俺のかわいい式神の猫又ちゃんが令和の社会で暮らせないので、異世界に住むことにした 作:黒おーじ
「しんどいところ悪いが、異世界へ行くぞ」
「……にゃ? 玲斗さま、眠らなくて大丈夫なんですか?」
「ヘーキだよ」
正直言うと眠くて倒れそうだが、今は一刻も早くさと子を異世界へ連れて行きたい。
着替えだけ済ますとカバンを持って立ち上がった。
「これでよし。いくぞ」
「にゃ、にゃあ……」
やはり足取りがフラついているな。
「しっかりしろ」
さと子の手を引いて支える。
梯子下の隠し扉を引き、異世界へと向かった。
「……にゃにゃーん!」
「うお……!?」
異世界の野原へ来ると、さと子はすぐに全快した。
透明になりかけていた指先にスーっと色が戻り、ぺたんと垂れていた耳もピンっと立つ。
心なしかセーラー服のリボンも跳ねるようだ。
「よかったな。ふぁああ……」
こうなると、途端に眠気が襲ってくる。
向こうは朝だったが、こっちは夕方だ。
「玲斗さま、眠たいですか?」
「ああ、ちょっとな」
その時、目に入ったのは、ひいじいさんの墓の隣にある小さな庵である。
「ここって寝れる?」
「はい。私と清十郎さまはここに寝ていましたニャ」
戸を開けると、小さな土間の向こうに囲炉裏や古い箪笥《たんす》などが見える。
確かに寝れそうだ。
「とは言え、魔物だけは対策しておこう」
「にゃー、結界ですか?」
「ああ。とりあえず簡易結界だけな」
俺はあたりの森から適当な枝を四本取って来て、庵の四つ角にそれぞれ刺した。
そして、それぞれを縄で繋ぎ、紙垂を付けると、霊力を込める。
これでよし。
「玲斗さま。お布団が敷けましたニャ」
簡易結界を張り終わると、戸口からネコ耳が顔を出す。
中に入ると、畳の部屋の方に布団がキレイに敷かれていた。
綿がふっくらとしている。
「清十郎さまが亡くなった後も布団は干していましたニャ」
「そっか……」
ひいじいさんが死んだ後、さと子はここで一人で暮らしていたのかな。
そう聞こうと思ったが、その前に眠気が襲ってきて意識を手放してしまった。
…
……
…………
トントントン……
包丁の音で目を覚ました。
寝返りを打つと、セーラー服にエプロンをつけたネコ耳が、土間で料理をしている光景が目に入る。
「あ、玲斗さま。お目覚めですか?」
「うん」
板戸から光が漏れている。
そうだ。
異世界のひいじいさんの庵に泊まったんだっけ。
「少しお待ちください。もう朝ごはんができますニャ」
「あ、ああ……」
ちゃぶ台のところに座り待っていると、ご飯に味噌汁、煮物、漬物といった質素ながらちゃんとした朝ごはんが運ばれてきた。
「う、うまい」
「ニャ!? うふふ……」
嬉しそうだ。
さと子もパクパクと朝ごはんを食べる。
「食材はどうしたんだ?」
「庵には地下貯蔵庫がありますニャ。米、味噌、漬物、燻製などはあと半月ほどは残っています」
「ふーん」
存外、暮らせそうだなぁ……
そう思った。
◇
それにしても、やはりさと子は長い期間日本に住むことはできないようだ。
さと子は異世界の庵で留守番させることにした。
「じゃあ、バイト行ってくるよ」
「にゃーん……」
寂しそうだが、仕方あるまい。
異世界から洞窟をくぐって日本の屋敷に戻る。
「なんか、静かだな……」
仕事の作業着を着て家を出ると、原チャリに乗って山を下りた。
「おはよーございます」
「あー、お疲れさん」
ショッピングモールのバックヤード。
タブレットのWEB打刻でタイムカードを切ると、割り当て票を見る。
「今日は1階の東からか……」
地方都市にはどこにでもあるこんなショッピングモールも、世界の歴史上に遺る諸宮殿に負けず劣らずだだっ広い。
吹き抜けの巨大空間に、大理石に劣らぬ艶を放つ床、各階を横断する長大なエスカレーター。
そして、モップをかける俺。
その横を大量の客が過ぎてゆく。
家族連れ、老夫婦、若者集団……
みんな幸せそうに見えるが、不思議とあんなふうになりたいとは思えない。
「そろそろ昼か……」
そんなふうにつぶやいた時だ。
正面から二十代後半くらいの女性が4人歩いて来て、俺はモップを止めた。
「……!!」
それぞれ華やかな恰好をしているが、一番右のロングスカートの女は知り合いだ。
遠藤ユカ。
会社を辞めるまで付き合っていた女だった。
――ヤバ、隠れねーと。
そう思った瞬間、目があった。
女の目は瞬時に俺の全身を検分する。
瞳はみるみるうちに氷のごとく冷たい色を帯びていった。
「ユカ? どーしたの?」
「んーん、なんでもない」
女たちはまた談笑しながら過ぎ去っていく。
俺は再びモップがけを始めた。
◇
「はあ……疲れた」
帰り道。
電話が鳴ってスクーターを路肩に停める。
「もしもし?」
『もしもし、鴉丸の坊っちゃんか』
金と銀質店の銀さんだ。
「坊っちゃんはよせって」
『この前の金貨だけどな……』
お、その話か!
『やはりウチでは買ってやれない』
「そ、そうかぁ……」
『だが、興味を示している男がいる』
「え? その人なら買ってくれるのか?」
『もしかしたらな。今から店に来れるか?』
時刻は夜9時50分ほどだ。
「仕事上がりで汚ねーけど」
『まあ……いいだろう。中途半端に着飾っても恥ずかしいような相手だ』
そーなん?
『じゃあ、待っているからな』
そう言って電話は切れた。