女の子が強い世界で、男の僕はヒーローになってハーレムを作りたい! 作:霧夢龍人
──宇宙暦、八五八二年。九月四日。ヒューデリック円環星の内部、ゼニス特異分野研究所。
順列する恒星の間をクルクル巡る星では、天上兵器とも揶揄されるゼニス開発の基盤を担っている。特にパイロットとゼニスを繋ぐ“精神リンク”は、ヒューデリック円環星の内部でしか採れない貴重な素材を使っているため、研究所が建てられるのは必至だ。
限られたエリートしか働くことが出来ないゼニス特異分野研究所の中では、一人の博士と少女が向かい合っていた。
鳴り響く電子音と生体電流の微かな駆動音が、白を基調とした研究室の中へ絶え間なく響いている。
「“私は私を超えていく”……か。ついぞ成しえたと思ったのに、まさかこんな結末になるなんてね」
壁際に並べられた無数のモニターには、見たこともない数式や生体反応の波形が表示されていて、その中央に設置された巨大な培養槽の中では、一人の少女が静かに浮かんでいた。
腰まで伸びた白い髪。透き通るような肌。閉じられた瞼。そして、それを眺める博士の表情は路肩の石を眺めるように、酷く凍てついている。
「悪いね、ゼノン。扱いずらい君よりも、後継機の方が圧倒的にパフォーマンスに優れているんだ。反応が悪くなったキーボードを買い換えるように、君も同じ運命を辿る……とはいえ、私の娘とも言うべき君を棄てるのは心苦しいよ」
狂気的な笑みを浮かべる博士は、宣った言葉とは裏腹に何の感情も抱いていない。あるのはただ、人類の進歩という崇高な目的から生まれた犠牲を、必要経費として処理する冷たい理性だけだった。
培養液の中の少女は目を開き、自身を見つめる博士へ朗らかな笑顔を向ける。
『おかぁ……さ、ん』
「ふふ、私同様、君も私のことを母親と認識しているのか。何ともまぁ感動的だね。しかし、君の運命は既に決まっている。ゴミはゴミ箱へ── ハイドレンジア第二人工惑星にある下層居住区へ、ダストシュートされるわけだ」
ハイドレンジアはあらゆるゴミが集まる場所として知られている。その中でも、下層というのは人間性もゴミ箱に投げ捨てた畜生共が住んでいる地域だ。
下層の住人というだけで唾棄すべきなのに、『ガラクタ星』とも称されるあの星に捨てられる少女の末路は想像に難くない。
「元気でね、ゼノン。売女かラブドールか分からないけど、いい女に拾われるといいね」
その言葉を最後に、少女の入った培養液が研究所の下腹部から発射される。宇宙空間に投げ出された無防備な保護膜は、宇宙ゴミに何度も激突しつつ目的の場所へと向かっていく。
まさか博士の行動が、一人のちっぽけな少年と宇宙を巻き込む大戦に発展するなど、この時はまだ誰も知らなかった。
───☆
「待てやクソガキィッ!!!」
「待てって言われて待つやつが居るわけないじゃん!!!!」
背後から追いかけてくるイカついお兄さんから、僕は剣を抱えて何とか逃げていた。通い慣れた道だから何とか追いつかれずに済んでるけど、あのお兄さんは壁とか屋根を登りながら追いかけてくる。
──“サイバキネティック”。
簡単に言えば、生身の肉体へ機械を組み込んだ改造人間のことだ。この時代じゃ珍しくもない。義手や義足程度ならそこら辺の病院でも受けられるし、筋力を補助する人工筋肉なんかも一般家庭で使われている
まぁ、お金がないから僕は生身なんだけどね……あのクソ親父め。
慣れない剣を振り回してみるけど、全くもって当たる気配がない。もしかしたら眼球もサイバネティックしてるのかも。それが分かったところで何も意味はないけどね。
息もからがら行く宛てもなく逃げ続けて、数十分。ヘトヘトで動けない僕の目の前に、頭上から石畳を破壊しながらイカついお兄さんが降ってきた。
「逃げ場はねぇぞ!ちょこまか動きやがって──クソネズミが!」
「……そうみたいだね。でも、僕はネズミじゃない!」
「よく言うぜ、ゴミ山をちょろちょろ這うしか脳がない底辺のくせによォッ!」
瞬間、拳が飛んでくる。
サイバキネティックで常人以上に速度も威力も跳ね上がった拳だ。喧嘩すらしたことがない僕が、避けられるはずがなかった。
骨が折れそうな衝撃と一緒に鈍痛が頭蓋を揺らして、気持ち悪さに目を回す。壁に叩きつけられて、蛙みたいに潰れる僕。意識が朦朧として立ち上がろうとしても、全く足に力が入らない。
……ほんと、なっさけないなぁ僕は。こんなんじゃ憧れてるヒーローになんかなれっこない。モテるとかモテないとか、それ以前の問題だ。でも、あのクソ親父の担保としてネズミ呼ばわりされるくらいなら、せめてヒーローらしく死んでやりたい。
「僕は、ネズミじゃない──ルイだ、ガラクタ漁りのルイだ。ネズミ扱いされて売られるなら、いっそ戦って死んでやる」
「はっ、餓鬼が大口叩きやがって!テメェ如きに何が出来る!?男は女の奴隷以下なのに、下層に住むお前みたいな底辺男が……夢を語るんじゃねぇよ気持ち悪ィ」
慣れない剣の切っ先をお兄さんに向ける。死の恐怖と戦うことへの躊躇が脳裏をよぎって、剣先がブルブル震えだした。本当なら今すぐ逃げ出したい。
でもそれは、今まで馬鹿にされてた自分と変わらない。ガラクタを集めて、クソ親父の世話をして、毎日毎日キツイ思いをしながら生きて来た日々……それがこんなよく分からないお兄さんに壊されるなんて、溜まったもんじゃないよ。
「ぶっ倒してやる」
「やってみろよ底辺。地を這うネズミがどれ程のもんか見せてみろ」
嘲笑うお兄さんに向けて、僕は地を踏み締めて勢いよく突貫した。握り方すら分からない剣で、一体どうやってサイバキネティック化した人を倒すのか。恐らく誰もがそう思うはず。
お兄さんもそのはずで、ギョロギョロ動いてる気味の悪い眼球でしっかりと僕の動きを捉えて、人の限界を超えた破壊力を持つ拳を構えている。このまま突貫すれば、カウンターされる形で僕はまともに拳を受けるだろう。
受け身なんて分からないし、多分普通に即死する。
でもね、僕はこの下層を知り尽くしてるんだ。あらゆる星のゴミが落ちてくるこの場所は、基本的に決まった時間に廃棄されてくる。その中には、廃棄位置が“ズレた”ゴミも混じってるんだ。
だから今もずっと、僕は空を見ていた。
「はっはぁ!やっぱり下層の住人は脳足りんだなぁ!?こんな剣で勝てるなんて夢を語りやがってッ!甘っちょろいんだよテメェらは!」
「男なら夢を語るもんでしょ!」
「女以下の俺たちじゃ何も夢なんて見れねぇし、語れもしねぇよ世間知らずが!お前が俺を倒せるような奇跡が起きないのと同じようになぁ!?」
振るった剣は、容易くお兄さんに受け止められてしまった。でも、それでいい。
空から飛来するはぐれゴミが落ちるのは、今僕たちがいる場所だけだ勘付かれても困るから話を長引かせて、出来るだけお兄さんをこの場所に留めていた。
果たして、僕の狙いは──。
「っ、な!?」
──成功した。
上空から飛来する巨大なカプセルみたいなものに、お兄さんは下敷きになる。砂埃と粉塵が巻き上がって、鉄クズと骨肉が潰れる嫌な音が耳を通り抜けた。
爆風と衝撃波をもろに喰らってへたり込んだ僕は、血溜まりになったお兄さんに笑いかける。
「ははっ、なんだ。やっぱ奇跡起きんじゃん」
───☆
「ていうか、なんなんだろうこれ」
命からがら何とか助かった少年は、頭上から降ってきたゴミ……もとい巨大なカプセル状の何かを見つめる。人ひとりがすっぽ収まりそうな大きさのソレは、何かを守るように堅牢な鋼鉄で包まれていた。
表面には見たことのない文字がいくつも刻まれている。学がない少年にとっては、難しすぎて何を書いているのか分からなかった。廃棄区画に落ちてくる物の大抵は壊れているか、使い道がないか、その両方だからだ。
「ん?なにこれ、ボタンか何かかな」
側面にはスイッチが配置されていて、好奇心を隠せなかったルイはそのスイッチを押してみることにした。
すると。
──プシュゥゥゥゥゥゥッ!!と、突如としてカプセルの隙間から白い蒸気が噴き出した。
「うわっ!?」
突然の出来事に、ルイは尻餅をつきながら後退する。何が起きたのか分からない。つい先ほどまで、ただの巨大な鉄の塊にしか見えなかったカプセルが、まるで内部に何かが存在しているかのように低い駆動音を響かせ始めていた。
腹の底を刺激する重低音は次第に激しさを増した後、途端に動きを止める。カプセルの外装が左右へ展開し、内部にいる何かの存在を顕にした。
「女の子……?」
現れたのは、真っ白な少女。歳はルイよりも上に見えるが、儚げな印象を思わせる顔立ちは少女と呼ぶに相応しいだろう。服は着ておらず、どこか浮世離れした雰囲気はルイの思考を惑わせる。
だが、ルイはそれ以上の猜疑心を抱いた。
こんな綺麗な少女がゴミとして捨てられるわけがない。宇宙を管理する女帝の妾かその関係者が遺体となって発見されることはあるが、見たところ死んでいるようには思えない。
詰まるところ、底辺生まれ底辺育ちの少年が関わるには些か不釣り合いだ。
「い、生きてる……よね?眠ってるだけだと思うけど……」
世の中には関わってはいけない人種がいる。
それを分かっているのにも関わらず、ルイは目の前の少女を放っておけなかった。身に付けていた外装を少女に被せ、目が覚めるまで近場の鉄山に腰掛けて待つことにしたのだ。
だが、なかなか目を覚まさない。人工太陽が姿を消え、街中が真っ暗になろうとも少女はピクリとも動かなかった。
「……ここで女の子を放っぽり出したら、ヒーローになんてなれないよね」
ルイが少女を置いていかなかったのはもはや意地だった。父親のような屑にはなりたくないという想いだけで、目が覚めるのを待ち続ける。
次第に眠くなり、寒そうな格好をしている少女にいつも持ち歩いている風呂敷を被せようと近づくルイ。持っている剣が万が一触れないよう、手元に抱えていたのだが──それが間違いだった。
「ふぅ、よしっと。後は僕も寝るだけ……ってあれ、僕の剣どこいった」
先程まで持っていた筈の剣が見当たらない。どこかに落としたのなら音が鳴るだろうし、まさかこんか狭い場所で見失うなんてこと普通ならあり得ない。
「……あれ?」
辺りを見渡すルイだが、鉄クズや壊れた機械。用途不明のパイプに何かの部品らしき物体。そして、目の前で眠り続ける白い少女以外に剣らしき物は落ちていなかった。
となると、カプセルの中に落としたのかもしれない。
一縷の望みを掛け、恐る恐るカプセルの中を覗き込むと──あった。微かに剣の柄の部分が見える。
だが問題なのはそこではなく、何故か剣先が少女の身体に突き刺さっている点だ。しかもその剣は、少女の体内に滑り込むようにどんどん奥深くへと突き刺さっていく。
ルイが抜こうとしても、突き刺さるのは止まらない。抵抗もやむなく、やがて柄が完全に収まりきり少女の身体に吸収されてしまった。
「ど、どうなってんのこれ……女の人って、鉄を吸収する能力があったりする感じ?」
もちろんそんな訳はない。
ルイが衝撃のままに意味の分からないことを宣ったのとほぼ同時、少女の目蓋が僅かに開く。隙間から伺える紅い瞳は、常人のルイとは違って深く美しい色合いをしている。
目を覚ました少女は自分の置かれてる状況を探るためか、ぼんやりと空を眺めた後、辺りを軽く見回した。
そして、周りにいるのがルイだけであることを理解すると、ルイが着せていた風呂敷と外装を脱ぎ、全裸の状態でへたり込んだ哀れな少年に目を合わせる。
豊満な胸に女好きする魅惑的な四肢。女性優位の世界でも、トップクラスに位置するだろう美貌を兼ね備えた少女は、あどけない笑顔を携えて口を開く。
「貴女は……奇跡を信じますか?」
「あっ、結構です」
ヤバいやつを助けてしまったかもしれない。ルイは揺れる胸を眺めながら、心の底から後悔した。