。狙って撃つ技術を身につけた猟師が、銃を手にして向き合う相手だ。今、俺の両手にあるのはスマホで、持っているスキルも編集や制作に使うものばかりだった。

 

 人の身で討伐しろって、ステータス画面様は何をやらせたいんだ。

 

 窓に映った自分の顔を見て、息を吐いた。普通の熊を調べるだけでこれなのに、Yearlyの相手には神の属性までついている。報酬1000SPで何を取るか考える前に、まず報酬を受け取るまで生きて帰る方法が欲しい。

 

 車内の案内が大通を告げたところで、ナガちゃんから連絡が来た。

 

 

正樹:着いた。待ち合わせのところにいるわ

 

直人:今、大通着く。すぐ行く

 

 

 記事を保存して、スマホをしまう。これから飯を食うのだから、熊の写真はいったん閉じよう。聞きたいことは、もう十分増えた。

 

 待ち合わせの場所で俺に気づくと、ナガちゃんが鞄を持ち上げた。

 

「おー、お疲れ。店、近くに取れたから、もう行こう。腹減ってやばい、さっきから唐揚げのこと考えてるわ」

 

「俺は熊の記事ばっかり読んでた。ナガちゃんに連絡したあとも調べてたんだけど、熊ってやっぱ怖いわ」

 

「ずいぶん熱心だな。怖い話は飯食いながらするべ」

 

 階段を上がると、外はもう暗かった。上着の袖口から冷たい風が入り、俺たちは店の明かりを目当てに歩いた。

 

 ナガちゃんが、途中で思い出したように俺の顔を見る。

 

「そうだ、配信見たぞ。コムギのモデルめっちゃかわいかったし、女声もびっくりした。ハルトさん、口開けたまま止まってたじゃん。俺も家で同じ顔になったわ」

 

「黙ってた甲斐があった。モデルは前もって見てもらってたから、何か驚かせたくて」

 

「もう十分驚いてるだろ、あの人。俺もナオの顔見て今の声聞いてると、配信の声と結びつかないんだけど」

 

 笑った頬が動くのを見て、VRCで会うときとの違いを感じた。普段は装甲に覆われたロボット姿だ。同じ声が上着を着た友人から聞こえてくると、肩幅まで気になってくる。

 

「今日は肩が小さいな。いつものロボだと、改札通るだけでも大変そうだ」

 

「サイズ的に横向きで行っても引っかかるぞ。助けに来たナオもコムギちゃんの尻尾が挟まって、駅員さん呼ぶことになるだろうな」

 

「そうはならんやろ、多分」

 

 俺まで巻き込まれていた。2人で笑いながら店へ入り、暖かい空気の中でようやく肩を緩めた。

 

 席は木の格子と暖簾で通路から仕切られていた。隣の客の声は聞こえるが、机を挟んで普通に話せる。

 

 料理を選んでいるうちに、ナガちゃんが鞄からクリアファイルを取り出した。付箋の出た紙が何枚も重なっている。

 

「熊、ウェンカムイのところだけ選ぶつもりだったんだけど、魂の話もあったほうがわかりやすいし、ナオなら道具にも興味あるかなって、あれもこれもとやってたら増えちまったわ。持って帰っていいから、今日は気になったところを聞いてくれ」

 

「頼んだ以上に用意してくれたな。ありがとう。こんなにあるとは……机が広い店にしてもらってよかった」

 

「俺も助かった。狭いとこだと資料の上に料理を載せるしかなくなるし、醤油つけたページを渡すのはちょっと申し訳ない」

 

 焼き魚と唐揚げ、揚げ芋を頼んで、届いたジョッキを持った。ナガちゃんはファイルを端へ寄せ、俺のジョッキへ自分のものを軽く合わせる。

 

「工場、お疲れさま。まさかお前が3Dモデルで食っていく気になるとはな」

 

「おつかれ……いや、まぁこっちの方が自分の時間多いしな」

 

「やっぱそこが大事か、お前さんは」

 

 冷たいビールが喉を通る。ナガちゃんがお通しを食べ、俺も箸を取った。家で働く生活を始めてまだ2日だが、今日の夕飯は前から楽しみにしていた。

 

 料理が届くと、取り皿へ唐揚げを分けた。魚の身をほぐしていたナガちゃんが、ファイルの端へ目をやる。俺もひと口食べてから、机の上を空けた。

 

「ウェンカムイって調べると、悪い神って出てきてさ。熊の名前なのか、熊以外にもいるのか、そのへんから聞きたかった」

 

「おう、ウェンカムイは熊以外にも使う言葉だな。病気や災いをもたらす神にも出てくる言葉で、今日はその中の悪い熊の神の話になるか。で、このページを読んでみろ。熊をすごく大事にする話と、人を殺した熊を罰する話が並んでる」

 

 ナガちゃんが紙を俺から読める向きへ回した。付箋の下に線が引かれている。

 

「熊はキムンカムイ、山の神として敬われる。肉も毛皮ももたらしてくれるし、人間を殺せる力もある。あんな大きな生き物と山で出会って、獲れたら食べて、その後も魂を送る。熊との付き合いが、ずっと生活の中に根付いてるんだわ」

 

「ほー……今より熊近い時代はそんな感じなんだな、あいつらの体重って400kgぐらいあるらしくてさ。オマケに心臓撃たれても30〜40m走ることがあるって」

 

「心臓に当たってもねぇ……やっぱ人間より強い生き物だよなぁ。しかもそっから30m走れるって、この店を端から端まで来られるくらいあるだろ。写真ででかいなって見てたけど、ナオから聞くと急に近く感じるな」

 

 ナガちゃんは自分の腕を見てから、俺の腕も見た。唐揚げを口へ運んでいる最中だった俺は、箸を止める。

 

「俺たちを並べて考えると、余計に勝てる気がしなくなるな」

 

「俺の家の近くに山あるから余計にこえーよ。ただ山の神って呼ぶ気持ちは分かる。でも、山で暮らしていた人たちは自ら獲りに行くんだわ。怖い、敬う、肉や毛皮が欲しいっていう暮らしの全部が、神とのやり取りに入ってる。ここを読んでると、狩りへ出る人がどんな顔で祈ってたのか、知りたくなってくる」

 

 ナガちゃんは写真の紙を重ね、俺の前へ並べた。祭壇や供物が写っている。

 

「熊は神の国では人のような姿をしていて、人間のところへ来るときに熊の衣装を着る、と語られている。肉と毛皮を贈り物として持ってくるんだ。人間は熊を獲って、贈り物を受け取り、魂を神の国へ送り返す。大事にされた神が帰って、人間のところはよかったって話してくれたら、また来てもらえるだろって感じ」

 

 話しながら、ナガちゃんは写真に写った道具を順に指した。俺が読んでいる間にも、次に見せたいページを探している。

 

「衣装って聞くと、俺はアバターを思い浮かべるな。神の姿でこっちへ来てるけど、目の前にいるのは肉や爪のある熊なんだろ」

 

「まぁな。ウェンカムイも熊の体を持って人を害する相手として読める。熊を獲る行為と、獲ったあとに魂を送る儀礼が続いてるから、神としての扱いと、生き物としての熊の話を一緒に見ていくんだよ。ナオのアバターのたとえは、姿をまとって来るところを考えるには分かりやすいな」

 

 聞きながら、スマホで見た熊の写真を思い出す。神という名前がついていても、向き合う肉体はあの熊だ。俺が用意する攻撃や防御も、あの体に届くものを考える必要がある。

 

 ナガちゃんは、俺が見ていた祭壇の写真へ熊の資料を戻した。

 

「で、ここを初めて読んだとき、俺ちょっと驚いたんだよ。人を害した熊には、人間が怒る。普通の熊を丁重に送り、供物を持たせる一方で、ウェンカムイには供物を与えず、葬り方まで変えたという記録がある。神を敬う話を読んでたら、神を罰する話が出てきるんだ。人を殺したことを、人間がちゃんと問いただし、罰してるんだ」

 

「もっと一方的に、神を怒らせないようにする話だと思ってた。人間が怒るところまで聞くと、山で熊と付き合うのって、ずいぶん腹が据わってるよな」

 

「俺も最初は、敬う儀礼ばかり調べていた。悪い熊の扱いを読むと、敬って、礼を尽くして、害を受けたら対抗する、って関係が見えてきてさ。熊を獲ったあとの処置が、相手によって変わる。だからウェンカムイを調べるときにも、霊送りの話を並べて読みたくなる」

 

 ナガちゃんの指が、供物についての文章へ戻った。俺も続きを読む。熊を討ち取ったあとに、魂へどう接するかまで考えていた人たちの話だった。

 

 魚を取り分け、ジョッキへ口をつけてから、俺は紙に出ていた言葉を指した。

 

「魂はラマッっていうんだよな?熊自身が神で、あの体まで持ってるなら、人間を何か助けてくれる神が欲しくなる」

 

「ああ、味方の話も気になるよな。人間にはトゥレンカムイという憑神が付き添い、守ってくれるという話があるな。ウェンカムイは熊自身が神、人間の憑神は、人と、その人に付き添う神との関係だね。肩や首の後ろあたりに宿るとされるんだけど――気になったか?」

 

 俺は首の後ろへ回した手を止めた。ナガちゃんが嬉しそうに笑う。

 

「俺も読んだとき、そこへ手をやってみたことがある。どこにいるって具体的に言われると確認したくなっちまうんだよなぁ。それでお金やおいしいものが手に入ったとき、肩の後ろへかざして、神に知らせたり捧げたりするという話もある。人に付き添うっていうのが、そういう動きにまで出てくるんだ」

 

 俺は手を下ろし、襟を直した。ナガちゃんはジョッキへ口をつけてから、別の段落を指した。

 

「憑神の力を通じて儀礼を行い、神の声や意志を伝えるトゥスクㇽの話もあるし、獲物の方角を頭の痛みで察する能力を持つ人の記録もある。右が痛んだら右、という具合に、神の知らせが体の感覚として来るんだよ。山へ入る人にとって、獲物の居場所が分かるって大きいだろ」

 

「熊より力が弱くても、見つける力を助けてもらえるのはありがたいな。相手がどこにいるか分からないと、何をするにも始まらない」

 

「そうそう、山で生きるには見つける力も欲しいよな。それでウェンカムイみたいに人を害する神を相手にする話でも、人間に助力する神や、祈り、使っていた道具まで見ていきたいんだ。熊が神なら、人間の味方にも神がいる。どんな助けを求めていたのか、どんな祈りをしていたのか。面白いだろ」

 

 俺は魚の皿を手前へ寄せた。ナガちゃんが身を取って食べている間に、紙の段落を読み直す。腕力や攻撃できるスキルに、探すための力も加えたくなってきた。

 

 ただ、憑くという言葉には引っかかった。

 

「人に神が付き添う話は分かった。熊にも何かが憑いて、ウェンカムイになることはあるのか? 熊から追い出せるものがあるなら、って考えたんだけど」

 

「ここで読む悪い熊は、熊の神自身が人を害してる。憑依の話を比べるなら、こっちに書いてある。人の体に蛇の霊が来たと考えられて、蛇の形を作り、霊に移ってもらう儀礼が記録されてる」

 

 ナガちゃんは、別の紙へ指を滑らせた。俺が読めるよう、料理の皿を避けて寄せてくれる。

 

「人に来た蛇の霊には、移る先を用意する。熊自身が悪意を持つウェンカムイと考えるなら、熊そのものに対処する。相手の中に何がいると考えるかで、することが変わってくるんだ。蛇の形を用意するところも面白くて、移ってもらう先の体を、人間が作るんだよ」

 

 俺は資料へ顔を近づけた。神秘に関わる道具を作るスキルが、一覧にあったはずだ。熊から何かを追い出すという期待は薄れたが、形を作って神秘へ働きかける話には、もっと聞きたいことがある。

 

 ナガちゃんが俺の顔を見て、ファイルから写真を出した。

 

「作る話になったら食いついたな。持ってきたかいがあるな。こっちは熊の霊送りでも使う祭具で、祈りの言葉や供物を神に届ける道具なんだ。ナオがモデル作ってるの見て、こういう形の話も好きそうだなって思ってさ」

 

 写真を受け取ろうとしたところで、料理が届いた。俺たちは紙を重ね、皿を置く場所を空ける。

 

「ナガちゃん、今度は芋食おう。唐揚げもまだある。資料は逃げないから」

 

「おお、もう来たか。次のページ出してから食べようと思ってたのに、ずっと出してばっかか」

 

 言ったそばから、ナガちゃんは熱い芋を口に入れて顔をしかめた。俺は自分の分を小さく割り、皿の上で冷ましてから食べた。

 

 祭具の写真には、平たい木の道具の表と裏が載っていた。端の刻みが大きく写され、細部の名前も添えられている。

 

「イクパスイっていうんだけど、酒を捧げるときに使って、祈りの言葉も神や先祖へ届ける。裏も見て。先端近くに刻みがあるだろ?ここ、舌って呼ばれる部分なんだよ。俺、最初に写真を見たときは見落としたんだけど、祭具が自分で語って祈りを伝えると考えるから、話すための口の代替え部分があるんだ」

 

「この刻みが舌か。模様だと思ってたけど、言われたら顔に見えてきた。先端は鼻に見える」

 

「鼻もあるよ。ほら、こっち。俺が資料を何枚か読んで気づいたところを、写真回して見つけるとはな。形から見てんだな」

 

 ナガちゃんは、俺が回した写真へ自分の指を添えた。酒を届ける道具に、言葉を伝える役割まである。熊を送るとき、人間が神へ何を伝えようとしていたかが、道具の形からも見えてきた。

 

「熊の神に話をするために使うのか。神へ向かって人間が話すだけでも、届くまでをこういうふうに考えてたのか」

 

「そう。火の神にほかの神々への取り次ぎを頼む祈りもあるし、誰に何を伝えてほしいのかを話す。熊を送る儀礼でも、相手へ話を通す順序があるんだ。熊の神へ礼を尽くすにも、悪い熊へ怒りを伝えるにも、人間が神と話すための手段がいる。さっきの霊送りの話と、この道具がここで繋がる」

 

 ナガちゃんは祈り詞の紙を出しかけて、机を見渡した。唐揚げの皿を挟んで、写真と文章が並んでいる。

 

「もう広げる場所ないな。今日は絞ったつもりだったんだけど、説明し始めると、見てもらいたいページが増えるんだよ」

 

「次は台車で持ってきな。俺も机を2つ予約する」

 

「なんでやねん、店の人に何の集まりか聞かれるだろ。今日は机1つに収まるところまでにしとく」

 

 笑いながら紙を重ね、祈り詞だけ俺の前へ寄せてくれた。

 

 訳文には、事情を伝え、頼み、礼を述べる言葉がある。ナガちゃんは俺が読んでいるところへ、余白の書き込みを指した。

 

「このあたり、熊を送るときに何をするかも合わせて見てほしい。言葉の意味に加えて、道具の扱いとか、祈る前後の動きもあるんだよ。訳文だと数行の動作が、映像で見ると時間をかけて行われていたりするから、読んで、見て、教わって確かめる」

 

「覚えることが多いな。俺は最初、熊の名前を聞くくらいのつもりだったけど、神へ何を伝えるべきなのか気になってくるな」

 

「俺も気になったところから、資料が増えたんだよ。家での祈りや、猟や作業の前後に伝える言葉もあるから、儀礼の話を追っていくと暮らしの話が出てくる。熊を神として見る人が、山へ入る前に何を祈り、獲ったあと何を伝えたのかって、知りたくなるだろ」

 

 ナガちゃんが、書き込みのある紙を俺のファイルへ戻した。読んでほしい、と言うときにどのページを出すか迷っていた理由が分かった気がした。

 

 食べ終わってからも、俺たちは机を片づける手を止めて話した。

 

 人間に力を貸す神の話を聞いていた流れで、刀の鞘に彫られたオオカミ神や竜神が、戦いに加勢するという伝承も教えてもらった。

 

「さっきの憑神は人に付き添う神だったけど、こっちは彫られた神々が人に力を貸す話だな。悪い熊の神に向き合う人間にも、こんな助けがあったらって思うだろ。で、俺はこの話を読んで、ナオに聞かせたくなったんだ。自分で作って動かせるんだから、何を作りたがるかなって」

 

「もうちょっと早く聞いてたら、来る途中の気分も変わってたかもしれないな。自分が作ったやつが助けてくれるの、ロマンがある」

 

「コムギちゃんが助けに来てくれたら嬉しいだろうな。ルゼちゃんもいるから、選ぶとき困りそうだけど」

 

「両方呼ぶに決まってんだろ。自分で作ったんだから、2人とも来てほしい」

 

 ナガちゃんは声を上げて笑い、ファイルへ付箋をつけた。

 

「欲張るなあ。戦う前に、服選びで時間かかりそうだ。帰ってから読んで、分からないところがあったら連絡しな。俺も調べるから」

 

 俺はファイルを受け取り、まだ残っていた写真を順にしまった。何を作れるか考え始めると、怖かった熊の話の中にも、自分から触ってみたいところが出てくる。

 

「ありがとう。飯の間ずっと聞いてたな。今度はナガちゃんのロボの話もしようか?」

 

「今していい? 肩のやつ、画像送っただろ。動くところも見せたかったんだよ」

 

「あれか。画像は見たけど、動画もあるのか」

 

「ある。装甲が重なるところ、静止画だと分かりにくくてさ。ちょっと待って、今出す」

 

 スマホが机へ置かれ、今度は装甲と関節の話になった。ナガちゃんは写真を拡大し、部品が重なる場所を指す。俺も、モデルにするならどこがぶつかりそうかを話した。

 

 最初に駅で肩幅をからかったことから、改札を通れるロボの大きさの話まで戻ってしまった。店を出るころには、思っていたより時間が過ぎていた。

 

 外へ出ると、冷たい風にナガちゃんが上着の前を閉めた。俺も襟を直し、並んで駅へ向かう。

 

「資料入った? 雨降りそうだし、濡らさないようにしてな」

 

「入ってる。今日はありがとう。また飯行こう」

 

「じゃあ今度は肉食べに行こう。今日、魚も食べたし。話してるうちに、焼肉が食いたくなってきた」

 

「食ったばっかりなのに、もう次か。俺も肉でいいけど」

 

「次の予定があると楽しみ増えるだろ。店、探しておくから、連絡してくる時は空いてる日教えてくれや」

 

 別れるところで手を振ると、ナガちゃんも片手を上げて、人の流れへ入っていった。

 

 俺は鞄の中のファイルを確かめながら、ホームへ向かった。余白へ書き足してくれた字や、読んでほしいページにつけた付箋がある。店で聞いた話を思い出しながら、家でも読もう。

 

 

 

 帰宅して上着を脱ぎ、水を飲んでから、机へコピーを広げた。

 

 出かける前に考えていたスキルの候補を、もう1度見直したい。熊と戦うなら攻撃に使えるものと、体を強くするものが欲しいと思っていたが、今日聞いた話で、ほかにも用意したい力が増えた。

 

 ウェンカムイは、神の属性を持つ熊自身が相手だ。あの肉体へ攻撃を届かせ、自分が襲われても耐えられるようにしたい。熊を獲ったあとに魂を扱う霊送りの話を、目の前の熊を倒す方法と一緒に考えていたところもあった。生きている熊への対処を先に用意しよう。

 

 相手の居場所も、該当する個体も分かっていない。神秘を認識するための《霊能力》は、先に取得したい。見つけた熊が神の属性を持つか判断できるようになれば、探し方も考えられる。

 

 獲物の方角を察する人の話を思い出した。身を守る手段と攻撃する手段に、相手を探す力を加えると、候補は増える。森へ入って当てもなく歩くのは避けたいし、見つけたときにも、近づく前に気づけるようにしておきたい。

 

 祭具や彫られた動物の話を聞いて、神秘に関わる道具も作ってみたくなった。木の道具の写真を手元へ引き寄せると、裏面の刻みが目に入る。店でナガちゃんが指していた、小さな舌だった。

 

 普段の制作なら、気になったところから触って覚えていく。今回も家で作って確かめられるものがあれば試したい。熊を相手にぶっつけで使うのは勘弁してほしいので、準備の時間をちゃんと取ろう。

 

 所持SPは66。欲しくなったものを全部取得するには足りないだろう。必要なSPと、次のスキルへ進む条件を見比べてから決めたい。

 

 スキル一覧を開くと、並んだ項目へ目を通すより先に、案内が重なった。

 

【スキルセット販売中/レベル上げポイントセール中】

 

 俺は案内を読み、机に広げた資料へ目を向けた。

 

「ずいぶん勧めてくるな」

 

 昨日、熊を討伐する課題を出してきたばかりだ。準備のためにスキルを選び直そうとしたら、セット販売とポイントのセールまで始まった。

 

 必要なものが安く手に入るなら助かる。何を揃えれば熊と戦えるのか、その見当をつけるにも内容は見ておきたい。

 

 ナガちゃんにもらったファイルを机の端へ寄せ、セールの案内を開いた。

 

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