五人が名を明かしてから、しばしの沈黙が続いていた。
誰もが、目の前にいる男たちを見ている。
やがて、源頼朝が足利尊氏へ視線を向けた。
「……尊氏」
「はい」
「先ほど、そなたはわしの死後のことを知っているような口を利いたな」
「左様にございます」
「ならば聞こう」
頼朝の声が低くなる。
「わしが死んだ後、鎌倉はどうなった」
尊氏は一度、息を整えた。
「頼朝殿の死後、鎌倉では大きな変化が起こりました」
「まずは、何があった」
「頼朝殿の跡を継いだ頼家殿が、二代将軍の座に就かれました」
頼朝の表情が僅かに和らぐ。
「頼家が跡を継いだか」
「はい。されど、長くは続きませなんだ」
「……何故だ」
「御家人たちとの対立が深まり、やがて将軍としての権限を制限されることになりました」
頼朝の眉が寄る。
「誰がそれを決めた」
「北条時政をはじめとする有力御家人たちにございます。建仁三年、頼家殿の訴訟を裁くため、十三人の合議制が置かれました」
「北条……」
頼朝の声が僅かに低くなる。
北条時政。
自らの舅であり、幕府創設以来の重臣でもある男。
「時政が、そこまでの力を持ったのか」
「時政だけではございませぬ。その後は、北条義時が実権を握っていきます」
「義時が……」
「そして元久元年、頼家殿は将軍の座を退かされ、伊豆の修善寺へ送られました」
「その後は?」
「討たれました」
頼朝の顔から表情が消えた。
「……誰に」
「北条氏の命を受けた者たちにございます」
沈黙が落ちる。
「続けよ」
尊氏は頷いた。
「頼家殿の後、実朝殿が将軍となりました」
「実朝……」
頼朝はその名を静かに口にする。
「実朝は、どうなった」
「建保七年、実朝殿もまた亡くなられました」
「病か」
「いいえ」
尊氏は静かに首を振った。
「鶴岡八幡宮において、公暁によって討たれました」
「……」
頼朝は言葉を失った。
「公暁は、実朝殿を討った後、三浦義村の手の者によって討たれました」
「では……」
頼朝はゆっくりと顔を上げた。
「源氏の将軍は」
「実朝殿を最後に、絶えました」
長い沈黙だった。
やがて頼朝が呟く。
「……三代か」
その声には、怒りとも悲しみともつかぬものが滲んでいた。
「わしが築いた幕府は、源氏の手で長く続くものと思うておった」
尊氏が話を続ける。
「実朝殿の死後、幕府は後継の将軍を朝廷に求めました。しかし、皇族将軍を迎えることは許されず、承久の乱で敗れた後鳥羽上皇の皇子・雅成親王の弟にあたる九条頼経殿を、摂関家から迎えることになりました」
「しかし実権を握っていた者は将軍ではないのであろう」
「はい。頼経殿や、その後の将軍は名目上の君主であり、幕府を実際に動かしていたのは北条氏でした」
「では、北条は何と呼ばれていた」
「執権にございます」
「執権……」
信長が口を開く。
「将軍を支える立場の者が、実際には政を動かしていたということか」
「左様」
尊氏は頷いた。
「北条泰時の頃には、幕府の政治も大きく整えられていきました。承久の乱の後、六波羅探題が置かれ、朝廷や西国の監視にあたりました。また、貞永元年には御成敗式目が制定され、御家人の所領相続や土地争いなど、武士の社会における裁判の基準が示されました」
頼朝が顔を上げる。
「御成敗式目?」
「武士が武士の社会を治めるための法にございます」
「鎌倉幕府は、戦うためだけの政ではありませぬ。土地をめぐる争いを裁き、御家人を統制し、朝廷との関係も保たねばならなかった」
頼朝は静かに頷いた。
「……わしが始めたものが、そういう形になったか」
しかし、尊氏の話にはまだ続きがあった。
「そして、鎌倉幕府には大きな戦もございました」
「何だ」
「承久の乱にございます」
頼朝の眉が動く。
「どの様な乱だ」
「承久三年、後鳥羽上皇が、北条義時を討つ兵を挙げられました」
「上皇が……」
「幕府は北条政子殿の檄を受け、北条泰時・北条時房らを大将として大軍を京へ向けました」
尊氏は淡々と語る。
「その軍勢は朝廷方を破り、京を制圧しました」
「つまり、幕府が朝廷に勝ったと」
「はい」
秀吉が腕を組む。
「京へ大軍を送り、朝廷方の軍勢と戦ったのですか」
「左様にございます。朝廷そのものを滅ぼしたのではなく、後鳥羽上皇が率いた討幕軍と戦ったのでございます」
「それでも、随分と大きな賭けですな」
秀吉の顔に、天下人らしい興味が浮かぶ。
「勝った後は?」
「後鳥羽上皇は隠岐へ配流され、順徳上皇も佐渡へ配流されました。土御門上皇は自ら土佐へ赴かれ、のちに阿波へ移られました。また、仲恭天皇は退位させられました」
頼朝はしばらく黙っていた。
「……わしが朝廷と結び、鎌倉に武家の政を置いた。その後、ついには朝廷方と戦うまでになったか」
「時代が変わったのでございます」
尊氏の言葉に、頼朝は答えなかった。
やがて話はさらに先へ進む。
北条氏の支配は続いた。
そして、海の向こうから大きな脅威が現れた。
「蒙古が攻めてきた?」
頼朝が聞き返す。
「はい」
「蒙古とは、あの大陸の?」
「正確には、フビライの率いる元でございます」
尊氏が説明する。
「文永十一年、元は高麗の軍勢も加えた大軍を送り、九州北部へ攻め寄せました」
秀吉が眉を上げる。
「海を越えて大軍を送り込んできたと」
「左様」
「それを鎌倉幕府はどうした」
「九州の御家人たちが戦いました」
尊氏は続ける。
「一度目の侵攻の後、幕府は再び攻めてくることを警戒し、博多湾沿岸に石築地を築きました」
信長が頷く。
「次に来ることを見越して、守りを固めたわけか」
「そして、弘安四年。元は高麗軍や南宋の旧臣らを含む大軍を編成し、再び日本へ攻め寄せました」
「再びか」
「はい」
「結果は?」
「元軍は撤退しました。暴風雨の影響もあり、侵攻は失敗に終わりました」
秀吉が笑う。
「鎌倉は二度も外敵を退けたわけですな」
「されど、そこには大きな問題がございました」
尊氏の声が低くなる。
「御家人たちは命を懸けて戦った。ところが、敵から奪った土地がない」
「……褒美を与えられぬのか」
「はい。幕府は恩賞を与えましたが、征服した土地を分け与えるような、通常の戦の恩賞を十分に用意することはできませんでした」
信長が黙る。
家康も静かに聞いていた。
「普通の戦ならば、敵の土地を分け与えることができる。しかし、海の向こうから来た元軍を退けても、新たな土地が幕府の手に入るわけではない」
尊氏は続ける。
「戦費や負担も重く、御家人たちは次第に困窮していきました」
「戦っても、恩賞が少ない」
家康が呟く。
「それは……幕府を支える者たちの不満が積もる」
「その通りにございます」
尊氏は頷いた。
「その後も北条氏は力を強めていきました」
「しかし、最後には滅んだ」
「はい」
頼朝が静かに尋ねる。
「何が起きた」
尊氏は、まっすぐ頼朝を見た。
「後醍醐天皇が討幕を企てられました」
「また朝廷が幕府を倒そうとしたのか」
「はい」
「北条は?」
「討幕軍を鎮めようとしました」
「そして、そなたは幕府側だった」
「初めは、そうでした」
頼朝の目が細くなる。
「初めは?」
「元弘三年、鎌倉幕府は某に上洛を命じ、六波羅探題を救うよう命じました」
「先程は某が死んで間のない頃話に夢中で聞き流したが六波羅探題とは?」
「京都に置かれた幕府の機関にございます。朝廷の監視や西国の御家人の統制などを担っておりました」
信長が僅かに頷く。
「京都を押さえるための幕府の機関ということか」
「そのように考えてもよいでしょう」
尊氏は続けた。
「某は軍勢を率いて上洛しました」
「そして?」
「そこで、考えが変わった」
頼朝が尊氏を見据える。
「何故だ」
「北条氏の政は、もはや御家人たちの支持を失いつつありました」
「それだけか」
「それだけではありませぬ」
尊氏は静かに答える。
「幕府から命を受けて京へ入った某は、後醍醐天皇方の動きを目の当たりにしました。そして、北条氏のために戦い続けることが、本当に武士のためになるのかを考えた」
信長が口を挟む。
「それで、幕府を裏切った」
「はい」
「大胆な決断だな」
信長の口元に、僅かな笑みが浮かぶ。
「大勢を敵に回すことになる」
「承知しておりました」
「それでも動いたか」
「動かねば、何も変わらぬと思ったからにございます」
尊氏は立ち上がらんばかりの気迫で続けた。
「某は後醍醐天皇方につき、六波羅探題を攻めました」
「勝ったのか?」
「はい。元弘三年五月、六波羅探題は陥落しました」
「では、鎌倉は?」
「新田義貞が兵を挙げました」
尊氏の声がさらに低くなる。
「新田勢が鎌倉へ攻め入り、元弘三年七月、北条高時らは東勝寺で自害しました」
頼朝の顔が僅かに強張る。
「北条が……」
「そして、元弘三年。鎌倉幕府は滅亡しました」
長い沈黙が続いた。
頼朝は目を閉じる。
やがて、静かに呟いた。
「……鎌倉が、消えたか」
尊氏は何も言わなかった。
「どれ程続いた?」
尊氏は答えた。
「140年以上」
頼朝は暫く黙った後に答えた。
「ならば、よく保ったとも言えるか」
尊氏が顔を上げる。
「……はい」
頼朝はそれ以上、幕府の滅亡について責めることはなかった。
むしろ、尊氏へ視線を向ける。
「では、その後はどうなった」
「後醍醐天皇による新たな政が始まりました。建武の新政と呼ばれております」
「武士の世を終わらせたのか」
「それを目指されたわけではありませぬ」
尊氏は答える。
「しかし、武士たちが望むものと、朝廷が目指す政には隔たりがございました」
「恩賞か」
家康が口を挟む。
「所領や役職など、武士にとって重要なものがございます」
「左様」
尊氏は頷く。
「鎌倉を落とした武士たちの中にも、不満を持つ者が増えていきました」
「そして、そなたも?」
「某も、やがて後醍醐天皇と道を違えることになります」
信長が尊氏を見る。
「では、ここからが足利の天下か」
「……そう簡単な話ではありませぬ」
尊氏の表情が変わった。
「後醍醐天皇との争いは、その後も続きました」
「そなたは朝廷とも戦ったのか」
「はい」
「鎌倉を倒した後に?」
「……はい」
頼朝が尊氏へ尋ねる。
「それで、そなたは何を得た」
尊氏はしばし沈黙した。
「……武士を束ねる立場に立つことになりました」
「幕府を作ったのか」
「やがて、そうなります」
「鎌倉の次に、足利が幕府を」
「はい」
尊氏は静かに答えた。
「建武の新政が崩れた後、某は光明天皇を擁立し、北朝を立てました。そして暦応元年、征夷大将軍に任じられました」
「征夷大将軍に……」
頼朝がその言葉を繰り返す。
「ならば、そなたが新たな武家の政を始めたということか」
「左様にございます」
尊氏は頷いた。
「鎌倉に代わり、足利が武士を束ねることになりました」
「……鎌倉の後を、足利が継いだか」
頼朝はしばし黙っていた。
そして、静かに尊氏を見つめる。
「そなたの死後も、その政は続いたのか」
「……それは」
尊氏は僅かに言葉を止めた。
「某には、分かりませぬ」
「そうか」
頼朝は頷いた。
「ならば、その先は別の者に聞くとしよう」
頼朝の視線が、信長へ向いた。