「……では、某が死んだ後の足利は、どうなった」
尊氏が静かに尋ねた。
「御主の後を継いだのは、嫡男の義詮だ」
「義詮……」
尊氏の目がわずかに細くなる。
「我が子が、将軍を継いだのか」
「そうだ。二代将軍となった」
尊氏は黙って頷いた。
自分の死後、足利の政がどうなったのか。
それを知る術は、ここにいる者たちの言葉だけである。
「義詮の時代も、南朝との争いは続いた。だが、京を中心とした足利の政は少しずつ形を整えていった」
「そして義詮の後を継いだのが、その子、義満だ」
「この義満という男が、後の足利将軍家の中でも、とりわけ大きな力を持つことになる」
「……どのような将軍だった」
「若くして将軍となり、諸国の守護や有力者を抑え、将軍の権威を強めていった」
「特に大きかったのが、山名氏との戦だ」
「山名……」
「明徳二年、山名氏清と満幸が兵を挙げた。山名氏は多くの国に勢力を持つ大きな一族だった」
「義満はそれを討ったのか」
「ああ」
「この戦によって、山名氏の力は大きく削がれた。義満は、将軍に対抗し得るほどの力を持つ守護を、そのままにはしておかなかった」
尊氏は腕を組んだ。
「……将軍の力を、諸国の守護より上に置いたわけか」
「そういうことだ」
「そして、その頃にはもう一つ、大きな問題が残っていた」
「南朝と北朝か」
「そうだ」
尊氏の表情が変わった。
「それは、どうなった」
「明徳三年、南朝の後亀山天皇が吉野を離れ、北朝の後小松天皇のもとへ戻った」
「長く続いた南北朝の争いは、そこで終わった」
「……終わったのか」
尊氏は低く呟いた。
自らが関わり、足利の政を始めることにも繋がった争い。
それが、死後にようやく終わった。
「義満が、それを成したのだな」
「ああ」
「さらに義満は、朝廷でも高い地位に昇った。左大臣となり、准三后となり、ついには太政大臣にまでなった」
「太政大臣……」
尊氏が目を見開く。
「武家の棟梁が、そこまでの地位に就いたのか」
「そうだ。しかも義満は、将軍職を子の義持へ譲った後も、政に大きな影響を及ぼし続けた」
「将軍を退いてなお、か」
「出家した後も、その力は衰えなかった」
尊氏はしばらく黙っていた。
「……我が始めた足利の政が、そこまでのものになったか」
「義満は北山に邸を構え、そこを政と文化の中心の一つとした。後に金閣として知られる建物も、その北山の邸に築かれたものだ」
「北山……」
尊氏はその名を口にした。
もちろん、そこを見たことはない。
ただ、義満がそれほどの権勢を持つに至ったことだけは理解できた。
「さらに、明との関係もある」
「明?」
「中国の明王朝だ。義満は明との通交を求め、使者を送った。そして明から、日本国王として認められた」
「日本国王……」
尊氏の眉が動く。
「異国から、そのように呼ばれたのか」
「そうだ。明との交易も行われた。日本から銅や硫黄、刀剣などを送り、明から品々を受け取った」
「……武家の政だけではない」
尊氏が呟く。
「朝廷での地位を高め、諸国を抑え、異国とも通じた……」
信長が続ける
「義満の時代が、足利の最盛期と言ってよいだろう」
「最盛期……」
その言葉に、尊氏が反応する。
「では、その後は」
「義満の死後、少しずつ様子が変わっていく」
「義満の後は、義持が将軍となった。義持は父とは異なる政を行い、明との通交についても見直した。父ほど積極的な関係を続けなかったのだ」
「その後、義量が五代将軍となったが、若くして亡くなった。そして六代将軍となったのが、義教だ」
「義教は、弱まりつつあった将軍の力を取り戻そうとした」
「ならば、再び足利の力が強くなったのか」
「一時はな。だが、義教の政は非常に厳しかった。守護や公家、寺社などにも強く臨み、反発する者も増えていった」
「そして嘉吉元年――赤松満祐が義教を自邸へ招き、そこで討った」
「……将軍を?」
「そうだ」
尊氏の顔から表情が消える。
「将軍が、家臣に討たれたのか」
「ああ。義教の死後、足利の政は再び不安定になった」
「義勝が七代将軍となったが、これも若くして亡くなった。そして八代将軍となったのが、義政だ」
尊氏は静かに尋ねた。
「義政は、どのような将軍だった」
「これがまた、大きな争いの時代に重なる。義政には当初、後継となる子がいなかった。そのため弟の義視を後継者とした」
「大きな争い……そうか、その後に子が生まれたか」
「そうだ。義政の妻、日野富子との間に子が生まれた。これによって、将軍の後継を巡る争いが起きた」
「それだけではない。有力な家々でも、それぞれ後継を巡る争いが起きていた」
「細川勝元と山名宗全を中心に、双方へ兵が集まり……」
「ついには京で大きな戦となった」
尊氏が問う。
「その戦は、何と呼ばれている」
「応仁の乱だ」
「応仁……」
「応仁元年に始まり、十一年に及んだ」
「十一年……」
尊氏の声が低くなる。
「京で、それほど長く戦ったのか」
「そうだ。戦によって京は大きく荒れた。そして、足利将軍の権威も大きく傷ついた」
「……その後は」
「将軍の命が、諸国へ届きにくくなった。守護や国人などの中から、自ら兵を集め、自分の領地を治める者が現れた。将軍の命だけではなく、自らの力で領国を守り、勢力を広げる者たちが増えていった」
尊氏は眉を寄せる。
「足利の政を支える者たちが、自らの力で国を動かすようになった……」
「そういうことだ」
「それでは、将軍は何をしていた」
「将軍家そのものは残った。だが、その力は次第に弱くなっていった」
義政の後、義尚が九代将軍となる。
その後、十代将軍となった義材は、のちに義稙と改名した。さらに義澄、再び義稙、義晴、そして義輝へと将軍は代わっていった。
しかし、将軍家だけで諸国を動かすことは難しくなっていた。
「それでも、足利将軍家は京に残ったのだな」
「そうだ」
「では、義輝は?」
「義輝は、将軍の権威を取り戻そうとした人物だ。諸大名との関係を整え、自らの力で政を行おうとした」
「だが、畿内では三好長慶が大きな力を持っていた」
「長慶が亡くなった後も、三好三人衆や松永久秀らの争いが続いた。そして、その争いの中で義輝は討たれた」
「……また、将軍が討たれたのか」
尊氏の声には、驚きよりも重さがあった。
「そうだ。その後、十四代将軍となったのが義栄だ。だが、義栄の在任も長くは続かなかった」
「そして十五代将軍――最後の足利将軍となったのが、義昭だ」
「最後……」
尊氏が、その言葉を繰り返す。
「義昭が、足利最後の将軍なのか」
「ああ」
尊氏はしばらく何も言わなかった。
自ら始めた足利の政は、義詮へ受け継がれた。
そして義満の時代には、朝廷で高い地位を得るまでになり、南北朝の争いを終わらせ、異国とも通じるほどの力を持った。
だが、その後は将軍の力が次第に衰え、有力者たちがそれぞれに兵を持ち、京では長い戦が起こった。
それでも足利将軍家は絶えず、最後には義昭が将軍となった。
「……義昭、か」
尊氏が、その名を静かに口にした。
信長は、ただ黙って尊氏を見ていた。