俺のかわいい式神の猫又ちゃんが令和の社会で暮らせないので、異世界に住むことにした 作:黒おーじ
目を覚ますと、セーラー服の猫耳が紺色のスカートの上で何か縫い物をしていた。
「ニャ、おはようございます。玲斗さま」
「……うん」
あくびをして庵の外を見ると、空はまだ明るい。
昼過ぎってとこか。
「よし。じゃあガランの滝へ行ってみるか。さと子、場所わかる?」
「だいたいなら……」
だいたい?
「清十郎さまと何度か行ったことがありますから、近くまで行けば匂いでもわかると思いますニャ。ただ……」
さと子は少し困ったように耳を垂らす。
「東の方は山道が入り組んでいるんです。魔物の解体のこともありますし、冒険者の案内があった方がいいと思います」
「なるほど」
そうなりゃライラだな。
彼女には聞きたいこともある。
源蔵に魔力変換とやらをしてもらったあと、実際にどう魔法として使えばいいのかが問題になるはず。
見るからに物理系の女戦士だったライラも、森では探知や身体強化の魔法を使っていたらしいし……
そこらへんを教えてもらおうという魂胆もあった。
「メシでもおごれば教えてくれんじゃねーかな」
「ニャ」
そんなワケで、俺たちはまずイールの街へ向かった。
「ライラさんでしたら、今は街にいませんよー」
冒険者ギルド。
いつもの受付嬢にそう言われた。
「つい先ほど、ソン村へ向かいました。あちらの街道で盗賊が出るそうで、その調査です」
「えー……」
さっそくアテが外れた。
「帰り遅くなりそうかな? どのへんにある村なん?」
「街を出て東です。ガランの滝へ向かう道から、少し南へ入ったところですね」
「あ、俺たち。その滝に行こうと思ってるんだけど」
受付の女は、少し困ったような顔になった。
「ガランの滝ですか……非常に入り組んだ山道になりますよ。それに、時おり姿を消すという噂もあります」
「滝が?」
「はい。前に見つけた場所へ行っても、何もなかったという方がいらっしゃるんです」
あー、なるほど。
「滝が消えることについてはおそらく大丈夫だ」
「へ……? はあ。そうなんですか?」
受付は首をかしげながらも続ける。
「ライラさんは不在ですが、誰か冒険者を護衛にお付けしましょうか?」
「護衛か……」
魔物の相手だけなら、自分でなんとかできるだろう。
でも山道の案内はしてほしいし、魔物を倒したら解体してくれるヤツもいた方がいい。
ライラにはずいぶん助けられたからな。
「じゃあ、一人頼もうかな」
「はい。ええと、料金は4万ボンドになりますが」
4万ボンドは硬貨だと銀貨1枚ぶんだそうな。
安いもんだ。
「いいよ。道案内と魔物の解体が得意なヤツを頼む」
「かしこまりました」
俺が代金を払うと、受付の女は向こうのテーブルで酒を飲んでいる男たちの方へ向かって呼びかけた。
「護衛のお仕事でーす。誰か行けますか?」
「おう」
立ち上がったのは、ゴツい革鎧を着た大男だ。
腰には大きな剣。
そして、まるで世紀末のような赤いモヒカン頭をしている。
「オレが行く……」
「わかりましたー。頼みますね、ボウズさん」
ややこしいな……
モヒカン頭のボウズという男は、ギロリとこちらを見下して言った。
「お前らがライラさんのお気に入りって噂の二人か?」
「お気に入りかどうかは知らんけど……この前、街を案内してもらってさ」
「ふんッ、あの人も面倒見がいいからなあ」
なんだか引っかかる言い方だが、ライラの面倒見がいいのは確かだ。
「ボウズ。あんたもライラとは知り合いなん?」
「知り合いも何も……ここらで冒険者やってて、ライラさんに頭の上がるヤツはそういねえよ」
へえ。
かっこええな、ライラ。
「だからって調子乗るんじゃねえぞ? わかってんだろうな?」
なんかすごんでくる。
大丈夫かな、コイツ。
「俺は玲斗。で、こっちはさと子。道案内と解体、よろしくな」
「ニャーす」
「……チッ、滝が見つかるかまでは保証できねえが、近くまでは連れてってやる」
そう言って、男はさっさと出口へ向かう。
「もう行くの?」
「当たりめえだろ! 山で暗くなったら面倒だぞ!」
口は悪いが、まあ、道は知っているんだろう。
俺たちはモヒカンの背中を追いかけた。
◇
イールの街から東へ進む。
はじめは馬車も通れそうな道だったが、やがて登り坂が多くなり、道の両側に木々が迫ってきた。
「猫耳の嬢ちゃん」
ボウズは振り返ると、さと子を見た。
「疲れたら早めに言えよ。いきなり倒れられちゃ困るからな」
「ニャ、平気です」
さと子はしっぽを揺らしている。
妖怪だしなぁ。
たぶん、俺たちの中じゃいちばん元気だぞ。
「ボウズ、ソン村にも行ったことある? ガランの滝へ行った後に寄りたいんだが」
「問題ないが……ライラさんへのあいさつか?」
「まあ、そんなトコ」
「ふんッ、媚びていやがる。でもその頃には盗賊をふん縛って、街へ戻ってるかもしれねえけどな。あの人は仕事が早いからよ」
それもそうか。
会えなかったら、村でメシでも食って帰ろう。
そんなことを考えながら、さらに山道を進んでいった。
やがて、人の通った跡よりも獣道の方が目立つようになってくる。
これは案内を頼んでおいて正解だったな。
そう思った矢先。
茂みから緑色の魔物が三匹出てきた。
「ゴブリンだ! 下がってろ!」
ボウズが大剣を抜く。
あっという間に一匹。
返す剣でもう一匹。
逃げようとした最後の一匹も、背中から斬り倒した。
「おお」
思ったよりちゃんと戦ってる。
「へへッ、ざっとこんなもんだ」
ドヤ顔のボウズ。
威張らなきゃもっといいんだがな。
さて、その後もボウズを先頭に道を歩いていったのだが……
「玲斗さま……」
「ああ」
さと子の耳が、ぴんと立った。
妖気のような気配。
けっこう強い……?
前の曲がり角の奥だ。
――バキ、バキッ……
枝の折れる音とともに、大きな人影が木々の間から出てくる。
いや、人じゃない。
頭はブタのようで、口から太い牙が突き出ていた。
身体はボウズよりもさらにひと回りデカい。
「チッ、オークか。離れていろ」
「あ、待て……」
制止しようとするが、ボウズはまた大剣を抜き駆けていく。
――カッ! ごおおおお……!!!!
その時、ブタ頭の魔物が持つ杖から、火炎放射器のような炎が発射された。
「なっ……」
ボウズは間一髪足を止めて、炎から逃れた。
「上位種? オーク・メイジか? この辺に出るような魔物じゃねえぞ……!?」
困惑するボウズをよそに、ブタ頭が杖を掲げる。
再び、先端に赤い光が集まり始めた。
「おい、オマエ。嬢ちゃんを連れて、来た道を戻れ」
「え? あんたは?」
「オレが足止めする」
さっきまでの横柄な口調が、妙に静かになっていた。
「倒せそうなのか?」
「……無理だ」
剣を握る手が震えている。
「なら、オマエ逃げた方がいいんじゃね……?」
「いいから行け!」
覚悟の上か。
根はマジメなヤツなんだな。
見直したわ。
――チュイーン……
魔物が持つ杖の先の光がふくれ上がっていく。
「うおおおおお!」
放射される炎を前に、ボウズは剣を構えた。
――チュイーン……ごおおおおお……!!
「かあちゃーん! うわああああ……!」
断末魔のような声を上げるボウズ。
が……
彼に攻撃は一ミリも当たっていない。
魔物が放った炎は、何もない空間に押しつけられたように平たく広がり、そのまま上へ流れて消えていったのである。
「……あ?」
ボウズは剣を構えたまま固まっている。
身をすくめていた首を、そろそろと起こした。
「なんだ……今の……」
「結界だよ」
そう。
ボウズのモヒカン頭の上には、俺の霊力で形成した盾が展開されている。
コイツには見えてねえみたいだけど。
「もう大丈夫だから、ちょっとどいてくれ」
「へぁああ……?」
肩に手を置いて横へずれてもらう。
俺は財布から護符を取り出し、魔物へ向けた。
「禍津、祓え!」
――ちゅどーんッ……!!
巨体が、地面から浮き上がる。
そのまま道の向こうへすっ飛んでいくと、木々をなぎ倒してそのまま倒れた。
「こんなもんか……」
気配は完全に消えている。
「さと子、どうだった?」
「ニャー! カッコいいですニャー」
猫又はセーラー服の胸の前で両手を合わせてピョンピョン飛び跳ねていた。
かわいい。
「これくらいの魔物はちゃんと解体しておいた方がよさそうだな。ボウズ、頼む」
「……」
「おい?」
ボウズはなんか知らんけど固まっている。
怪訝に思って「おーい」と手など振っていると、彼はガバッといきなり頭を下げた。
「すんませんッした、兄貴!」
「ぁあ?」
「そんなケタ違いの実力者とは……とんだナメた口を利きましたッス」
豹変しすぎだろ。
せっかく見直したのになあ。
「これからは兄貴と呼ばせていただくッス!」
「にゃー。玲斗さま、かわいい家来ができましたね」
かわいいのはオマエだ。
「また一つ鴉丸家再興に近づきましたニャ!」
「おー!」
ワケもわからず喜んでいるガラの悪いモヒカン。
「どーでもいいけど、アレの解体頼むってば……」
俺はため息をついて、そう言った。