俺のかわいい式神の猫又ちゃんが令和の社会で暮らせないので、異世界に住むことにした 作:黒おーじ
ガランの滝を去る前。
「なるほど。さと子さまのためにこちらの世界に移住しようと……」
源蔵は、向こうで小太郎と遊んでいるさと子を眺めながら、言った。
「それだけじゃないよ。俺自身のためでもある」
「ほう……?」
老人の目がその理由を推し量ろうと鋭くなる。
「別に大したワケじゃない。こっちの方が性に合いそうだって思ってたんだよ」
「……そうですか」
「ああ。だからもっと他にも魔法を教えて欲しいんだ」
「それならば、と言いたいところですが……残念ながらワシは他の魔法は知りませんで」
「そうなん?」
「はい。そもそもワシはそれほどの霊力を持っておりません。中尉さまほど熱心に魔法を研究するほどの余裕がないのですじゃ」
「ひいじいさんはそんなに魔法の研究に熱心だったのか?」
「若い頃はそれはもう……」
「若い頃は……?」
向こうでスカートから出ているしっぽを小太郎が握ると、さと子がぷんすかと怒って追いかけっこが始まった。
「昔、あちらの世界で大きな戦争があったと聞きます。中尉さまがこの世界へ来たのもそれが原因だとか……」
大きな戦争というのは第二次世界大戦のことだろう。
ひいじいさんは、日本の敗戦を受けて、退魔の力のみに限定された霊能力に問題意識を持ったのだそうだ。
それで屋敷に次元の扉を作り、異世界にやって来た。
きっと日本の人々は敵国の支配にあくまで抵抗し、今も苦しんでいるはず……
そう思って二十年の時をかけ魔法を研究し、ついに霊力と魔力を融合させるとてつもない法術を編み出したのだそうな。
「霊力と魔力を融合……どういうこと?」
「ワシなんぞには想像も及びませんぬ。ただ、中尉さまはコレならば原子爆弾なる兵器にも対抗できると、あちらの世界へ戻っていったのです」
戻って行った?
日本へか……
「しかし、数週間後でしたでしょうか。中尉さまは失意のご表情で戻ってこられました」
「何があったんだ?」
「わかりません。ただ、それ以降はめっきり気力を無くされ、さと子さまと何をするでもなく暮らしていったのです」
戦後20年……
まあ、そりゃあそうか。
「玲斗さまー!」
そんなことを考えていると、さと子が走って来た。
「そろそろ参りましょう。ボウズをいつまでも待たせておくわけにもいきませんニャ」
「ああ、そうだったな」
「せっかく家来ができたのです。魔物にやられてしまってはもったいありませんニャ」
そういう心配かよ。
「ほう。家来ができましたか?」
「ニャ! ここから鴉丸家の再興です!」
俺はそう張り切るさと子の頭をなでてため息をついた。
「ありがとな」
「ニャ……!?」
コイツが失意のひいじいさんのそばにずっといてくれてよかった。
そう思った。
◇
ガランの滝を出ると、再び源蔵の隠蔽結界を壊さないようにすり抜けて元の森へ戻ってきた。
「あ! 兄貴!」
モヒカンの筋肉男が腕立てをしてる。
ボウズだ。
「滝は見つかったんスか?」
「ああ。もう用は済んだから行こう」
ボウズは起き上がると汗を拭きながら聞いた。
「ソン村へ寄るんッスよね?」
「ああ。もう遅いかな?」
「そッスね。まあ、もう盗賊はお縄になっていてライラさんには会えないかもしれねえけど……村へは行った方がいいでしょう」
「どうして?」
「もう遅いからッスよ。イールの街に着く前に陽が暮れちまいます」
なるほど。
こうしてボウズに案内をさせて森を進むとソン村にはすぐに着いた。
森の中を切り開いたような土地で、古びた木造の家々がまばらに建っている。
数十軒ほどだろうか。
小さな村だ。
もう陽が傾き始めていて、向こうの空がうっすら赤く染まっていた。
「兄貴。あそこに人がいるッス」
ボウズが指差した。
確かにいる。
村の中央にちょっとした広場があり、四人の男たちがたむろしていた。
木箱に腰掛けている痩せた瓜顔の男。
地面へ直接あぐらをかいている無精ひげの大男。
背の低い坊主頭がさかんに喋り、赤ら顔の中年が相槌を打ったりしている。
「やれやれ、田舎っぽい連中っスねー」
俺はボウズの言葉には応えず、そちらへ近づいた。
「ちょっとすまんな」
「ぁあ?」
無精ひげの大男がこちらを睨んだ。
「お尋ねするが、この村にライラって女戦士が来なかったか?」
そう聞くと男たちは顔を見合わせた。
痩せた瓜顔が「いいや……」と答える。
「おかしいな。盗賊討伐に行ったって聞いているんだけど。ここはソン村だろ?」
「ああ、ソン村だぜ」
「だが来てねえもんはしょうがねえだろ」
俺はボウズをチラリと見る。
彼はおかしいな……というふうにモヒカン頭をぽりぽりかいた。
「じゃあ質問を変えよう。もう遅いから宿を取りたいんだが、泊れるとこってある?」
「あー、そういうことならウチの母ちゃんがやっている宿屋へ泊るといい。メシもうまいぞ」
背の低い坊主頭がそう言うと、他がクスクスと笑った。
「ずいぶん親孝行じゃねえか」
「当たり前だろ?」
チビの坊主頭は笑いながら仲間へ手を振った。
その男に案内されて、広場から少し離れた一軒の建物へ向かう。
他の家よりは一回り大きいが、それでも立派な宿屋という感じではない。
丸太を組んだ壁。
小さな窓。
軒先には古びた木製の看板が吊るされている。
男が勢いよく扉を開けた。
「おーい、客だぜ!」
中へ入ると、正面に小さなカウンターがあった。
その向こうに座っていた腰の曲がった老婆が、こちらを見て目尻を下げる。
「おやおや」
白髪を後ろでひとつにまとめた、いかにも田舎のお婆さんといった風貌だ。
「三人も連れてきてくれたのかい? いつもありがとうね」
「いいってことよ」
「今日はずいぶん景気がいいねえ」
老婆が嬉しそうに笑う。
案内してきた男は、
「じゃあな」
と俺たちへ片手を上げ、そのまま外へ出ていった。
老婆がカウンター越しに俺たちを見渡す。
「旅のお方。三名でしたら一晩1万6000ボンドでございますが、よろしゅうございますか?」
銅貨2枚分だ。
「いいよ。ご飯はつく?」
「はいはい。晩飯、朝飯と用意してございますよ」
外の連中とは違ってこの婆さんはニコニコして愛想がいい。
笑うたびに目が細くなって、いかにも世話好きそうだった。
「そりゃ助かる。腹ペコなんだよ」
「まあまあ。それはいけませんねえ。すぐお作りいたしますから」
老婆はカウンターからゆっくり立ち上がった。
「先にお部屋へご案内いたしますで、少しお待ちくだされ」
「お願いしまーす」
宿の中も、外観と同じく素朴だった。
丸太の壁にはところどころ節が残っていて、床板を踏むたびにギシギシ鳴る。
装飾らしいものはほとんどない。
だけど、埃っぽさはなく、ちゃんと掃除されているようだった。
なんというか、ログハウスっぽい。
「しけた宿ッスねえ」
「にゃーん♪」
さと子が嬉しそうにベッドへダイブする。
呑気なヤツらだ。
――コンコン……
部屋のドアがノックされる。
「はい?」
「婆です。お食事をお持ちいたしましたで」
「……そうか。どうぞ」
そう答えると、古い蝶番の音を立ててゆっくりとドアが開いた。
◆ ◇ ◆
――5時間前のこと。
ソン村の中央で、いつものように四人の男たちがたむろしている。
チビの坊主が言った。
「おい。冒険者ギルドがいよいよ調査に入るとよ」
「ふーん」
「かかかっ。ここらの冒険者なんてそんな強くねえ。返り討ちだぜ。うぃっく」
赤ら顔の中年男が酒を飲みながら答える。
「……それが、今度の調査はあの女戦士ライラらしい」
「なに……!?」
慄然とする男たち。
「正面から戦えば全滅だぞ?」
「ああ。いつもの手で行こう」
そんなふうに話をしていると、水着型アーマーの女戦士が村にやってきた。
「ライラだ。この村周辺に賊が出ると聞いて調査に来た」
ウワサ通りイイ女だ。
しかし、それ以上に強者のオーラがある。
男たちは気圧され、顔を見合わせた。
「お前たち村人もさぞ不安だろう」
「へ、へえ……」
「誰か賊について事情を知る者はあるか?」
「あ、ええと、森の中で盗賊を見たというヤツがいるんですが、仕事に出ておりまして……」
痩せた瓜顔の男が何とか答えると、チビの坊主が後を継いだ。
「帰るまでウチの宿でやっている昼飯でも召し上がってはいかがでしょうか」
「昼飯、か……」
近くはない道のりを歩いて来たからか、女戦士は「そうしよう」と頷いた。
「ささ、こちらです」
チビは案内をして、広場から少し離れた一軒の家へ向かう。
古びた看板横のドアを勢いよく開けた。
「おい、お客さんだぜ!」
「おやおや。こりゃ別嬪さんだ。いつもありがとうね」
「いいってことよ」
そう言って、老婆へ女戦士を託した。
チビはいそいそと外へ出て、向かいの家の影に隠れる。
他の三人も待ち構えていた。
「うまく行くだろうか?」
「行くに決まってる。なにせあの婆さんは愛想だけはいい」
男たちは宿屋を遠巻きに眺めながらヒソヒソ話す。
やがて、宿屋の外扉が開き、老婆が手招きをした。
「ヒヒヒ……もう眠っていますで。眠り薬が効いております」
「そうか。ご苦労さん」
男四人はドヤドヤと宿屋へ入って行く。
婆の言う通り、女戦士が机に突っ伏して眠っていた。
シチューの入った皿が半分だけ減っている。
瓜顔の男が「おい、ねえさん」と肩をゆするが起きる気配はない。
「いいだろう。村長が帰ってくるまで牢へぶち込んでおくぞ」
「よしきた」
「ヒヒヒ……」
村人たちはそう言って眠れるライラの身体を運んでいった。