後追い星のプレアデス   作:鹿鳴弥

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百合は素晴らしい。


プレアデスの夕日

 

 

 

 

 

 

 月すら隠れる、純黒の夜。

 わたくしを見下ろす、機械竜がいた。

 

『………………』

 

 無機的な彩を宿す、白銀の機械竜。

 双頭をもたげ、大地に倒れているわたくしを睥睨する。

 

 枝毛が白くなったわたくしの金髪には、生臭い血色が付着していた。

 

 辺りは戦場痕。

 大小を問わないクレーター、破壊痕が点在している荒れ地。

 

 白い巨線が大地に敷かれ、それより彼方。

 

 地獄があった。

 

 草すら生えない土色の荒野。

 誰もいない荒野に、怪物たちの骸が転がっていた。

 

 神に最も近しい伝説、黄金竜。

 10メテルの体躯を誇る樹木の大蛇。

 百を超える化け物の死骸が転がっている。

 

 この学科領を、錬金学科へと踏み入らんとした闖入者共の末路。

 

 一級の冒険者が生涯に出会うかわからないほどの怪物たちが、悉く一文字に切り捨てられていた。

 

 つまり、先ほどまで彼らは生きていた。

 白い巨線を越えんと、大地と空を踏みしめて進軍を続けた化け物たち。

 

『よかった。間に合ったみたい』

 

 双頭の機械竜が言葉を発した。

 淡々とした声。無駄な抑揚をそぎ落とした、機械的な声の中ににじむまぎれもない安堵が伝わってくる。

 

 瞬間、機械竜の背後の夜闇に、光が走った。

 三ツ星を巻く狩人の星座。

 その先に瞬く7つの星団より、流星が落ちる。

 

 幾条もの星光が白を引いては、四方八方へと弾けていくのが見えた。

 

「……凶兆」

 

 わたくしは震える手を押さえ、空を仰ぐ。

 巨星より流星が散るなど、占星術においては凶の兆しでしかない。

 

 双頭の又が、2つに割れる。

 無機質な動作から現れたのは、卵型の生きた金属――。

 

 セフィラ神鉄と呼ばれる、有機合金で出来たコックピットが開き、中から人が姿を見せる。

 

 鴉のように黒い髪。腰まで届くほど長いそれは、枝毛が少し混じっていた。

 外套から、脚絆、靴に至るまですべてが黒で統一されている。

 露出は極端に少ない。全身を装束で纏い、肌が見えるのは首より上と、僅かに覗く手首のみ。

 

 手首や腕も色素が薄く、肉付きも小さい。

 魔力も筋力も弱弱しい、華奢な女の子。

 

 

 ヴィータ・アルデバラン。

 

 

 執行機関No.4。”最弱無敵”の2つ名を持つ、

 錬金学科の誇るジョーカー。

 

「大変だったね」

 

 黒髪の少女、ヴィータは地面に倒れこむわたくしへ手を伸ばす。

 

「かえろう?」

 

 ヴィータの顔色は変わらない。

 感情の彩がない虚無の瞳をこちらに向けたまま、

 

「ろーれった」

 

 わたくしの名を、あどけない声で呼んだ。

 

 

 背後で、連星が瞬いた。

 たった一条の箒星。星団から、赤い巨星へと流れ落ちる星。

 

 多数散る星々の中で、その流星だけは長く流れ続けていた。

 

 長い流星は、いまだに散り続けている。

 青の星団から、赤い巨星へ。

 

 プレアデスから、アルデバランへ。

 

 一筋の流星は、今も流れ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 10年前。

 プレアデス家は、風前の灯火にあった。

 

 【月睨派】は大地の女神アルメ=ガファを唯一神と仰ぐ大宗派。

 <神話継承(ジョブ)>と聖職権威を重んじる市民のための大宗派。

 

 【叡神派】は創世七神を奉じる少数派。

 魔導と科学、探求と実証を貴ぶ。

 

 ゆえに、両派はしのぎを削り続けている最中。

 星の名を冠することが許されていたプレアデス伯爵家が乱心したのだ。

 

 【月睨派】から【叡神派】へ改宗。治世を取り入れ、税を減らし、貧民や移民を受け入れ、商業を発展させた。

 

 まさに人徳のたまもの。

 

 だが、人徳以外は実らずにいた。

 ゆえに――。

 

 

「はあ、はあ……!」

 

 

 ――プレアデス家には焔が、渦巻いていた。

 燃え残った灰が空を舞い、黒い雪のように屋敷を包み込む。

 

 わたくしが、ローレッタ・ヴェン・プレアデスが振り返った先は、灰になっていく。

 

 わたくし達の住んでいた屋敷が、日常が燃えて崩れている。

 

「はあ、はあ……!」

 

 引きずるように、真っ赤に染まって焦げ臭い屋敷の中を駆ける。

 

 

 雄ォォォ――ッ。

 

 

「――ッ!」

 

 獣の唸り声が、わたくしの背筋を貫いた。

 

 わたくしを探す声だ。屋敷を下郎どもと襲い、火を吐きつけてきた害獣。

 

 切り捨てた下郎どもとは比にならぬほどの強さを持つ、溶鉄の王。

 心臓と一緒になって飛び出そうになったわたくしの声を手で必死に抑え、近くの部屋に逃げ込む。

 

 客間だ。

 まだ燃え移っていない火の中で、必死に息をひそめる。

 

 火の粉が漂う。

 薪が燃えるような破裂音と一緒に、廊下に飾られた絵画が燃え落ちていく。

 

 わたくしと、お父様、病で亡くなったお母様が映った絵。

 

(お父様……!)

 

 わたくしを必死に逃がしてくれたお父様は無事だろうか。

 得意の剣はすでに折れている。あの、悪魔のような怪物の触手に、へし折られた。

 

 使用人のみんなは? 爺やは?

 

「神様……!」

 

 剣を握ったまま、不安に煽られるままに息を殺し、扉を締めて、鍵をかける。

 煤だらけになって、やけどで赤くなった手を組んで祈る。

 

 女神様。創世を成した偉大なる主よ、助けてください。

 どうか、あの悪漢どもを退けてください。お父様を、屋敷にいたみんなを、お救いください。

 

 どうか、どうか……!

 

 ――牡ォォオ

 

 くすぶった火の香り。

 燃える鬣を持つ六眼の獅子が、わたくしの隠れていたところに遠慮なく踏み入ってきた。

 

 怪物の口からは、腕が垂れていた。

 青い宝石のあしらわれた指輪が、炎の輝きに照らされる。

 

 お父様の、腕。

 

「あ、あ……」

 

 獅子が見せびらかす様に腕に牙を突き立て、思い切りかみちぎった。

 

 鬣からは触手がうごめいていて、わたくしに狙いを定めている。

 

 折れた剣は、握れない。

 

 祈りに応える神は、いなかった。

 

 声が、出ない。

 主は、女神アルメ=ガファはどうしてわたくしたちを見放したの?

 

「だれか……」

 

 どうして、こんなことを。わたくし達プレアデス家は、領内にも商業にも貢献してきたのに。

 数多くの冒険者を助けたのに。いろんな人たちを、助けてきたのに。

 

 燃え盛る声と共に、触手がわたくしに向けて放たれる。

 恐怖、怒り、あきらめ。

 

 わたくしの経験したことがない負の感情が、

 黒い炎のようになって腹の奥で渦巻いていく。

 

「たすけて……」

 

 

 ――乾いた破裂音が、広間に響いた。

 

 

 遅れて獣の顔が弾け飛ぶ。

 三発の鉛玉が獅子の顔を貫いて潰したのだ。

 

「――すまない」

 

 その声は、聴きなれた男性の声だった。

 重い靴音が反響する。割れたガラスの破片が反射し、

 下手人の姿をはっきりと映しだした。

 

 40代ほどの壮年。

 白髪交じりの茶髪。そり残した髭が残る、茶色い目の男性。

 

「遅くなった。ローレッタ」

 

「銃」と呼ばれる異質な武器を二丁操る、お父様の友人たる冒険者が姿を見せた。

 

 ――牡ォォオ。

 

 獅子が冒険者の方を向く。

 間髪を入れず、触手が一斉に冒険者の方へと殺到した。

 

「合成獣か」

 

 男は軽く体を、首をずらす。

 ただそれだけの動作で、押し寄せる触手の群れを避けた。

 

 手に握られていたのは二丁の銃と共に、

 逆手に持った武骨な短剣。

 

 石よりも固い触手の群れを切り捨てたのは

 そこらの露店で売っていそうなほど、ありふれた物品だった。

 

 一歩、男は踏み込む。

 瞬間、輪切りになった触手の群れが宙を舞った。

 

 残るは一本の触手。

 回転しながら尖り、まっすぐ男へ迫った。

 

「ふむ」

 

 迫る雷速の触手。

 鋭い軟体の槍を前に、男は膝を腹につけ。

 

 その一撃を、踏みつけた。

 鞭のような槍。わたくしの剣すらも正面からへし折った触手を、

 彼は何ということもなく踏みつけのけた。

 

「獣相手は久しぶりだ――」

 

 踏みつけたまま、腰を落とす。

 鉄のような硬さを持つ触手を足場に滑るように進み、

 

「が、さようならだ」

 

 大口を開けた獣の喉を、銃弾が撃ち抜いた。

 

 男は静かにわたくしの方へ振り返る。

 

「プレアデス伯爵は……」

 

 薄い表情に、わずかな苦い感情が走る。

 僅かに首を振り、黙祷を捧げるように指を正三角に切った。

 

「あなたは……」

 

 詰まりそうな声をなんとか通し、目の前の男性に話しかける。

 忘れない。忘れるわけもない。

 

 彼は冒険者。プレアデスの屋敷をたびたび訪れていた、お父様の友人。

 

「ローグ」

 

 壮年の男性はひざまずき、青髭の残る顔をこする。

 目は、まっすぐにわたくしを見抜いていた。

 

「黄金級冒険者。ローグだ。遅くなって申し訳ない。プレアデス伯爵からの、最期の依頼により」

 

 いつの間にか、わたくしは抱きかかえられていた。

 

「ローレッタ・ヴェン・プレアデス。ならびに、周囲にいる生き残り」

 

 片手で、背にかけていた大槍を抜く。

 放出した魔力にて魔法陣を描き、いくつもの魔法を宙に浮かべ。

 

「救助並びに保護を開始する」

 

 わたくしの意識は、そこで落ちた。

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 麦粥の炊ける香りがした。

 

 まぶしい光を感じて、目を開ける。

 洞窟が見えた。岩肌が露出している。

 入り口から近いせいか、差し込んだ朝日が眩しい。

 

「起きたか」

 

 武骨な男性の声。

 すぐ隣。鍋を魔法で温めていたローグがいた。

 

「食欲はあるか?」

 

 首を横に振る。

 食欲も、何もなかった。

 胸に穴が空いているように重い。大きな穴があるように胸が痛むのに、何かがつっかえるようになってわたくしの喉を阻んでいる。

 

 そんなわたくしを見てなお、ローグは木で削り出したスプーンにて粥を掬う。

 

「食え」

 

 目の前に、スプーンが突きつけられる。

 小さなザクロが入ったオートミール。ほんのりハチミツと、ミルクの香るもの。

 

 屋敷のみんながよく作ってくれた、わたくしの好物。

 

「………………」

 

 ぼおっと目の前のスプーンを見つめ続ける。

 食べる気になれなかった。口を開ける気力もわいてこない。

 

 夢か、何かだとしか思えない。

 

「……まいったな。伯爵からは、お前の好物だと耳にタコができるほど聞かされていたのだが」

 

 ローグは困ったような顔で、わたくしを見つめている。

 

「おとう、さま」

 

 乾いた喉と唇から、かすれたわたくしの声が漏れた。

 

「そうだ。ザクロと、たっぷりのはちみつを入れた、ミルク粥だ。

 好物だろう。お前の父から、よく聞かされていた」

 

 ローグは麦粥を椀の中へ戻して、再度わたくしの口元へ運ぶ。

 

「……食う気がわかないのは、理解している」

 

 年老いた顔の彼は、鳶色の瞳でわたくしの目をじっと見つめている。

 

「だが、食ってくれ。お前が腹をすかしたままでは、俺は伯爵や依頼元であるリヴェータへの顔が立たん」

 

 そう言うと、彼は指を鳴らす。

 魔力が弾け、柔らかな風が洞窟の中を駆ける。

 

 甘い、ハチミツとミルクの香り。

 お父様や、じいや。使用人のみんなとよく食べていた香りが鼻をくすぐった。

 

「……………………」

 

 口が、小さく開いた。

 彼はゆっくり、わたくしの口にスプーンを運び、麦粥を舌へ乗せた。

 

「………………っ」

 

 変わらない、1週間前にも食べた甘さが口に広がった。

 

「う………………っ、う」

 

 胸が熱い。

 目と鼻がツンとして、痛いくらい熱いものがあふれてくる。

 

 わけがわからないような、感情が押し寄せて、

 目から熱い何かがこぼれた。

 

「……泣いていい。好きなだけ泣いてくれ。そのあと、屋敷へ行こう」

 

 すすり声が響く中、ローグは静かに告げる。

 甘いミルク粥が、少し塩辛かった。

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 

 わたくしたちは、燃えた廃墟へ来ていた。

 質実剛健だった白いお屋敷は焦げ落ちた廃墟になっていた。

 

「……………………」

 

 わたくしは、燃え落ちた屋敷の上を歩く。

 その後ろを、ローグがついてくる。つかず、離れずの距離のまま。何もしゃべらず、語らないまま歩いてくる。

 

 じゃく、じゃく。

 霜柱を踏み潰した時のような音。

 炭になった何かの破片が、靴裏から感触を伝えてくる。

 

 足元は焦げた大理石。

 立派な柱は焦げが焼き付いたまま。屋敷の骨格だけが燃え残っている。

 

 何も、残っていない。

 わたくしの部屋も。父様がよくお仕事をしていた執務室も。こっそり忍び込んで、つまみ食いをした厨房も。遊びまわった遊戯室も。

 

 すべて、すべて。

 

「………………ぁ」

 

 燃え残っていた、屋敷の中庭。

 その中央に、大きな墓石があった。

 岩を削り出し、急いで磨き上げたような白い墓。

 

「父様……。爺や…………。みんな…………」

 

 そこにあったのは、皆の名前だった。

 

「俺が埋葬した。……あまりに、忍びなかったからな」

 

 ローグは言葉少なげに告げる。

 今まで変わることのなかった無表情が、わずかに歪んでいた。

 

 それが、もう駄目だった。

 

「おとう、さま…………ッ」

 

 あふれてくる涙を、もうこらえきれなかった。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい………………ッ!」

 

 わたくしだけが生き残って、ごめんなさい。

 みんなを守れなくて、ごめんなさい。

 お父様がほめてくれた剣で、みんなを守れなくて、ごめんなさい。

 

「生きていて、ごめんなさい…………ッ」

 

 肩に手が置かれた。

 大きな、ローグの手だ。眉間にしわが寄ったまま、彼はしゃがみこむ。

 

「違う。ローレッタ。お前は悪くない」

 

 ローグは首を振った。

 

「わたくしが、悪いんです……っ。せっかく、聖騎士様から褒めてもらった剣を、わたくしは活かせず……ッ。みんなを、守り切れなかったわたくしが」

 

 騎士になりたかった。

 聖騎士になって、お父様を、プレアデス領のみんなを守りたかった。

 

 才能があるって。

 文武両道。プレアデス家で、一番すごい天才だって。褒められた、認められた剣をわたくしは……ッ。

 

 「違う。悪いのはお前ではない。悪いのは、あの魔獣をけしかけたやつらだ」

 

 ローグはまっすぐ、感情を見せない瞳をわたくしに向けてくる。

 

 目を、反らせない。

 感情がないのに、視線に宿っている熱が伝わってくる。

 

「ローレッタ。これを見ろ」

 

 ローグは外套をまさぐると、獣の牙を見せてきた。

 その牙は、黒い何かが塗られている。タールのような、粘性のあるものが牙についていた。

 

「ヌトス家の……。松脂?」

「そうだ。隣領主であるヌトス家の人間しか作れん特殊な松脂だ」

 

 戦場で活躍した松脂だと、昔ヌトス家主催のパーティーでみたことがある。

 

 炎を勢いよく噴きかけると、周囲に燃え広がる特殊な松脂。

 水では消せない、魔族すらひるませる効果を持つ強力かつ希少な品だと。

 

「さらに言えば、あの魔獣はポロモン家の近隣にしか生息しない。

 溶岩を食らう、凶悪な魔獣だ。平野が広がるプレアデス領にいるはずがない」

 

 ローグは静かに、しかし底知れない何かをたぎらせながら吐き捨てる。

 

「大方、プレアデス伯爵の政策が気に入らなかったのだろう。

 大幅な減税。移民の受け入れによる、他領からの領民の移動。極めつけは【叡神派】からの改宗。

 この地域は【月睨派】が主軸。下らない欲心によるものだろうな。……ふざけたものだ」

 

 …………そうか。

 女神の試練でもなく、天災でもない。

 

 人が。見知ったあいつらが、わたくし達を滅ぼすために。

 お父様の政策を。民を慮った政策を理解せず、嘲ったあいつらを。

 

 わたくしから、お父様を。爺やを。

 みんなを、奪ったのか。

 

「ローグさん」

 

 涙をぬぐって、立ち上がる。

 まだ、涙は湧き出てくる。でも、そんなものはどうでもいい。

 

 ふらつく体を二本の足で立ち、目に力を入れる。

 

「わたくしを、鍛えていただけませんこと?」

 

 胸の内で燃え上がるどす黒い炎。

 お父様の尊厳を取り戻すため。わたくしから奪ったあいつらに、高ぶるような怒りを叩きつけるため。

 

 この炎の猛りのまま、ローグさんへ頭を下げた。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 十年後。

 くすぶった種は、腹の中で燃え広がっていた。

 

「はあああああッ!!」

 

 猛った感情のまま、全身へ魔力を回す。

 握ったマスケット銃。刃を備え付けた銃身を、槍のように振り下ろす。

 

「……」

 

 ローグは変わらない。

 手に握った短剣で受け止め、受け流しつつ弾く。

 

 まばゆい鈍色が煌めく。

 重く、全身にしびれが残るような弾きから矢継ぎ早に繰り出される斬撃。

 

 身体を空へ反らして避ける。

 もう片方の手で握っていた銃の引き金を引く。

 銃口が火を噴く。爆炎魔法を籠めた魔弾が射出され、空中で再加速する。

 

 空気を切り裂く破裂音。

 巨岩すらやすやすと貫通する、破壊の弾丸。

 とらえられるはずのない高速へ、ローグの短剣が振るわれる。

 

 音すらなく、弾丸が両断された。

 

 刹那の間もなく、ローグが高速で踏み込む。

 弾丸もかくやという勢いで地に叩きつけられた足は、一切の音や土埃を上げない。

 

 神速。

 

 居合の構えから出される超越的速度。

 回避も、防御も困難。

 

 わたくしは一歩、踏み出す。

 

 顔めがけて迫る刃。

 強烈な速度と共に踏み出される一撃を、わたくしは避けない。

 

 そのまま、銃を突き出す。

 食らってもいい。攻撃をもらってでも、師たるローグへ一撃を入れる。

 

「……ッ」

 

 ローグの顔が僅かに歪む。

 刃の速度が一瞬鈍った。その隙を見逃さない。

 わたくしはもう片方の手に握っていた銃をローグへ突きつけ、発砲。

 

 ローグは魔弾を見てから首をひねって回避する。

 一瞬の間が生まれる。迷わず、後ろ腰に差した金属製のホルスターへ銃を突っ込み、

 グリップにある仕掛けを動かす。

 

 銃身がグリップから離れ、銃身だけがホルスターの中へしまわれる。

 

 瞬間、ホルスターがリボルバーのように回転した。

 マスケット銃から、ガンブレードへ。

 

 リボルバー付きの銃身が付いた大振りな二丁の刃。

 振るうと同時に、引き金を引く。

 

 「はああああっ!」

 

 炸薬が火を噴き、ガンブレードが急加速する。

 ガンブレードを双剣のように振るい、ローグへと刃の嵐を見舞う。

 

 ずきり、と勢いに追いつかない体が痛みを訴えたが、無視。

 わが身などしったことではありません。燃え上がりなさい、焦げ付きなさい。少しでも前へ。一歩でも先へ。

 必ず、必ず――!

 

「――」

 

 しかし、ローグは反応しない。

 必要最小限に体を動かし、わたくしの連撃を躱し続ける。

 

 厄介な――! わたくしの体力を落とすのが狙いですわね。

 

 思い切り、右手のガンブレードを突き出す。

 

「――逸ったな」

 

 全身が、地面に縫い付けられた。

 重心を刃へ傾けた突きを、ローグの足が地面へ踏みつけたのだ。

 

 逆手に握った短剣が、わたくしめがけて振るわれる。

 

『――が、さようならだ』

 

 焼き付いた炎の夜が蘇る。

 獅子の触手を踏みつけ、そのまま獣を撃ち殺したあの景色。

 

「――ッァ!」

 

 腹の奥から、衝動が巻き上がる。

 撃鉄を起こし、炸薬を刃へ装填。

 腹、魂の奥から湧き上がる強烈な力へ、心中で手を伸ばす。

 あの夜を振り払う、あの景色を払いのけるためなら、わたくしは――!

 

「秘伝」

 

「鯉落とし」

 

 優しい蹴りが、わたくしの首を突いた。

 瞬間、全身に強烈な衝撃がほとばしる。

 

「か、はァ――」

 

 息が、できない。

 ただ、つま先を首元に添えられただけ。

 

 ただ、それだけ。

 一手でわたくしの魔力、意識、肉体の力の流れが完全に分離させられた。

 魔力を練れず、肉体が全く動かない。呼吸だけが辛うじてできる。

 

 擬似的な、死を味わっていた。

 

 あと少しでつかめた。

 あと一歩、集中すれば、わたくしの力の核心をつかめたのに――!

 

「なぜ邪魔をする、という顔だな」

 

 ローグは短剣を鞘へ戻す。

 腰のベルトにさしている金属瓶(スキットル)からラム酒を呑みながら答える。

 

「お前にはまだ、資格がないからだ」

 

 まただ。

 ここ何年。何百回、何十回と聞かされた言葉に歯を食いしばる。

 

 ここ。プレアデス領のあるマグナ大陸から遥か離れた<叡智の学堂(アルカヌム・マギステル)>のある大陸、

 アイネイアス大陸に連れてきてもらってから。

 

 胸の奥で猛り続ける怒りを研ぎ澄まし、その先へ踏み込もうとするたび、わたくしはずっと言われ続けていた。

 

 お前にはまだ資格がないと。

 

「お前は、何のために力を求める」

 

 ローグはわかりきった言葉を吐く。

 

「……復讐ですわ」

 

 丹田の底、鳩尾の奥から漏れ出たような低い声。

 

「お父様を、爺やを。わたくしたちプレアデス家を陥れた司教、周辺貴族。すべてに」

 

「地獄の底を見せてやりますの」

 

 わたくしは森の中、ローグを見上げる。

 澄んだ目をしている。彼の鳶色の目は、いつだってそう。

 

 わたくしの黒く燃える炎を宿す目とは違う、澄んだ冬の湖のよう。

 揺らがず、動じない。

 

 プレアデス家は、悪の貴族となった。

 曰く、人肉食を楽しんでいた悪の貴族(イフィゲネイア)

 重税で民を苦しめ、血の風呂に入り、民の肉を踊り食い、悪神【月王】ノアのための饗宴を開いていた。

 

 まさしく悪魔の所業。

 無実の、でっち上げによって、わたくしたちの正義はよごされた。

 

「ローレッタ」

 

 ローグは一切動じることなく、しゃがみこむ。

 その肩に鳥が止まった。

 

「お前は才能がある。わずか十年でここまで鍛え上げた銃術に、魔法。魔導具の扱いも一級品だ。

 到底才能だけのものではない。執念もあるだろう」

 

「だが、それだけだ」

 

 ローグは肩にとまった鳥の頭をなでながら語る。

 

「お前は強い。だが、それ以上のものはない。お前には、過去しか見えていない」

 

 ローグの言葉に唇をかむ。

 何度も聞いた、ローグの言葉。それ以上を伝えない、ローグに、わたくしの怒りが爆発する。

 

「ええ! 何度も聞きましたわ! わたくしには復讐しかない。復讐しかできない。でも、わたくしはほかに何がありますの!?」

 

 ローグは揺るがない。

 睥睨する瞳に映るわたくしだけが、激しく吠え立て、荒ぶっていた。

 

「お家の復興でもしろと!? 武勲を立てればプレアデス家の復興もリヴェータ枢機卿が口利きしてくれる。

 リヴェータ枢機卿は、忙しい時間を縫ってでも貴族の作法や教えを説いてくれました。その知識を、智慧で返り咲きなさいと。

 ええ、ええ! 耳が腐るほど聞きましたわ!」

 

 唾が飛ぶ。

 口の端に泡が浮かぶ勢いで、行き場のない衝動を彼へ叩きつける。

 

「でも、武勲やお家の立て直しなんかできっこない……!」

 

 食いしばった唇から、握りしめた掌から熱い血があふれてくる。

 こらえきれない激情が、目の端から流れて止まらない。

 

「できませんわ……。お父様は、わたくしたちプレアデス家は、悪魔にされてしまった」

 

 イフィゲネイア関係の猟奇的なもの、悪魔儀式、重税関係民への拷問、血の風呂。

 

 調べるうちに、わたくしたちの過去は、汚辱にまみれさせられていた。

 プレアデスは、悪魔の代名詞にされてしまった。

 

「わたくしが貴族になれば、お父様の無念は、お父様の思いはどこに行きますの……!

 民草を思って敷いた政を、お父様の願いを穢したあいつらを野放しに、魔族を相手に武勲を立てて。それで何になりますの。偽りの悪行が、消えますの」

 

 ローグは何も答えない。

 ただ、怒りを見据えているだけ。

 

「答えられないのでしょう。なら、どうかわたくしを――」

「まだ、と言っているぞ」

 

 ローグは言葉を遮る。

 

「何度も俺は言っているだろう。いまは時ではないと。お前が過去以外を見つけたら、お前の底に眠る力を導く」

 

「俺はここで、お前がそれを学べると思っていた。それは、俺の師としての不足だろう」

 

 更に、寄ってきた小鳥を放す。

 

「ローレッタ。お前に次の修業を課す」

 

 鳥が飛びたつ。

 朝日が竹林の中に立ち込める。わずかに立ち上っていた水気が乾いた空気に湿り気を与える。

 

「<叡智の学堂(アルカヌム・マギステル)>。その錬金学科に行け。

 そこには、お前の学ぶべきものがある」

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 <叡智の学堂(アルカヌム・マギステル)>。

 世界最大にして、最難関の魔法学園。

 

 【叡神派】の本拠地にして、秘匿の住処。

 日夜新たな知識が、技術が生まれては磨かれ、世に出るのを待つ知識の泉。

 

 受験資格すら、教授からの推薦がなければ得られない。

 求められるものは、知識と実力のみ。栄光と躍進が約束された、真なるエリートのみが通う場所だ。

 

 今日はその入学式。栄誉ある貴族も、野望を秘めた平民たちの青春、その始発点だが――。

 

「今更、こんな程度の知識も技術も。わたくしには何の意味もありませんの」

 

 わたくしはベンチの上でボーっとしていた。

 天道殿(ステラ)と呼ばれる巨大な城の中庭。静謐な湖の中にある、魔法の学び舎。

 

 わたくしは入学式をすっぽかしていた。

 首席の新入生代表挨拶など、任されていたがどうでもいい。

 

 痛みすら知らないような低次元なお花畑の集まる空間にいたくなかった。

 喪失も、名誉の凌辱も経験していない。鉄火に足を踏み入れたことのない、浅い連中の集まりだ。

 

 あんな場所にいたら、わたくしの中にある炎が穢れる。

 そんな危機感と嫌悪が、どうしても拭い去れない。

 

「――あ」

 

 倦怠と不快感の中。

 

 白い機械の竜が、空を飛んでいた。

 白銀の翼は雲を引いている。

 絡繰り仕掛けの翼は青い火を噴き、自由に雲を切り裂いていた。

 

「ヴァンガード・アルケミー…………」

 

 錬金学科の祭主。すなわち、教授が作った機械仕掛けの超越者。

 

 天文学的な財を投じて作った、量産できる強者。

 

 ローグは人型ロボ、などとよくわからないことを言っていましたわね。

 

 戦っている所を見たことがあるが、さほど強いとは思わなかった。

 あの程度の破壊規模なら、銃器と膂力を重ね合わせたわたくしの得物の方が攻撃力がある。

 自分の体に魔力強化を施し、自分で成長した方が早い。

 

 事実、ローグが素手で数機のヴァンガードを沈めているのを見たことがありますの。

 

 あんな煩雑なだけの見掛け倒しの操縦に習熟するより、訓練した方が確実に目的を遂行できますわ。

 

 ――ただ、それでも。

 

「きれい――」

 

 あのヴァンガードは、ひどく綺麗だった。

 まるで、白い流星。鳥よりも自由に、優雅に、力強く空を駆けていく。

 

 だけど、それも一瞬。

 あのヴァンガードは強烈な加速をかけ、どこかへと飛び去ってしまった。

 

『それでは、学科への移動を始めます。所属する学科への列整理を行いますので、指定された列へ移動してください』

 

 校内の放送がかかった。

 どうやらわずらわしい入学式は終わったよう。なら、こんなところで管を巻いている時間はない。

 

 わたくしはベンチから起き上がる。

 

 あくまでも淑女的に。

 プレアデスの名誉をこれ以上穢さないよう、流麗な仕草で魔法陣を描く。

 隠密の光がわたくしを包み込み、密かに天道殿の中へ入る。

 

 よかった。まだ、みんな列に並びきっていない。

 

 ひどく浮かれた様子の学生がほとんど。

 大方、昨日のリヴェータ学園長との面談や、<叡智の学堂(アルカヌム・マギステル)>で学ぶ明日への期待というやつでしょう。

 

 何食わぬ顔で列に参加し、学長であるリヴェータとの面談もすっぽかして錬金学科への列に並ぶ。

 

 きっと、この先に。ローグの言った何かがあるのでしょう。

 

 錬金学科へのわずかな期待を、わたくしは表情に浮かべていた。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 「レディィィス&ジェントルメン!!! ようこそ、錬金学科へっ!!」

 

 その期待は一瞬で砕けた。

 天道殿から、錬金学科への瞬間移動――。空間転移とはまた違う、不思議な感覚の次に響いたのが、この軽薄極まりない少女の叫びでした。

 

 目を開けば、講義室に腰かけていた。

 大きな講義室の割には、学生の数はまばら。いや、まばらどころではありませんわね。3,4人しかいませんわ。

 

 溢れてくるため息を抑え、教壇を見る。

 

 声の主は、銀髪の少女。

 だぼだぼの白衣を着ている。白衣もしわまみれ。

 辛うじて汚れはついていませんが、畳まず保管しているのがよくわかります。

 

 やたら大きな懐中時計を腰にかけています。強力な魔力を感じますわね。魔導具の類でしょうか。

 

 ただ、立ち居振る舞いに長としての品がない。

 強者としての圧を感じない。まさか、これが件の錬金学科の祭主であるコレトー様……。いえ、そんなはずはありませんわ。

 

 祭主とは学科の最高権力者。広大な学科領における王であり、司教のような立場でもあるはず。

 そんな存在がこんな珍妙なちんちくりんのはずがありませんもの。

 

 おそらく、講師か何かでしょう。

 

 へらへらと笑って、少女はチョークで黒板に何かを書き込み始める。

 

「おっす! 俺、小鳥遊(たかなし)惟任(これとう)! コレトー教授、って呼んでくれよな!」

「…………っふ――」

 

 訂正。珍妙なちんちくりんが最高権力者でした。

 遠のきかけた意識を戻し、現実から逃避すべく講義室内を見回す。

 

 照明はオレンジ色。目に優しい色で、明るすぎず、暗すぎない光量で講義室全体を照らしている。

 

「……んん!?」

 

 な、なんですのあれは……。

 神聖な学び舎に、水着姿の女の子の絵が張られておりますわ……!

 やたらきれいな線で描かれた、かわいい要素だけを取り出したような絵のもの。

 

「――で、霊子造粒装置の保全とかが俺の基本的な仕事かな。これ開発したの俺ってわけ。俺ってすごくね?」

「教授。ご質問よろしいでしょうか」

 

 いまだ説明を続けている小鳥遊教授の言葉に割り込み、手を挙げる。

 

「お? いいけど、どったん?」

「ありがとうございます。講義室にいかがわしい絵が貼られております。先輩方のいたずらだと思われますが、いかがいたしましょうか」

 

 慎重に、小鳥遊教授へ質問をする。

 <叡智の学堂(アルカヌム・マギステル)>の祭主は、気難しい方が多いと聞く。

 

 生徒を爆殺する教授や、挨拶をしたり、しなかっただけで呪いをかけてくる方もいらっしゃるとか。

 戦いになってわたくしが遅れをとるとは思えませんが、それでも相手は立場のある人間。

 わたくしを政治的にどうこうするなど、児戯に等しい。

 

「お、よく聞いてくれました!」

 

 コレトー教授は破顔した。

 よかった。気分を害した様子は――。

 

「これは今期の帝国アニメ、『星のアトリビュート』って作品のヒロイン! 俺の一押しでなあ、このアニメが今学期の教材になるから、ちょうどいいと思ったんよ。いいっしょ。かわいいっしょ。

 あ、あと明日はたぶん休講になると思うんで。ゲームの新作出たんで。ゆっくりしててつかあさい」

 

 ――おっと。

 意識が飛んでいましたわね。途中からアニメを教材にするとか、ゲームのために休校とかありえない言葉が聞こえたような気がしますわ。

 

「明日休講だってー」

「やった。明日遊び行く?」

「いいねえ」

 

 ……わたくしの耳がおかしくなったわけではないようですわ。

 

 よくよく考えればおかしいと思いましたわ。

 一学年につき、千人、二千人といるのがふつうの学科。なのに、この学科は信じられないほど人数が少ない。

 桁が3つ足りていない。3、4人しかここにはいませんもの。

 

 学生の質も低い。

 魔力量は少なく、やる気もない。

 

 ――いわば、落ちこぼれの生徒たち。

  

 大きな、大きなため息が漏れた。

 ローグはいったい何を考えているのでしょう。こんな愚物の所にわたくしを送り出すなんて。

 

 もう有益な話はこの愚物からは聞けそうにありませんわね。

 コレトーの発言を聞き流しながら、窓の外に意識をやっていると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悪寒。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空気が重く、鋭いものになった。

 わたくしの全身。骨髄から産毛にいたる、全神経、全肉体が臨戦態勢をとった。

 感じるのは圧倒的な強者の気配。

 

 本気で殺すと決めたローグが纏うような、重力すら感じる覇気。

 

 教室に一歩ずつ近づいている。ほかの学生は気が付いていない。

 

 腰にある銃へ手を伸ばす。この感じはまちがいない。

 

 この気配の主は、わたくしよりはるかに強い。

 勝負は一瞬で決まる。いざというとき、即座に対応できるように魔力を練り、とびかかれるように足へ魔力を回す。

 

 ねばつくような、刺すような鋭い気配。

 震えが止まらない。

 

 跳ねる心臓を意識して抑え、及び腰になる体を叩き起こす。

 

 ――来るなら来い、返り討ちにしてやりますわ。

 教室の扉が開き、目に映ったのは。

 

 黒髪の美少女だった。

 黒檀、あるいは鴉の濡れ羽とでも言うべき艶やかな黒髪。

 赤い凶星のような、夜の宇宙(そら)のような紅眼。

 

 纏う雰囲気は異質そのもの。

 触れるすべてを切り裂くような。

 破壊と殺戮を重ねた人間特有の昏い気が、彼女の周りに立ち込めていた。

 

 そして。

 

「きょーじゅ」

 

 雰囲気からは程遠い、少し舌足らずな声が響いた。

 

「こら、ヴィータ! 今日は新入生歓迎講義だって言っただろうが! なんでここにいるんだよ」

 

 コレトーがその少女に大股で近寄り、穏やかにチョップを落とした。

 

「ごめんなさい、きょーじゅ。当機も新入生のことを見ておきたかった」

「はあ、まったく……。じゃあ、いいや。自己紹介しなさい」

「承知」

 

 黒い、鴉のような小柄な少女が黒板に向かう。

 白い石灰を固めたチョークで黒板に文字を書いていく。

 

 目が離せない。

 だって、その少女は。

 

「当機はヴィータ。ヴィータ・アルデバラン」

 

「現在三年生。だけど、後輩はいない」

 

 信じられないほど、弱いのだから。

 

「よろしくね」

 

 赤い瞳が、一瞬こちらを向いた。

 ほんの刹那。瞬きするような、短い時間。だけど、その目を向けられると、震えが止まらなかった。

 

「……面白くなってきたじゃないですの」

 

 崩れてきた口調を取り繕う。

 僅かに流れた冷汗をぬぐう余裕は、全くなかった。

 

 




百合はいいですね。
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