更衣室で作業着を脱ぎ、ロッカーから鞄を取り出す。今日も残業はなく、時計の針はいつもと同じ辺りを指していた。
ただ、昨日までと比べると、仕事中の余裕が随分と違った。
何かを取りに戻ることが減ったし、機械の動きを見ながら次の準備をするのも楽だった。毎日扱っている設備なのに、今まで気にしていなかった癖まで妙にはっきり分かる。
朝は単に調子がいいだけかと思ったが、昼を過ぎても変わらない。終業間際まで同じだったので、これはもうスキルである《機械操作》の補正と考えてよさそうだった。
《清掃》の方も、思っていた以上に仕事で活躍した。
部品を種類ごとに分け、使い終えた道具を元の場所へ戻す。そんな作業でも手が迷わず、箱を置く向きや、まとめて運ぶ順番まで自然に決まる。
勝手に配置を変えたわけでも、仕事のやり方を大きく変えたわけでもない。それなのに、探したり持ち直したりする細かい手間が、今日はあまり気にならなかった。
掃除が上手くなるだけの能力かと思えば、整理整頓や仕分けまで含まれている。昨日見た説明にちゃんと書かれていたことだが、実際の仕事でも使えるとなると、なかなかありがたい。
もちろん、楽になったからといって、自分から仕事を増やすつもりはなかった。頼まれた分は終わらせたし、引き継ぎも済ませてある。
あとは帰って、自分のために使うだけだ。
帰りに寄ったスーパーでは、弁当の棚を横目に、卵とウィンナーを買った。
昨日の時点で自炊のミッションは確認している。どこから自炊と認められるのかは分からないが、フライパンで何か焼けば、とりあえず料理にはなるだろう。
アパートへ戻って着替え、食材を冷蔵庫へ入れる。パソコンの電源を入れて椅子に座ると、まずはシステムを開いた。
昨日の風呂場では、試しに浴槽も軽く洗っている。それが3回目のスキル使用として数えられ、デイリーの報酬を受け取ったことで、所持SPは10に戻っていた。
今日はどうなっているのかと、ミッション画面へ意識を向ける。
【Daily】
・30分以上の運動を行う
[達成] 報酬:1SP
・1食以上、自炊する
[未達成] 報酬:1SP
・スキルを3回以上使用する
[達成] 報酬:1SP
「仕事してるだけで2つ終わってんじゃんか。仕事してるだけで達成できんのはお得だな」
工場では立っているだけでなく、材料を運んだり、設備の間を行き来したりもする。わざわざ運動しようと思わなくても、その辺りがまとめて数えられているらしい。
スキル使用の方も、今日は意識して何度も試していた。こちらが終わっているのには納得しかなかった。
達成済みの項目を選び、報酬を受け取る。
所持SPは12。昨日は1ポイント使うだけでも少しためらったのに、普通に仕事へ行って帰ってきたら、それより多く増えていた。
続いて、昨日はざっと眺めただけだったウィークリーを開く。今度は、何をすれば報酬がもらえるのかまで、順番に確認していった。
【Weekly】
〈運動〉
・累計120分以上、身体を動かす
[達成] 報酬:3SP
・累計600分以上、身体を動かす
[未達成] 報酬:3SP
〈生活〉
・3食分、自炊する
[未達成] 進捗:0/3 報酬:3SP
・洗濯を1回行う
[未達成] 報酬:3SP
・自宅全体を清掃・整理する
[未達成] 報酬:3SP
〈スキル〉
・新しいスキルを1つ取得する
[達成] 報酬:3SP
・SPを使用せず、スキルレベルを1上昇させる
[未達成] 報酬:3SP
「……昨日の清掃でこっちも達成してたのか、見落としてたな」
新しいスキルを取得するという条件は、当然ながら《清掃》を買った時点で満たしていた。1ポイント使って3ポイント戻るのだから、最初の1個については得しかしていない。
もっとも、何個買っても報酬はこの1回だけだった。達成済みの課題は次の週までそのままで、新しいものが追加されるわけでもない。
運動の120分も、今日の仕事で終わっている。600分の方には届いていないが、この調子なら明日の勤務中に達成できそうだった。
「全部取れば21ポイントか。毎週これくらいなら、普通にうまいな」
生活系も、自炊と洗濯なら普段の生活の延長で済む。家全体の清掃は少し面倒だが、今は掃除そのものが昨日より楽になっている。
条件の説明も確かめたところ、決められた期間内に終わらせればよく、日数や曜日の指定がなければ、同じ日にまとめて達成しても構わないらしい。
休みの日に残った分を片づけることもできるし、平日に自然と進んだ分だけ休日の手間は減る。
「ソシャゲのやつみたいなもんか。仕事で終わるやつは放っといて、残ったのだけやればいいな」
最後の、SPを使わずにレベルを上げる課題だけは、少し勝手が分からなかった。どのくらい使えば上がるのか、まだ一度も確かめていない。
ただ、今日は《機械操作》も《清掃》もかなり使っている。いずれ結果が出るだろうし、今から無理に訓練だけを始める必要もないだろう。
達成していた2つの報酬を受け取ると、所持SPは18になった。
一気に増えた数字を見ると少し嬉しくなるが、明日も同じだけ入るわけではない。ウィークリーの2つは既に達成済みへ変わり、受取ボタンも消えていた。
そのままマンスリーも開く。
【Monthly】
・スキルを利用して収入を得る
[未達成] 報酬:10SP
・成果物を3つ完成させる
[未達成] 進捗:0/3 報酬:5SP
・資格を1つ取得する
[未達成] 報酬:10SP
「資格取って10ポイントかぁ。勉強に使えるスキルもあったし、こっちはそのうち試してみたいな」
何の資格を取るかまでは考えていない。そもそも、すぐ受けられるものがあるのかも知らなかった。
今は、上の2つの方が気になる。
収入についての説明を確かめると、働いただけではなく、実際に報酬を受け取った時点で達成になるらしい。工場の給料でもよさそうだが、まだ給料日ではなかった。
どうせなら、それとは別に何か稼げるようになりたい。
それはミッションを見たからではなく、昨日の風呂で考えていたことでもある。
ひとまず画面を閉じ、台所へ向かう。
フライパンに油を少し引き、卵を落とした。空いたところへウィンナーも並べ、焼けるまでの間に、ご飯を温めておく。
凝ったことをするつもりはない。いつもの目玉焼きと、適当に焼いたウィンナー。それを皿へ移し、ご飯と一緒に机へ持っていったところで、視界の隅に通知が出た。
【デイリーミッション達成】
1食以上、自炊する
報酬:1SP
「これでいいんだ、判定ガバガバだな」
目玉焼きの端は少し硬くなっていたし、ウィンナーの焼き色も揃ってはいない。それでも、自分の夕飯として食べるには十分だった。
報酬を受け取り、ウィークリーの自炊が1/3になったことも確認する。今日はこれでデイリーを全部達成したらしい。
所持SPは19。
毎日3ポイントなら、10日で30ポイントになる。もっと大きなスキルには届かなくても、普通の技能を取ったり、少し育てたりするには十分な量だった。
工場にいる間は運動とスキル使用がほぼ勝手に終わるので、気をつけるのは自炊くらいでいい。
「飯作るだけで済むなら、取らない方がもったいないか」
そう言って目玉焼きを崩しながら、スキルの一覧を開く。
昨日は値段の高いものばかり眺めていたが、今日は使い道を決めてあった。
まずは、手に職をつける。
《豪運》を買って一発で稼ぐのは、今のところ無理だ。かといって、工場の仕事をさらに速くこなしたところで、その分だけ給料が増えるわけでもない。
必要な仕事を楽に済ませられるのはありがたいが、金を増やすには別の使い方をした方がよかった。
自分の技術で何かを作り、それに対して代金を払ってもらう。どうせなら、今あるパソコンで始められて、ネット越しにやり取りできるものがいい。
仕事を受ける量も、自分で決められる方が助かる。工場を終えてから別の場所へ出勤するようでは、何のために能力を使うのか分からなくなる。
昨日の風呂では、その辺りを考えながらいくつか候補を眺めていた。
《プログラミング》も魅力的だったが、今の直人には、何を作れば買ってもらえるのかがまだ見えていない。
代わりに思いついたのが動画編集だ。
動画なら普段から見ている。
どんな編集がされているかくらいは分かるし、募集を探せば、何を求められているのかも確かめられそうだった。
「まずは作らにゃどうにもならん。口でできるって言うより、その方が話も早いだろ」
食べ終えた皿を流しへ運び、椅子へ戻る。
検索欄へ《映像制作》と入れると、基礎価格1ポイントの技能が表示された。撮影や編集、構成、演出など、映像を作るための技量と知識に補正が入るらしい。
取得を選び、続けてレベル2、レベル3へと強化する。
必要SPは1、2、5。合計8ポイントを消費して、表示が切り替わった。
《映像制作 Lv:3》
所持SP:11
「これで売れるレベル、ね。昨日みたいに急に手際よくなるんなら、かなり助かるんだが」
今のところ、頭の中に映像が流れ込んできたりはしなかった。知らないソフトの画面が浮かぶわけでもなく、特別な実感はまだない。
ひとまず買ったものは買ったので、続けて《デザインセンス》も選ぶ。
配色や配置、形の取り合わせなど、見た目を整えるための補正。動画の文字やサムネイルにも使えそうだし、今後別のものを作る時にも役立ちそうだった。
こちらはレベル2まで上げて、3ポイント消費する。
次に開いたのは《音楽センス》だった。
《音楽センス Lv:1》
必要SP:1
作詞、作曲、編曲、楽器演奏、選曲など、音楽に関する技量・知識・判断に補正。
「この辺、まとめて入ってんのお得だな。動画に使う曲選ぶだけでも、あった方がよさそうだし」
普段見ている動画でも、BGMが妙に気になることはある。話している声より曲の方が耳についたり、急に音が大きくなって驚いたりするのは、あまり好きではなかった。
自分が作る側になるなら、その辺りも気をつけたい。
《音楽センス》もレベル2まで上げ、さらに3ポイント使う。残りは5ポイントになった。
そこから、最初から持っている《PC操作》をレベル2へ強化する。
毎日使っている道具なのだから、こちらが扱いやすくなって損はない。2ポイント払って、残りは3だった。
ここまで来ると、取るものもだいぶ絞られる。
作ったものを売るなら《商売上手》。相手とのやり取りには《話術》も使えそうだった。
商売として何が得かを考えることと、それを相手へきちんと伝えることは、同じではない。どちらも1ポイントなら、とりあえず持っておいてよさそうだ。
最後の1ポイントだけ、少し考える。
だが、流しに置いた皿を見れば、候補はすぐに決まった。
「毎日自炊するんなら、料理も取っとくか。さっき作る前に買えばよかったな、これ」
《料理 Lv:1》を取得する。
今度こそ所持SPが0になり、保有スキルには随分と名前が増えていた。
【保有スキル】
《機械操作 Lv:1》
《PC操作 Lv:2》
《清掃 Lv:1》
《映像制作 Lv:3》
《デザインセンス Lv:2》
《音楽センス Lv:2》
《商売上手 Lv:1》
《話術 Lv:1》
《料理 Lv:1》
所持SP:0
「きれいに使い切ったなぁ。まあ、明日もまた入るし、今残しといても仕方ないか」
機械操作と清掃を除けば、ほとんどこれから使うためのものだった。
一覧だけを見ると、昨日までの自分とは別人みたいで少し笑えてくる。とはいえ、名前を眺めているだけでは金にならない。
システムを閉じ、今度はパソコンへ向き直った。
最初に調べたのは、動画編集の仕事についてだった。
募集をいくつか開くと、作ってほしい動画の長さや、編集の方向性、納期などが書かれている。それと一緒に、過去の制作物やサンプルを見せてほしいという言葉も、何度か目に入った。
「そりゃそうだよな。実績ないやつなんか欲しがらんわ」
自分が頼む側でも、何ができるのか分からない相手に金を払うのは嫌だ。
スキルのレベルを見せられるわけでもないし、見せたところで信用される気もしなかった。
なら、先に作るしかないな。
いくつかの募集と、そこへ応募している人のサンプルを見比べる。長い動画を丸ごと作るより、最初は短いものを仕上げた方がよさそうだった。
どういうものを作れるのかが分かればいいのであって、今から自分の番組を始める必要はない。
無料の編集ソフトも調べ、手持ちのパソコンで動かせるものを選んだ。インストールが終わるまでの間に、基本操作の解説も探しておく。
起動してみると、中央に映像を表示する場所があり、その下に横長の領域が広がっていた。左右には細かな項目が並び、知らない言葉も随分と多い。
「……うーん、どれが何のボタンなのか分からんな」
レベル3になったからといって、触ったことのないソフトまで扱えるわけではないらしい。
仕方なく解説動画を横へ置き、画面を見比べながら操作する。素材を読み込み、下の領域へ並べ、いらない部分を切ってみる。
すると、思っていたよりあっさり形になった。
操作そのものは、説明を見て初めて知ったものだ。ただ、何のためにその操作をするのかが分かりやすく、少し触るだけで使いどころも見えてくる。
切った位置が早すぎれば戻して調整できるし、同じ操作を別の映像でも試せた。解説の通りに動かすだけで終わらず、自分の素材に合わせて変えることが、妙に楽だった。
文字を出す方法を調べた時も同じだった。
どこを押せば文字を入れられるのかは知らなかったが、一度確認すれば、その後はあまり迷わない。文字の大きさや位置を変えながら、どこなら映像の邪魔にならないかも考えられる。
「なるほどな。知識を丸ごとくれるんじゃなくて、調べたことが使いやすくなる感じか」
昨日の清掃は、元から知っている道具や作業ばかりだった。
だから違いがすぐに手際へ出たのだろう。知らない道具を使う今回は、まず操作を調べるところから始める必要があるらしい。
それでも、調べた後の飲み込み方は明らかに違った。
同じページへ戻ることが減り、ファイルを探して手を止めることもあまりない。操作方法の検索と、実際の編集とを行き来する負担が軽いのは、《PC操作》の方も効いているのかもしれなかった。
気づけば、基本操作だけのつもりで用意した映像に、文字と音がついていた。
サンプルは、短い紹介映像にすることにした。
仕事用として公開できる素材を探し、配布元の説明も確かめながら使うものを選ぶ。街の風景や、コーヒーを淹れる手元、机で作業する様子を合わせて、休憩をテーマにした短い映像へまとめるつもりだった。
素材の扱い方は、スキルが勝手に保証してくれるものではない。使う場所ごとに条件が違うこともあるので、そこは面倒でも読んでおいた。
必要なものをフォルダへまとめ、編集ソフトに並べていく。
最初は映像を順番に置いただけだったが、通して見てみると、同じような画面が続くところで少し退屈になる。逆に、切り替えを増やしすぎると落ち着かなかった。
短くして見直し、少し戻してまた見直す。
《映像制作》があっても、最初から正解が一つだけ浮かぶわけではない。ただ、何が引っ掛かっているのかを掴みやすく、直した分だけ見やすくなっていくのは面白かった。
「こっちは残した方がいいか。全部短くすりゃいいってわけでもないんだな」
湯気が立つところを少し長く残し、その後の映像へ繋げる。さっきより余裕ができて、見ている側が何をしている場面なのか分かりやすくなった。
文字を入れる段階では、《デザインセンス》の補正も感じられた。
最初に置いた文字は、読めないほどではないが、背景の明るいところへ重なると落ち着かない。色だけ変えてみたものの、今度はそこだけ浮いて見える。
いくつか作例を調べて、文字の置き方や余白の取り方を見比べると、なぜ違って見えるのかが少しずつ分かった。
派手に飾るより、位置と大きさを揃えた方が、この動画には合っている。
余計なものを消していくと、映像の方へ自然に目が向くようになった。
BGM選びも、聞き覚えのある曲を適当に置くような感覚では済まなかった。
単体では気に入った曲でも、映像へ合わせると忙しすぎたり、盛り上がる場所がずれたりする。何曲か試した末に、音の数が少なく、落ち着いたものを選んだ。
曲に合わせて映像を少しだけ切り直すと、さっきまで気になっていた繋ぎ目が目立たなくなる。
「お、こっちの方がいいな。映像同じでも、曲で結構変わるもんだわ」
コーヒーを注ぐ場面では音楽を少し下げて、手元の音を聞かせる。最後まで同じ音量で流すより、その方が場面に合っている気がした。
その調整方法も、分からなければ検索した。見つけた解説を試し、合わなければ戻す。
いつもなら、この辺りで面倒になって別の動画を見始めていただろう。それが今日は、自分で直した後の方を早く見たくなる。
時間を忘れかけて、直人は一度背もたれへ寄りかかった。
金になるから始めたはずなのに、作っている間は、肝心の金のことをあまり考えていなかった。
画面の中で、湯気が上がる。
さっきより少し気持ちよく次の場面へ繋がり、それだけのことで、またマウスへ手が伸びた。
最終的に、サンプルは50秒ほどの動画になった。
文字の出方を揃え、音が急に大きくなるところを直し、最後まで通して見る。途中で止めずに見ても気になる部分がなくなったところで、書き出しへ進んだ。
ここでも出力の設定は調べる必要があった。映像を作れることと、各項目の意味を最初から知っていることは別らしい。
解説を見ながら設定を確かめ、実行する。
画面に進行状況が表示され、パソコンのファンが少しうるさくなった。
「……結構いい出来になったな?」
待っている間に、仕事用のアカウントを作ることにした。
普段使っているものは、趣味の投稿や身内とのやり取りが混ざっている。仕事の連絡までそこへ入ってくるようにはしたくなかった。
YouTubeには新しくチャンネルを作り、Xにも別のアカウントを用意する。
名前は少し悩んだ末に、ナオで済ませた。思いつかない屋号をひねるよりは、自分が呼ばれて違和感のない名前の方が楽だった。
「ナオ、動画編集……まあ、何やってるか分かりゃいいだろ」
プロフィールを考える前に、他の編集者のページをいくつか見て回る。
対応できる作業、過去の制作物、依頼方法。先ほどは動画ばかり見ていたが、今度は何が書かれていると頼みやすいのかを意識した。
《商売上手》があるからといって、相場が数字で浮かんでくるわけではない。それでも、料金だけを比べても意味がないことは、募集とサービス内容を見ているうちに分かってきた。
短い動画を整えるだけの仕事と、長い素材から使うところを選び、文字や音まで全部つける仕事では、かかる手間が違う。
最初だから安く受けるにしても、その辺りを曖昧にしたまま金額だけ決めるのは避けたかった。
「何でもやります、はやめとくか。後からあれもこれもってなったら、普通に面倒だし」
できることを並べ、依頼内容を確認してから相談する形にする。
連絡はメッセージを基本にして、返信する時間帯も書いておいた。平日の昼は工場にいるし、夜だからといって、いつでも対応するつもりはない。
仕事がほしいからといって、自分の時間を全部明け渡してしまっては本末転倒だった。
最初に書いた文章は、条件ばかりが前に出ていた。読み直すと少しとげとげしく感じたので、先に何を引き受けられるかを説明し、その後に対応時間を添える。
同じことを伝えるにしても、順番で印象は変わるらしい。
何度か書き直しているうちに書き出しが終わり、直人は完成した動画を開いた。
編集画面の小さな表示ではなく、普通の動画として再生する。
思わず少し身を乗り出した。
「……ちゃんと動画になってんな。さっきまで素材バラバラだったのに」
当たり前のことなのだが、全部繋がって動いていると、妙な嬉しさがあった。自分で入れた文字も、選んだ曲も、一本の動画の中へちゃんと収まっている。
もう一度再生してから、他の人のサンプルも開いてみる。
そこで、熱が少し落ち着いた。
見比べれば、上手い人は普通に上手い。文字の動きも、映像の繋ぎ方も、自分ならどう作ればいいのか迷うものがある。
何より、短い映像でも印象に残る。こちらが見やすく整えるので精いっぱいだったところから、もう一段先へ進んでいる感じがした。
「まあ、3だもんな。金取れるのと、めちゃくちゃ上手いのは別か」
そうは言っても、自分の動画を消したくなるほどではなかった。
見づらいところは直したし、音も落ち着いている。凝った演出は少ないが、こういうものが作れるというサンプルにはなっていた。
最初から一流と比べていても仕方がない。今できることを見せて、合う仕事を探せばよかった。
マンスリーを確かめると、成果物の進捗が1/3へ変わっている。報酬はまだ先だが、完成したことをこちらでも認められると、少し気分がよかった。
サムネイルには動画の中の一場面を使い、何のサンプルか分かるように文字を添える。
チャンネル画像やプロフィールの見た目も、それに合わせて色と文字を揃えた。大げさなものを作らなくても、並べた時にばらばらに見えないだけで、随分と落ち着く。
YouTubeへ動画を投稿し、説明欄には編集サンプルであることと、使用した素材についての記載を入れた。
Xにも同じサンプルを載せ、仕事の相談を受け付けることを書いておく。プロフィールから制作物へ辿れるか、自分でも一度確認した。
投稿を終えたところで、椅子の上で大きく伸びをする。
所持SPは0のまま。
代わりに、昨日まではなかった動画が1本と、それを見せるための場所ができていた。
「とりあえず、店だけは開いた。あとは御覧じろってな」
作ったばかりのアカウントなので、登録者もフォロワーもいない。
投稿を見直しても、当然ながら仕事の依頼が届いているはずはなかった。完成した勢いで少し期待してしまったが、そんな都合よく進むなら苦労はしない。
それでも、誰かへ自分の制作物を見せようと思えば、今はそのまま案内できる。
何ができるのか説明する時に、毎回ファイルを用意して送る必要もなくなった。投稿を見つけた相手から連絡が来る可能性も、何も出していない時よりはあるだろう。
ただ、見つけてもらうのを待つだけでは、いつになるか分からない。
直人はもう一度検索欄を開き、動画編集者を探している投稿を見始めた。
条件が合わないものや、今の自分では難しそうなものは流していく。工場から帰ってきた後の時間だけで対応するのだから、何でも引き受けるわけにはいかなかった。
いくつか辿っているうちに、小さな道具のレビューや検証動画を出している投稿者が目に留まった。
動画は定期的に上がっているものの、編集が追いつかず、手伝ってくれる人を探しているらしい。
チャンネルを開いて、何本か見てみる。
実際に物を使いながら説明しているので、話の内容は分かりやすかった。ただ、道具を持ち替えるまでの間や、同じ説明を繰り返しているところが、そのまま残っている。
全部を短く切る必要はなさそうだが、少し整理すれば、肝心の比較がもっと見やすくなりそうだった。
「この人、話が面白いな。編集も詰めれば、だいぶ違う気がする」
途中で動画を止め、もう一度少し前から再生する。
さっきまでなら、何となく間が長いと思って終わっていただろう。今は、残した方がいいところと、切っても伝わるところを考えながら見ていた。
自分のサンプルは、あくまで短い紹介映像だ。それだけでは、喋りのある動画をどう編集できるかまでは伝わりにくい。
この人の動画に合わせたものを短く作って見せる方が、話は早いかもしれなかった。
もちろん、いきなり一本全部を無料で仕上げるつもりはない。まずは今のサンプルを見せて、短い試作について相談してみればいい。
そこまで考えたところで時計を確認すると、そろそろ今日は切り上げた方がよさそうな時間だった。
「……続きは明日だな。仕事よりこっちの方が忙しくなってどうすんだよ」
そう言いながらも、気分は悪くなかった。
相手のアカウントと、気になった募集の内容を残しておく。完成したサンプルも、最後にもう一度だけ再生した。
昨日は机が片づいただけで感心していたのに、今日は、自分で作った動画がネットに載っている。
これで本当に金を払ってもらえるのかは、まだ分からない。
それを確かめるための準備はできた。
「さて、明日はこっちから声かけてみるか」
動画の再生が終わったところで、直人はパソコンを閉じた。