俺のかわいい式神の猫又ちゃんが令和の社会で暮らせないので、異世界に住むことにした 作:黒おーじ
――一年前。
「どうして……?」
遠藤ユカは信じられないという目をしていた。
「どうして会社やめるなんて言うの? せっかく〇✕大学に入って、高年俸の外資系に就職できたんじゃない」
「俺はさ……」
白い内装に、ガラスのテーブル。
おしゃれなカフェだ。
「俺は学校ってヤツが、ずっとイヤでたまらなかったんだよ。それも社会に出るまでだと思って勉強だけはしっかりやってきたんだけど……結局、会社ってのも学校と同じだった。それもこの先、一生な」
「……みんなそんなもんだよ」
ユカは続ける。
「それでも家庭を守るために一生我慢するの。ここで会社ヤメちゃって、それでどうやって生きていくの?」
「……住む家はあるからな。何をやってもオマエだけは養っていくつもりだよ」
「バカじゃん……」
「え?」
「とにかく考え直して。それまで連絡してこなくていいから!」
ユカは席を立って、店を出ていった。
そして、俺は本当に会社をヤメたので、ユカからの連絡は二度と返ってこなかった。
◇
――スポポポポ……
金と銀質店に着く。
「よお、来たな」
銀さんがギロっと睨む。
そして丸椅子には、スーツ姿の男がひとり座っていた。
靴も時計も一目で高級品とわかるが、不思議と上品で、成り金めいたイヤラシさがない。
何者だろう。
「鴉丸さんですか?」
「は、はい……」
「私、こういう者です」
男は名刺を差し出した。
【大日本オカルト研究会・魔法部 前園健児】
ええと……
「これはどういう?」
「はい。財界人のクラブのようなもので、魔法や魔術を研究しているのです」
「へえ、ということは魔法が使えるんですか?」
「はははッ……」
男は短く笑ってから続ける。
「……信じる信じないはあなた次第です」
そりゃそうか。
だからオカルトと言うのだ。
「本題に入りましょう。この金貨ですが」
前園という男は白布を広げ、金貨を出した。
「これはゴールドではありませんね。それどころか、我々の分析では既知のどの金属とも一致しなかった」
「そ、そうなんですか……」
「……鴉丸さん。あなた、この金貨をどこで手に入れたのです?」
俺はちらりと銀さんの方を見た。
首を振ってる。
俺が異世界へ行っていることは話していないようだ。
「実は、ひいじいさん……曽祖父の形見でして」
「鴉丸清十郎様ですね」
この男、鴉丸を調べているな?
ならばある程度の情報は開示して見せたほうが、高値をつけてくれるかもしれない。
「ええ。ひいじいさんは優れた霊能力者だったそうで。戦後まもなく『異なる次元の世界』へ行ってしまったと聞いています」
「異世界というわけですか。金貨はその世界のものだろうと?」
「はい」
自分自身が異世界へ行っているとは言わない。
連れて行けと言われたら困る。
「では、鴉丸家の蔵にはこの金貨以外にも異世界のアイテムが眠っている可能性はありますか?」
「はあ、探せば……」
ウソである。
没落したうちの蔵はとっくの昔に空っぽだからな。
でも、異世界のアイテムそのものは用意できる。
「わかりました。お近づきの印に……こちらも10万円で買いましょう」
「本当ですか!」
価格的に良し悪しがわからんが、売れるというのが大きな一歩だ。
「実は金貨はもう少しありまして……」
「金貨はもうけっこうです」
えー……
「しかし、魔法にまつわる情報やアイテムならもっと高く買います」
ああ、なるほど。
「わ……わかりました」
「では、これで失礼致します。よく蔵をお探しください。ふふっ……」
前園はそう残して質店を去った。
「銀さん。あれ何者?」
「前園化学工業の社長だよ」
ぶはッ……
「すげえ大企業じゃん」
「雇われのCEOじゃねえぞ。元華族でよ、今どき珍しい一族経営のオーナー社長だ。あそこは上場してねえからな」
今や数少ない昔ながらの上流階級ってわけだ。
「そんな男がオカルト研究会?」
「それも超一流クラブだ。活動も並じゃない」
急に怖えーよ。
「だから、異世界の話だけはして、自分で行ったことは伏せた判断は正しかったと思うぞ」
「まあな」
でも……
前園はおそらく俺が異世界へ行っているって気づいたと思うけどな。
◇
俺は屋敷へ帰ると、すぐに異世界の庵へ向かった。
「ただいまー」
「にゃ! 玲斗さま! おかえりなさーい」
セーラー服に白いエプロンの猫又が、軽快に駆けてくる。
「今、朝ごはん……いえ、夕ご飯をつくっていますニャ」
「ありがとー」
フローリング(?)の床に腰掛け、しっぽとスカートをひらひらと舞わせて料理をする猫又を眺めて待った。
「留守番させてごめんな」
メシを食いながら、聡子に言う。
「いいえ……私こそ式神失格です。常に主に付き従い、鴉丸家の再興をお助けしなければニャらないのに」
俺、再興は別にどーでもいーんだけどな。
でも最初からひとりぼっちなのはキツくないけど、二人だったとこから一人になるのはシンドいもんだ。
「まあ、深夜バイトは辞めることになったし、うまく行ったらもっとバイトを減らすこともできるかもしれない」
前園の話をする。
金貨を1枚だけ買ってくれたこと。
魔法に関する道具や情報ならもっとカネを出すらしいこと、など。
「魔法ですか」
「ああ。上手く行けば、本格的に異世界で暮らすこともできるんじゃねえかな」
「ええ、それがいいと思います。今の仕事ではせっかくの霊能力がまったく活かされていませんニャ」
それはそう。
「さと子と一緒に暮らしたいしな」
「ニャ、玲斗さま……♪」
モジモジする猫又。
やれやれ、かわいいヤツめ。
「魔法について何か知っていることはある?」
「私はまったく使えませんが……清十郎さまが研究していました」
「ひいじいさんが? 俺たち日本人でも魔法って使えるの?」
「普通は使えません。日本人には魔力が備わっていないんです。でも、清十郎さまは霊力を魔力に変換して魔法を使っていました」
霊力を魔力に変換?
「何故だ? そんなことをするくらいなら霊力をそのまま使えば良いだろ」
素人考えでも、そんなの非効率なはず。
電気にしたって別のエネルギーへ変換すればロスが生まれるワケだからな。
「たしかに霊力の退魔能力は強大で、魔物を倒したり結界を張ったりするのには十分すぎるほどです」
さと子は食べ終わった椀を片付けながら言う。
「しかし、魔法はもっと多岐にわたる効果を生じさせることができます」
「多岐にわたる効果?」
「まず、魔法は人間を殺傷することも可能ですニャ」
「マジ?」
霊能力は、ふつう人間にはダメージがない。
呪いなど一部例外はあるが、状況が限られるし、鴉丸家は禁術にしていたからな。
「この世界の魔法は、火、風、水、土、強化、空間……というように様々な属性を持ちますニャ」
聞けば、魔力は本当に色々な使い道があるらしい。
例えば、ライラは女戦士であったけれども、森を進むのに探知や強化魔法を使っていたそうな。
もっとわかりやすいのは魔道具。
イールの街では洗濯機や冷蔵庫、エアコンのような魔道具すらあったのを見た。
あれは魔石をエネルギーにしているので魔力のない人間でも使うことができるが、高い。
しかし、魔法使いの中には魔道具に頼らずとも、生活に必要なことを自分の魔法の力で済ましてしまう者もいるんだってさ。
前園への土産のこともあるが……
純粋にこっちでの暮らしの助けにもなりそうだ。
「霊力を魔力に変換するためにはどうすりゃいいん?」
「簡単なことですニャ。すでに霊力を魔力に変換する技能をもっている人間に、外部から霊力の一部を魔力に変換してもらえばいいんです」
「それだけ? 一回でいいの?」
「ええ。一度その体感を得られれば経路ができるので、自分でもできるようにニャります」
なるほど。
「でも、誰にそんなんやってもらえばいいんだ? つーか、ひいじいさんが生きていればやってもらえたのにな」
「はい……でも、この世界にはまだ霊力者がいますから」
「日本人か?」
「いえ、過去に日本から異世界へ逃れてきた末裔が各地に残っているのです。霊能力者の末裔も少数ですが残っていますニャ」
日系異世界人ってワケか。
まあ、そういうこともあるだろうな。
「もっとも近い霊能力者は、イールの街からずっと東のガランの滝に住んでいます。源蔵と言って、清十郎さまともお友達でしたニャ」
「よし……」
俺はちゃぶ台を寄せて布団を敷きながら言った。
「俺は少し寝る」
「ニャ、おやすみなさいませ」
起きたらガランの滝に行こう。