――静かだった。
音もない。
風もない。
ただ、見知らぬ場所に一人の男が立っていた。
織田信長は周囲を見渡した。
「……ここは、どこだ」
つい先ほどまで、本能寺に居たはずだった。
それが、気がつけば見知らぬ場所に立っている。
信長は眉をひそめ、腰へ手を伸ばした。
刀がある。
それを確認すると、わずかに目を細めた。
「……妙なことよ」
その時だった。
少し離れた場所に、人影が現れた。
信長がそちらへ顔を向ける。
「……!」
現れた男もまた、信長の姿を見て動きを止めた。
白髪交じりの髪。
深い皺の刻まれた顔。
だが、その目だけは間違えようがなかった。
「……御館様?」
信長の目が見開かれる。
「……猿か」
「御館様……!」
羽柴秀吉は、信長を見つめたまま立ち尽くした。
忘れるはずがない。
長き年月を仕えた主君。
すでにこの世を去ったはずの男。
それが、目の前にいる。
一方、信長は秀吉の姿をじっと見た。
「……随分と老いたな」
「……」
秀吉は自分の顔に触れた。
そこでようやく、自分がかつて信長の前にいた頃とは比べものにならぬほど老いていることを理解する。
信長が知る秀吉は、もっと若かった。
だが、秀吉自身には心当たりがあった。
先ほどまで、自分は病床にあった。
死を間近に感じながら、最期の時を迎えていたはずだ。
それなのに、今こうして立っている。
そして目の前には、とうの昔に亡くなった信長がいる。
秀吉は静かに息を吐いた。
「……そういうことか」
信長が秀吉を見る。
「何がだ」
「わしは……死んだのでございましょう」
「……」
「御館様は、とうに亡くなられたはず。それがこうして目の前におられる」
秀吉は周囲を見渡した。
「ならば、ここは死後の世……そう考えるのが一番、腑に落ちまする」
信長は答えなかった。
その時、再び人影が現れた。
二人が同時にそちらを見る。
「……!」
現れた男もまた、二人の姿を見て足を止めた。
徳川家康。
信長を知っている。
秀吉も知っている。
そして二人とも、家康にとってはすでにこの世にいないはずの人物だった。
「……信長殿」
信長が家康を見る。
「……家康か」
家康は目を見開いた。
間違えるはずがない。
織田信長。
かつて共に時代を生き、そして遥か昔にこの世を去った男。
そして、その隣には――。
「……太閤殿下」
「……内府か」
二人の視線が交わる。
秀吉もまた、家康の姿を見ていた。
互いに、最後に見た頃とは違う。
だが、それでも顔を見れば分かる。
家康は静かに周囲を見渡した。
自分もまた、先ほどまで病床にいた。
死を迎えたはずだった。
ならば――。
「……なるほど」
家康は静かに呟いた。
「ここは、死した者が来る場所なのかもしれませぬな」
秀吉が頷く。
「わしも、そう思うておりました」
信長だけが黙って二人を見ていた。
自分が知っている秀吉よりも遥かに老いた秀吉。
そして、かつて知っていた家康よりも年を重ねた家康。
「……いったい、何が起きておる」
その直後だった。
また一人。
さらに一人。
今度は、先ほどまでの三人とは明らかに異なる姿の男たちが現れた。
武装した男。
険しい目をした男。
互いに顔を見合わせるが、誰一人として見覚えはない。
最初に口を開いたのは、武装した男だった。
「……ここは、いずこだ」
信長たちは黙って男を見る。
男もまた、四人を警戒するように見回した。
「わしは、源頼朝」
その名を聞いた瞬間。
秀吉の表情が変わった。
「……源頼朝?」
家康も目を見開く。
「源頼朝公……」
信長もまた、男を見つめた。
名を聞けば分かる。
遠き昔、鎌倉を築き、武家の世を切り開いた人物。
だが、目の前の男の顔を知っているわけではない。
頼朝は四人を見渡した。
「……なぜ、わしの名を知っておる」
「それほどまでに名高き御方でございますれば」
別の男が答える
「後世に、その名を知らぬ者はおりますまい」
「後世……?」
頼朝の眉が動いた。
そして家康に向かって言う
「そなたは、何者だ」
家康は一礼した。
「徳川家康と申します」
「徳川……?」
頼朝はその名を聞き、わずかに考える。
だが、知るはずもない。
その隣から秀吉が続けた。
「わしは豊臣秀吉」
信長がちらりと秀吉を見る。
そして最後に、信長が名乗った。
「織田信長」
頼朝は三人の名を順に聞いた。
「……織田」
そして、残る一人へ視線を向ける。
「そなたは?」
先程、気になる事を言った男は静かに答えた。
「足利尊氏」
その名を聞き、頼朝の表情がわずかに険しくなる。
「……足利」
頼朝の知る足利氏と同じ名。
だが、それ以上は分からない。
尊氏もまた、頼朝をじっと見ていた。
名を聞いたことで、その正体を理解する。
自分より遥か昔の人物。
武家政権の始まりを作った男。
だが、尊氏もまた、その先に何が起きたのかを知ることはできない。
五人の男が、同じ場所に立っていた。
源頼朝。
足利尊氏。
織田信長。
豊臣秀吉。
徳川家康。
時代も、生きた場所も、築いたものも違う。
ただ一つ。
彼らには共通していた。
――天下を争い、時代を動かした者たちだった。