俺のかわいい式神の猫又ちゃんが令和の社会で暮らせないので、異世界に住むことにした 作:黒おーじ
翌日、バイトである。
そう。
異世界でドラゴンを倒せば金貨10枚を得られるとわかっても、まだバイトを辞めるワケにはいかなかった。
金貨10枚は城の兵士の給料10ヶ月分だと言うが……
それが『円』になるかはまた別の話だ。
仮に、ほとんどを異世界で過ごすことになっても、鴉丸の屋敷を放棄するワケにはいかないから、どこまでいっても一定の『円』での収入が必要になる。
「うう、玲斗さま……」
さて、俺がショッピングモールの床にモップがけをしていると、横で式神のすすり泣きが聞こえてくる。
「鴉丸家のご当主が自ら下働きなど……しくしく」
うるせーなあ。
家で待っていていいって言ったんだが、どーしてもというので連れてきたんだが。
ちなみに、さと子の姿は一般のお客たちには見えないようだ。
まあ、見えたところで、ちょっとネコ耳としっぽのついたセーラー服の少女だから、痛いアクセサリーをつけた女の子だと思うだろうけど。
それから4日後。
その日はショッピングモールの清掃バイトはなく、深夜のカラオケ屋バイトだった。
つまり昼は空いていたので、用事を済ませておくことにする。
「さと子、行こう。……さと子?」
一度呼びかけてもボーっとしていたので、軽く肩をゆする。
「さと子!」
「……ニャ、なんですか?」
「いや、ずっと呼んでたんだぞ」
「すいません。ちょっと眠かったんです」
ちょうど昼下がりだし、ネコは昼寝の時間なんかな?
「そっか。出かけようとしていたんだけど、留守番してる?」
「いいえ。目、覚めちゃいました」
そりゃ悪かったな。
俺はててて~とついて来るさと子を持ち上げてスクーターの後ろに乗せる。
それから、いつものショッピングモールがあるのとは線路を挟んで反対側へ向かった。
そちら側はかつて栄えた商店街であり、大店法の改正以後シャッター街化していった地区である。
今かろうじて営業しているのは、カメラ屋が一軒、あやしい質屋が一軒のみ。
――スポポポポ……
俺はあやしい質屋『金と銀質店』の前にスクーターを止めた。
「やあ、銀さん」
店に入り声をかけると、カウンターの向こうで白髪のじいさんがギロリとにらんだ。
「……なんだ、鴉丸の坊ちゃんか」
「坊ちゃんはよせって言っているだろ」
俺はカウンターの前の丸椅子に座り、膝の上にさと子の尻をちょこんと乗せた。
「なんだその子は。猫又か?」
「痛いアクセサリーをした女だ」
「ニャー!」
ごめんて。
「……式神だよ。ワケあってな」
質屋の銀さんは長い付き合いだ。
一族が傾いていった時に蔵や物置にあった品をいろいろ買い取ってくれたものである。
ウチにあった品って大体いわくつきだったからな。
普通の店では換金が難しかったのだけれど、銀さんは各方面にあやしい人脈があるらしく、価格のつきにくいものもカネにしてくれたんだ。
まあ、さと子が聞いたら「鴉丸家の宝を売りさばくニャンて!」と悲鳴を上げそうだが……
「今日来たのはこれだ」
俺はそう言って、異世界でドラゴンを倒して手に入れた金貨を一枚だけ出した。
「なんじゃこりゃ? ゴールド……じゃねえな」
やはりか。
必ずしも異世界で『金』と呼ばれていた物質が、こちらの世界のゴールドと同じ物質かどうかはわからんとは思っていたんだが。
「これ、どこで手に入れやがったんだ?」
「実はな……」
俺はさと子が屋敷に来て、異世界へ行ってきたことを話した。
「他言するなよ。厄介だから」
「わかっている。しかし……異世界か。ワシじゃあ価値の判断がつかない。専門家に見てもらってもいいか?」
「もちろん。じゃあ頼むわ」
そう言って、銀さんに金貨を一枚預けていった。
◇
後から夜勤なので、家へ帰るとすぐにメシ食って、風呂入って、寝た。
目が覚めると夜の8時。
「さと子。バイト行くけどオマエどうする?」
「にゃにゃーん……Zzzz」
起きない。
さっきも眠そうだったしな。
寝かしておいてやるか。
俺は布団から出ると、台所でチャーハンを作り、ラップをかけてから、メモ用紙に『食っていいよ。チンすべし』と書いて添えた。
カラオケ屋へは9時20分ごろ到着。
夜9時半から朝の5時半までのシフトである。
「おはようございまーす、先輩」
大学生バイトがあいさつしてきた。
受付で客の対応をしている。
「12番の清掃お願いしていいっすか?」
「よしきた」
部屋の清掃から始め、次に受付を手伝う。
10時頃に最も込み合い、徐々に人が減り、やがて日付をまたぐ頃に店長がやってきた。
「まだのヤツ、シフト希望提出してくれよな」
「うーす」
「あ、店長」
俺はすぐに去って行こうとする店長を捕まえて言った。
「俺、今月いっぱいで辞めさせてください」
「なに? どうかしたのか?」
そう。
金貨が売れるかどうかは別として、少しずつバイトを減らしていこうと考えている。
ちょっとでも異世界へ生活の拠点を移していけば、あの金貨をそのまま使えるしな。
とりわけ、日本の深夜は、あちらでは昼の時間帯。
自由がきくようにしておく必要があった。
「いえ。実は身内に不幸がありまして、急遽、俺が家の仕事を引き継ぐことになったんです……」
ウソはついていない。
店長はしぶしぶだが了承してくれた。
――朝5時半。
夜働くのは昼働く倍は疲れる……と、マンガで見た覚えがあるけど、それはマジだ。
フラフラする。
俺はスクーターで屋敷へ帰っていった。
「ただいまー」
と玄関に入る。
が、返事がない。
「さと子、まだ寝てるんかな?」
怪訝に思って居間へ行く。
すると、そこにはちゃぶ台に突っ伏しているネコ耳の姿があった。
「お、おい……さと子!?」
しかし、その姿はどこか儚げで、耳もぺたんと萎れている。
チャーハンも食べかけで半分しか減っていない。
「大丈夫かよ!」
「にゃ……玲斗さま……」
かろうじて顔を起こす。
小さな手の先が、かすかに透明になりつつあった。
「すみません。お待ちしていたのですが、眠ってしまったようですニャ」
「そんなん良いんだよ。それより、どこか具合は悪くないか?」
「にゃ……少し頭がぼんやりします」
やはり存在力が低下している。
このままこちらの世界で暮らしていれば、やがてさと子の存在は消滅してしまうだろう。
現代の日本は白く明るすぎるのだ……