木曜に《映像制作》と《PC操作》を上げてから、金曜と土曜の仕事は随分と楽に進んだ。
ハルトの分を数本まとめ、その間にゴウとレナの動画も仕上げる。確認してもらっている間は別の作業へ回れるし、相手ごとの編集にも慣れてきている。
今日までに渡す予定のものは、昨日のうちに送ってある。
というわけで、日曜の朝は少し余裕がある。
この空いた時間を、追加の依頼で埋めるつもりはない。ただ、何か別の稼ぎ方を探すのには使いたかった。
動画編集なら、作った分だけ金になっていく。続けて頼んでくれる相手もできたので、収入源としては悪くない。
けれど常に作業をしなければならず、安定はしていても楽なものではないと思う。
「1回作ったもんを、そのまま何人にも売れたら楽なんだけどな」
前に見かけた素材やテンプレートの販売が、少し気になっている。
今持っているスキルで作れるものでもいいし、別のスキルが必要でも構わない。そもそも、商品になりそうなものが何なのか、まだあまり知らなかった。
今日はその辺りを眺めてみるつもりだ。
市場調査と言えば聞こえはいい。実際にやることは、商品ページや動画を見ながら、何か面白いものはないか探すだけである。
適当にネットを見る理由としても、ちょうどよかった。
朝飯を済ませてDailyの1SPを受け取り、システムを開く。
金曜と土曜に3ポイントずつ回収しているので、所持SPは7。木曜には0だったが、日々の積み重ねでも少しずつ増えるものだ。
Weeklyも、今朝から新しい内容へ切り替わっている。
【Weekly】
〈運動〉
・30分以上の運動を3日行う
[未達成] 進捗:0/3 報酬:3SP
・累計20000歩歩く
[未達成] 報酬:3SP
〈生活〉
・自炊を4食する
[未達成] 進捗:1/4 報酬:3SP
・洗濯を1回する
[未達成] 報酬:3SP
・7時間以上の睡眠を2日取る
[未達成] 進捗:1/2 報酬:3SP
〈スキル〉
・1種類のスキルを累計60分以上使用する
[未達成] 報酬:3SP
・1日で4種類以上のスキルを使用する
[未達成] 報酬:3SP
「今週は日数指定ありか。まあ、運動は仕事行けば終わるし、寝る方も明日でいいな」
朝の睡眠で1日分は確保されている。
運動の3日も、別にそのためだけに何か始める必要はない。20000歩は少し多く見えるが、1週間の合計なら、普段の生活でどこまで進むか見てから考えればよさそうだ。
洗濯は、ちょうど今日やるつもりでいた。
溜まっている服を分け、洗濯機へ入れる。運転を始めたら、乾いているタオルをしまい、机の周りも軽く片づけておく。
以前なら、洗濯物を干すための場所を空けるところから面倒だった。
今は出すものと戻すものを自然に纏められるので、余計な往復が少ない。《清掃》は相変わらず、地味なところで便利である。
洗濯が終わるまでの間に、パソコンへ向き直る。
最初に見るのは、データを売っているサイトだ。
動画用の素材、配信用の画面、イラスト、BGM、効果音。思っているより種類が多く、買った後にどう使うのか、説明を読まないと分からないものまで並んでいる。
動画編集で何度も使っている字幕の設定も、使いやすい形へまとめれば、似たような商品になるのかもしれない。
ただ、同じようなものを作れば買ってもらえるとも限らない訳で。
何が入っていて、どこまで使えて、いくらするのか。まずはその辺りを見比べていく。
「これなら作れそうだな……と思うやつは、やっぱほかにも作ってる人いるんだよな」
当たり前と言えば当たり前だ。
自分が思いつく程度のことを、ほかの人が誰もやっていないわけがない。だから駄目ということでもないのだろうが、何も見ずに作り始めるよりは、先に知っておいた方がよさそうだった。
商品画像だけでは使い方が分からず、紹介動画も開く。
字幕が動く様子や、画面が切り替わるところを見ると、ようやく何を売っているのか分かるものもある。
そこから関連する動画を見て、短いものを何本か流す。
真面目に調べているつもりでも、気になる動画が出てくれば普通に見てしまう。その辺りまで変わるわけではないらしい。
次に流れてきたのは、VRChatを使った動画だ。
何人かが並んで喋っているところへ、妙な動きで割り込んでくるやつがいる。本人は格好よく登場したつもりらしいが、周りは誰もそちらを見ていない。
こういう動画は、最近のおすすめでもよく見る。
使っているアバターが違うだけで、喋っている内容は普通の友達同士のやり取りみたいなものだ。短くまとまっていると、つい続けて見てしまう。
次の動画では、さっきとは別の人が、同じような顔のアバターを使っている。
髪の色も服装も違うが、何となく目元に見覚えがある。
「これ、よく見るやつだな。……そういや俺が前に買ったモデル、まだ売ってんのかね」
昔VRゴーグルを買った時、VRChatも少しだけ遊んでいる。
その時に、気に入ったアバターを1体買った。導入方法を調べながら設定した覚えはあるが、しばらく触っていないので、細かな手順までは思い出せない。
ゴーグル自体は、今も部屋にある。
モデルのデータも、どこかへ保存しているはずだ。ただ、フォルダを掘り返すより、購入履歴を見た方が早そうだった。
BOOTHを開いてログインし、過去の注文を辿る。
「あ、これだ。ちゃんと残ってるじゃん」
見覚えのある商品画像を見つけ、ページを開く。
購入済みのデータは、まだダウンロードできる。販売ページもそのまま残っていて、価格のところには5000円と書かれていた。
そういえば、そのくらいした気がする。
当時は、ゲームを1本買えるような値段だと思いながら、結局見た目が気に入って買ったのだ。
商品画像を何枚かチラ見する、今見ても好みではある。
買ったものを確認するだけのつもりが、そのまま同じ作者の別の商品まで見てしまった。
新しいモデルもあれば、髪型や衣装もある。前には見ていないものがいくつも並び、気になっていたデータ販売の話が、そこでようやく繋がった。
「……そうか。これも売る側になればいいのか」
画面の中の商品は、ダウンロード販売だ。
1体作れば、それを欲しい人へ売れる。次の人が買ったからといって、もう1体同じモデルを作り直す必要はない。
動画編集の依頼とは、そこが違う。
5000円のモデルを10人が買えば、売上は5万円。そのたびに注文を聞き、1人ずつ別のものを納品するわけではない。
もちろん、買う人がいることが前提だ。
手数料もあるし、何も作っていない今から売上だけ計算して喜んでいても仕方がない。それでも、探していた方向にはかなり近い気がした。
同じ商品ページを、今度は売る側のつもりで読み直す。
その途中で、洗濯機から終了音が鳴った。
洗濯物を干して戻ると、Weeklyの洗濯が達成済みになっている。
3SPを受け取り、所持SPは10。
洗濯をしただけで増えるのもありがたいが、今はそれより、さっきの商品が気になっていた。
アバター本体に絞り、何ページか開いていく。
3000円のものもあれば、5000円、6000円といった値段も見かける。高いと思って開いた商品が、衣装や別のセットまで含んだものだったりもするので、一覧の価格だけで比べても駄目そうだ。
まず、本体に何が入っているのかを確認する。
顔や身体だけではなく、髪、服、表情、色を変えるためのデータ。商品ごとに含まれるものが違うし、想定している利用環境も書かれている。
「完成した人形1体売ってるだけ、ってわけでもないんだな」
買った時は、使える状態になっていればそれでよかった。
今度は作る側として見るので、どこまで用意して売り物にしているのかが気になる。昔の自分が説明どおりに進められたのも、必要な設定や案内が揃っていたからなのだろう。
価格、付属するもの、見た目の方向性。
気になった点をメモしながら、女性モデルと男性モデルを分けて見比べる。
かわいい顔が多い一覧でも、よく見れば全然同じではない。小柄で丸みのあるものと、背が高くて輪郭のすっきりしたものでは、髪や服の似合い方まで変わる。
男性モデルも同じだ。
細身で中性的な顔立ちもあれば、肩幅が広く、輪郭のはっきりしたものもある。男性だからこういう顔、女性だからこういう体型と、単純にはまとめられそうにない。
いくつか開いているうちに、自分が気になるものばかり見ていることにも気づく。
「好みで選んでたら、買い物と変わらんわ。ほかのも見とかないと」
自分で使いたいものと、商品としてどういうものがあるかを調べることは、少し分けた方がよさそうだ。
検索の仕方を変え、普段なら開かないような見た目のモデルも確認する。
造形が細かいものだけが目立つわけではない。形が単純でも、横顔や全身のまとまりがよく、動画の中で動いていると妙に目に残るものがある。
逆に、装飾が多いからといって、それだけで売れる訳でもない。
どこへ目を向けさせたいのか。顔と髪、それから衣装を含めた輪郭が、どうまとまっているのか。
そういうところは、《デザインセンス》のおかげか、前より具体的に見やすい。
ただ、見栄えがいいから売れていると決めつけるわけにもいかない。
お気に入りの数は見えても、何人が実際に買ったかまでは、それだけでは分からない。SNSでよく見るものも、自分のおすすめへ何度も出ているだけという可能性はある。
「人気ありそう、くらいは分かるけど、売れた数までは見えないのか。そりゃそうだわな」
勝手に売上が表示されるような能力ではない。
《商売上手》があっても、ない情報は自分で集めるしかなかった。
モデルの名前で検索してみると、販売者の画像以外にも、使っている人の写真が出てくる。
髪の色が違う。服装も違う。目元を変えているのか、同じモデルなのに、商品画像とは随分違う雰囲気のものもあった。
最初は別の商品かと思ったが、投稿に書かれているモデル名は同じだ。
「結構変えられるんだな。元の顔のまま使う人ばっかでもないのか」
商品説明へ戻ると、顔や体型を調整するための項目がいくつも用意されている。
色を変えやすいように、画像データも分けてある。詳しい意味が分からない言葉は、その都度調べていく。
どうやら、見た目が気に入るだけでなく、自分好みに変えやすいことも、使用者には大事らしい。
そういえば、ショート動画で見かけるアバターも、同じモデルらしいのに印象が違うことがある。
その理由が、少し分かった気がする。
さらに目に留まるのが、対応衣装だった。
あるモデルの名前がついた服を開くと、売っているのはモデル本体とは別の作者だ。ほかにも、複数のモデルへ合わせた衣装や、髪型、小物が出てくる。
好きな顔を選んで、それに着せたい服を探す。
買った時点で完成ではなく、後から増やして楽しむものでもあるようだ。
「服がいっぱいあるモデルの方が、買った後も遊びやすいってことか」
それなら、有名なものを選ぶ理由も分かる。
逆に、自分で新しいモデルを売るなら、最初からほかの人が服を作ってくれるとは限らない。最低限、そのまま使っても気に入ってもらえるものは用意したかった。
ただ、何もかも付ければいいとも思えない。
作る量を増やしすぎて、いつまで経っても販売できなければ意味がないし、似たようなものを大量につけても喜ばれるか分からない。
どこを売りにして、何を標準で入れるのか。
頭の中だけで考えていると混ざってくるので、項目を分けてメモしていく。
見た目、表情、付属衣装、調整のしやすさ、導入方法。それから、商品を見せるための画像と動画。
さっきまで値段くらいしか見ていなかったページから、気になるものが随分と増えてきた。
紹介動画も、何本か見てみる。
顔を近くで見せるもの、全身を回して見せるもの、実際に動かして表情を切り替えるもの。作る側の見せたいところが違うので、同じような動画にはならない。
短いPVとして綺麗にできているものは、普通に見ていて楽しい。
ただ、自分が買うつもりで確認するなら、暗い場所や強い光の当たる場面だけでなく、普通の明るさでも見ておきたくなる。
「格好よく見せる動画と、買う前に確認する動画は別にあった方がよさそうだな」
雰囲気を出す方は、今の映像制作を使えそうだ。
別に、正面や横顔、表情が分かるものも用意する。何が入っている商品なのか、買う前に分かる方が安心できるだろう。
そのくらいなら、映像制作で覚えたことをそのまま使える。
BGMも選べるし、商品画像を整える時にはデザインも使う。新しく何かを売るからといって、今までの技能が無駄になるわけではない。
ページの下まで読むと、更新履歴も目に入る。
服の食い込みを直したり、表情を変えた時の不具合を修正したり。発売してからも、少しずつ手を入れている商品はあるようだ。
「まあ、売ったら一生何もしなくていい、とはならんか」
問い合わせも来るだろうし、不具合があれば直す必要もある。
そこを考えずに、寝ているだけで金になると思っていたら、後で困りそうだった。
それでも、買った人の数だけ同じモデルを作り直す必要はない。今の自分が欲しいのは、その違いだ。
手間をゼロにしたいというより、働いた時間と売上が、そのまま同じ割合でしか増えない状態から少し離れたい。
受託の編集は続けながら、こちらも試してみる。
それくらいなら、今の生活にも合いそうだった。
いったんメモをまとめたところで、視界の隅に通知が出る。
何かと思って開くと、Weeklyが2つ達成していた。
【Weekly】
・1種類のスキルを累計60分以上使用する
[達成] 報酬:3SP
・1日で4種類以上のスキルを使用する
[達成] 報酬:3SP
「……ああ、これもスキル使ってるうちに入るのか」
朝は料理をして、洗濯の前に机周りも片づけた。そこからパソコンで商品を調べ、値段や内容を比較している。
見た目を比べる時にはデザインの補正もあるだろうし、別に制作物を完成させなければ数えられないわけでもないらしい。
Dailyのスキル使用も達成済みだ。
まとめて受け取ると7ポイント増え、所持SPは17になる。
家事をしながら調べ物をしていただけで、朝の倍以上だ。
もっとも、時計を見ると、思ったより時間が過ぎている。洗濯機を回している間だけのつもりが、いつの間にか洗濯物も干し終え、机の上には調べたことのメモが増えていた。
「これはちゃんと勉強しないと駄目だな。見た目だけ作れれば売れるわけでもなさそうだし」
そもそも、まだ作るために何が必要かさえ全部は分かっていない。
商品の仕様欄には、ポリゴン、ボーン、シェイプキーと、聞いたことはあっても意味を説明できない言葉が並んでいる。
名前だけ眺めて分かった気になっても仕方がないので、制作工程の解説を探すことにした。
まずは、最初から最後まで何をするのか、全体が分かるものを読む。
形作りするだけでは終わらない。
表面に色や質感をつけ、身体を動かすための骨組みを用意する。どの部分がどの骨につられて動くのかも決め、目を閉じたり口を開けたりした時の形も作る。
その後で、VRChatに持ち込むための設定が必要になる。
以前買ったモデルを使えるようにした時にも、Unityは触った覚えがある。ただ、当時は説明された手順をなぞっただけで、何を設定していたのかまで理解しているわけではない。
今度は、それを用意する側だ。
「なるほどね。買った時に入ってたやつ、こういう作業を先に済ませてくれてたのか」
公式の案内も開き、制作環境をどう用意するか確かめる。
モデルの形を作るところではBlender、VRChat向けの設定ではUnityとSDK。導入をまとめて扱うCreator Companionの説明もある。
ソフトがいくつか必要になるようだが、今は手当たり次第に入れるより、どれで何をするのか把握する方が先だった。
骨を曲げたら服が身体へ埋まることもあるし、顔の形を変えたら目元が崩れることもある。
画面の中で立っているだけなら綺麗でも、動いた時にどう見えるかは別だ。
さらに、細かく作れば作るほどいいというものでもなかった。
同じ場所に何人もいるところで使うので、処理の重さも考える必要がある。使う環境によって扱えるものに違いがあり、何を対象にするかも先に決めておいた方がよさそうだった。
「見た目と、動きと、重さか。考えること多いな、これ」
知らないことは多いが、嫌になるほどではない。
むしろ、さっき見ていた商品説明の意味が少しずつ分かるようになってきて、それが面白い。
衣装の下へ隠れる部分を調整する項目がある理由も、表情用の設定がたくさん用意されている理由も、ただ豪華に見せるためではなさそうだ。
使う時に困らないよう、必要なものを揃えている。
自分で作るなら、その辺りも真似するべきなのだろう。形をそっくりにするのではなく、買った人が使いやすい商品にするという考え方の方を。
昼飯を済ませてから、買い物へ出る。
ずっと座っているのも落ち着かなくなってきたし、今日の運動も残っている。少し遠い方の店まで歩いて、必要なものを買って帰ればちょうどいい。
帰宅して確認すると、Dailyの運動が達成していた。
1SPを受け取って、所持SPは18。Weeklyの運動も1/3へ進んでいる。
買ってきたものを冷蔵庫へ入れ、再びパソコンの前へ戻る。
午前中に調べた内容を見返してから、今度はスキル一覧を開いた。
何を売りたいかは、だいぶ見えてきた。次は、それを作るための技能である。
造形に関係するものを探すと、ちょうどよさそうな名前が出てくる。
《立体造形 Lv:1》
取得条件:なし
必要SP:1
立体物の形状・構造・質感を設計し、造形するための技能。
彫刻、模型、フィギュア、デジタル3Dモデルなどに適用。
可動・変形を前提とした形状や骨格の設計、加工にも補正。
「3Dだけじゃなくて、フィギュアとかも入るのか。欲しいな」
データ限定というわけではない。
粘土を触ったり、模型を作ったりする時にも使えるらしい。だったらVRChatに限らず、後から別のものへ手を出しても無駄にならなさそうだ。
等身大のフィギュアとかも作れるのだろうか。
部屋へ置くことを一瞬考え、目の前の机とベッドを見比べる。
いや、置く場所がない。
「そっちは引っ越してからだな。今はデータの方でいいわ」
趣味の想像は一旦置いて、取得ボタンを選ぶ。
1SPを消費し、《立体造形 Lv:1》が保有スキルに加わる。残りは17ポイントだ。
まずはこの状態で、実際に触ってみたい。
Blenderを入れ、基本操作の解説を開く。
見慣れない画面には、最初から立方体が置いてある。動かしたり、見る角度を変えたりして、ひとまずどこを触ると何が起こるのか確かめていく。
ボタンの意味が最初から分かるわけではない。
ただ、操作を調べて一度試すと、同じことを繰り返す時に迷いにくい。《PC操作》があるせいか、表示を切り替えたり、解説と行き来したりする負担も軽かった。
立方体の角を動かし、面を増やして形を変える。
画面を回しながら見ていると、正面ではよくても、横から見れば妙に潰れているのが分かる。
そこを直し、また別の角度から確かめる。
今度は、形を変えた場所の周りまで少し引っ張られている。どこを動かせばいいか考える時に、立体の繋がりを掴みやすい。
「……ああ、はいはい。こういうところに効くのか」
簡単な練習をいくつか試してから、人の顔を作る解説へ進む。
いきなり販売用のモデルを作るつもりはない。今日は、どういう手順で形にしていくのか、手を動かしながら見たいだけだ。
左右を対称に扱う方法を確認し、輪郭を整え、目や口の位置を決めていく。
まだ髪もないし、表情を動かすところまで進んでもいない。それでも、ただの塊が顔らしくなっていくのは、見ていて面白かった。
作例と見比べながら顔の形を整えているうちに、少し気になるところが出てくる。
解説と同じように作っているはずなのに、目元が窮屈だ。
目を大きくするだけでは、余計に輪郭との釣り合いが悪くなる。少し位置を動かし、頬から顎へ続く形も変えた方がよさそうだった。
試しに直してから、正面と斜めを見比べる。
さっきより自然だ。
ただ、横から見ると目元の厚みが気になるので、そちらも整える。頬を動かすと口の見え方も変わるので、周りを見ながら少しずつ調整していく。
「これ、《デザインセンス》も効いてるのかね」
立体としてどう作るかだけではない。
目や口の位置を変えた時、どんな顔に見えるか。輪郭を細くしすぎると、ほかの部分との釣り合いがどうなるか。
見た目を整える方の補正が、そのまま形を作る作業にも働いている。
動画の字幕や料理の盛りつけでも似たようなことはあったが、今回はもっと分かりやすい。
直したい形が分かるから、造形の手も迷いにくい。立体として繋がりを考えられるから、正面だけ整えて横顔が崩れるような直し方も避けやすい。
別々に働いているというより、同じ顔を作るために、両方が噛み合っている感じだ。
もちろん、まだ操作が分からず止まるところはある。
ただ、何をしたいか決まっていれば、調べるものも絞れる。解説を探し、試して、画面の中で変化を確かめるまでが早かった。
「形にするスキルと、見た目を整えるスキル、両方あるのはでかいな。これ1個だけより相当楽なんじゃね?」
正確に比べることはできない。持っているスキルを一時的に消して試したわけではないからだ。
それでも、完成形を考えるところから手を動かすところまで、補正が途切れずに働いているような感覚はある。
たった1つ追加しただけなのに、前から持っていた技能まで、新しい用途で使えるようになる。
それは、少し得した気分だった。
ひとまず今の形を保存し、《立体造形》をレベル2へ上げる。
2SPを使い、残りは15。
続きを触ってみると、気になる場所を直す時の迷いがさらに減った。知らない操作を知ったわけではなく、同じ操作で形を整えていく手際の方が変わっている。
面をどこへ足すか、どこは増やさずに動かすだけで済むか。
解説で見たことを、自分の作っている形へ当てはめやすい。さっきは何度か動かし直した頬の辺りも、今ならもう少し少ない手数で整えられそうだ。
レベル3へも上げてみる。
こちらは5SP。残りは10になる。
売れるレベルの特技と表示されるが、今の練習用の顔をそのまま売れるという話ではないのは分かっている。
髪も身体もなく、動かす設定もない。
ただ、この後に覚える作業にも同じように補正が働くなら、勉強する時点で上げておいた方が得なのではないだろうか。
残っている10ポイントと、レベル4への必要SPを見比べる。
同じ数字だ。
「どうせ使うんだし、ここまで入れていいか。勉強する間も補正はあるわけだしな」
《映像制作 Lv:6》の目標は残っている。
しかし、今受けている編集は既にこなせているし、今回は別の収入源を作ろうとしているところだ。先にこちらを形にできれば、それも生活を楽にする方へ繋がる。
強化を選ぶと、今日の分まで含めて貯まった18ポイントが、すべて《立体造形》へ変わった。
《立体造形 Lv:4》
所持SP:0
また綺麗になくなったが、今度は新しく作れるものが増えている。
料理や清掃と違って、必要な知識も操作もまだ多い。だからといって、覚えるために使えるものを残しておく理由もなかった。
調べた工程を順番に理解して、実際に試していく。
その速度が、ほかの人と比べてどれだけおかしいかは分からない。ただ、普通なら途中で面倒になりそうな解説も、今は続きを触って確かめたくなる。
画面の顔を少し回し、今度は口元を整える。
気に入る形へ直すたび、もっと見やすく、もっと自然にできる場所が目についた。
気づけば、机の上には市場調査のメモと、制作手順のメモが並んでいる。
午前中に見ていた商品ページも、今は最初より少し読める。
表情用の設定が多いという説明を見ても、ただ数字が大きいと思うだけではない。どんな顔を作れるのか、どこを動かすためのものなのか、気になるところが変わってきた。
今日は売り物になるモデルを作るところまでは行かない。
それでも、何を用意すれば商品になるのかと、それを自分で作れそうかどうかは、随分はっきりしている。
最初に買ったアバターのページを、もう一度開く。
当時は、気に入ったから5000円を払った。
自分が売るなら、同じように、金を払ってでも使いたいと思う人が必要になる。安ければ何でもいいというものではないし、機能を大量に詰めればいいとも限らない。
好きな見た目で、動かしても違和感がなく、買った後に困りにくい。
まずは、そういうモデルを1体作ってみたい。
「男も女も、作れるなら両方やってみたいな。最初から2体同時は、さすがに面倒だけど」
髪型も、服も、顔も、考えるだけならいくらでも思いつく。
ただ、今すぐ好みだけで決めるより、今日見た商品や使用例をもう少し整理したい。どんなものを作りたいかと、使う人がどう楽しめるか、その両方を考えた方がよさそうだ。
初めての1体なのだから、何でも入りにせず、まずは芯になる見た目を決める。
そこまで考えて、時計へ目を向ける。
そろそろ夕飯だ。
今日は市場を眺めるだけのつもりが、新しいスキルを取り、3Dの顔まで作っている。普通に仕事を増やすのとは違う面白さがあって、気づくと手が止まらなくなっていた。
「まあ、今日はこの辺でいいか。分からんところも、何調べればいいかは見えてきたし」
作業データを保存し、次に読む解説もまとめておく。
最後に、昔買ったモデルのダウンロードを始めた。こちらは自分で使い直すためのものだ。
売る方ばかり考えていたが、久しぶりに着てみれば、買った時に何を気に入ったのかも思い出せるかもしれない。
部屋の隅に置いてあるVRゴーグルを見る。
もう少ししたら、あれを使って自分の作ったアバターを確かめることになるのだろう。
「自分で作ったやつで遊べるとかなり面白そうだな」
売るためだけでなく、自分でも使ってみたい。
そう思えるものなら、作っている間も悪くなさそうだった。