二話連続投稿です。
タイトルは某曲から
「……あれ、どこだここ」
最初に入ってきたのは、匂いだった。消毒液と、日で焼けたカーテンの匂い。
そして、天井。白い板の模様が、ゆっくりと焦点を結んでいく。耳を澄ませば、窓の外から男子の叫び声が聞こえる。野球部だろうか。
「……?」
体が重い。指を動かそうとすると、シーツのざらざらとした感触がする。
「……っ」
何があったのか、思い出そうとすると軽い頭痛が起きる。
まるで、痛みが何があったのかを誤魔化すかのように。
些細な痛みとぼやけた輪郭が、まるで僕が夢の世界にいるかのように感じさせてくる。
「天っ!」
「……っ!?」
窓際に置かれている横長の椅子に座った少女が、僕の名前を強めの口調で呼んでくる。
まだ、滲んだままの瞳をそちらに向けると少女の顔が次第にはっきりとしていく。
「……綾紬さん?」
「——っ」
名前を呼んだ瞬間、彼女の表情が酷く歪んだ。
まるで、何時ぞやの彩葉のように。
「……藤原、調子はどう?」
「調子はって言われても……なんで保健室?」
「……体育倉庫での作業中にぶっ倒れたんだよ」
「……まじか」
「うん。……急に倒れて心配したんだから」
「ごめん……」
倒れていたのか。
まぁ、倒れることなんて日常だったから、正直そこまで驚きはない。けど、学校で倒れることは今までなかったから少しだけ意外だ。
……学校でも、過換気症候群を引き起こしたのか。近いうちに病院に行った方がいいかもしれないな。
「……って、今何時!?」
「え、18時40分だけど……」
「あ」
不味い。
今から帰り始めても、家に着くのは19時半を確実に過ぎる……!ライブには絶対に間に合わない。急いで帰れば、途中からならなんとか間に合うかといった感じか。
「ご、ごめん!僕急いで帰らないとだから……帰るね!」
「あ、ちょっ!」
「ごめん!……へ?」
ベッドから降りて歩こうとしたら、視界が一転した。
というか、床に仰向けになっていた。
「……もう、寝起きですぐ動けるわけないじゃん。結構、重症そうだったんだから、完全に動けるまではもう少しかかるから。……それまでは学校にいよ?」
「……あ、はい」
……彩葉、怒るかなぁ。
とりあえず、連絡だけは先に入れておこう。理由もしっかりちゃんと書いといてっと。流石に理由も理由だし、二人とも理解してくれることだろう。
「……あ、充電切れた」
「まじ?私、モバ充持ってないよ……?」
「……まぁ、伝えることは全部伝えたし大丈夫だよ……きっと」
正直、全然大丈夫な気はしないが、伝えるべきことは伝えたし、大丈夫だと信じて待つしかないか。
「……流石に心配だから、途中までは一緒に帰るよ」
「いやいや、そこまでしてもらうわけには……」
「いいから」
「……はい」
結局、帰る時間まで彼女はそばにいてくれた。
最近の彩葉の様子や、家でのかぐやのことなんかを話しては、時間が過ぎていく。
正直、家での二人のことを考えるとあまり落ち着いて話せる状況でもないのだが、どう足掻いたって無理なものは無理なのだ。潔くここは、彼女との会話に意識を向けるとするか。
「……もう、こんな時間か」
「あ、ほんとだ。……部活組も帰り始めてる」
「そろそろ、僕たちも帰ろっか。体調もこの通りだしさ」
そう言って、僕は体を軽く揺らして体調の万全さを彼女に示す。……まぁ、完全に本調子ではないが、問題なく動けるし、別にいいだろう。
「ん、これぐらいなら大丈夫かな。……じゃあ、帰ろっか」
「そうだね」
そうして、僕たちは互いに帰りの支度を始める。
これから帰り始めたら、家に着くのは20時過ぎぐらいになるだろうか。間違いなくライブには間に合わないだろうな……。
「……はぁ」
「溜息なんてついてさ、どうしたの」
「……いや、家で待つ二人が怖いなって」
約束を破る形になってしまったのもそうだが、ろくに連絡も返してないのもある。事情も事情だから、彼女たちであれば納得してくれそうな気もするが、流石に何かしらの小言は言われそうな気がする。
……と言うか、かぐやに関しては間違いなくめんどくさそうなのが目に見えている。口煩く言われる姿が容易に想像できるのは、きっと僕が彼女のことを理解してきた証拠だろう。
「まぁ、二人なら許してくれるよ」
「……そうだといいな」
少しだけ暗くなった校内を、僕たちは少し早歩きで進むのだった。
気がつけば、辺りはすっかり暗くなっていた。
微かな虫の声と、何処からか聞こえる人の声。そんな道を僕たちは軽い談笑をしながら歩いていた。
「……結構、暗くなっちゃったね」
「……ね」
七月といえど、この時間帯は流石に暗くなる。
街灯が道を照らし、車や建物の光がまるでイルミネーションのように輝いている。
「……ちょっと、コンビニ寄らない?」
「何か買いたいものでもあった?」
「うんとね、少しお腹空いなぁって……」
確かに時間帯も時間帯だ。
お腹が空くのも仕方ないか。かくいう僕も、少し小腹が空いてて多少の物欲しさがある。
家で待つ二人が、先にご飯を食べているかはわからないが、ライブの影響もあるし、まだ食べていない可能性の方が高い。であるならば、軽いものに留めておくのが無難かな。
「……というか、綾紬さんはライブとか興味ない感じ?」
「ん?……あぁ、ヤチヨのやつ?」
「うん」
「……別に興味がないわけじゃないけど、他にやるべきことがあったって言うか」
「やるべきこと……?」
「……自分で考えてくださいな、それぐらい」
「……え?」
「あ、これ新しく出たやつじゃん。……藤原も食べる?」
「え、あぁ……うん。貰おうかな」
綾紬さんは、期間限定と書かれたお菓子たちを片っ端からカゴに突っ込んでいく。
……いや、いくらなんでも多くないかな。カゴの中が半分ぐらいお菓子で埋まってるんだけど。
「……それ、全部食べるの?」
「なわけないじゃん、ただの普通に買い溜めだよ」
「……にしても多くない?」
「まぁ、今日はそんな気分なんですぅ。……普段からこんな買うわけじゃないからね?」
「あ、はい」
軽く頬を膨らませた彼女が口を尖らせて言う。
なんか、彩葉みたいだ。
「……今、他の人のこと考えたでしょ」
「なんでわかるの……?」
「女の子はそういうのに敏感なんだよ」
「……なるほど」
女の子って難しいな。
細めた目でこちらを見てくる彼女は、どこか圧を感じる。
……この威圧感は、女性が皆持つ能力か何かなのか?
「……思ったより買ってしまった」
「藤原だって人のこと言えないじゃん」
「彩葉やかぐやへの詫びの気持ちも込めてね……」
「……あぁ、そういう」
結局、袋にパンパンに詰められたお菓子やら飲み物たち。軽い菓子パンなんかも何個か買っており、主にかぐやに対しての物が多くなってしまった。
「けど、それ全部あげるの?」
「まぁ、ある程度はね。かぐやに関して、美味しいものだったら結構たくさん食べると思うから」
「食欲旺盛だなぁ……」
かぐやの食欲は、僕や彩葉の食欲を合わせたとしても届かないだろう。というか、彼女の場合は食欲と言うよりも、食への好奇心な面も強い気がする。
月からきたかぐやは、あまり味というものを知らなかった。それ故に、美味しいものに対する好奇心とかが、かなり強い印象だ。
……まぁ、いろんなものに目を輝かせて、楽しそうにしている彼女はとても微笑ましい。これからも、色々な物を見て触れて、そして学んで健やかに成長してくれれば、僕としては嬉しい限りだ。
「じゃあ、私こっちだから」
「……あ、もうお別れか」
「なにさ〜?……まだバイバイしたくなかった?」
「……ちょっとね。綾紬さんとは、いつも絶妙な距離感だったからさ。こうやって、他愛もないこと話しながら一緒に歩くのは、すごく楽しかったし新鮮だったなって」
「……ふーん」
「綾紬さんと僕って、なんかいつも妙な線引きがあったからさ……」
「線引き……?」
「うん、なんか互いにこれ以上は踏み込むなよー……みたいな?別にそんな距離感も、僕は悪くはなかったんだけど、踏み込んだらこれはこれで悪くないなって」
そう、僕たちには絶妙な距離感が存在していた。
彩葉を通しての知人。そんな関係性の僕たちは、顔を見合わせれば軽く話すが、互いの個人的な内容までは触れない。あくまで、たまに話すクラスメイトの距離感。それでいて、どこか他の人よりかは、何故か信頼ができる。いつも、そんな絶妙な距離感が保たれていた。
「……そっか。確かに、言われてみればそうかもね」
「でしょ」
「……踏み込むことを怖がってたのかな、私」
「……それを言うなら、僕は踏み込まれるのを怖がってたよ。だから、その距離感で満足してたし」
「……とか言うくせに、最近は結構受け入れてない?私に限らずさ」
「かぐやと共に過ごしたからかな。……誰かと関わりを持つっていうのも、悪くはないなって」
彼女と過ごしたほんの数日。
僅かな時間しか共にいなかったが、それでも心境の変化が起きるには十分なほど、かぐやは魅力溢れる女の子だった。
がくやといたからこそ、誰かを知ろうと思えた。彩葉といたから、誰かに知ってもらいたいとも思えたんだ。
二人が今の僕にどれだけの影響を与えているか、僕にもわからない。でも、変わりつつある自分を悪くないと思えてるのは確かだ。
「……いいね。かぐやちゃんって、そんなに眩しい人なんだ」
「まぁ、たまに眩し過ぎて困るときもあるけど……」
「……ねぇ、藤原?」
「ん、どした?」
「今、幸せ……?」
「……急に、変なことを聞くね」
「どうしても知りたかったから」
彼女はたまに、すごく悲しそうな瞳で僕を見つめる。
教室で過ごしているときに、たまに視線を感じて目を向ければ、悲しそうな顔をした彼女が目に入る。廊下ですれ違った時に、軽い会釈をすれば悲しそうな表情をする。……彩葉とお昼を食べているのを見かけた彼女は、とても辛そうにこちらを見ていた。
僕にはその理由がわからなかった。何故、いつもそんなに悲しそうな表情をしているのか。
「……綾紬さんってさ」
けど、
「……たまに、すごく悲しそうな顔するよね」
わかることが一つある。
「……そうかな」
彼女の悲しむ顔を見ていると、こっちまで悲しくなるってこと。
「……うん、君を見かけるたびに、いつもそう思ってた」
「……そう?」
「けど、話しかけたらすぐいつも通りになるから、聞く機会がなかった」
「……」
彩葉と共にいて、一つ学んだことがある。
何かを心に秘めたままでいるのは良くないってことだ。少しでも思うことがあるのなら、どんなきっかけでも構わないから必ず一度は、外に出して発散するべきなんだ。
少なくとも、僕はそういったものは全部なくしてから終わりたい。
「……別に、なんにもないよ」
「……そんなことないだろ。じゃなきゃ、今もそんな表情しない」
「……あはは、強く言うね」
「こうでも言わないと、認めてくれない気がしたから」
「そっかぁ。……じゃあ、さっきの質問に答えてくれたら教えてあげる〜」
「質問……?」
「今、幸せ?……ってやつ」
「……それに答えたら教えてくれるって時点で、僕の質問に答えてるようなものじゃないかな」
「うるさい、いいから答えてよ」
幸せ、か。
一般的な定義で言えば、不満なんかが何一つない満ち足りた状態を指す。それで言えば、僕は不満だらけだし、全然満ち足りてなんかないから幸せとは言えないだろう。
「……そうだね」
けど、それでも僕は今の日々を幸せだと思っている。
朝起きたら彩葉がいて、朝ごはんを用意しようとしたらかぐやが起きてくる。朝学校に行くときは、横に彩葉がいて、帰ったらかぐやが待っている。
そんな日々が僕は好きだ。手放したくないと思えるほどに、好きなんだ。
「……幸せだと思うよ」
「……っ」
僕たちは弱い。
独りを拒み、弱さを嫌う。そんな僕たちの関係性はきっと、共依存に近いのだろう。互いの弱さを、互いに補完し合う。そんなお互いに依存し、離れていくことを極端に恐れている。
酷く歪んでいて、とても脆い関係性だ。美しいとは言えないだろう。健全だとは言えないだろう。
それでも、僕たちはそんな関係を大切にしているんだ。
かぐやが彩葉が、そして僕が。互いの弱さを押し付け合いながら、強く在ろうとしている。自分の弱さを自覚しているからこそ、他者へ曝け出すことで、互いに補完しようとしている。
僕たちはそんな関係に満足しているし、それを大切だと感じているんだ。
なら、この周りに何を言われたって、この関係はきっと——、
「——幸せだと言えるんじゃないかな」
「……」
だから、終わりゆくその時まで僕は彼女たちと共にいたいんだ。
……たとえそれが、二人を傷つけることになったとしても。
「……それで?僕の質問には答えてくれないの?」
「……うん」
「なんか、互いに真逆のこと聞いてるけど……なんで、そんなに悲しそうな顔をしてるのかな」
「……天が」
「?」
「……天が、幸せそうだから」
「え、何言って……」
「幸せに、なったら……いなくなっちゃう……から!」
僕の腕を掴んだ彼女が潤んだ瞳で訴えかけるように叫ぶ。
腕に込められた力は、華奢な彼女には不相応な強さをしていた。まるで、思いの丈の強さを表すかのように。
「……っ、な……、んで……」
「いなくなるのはやだよっ!……けど、辛そうなのはもっと嫌なの!」
「……ぇ」
「天には笑っててほしい。でも、そんな姿を見れば見るほど、いなくなるんじゃないかって……」
「……お願い……っ、いなくなるのは……だめなの……っ。だから、だから……ひっ、く……いなくならないでよぉ」
「……あ、綾紬さんっ!」
「ごめん……っ、ごめんなさい……っ、ごめんね……っ、ひっ、く……ごめん……!」
「謝らなくていい……っ! 悪いのは、僕だけ。君は何も悪くない……ごめんね」
悪いのは僕なんだ。
彼女をこんなに泣かせて、謝らせてしまった。
「……綾紬さん、僕はいなくならないよ」
「……うそだ」
「……ううん、嘘じゃないよ。僕はいなくなったりしないよ」
「……ほんとに……?ほんとに、いなくなったりしない……っ?ひっ、く……」
今からすることは、きっと誰にも許されないだろう。
けど、僕はこれ以上悲しむ彼女を見たくないんだ。……だから、今回ぐらいは許してほしいな。
「かぐやも彩葉もいるんだよ、いなくなるわけないよ。……それに、いなくなるってさ、何処かに消えちゃうのかな僕」
「……そ、れは」
「消えたりしないよ、僕は。大丈夫、ずっといるよ。勝手にいなくなったら、かぐやに怒られちゃうしね」
「ほんとに……?ほんとに、ほんとに……?うそじゃ、ない……っ?約束、だよ……っ」
「……うん、約束」
……彼女に嘘をつくことを。
「う、あ……っ、ああぁ……っ、わあぁぁ……!」
「……そんなに泣かないでよ、僕まで悲しくなるからさ」
「……ごめん……っ、……もう、落ち着く……から」
「……いいよ、ゆっくりで大丈夫だから」
彼女の背中に手を置く。
ゆっくり、一定の間隔で、とん、とん、と叩く。胸の中にある小さな震えは、次第に鳴りを潜め、気がつけば落ち着いた鼓動が伝わってくるようになっていた。
こんなことをする僕には、いつかきっと天罰が下るだろうか。
目の前の少女を騙して、偽りの安寧を与えようとしている僕は、きっと天国になんか行けやしない。
……まぁ、端から行けるだなんて思ってはいないが。
「……あぁ、気持ち悪い」
本当に、気持ち悪い。
「……結構、遅くなっちゃったな」
あの後、綾紬さんを落ち着かせたのち、少しの会話を挟んで解散した。
結局、彼女の言葉の真意を、僕は確かめられずにいた。そこまで聞いてしまったら、引き戻せないとこまで進む気がしたんだ。彼女が何を思って、僕に何を想っていたのか。僕には、知る由もない。
彼女が、何を持って僕の行動を予想していたのか。
少なくとも、今わかることは何一つとしてない。ただわかるのは、彼女がとても悲しそうにしていたことだけだった。
「た、だいま……」
「「……」」
「えっと……その」
「「……」」
「あの……」
「「……」」
「……ごめんなさい」
あ、圧がすごい。
流石に、彩葉の部屋に直接赴くのは良くないと思って、先に自分の部屋に入ったのだが……二人が待機していた。
合鍵の場所に関しては、とっくに知られていることだし、かぐやには部屋に入っても構わないと説明はしている。が、流石に帰ってきて早々に二人と対面することになるのは、少しだけ驚く。
「あのさ、天」
「……はい」
「遅れたことは別に怒らないよ。……けど、連絡ぐらい返して欲しかった」
「……スマホの充電切らしちゃって」
「今時、そこら中にモバ充とかあるんだからさ」
「……はい、僕が悪かったです」
「倒れたって送られてきた私たちの気持ち、わかる……?」
「……かぐやたち、すごく心配したんだよ」
「……ごめんなさい」
彼女たちの言葉の節々に棘はない。
だからこそ、彼女たちが怒っていないのも、本当に心配していたのも理解できる。
……モバ充って、そこら中にあるんだ。
「……でも、納得のいかなかったのはそれじゃない」
「え?」
「……芦花から、連絡きた」
「え?」
「……天の様子を代わりに随時、報告してくれてたんだよ」
「……はい!?」
「楽しそうなことしてたんだ?」
「……えっと」
「かぐや、寂しかったなぁ……?」
「……ぅ」
綾紬さんめ、いつの間に報告してたんだか。
話している時に、スマホに触れているのは数えられるぐらいしかなかった気がするんだけど……。
「……私たちとの約束放っておいてさ、他の女の子とイチャイチャしてたんだ?」
「してたんだー?」
「……ごめんなさい」
今の僕には、ただただ謝ることしかできそうにない。
というか、圧が強過ぎて何を言っても潰されそう。
「……怖かった」
「え?」
「……芦花からの連絡見たの、さっきなの。ライブが終わって、天からの連絡を確認しようとしたら、芦花からの連絡に気づいてさ。内容を確認したら、天と一緒に帰ってるって書いててさ」
「かぐやたちね、ずっと心配だったんだよっ!……倒れたしか言われてないから、大丈夫なのかなってずっと気にしててさ」
「……ヤチヨのライブはすっごく良かった。けど、ずっと天が気がかりで、素直に楽しんでいいのかわからなかった」
「そ、れはっ!……ごめん、僕が悪かった」
「……うん、許してあげる」
「……本当に?」
「うん、一つだけ言うこと聞いてくれたらね」
「あ、はい」
「かぐやの分もあるから、二つだよっ!そこ、ちょー重要!」
二人とも、気がつけばいつもの雰囲気に戻っていた。
若干、話の方向性が心配ではあるけど。……まぁ、彼女たちなら酷いことにはならないだろう。
「……じゃあ、まずは私から」
「う、うん」
「出来る限り、目の届く範囲にいて欲しい……です」
「……えっと」
「重たいことを言ってるのはわかってる。けど、やっぱり怖いよ。……天がいなくなっちゃうんじゃないかって。私たちを大切に思ってくれてるのも、この関係性を大事にしてくれてるのもわかってる。けど、ときどき天が何考えてるかわかんない時があるの。そんなことしないってわかってても、天は自分をよく思ってないみたいだから、放っておいたらいなくなっちゃうんじゃないかって怖いの。常に近くにいろってわけじゃない。ただ、出来る限りは近くにいて欲しいなぁ……って。多少離れててもいい、目の届く範囲にいてくれたら、それでいいの」
「……」
「……平たく言えば、天の日常の一部を私に頂戴」
「……重たいこと言うね?」
「重たいのはわかってるって言ったよ。もちろん、タダでとは言わない。代わりに私の日常の一部をあげる。……ううん、やっぱり全部あげるから、全部ほしい。天の日々に私がいて、私の日々に天がいてほしい。私の日常じゃない、
「……僕なんかの日常でいいのかな」
「いいから言ってんの。別にお風呂とかトイレとかまではいいよ。ただ、いつも横にいてくれるだけでいい。横で笑ってる姿を見せて?その暖かい手で私を受け入れてくれるなら、それだけでいいからさ」
「……そっか」
「はいはーい!次かぐやね!」
「きゅ、急だなぁ……」
「うんとね、頭を撫でて欲しいなぁ……なんて」
「……え、それだけ?」
「うんっ!本当はもっといっぱい頼みたいことはあるけど、そういうのは全部彩葉が言ってくれたからさ」
「……もっと、大きい頼み事でもいいんだよ?」
「えぇ〜?そう言われてもなぁ……あ、じゃあ!」
「うん」
「ずっと一緒にいてほしいな。……こういう言葉って、約束事にするから意味と思うんだ」
一緒、ずっとに。
彼女たちとずっと一緒か。
「彩葉もてんもずーっと一緒!……ダメ?」
「ダメなんかじゃないよ。……僕なんかでよければ」
「本当っ!?えへへ」
彼女たちとの関係性は、僕にとってはこの両手に収まる数少ない宝物だ。だからこそ、そんな関係が永遠に続くことを彼女たちと誓い合えるのは、願ってもないことなんだろうな。
……二回目、か。
「……二人とも」
「「何?」」
「……えっと」
言葉が出そうで出ない。
それが罪悪感から来るものなのか、僕にはわからない。けど、目の前の眩しい少女たちを前に、僕は確かにその言葉を言えずにいた。
幾たびの思考の末に、僕が辿り着いた最後の願い。それを果たすことこそが、僕が生きている意味と思っていた。……いや、今も思ってはいるんだ。
「……天?」
「てん?」
この現状は、僕が強く望んだ通りのものだ。
これ以上ない幸福を見つけて、失いたくないものを見つけた。 僕が生きている意味と思っていた。……いや、今も思ってはいるんだ。
これ以上ない幸福を見つけて、失いたくないものを見つけた。死んでしまうのが惜しいほどに大切なものを見つけたんだ。
……そして、それを手放すことを何よりも求めていたはずだ。
「……その」
なのに、なんで今さら戸惑っているんだろうか。
全てを投げ捨てたくなるほどの思いをした。自分を殺したいと強く願うほど、己を恨んだ。大切な人が笑顔で生きてくれたら、どれだけ良かったことかと後悔した。
「……ずっと、一緒だよ」
「「!」」
絞り出されるようにして口から出たその言葉は、僕が今まで吐き捨ててきた言葉の中で最も想いが込められていないものだった。
呪いのように吐き出された言葉の意味を、僕は目を逸らして知らないふりをする。
「……えへへ」
「……ん」
知ろうとすれば、きっと後悔してしまうから。
「……ふへへ」
「彩葉、嬉しそうー?」
「……そういうアンタだって、顔が嬉しそうじゃない」
「えー?そうかなぁ?」
理由なんて聞かなくてもわかる、さっきの約束のせいだ。
あの天に、あそこまで言わせたんだ。頬の一つや二つ緩むといったものだろう。
言わせた経緯に関しては、あまり褒められたものではないが、それでも彼にああやって約束させたというのが大事なのだ。
「……へへ」
「なんか彩葉、ヤチヨと会ったときみたいな顔してる……」
「……うっさい」
仕方ないだろ、こちとら恋する乙女なんだよ。
……好きな人に、貴方の全てが欲しいだなんて簡単には言えない。いつも、胸の奥底に仕舞い込んでいた醜い独占欲たちを天にぶつけてしまった。
けど、天はそれを受け入れてくれたんだ。ここ最近の天は、私のそんな重たい想いすら受け入れてくれる。正直、重いって思われたらどうしよう……なんて考えないわけではない。でも、天は重いと思いながらもそれを受け入れてくれた。
「……ふふ」
「またニヤけてる……」
一方的な思いのぶつけ過ぎは褒められたものではない。
けれど、それらを受け入れては次第に今まで見せてこなかった表情を、見せてくれるようになった。
ずっと一緒だよとも言ってくれたんだ。……え、プロポーズか何かですか?そんなことを言えるほどに、私たちを大事に思ってくれてるってことだよね。正直、かぐやがいなければ勘違いしたっておかしくはなかった。
……まぁ、かぐやがいたからそう言ってくれた可能性もあるんだけど。
「……彩葉さぁ、てんに好きって伝えたら?」
「ひょえ?」
「……どんな声出してんの?」
す、好きなんて言えるわけないじゃない。
……そんなことを言って、この関係が壊れてしまったら、私はきっと立ち直れない。
「……拒まれたら、今度こそ立ち直れる気がしない」
「拒むかなぁ……?」
「ちょっとでも可能性があるのが嫌なの。……拒まれたらって考えたら、震えが止まらなくなる。私にとっての世界が壊れるかもしれないって思うと、怖くて……」
「うわぁ、重っ……」
「アンタだって人のこと言えないでしょーが!」
「どうしたの?そんなに大きな声出して」
「な、なんでもない!」
気がつけば、自分の部屋に一時的に戻っていた天が帰ってきていた。
「……ねぇ、天」
「ん、なに?」
「私、天が部屋に戻っても我慢してたよ……?」
「え?」
「……本当はこの部屋にいてほしかった。隣の部屋でも行って欲しくなかった。けど、それを言えば天を困らせるから……」
「……別に言ってくれたら、全然この部屋に残ったのに。いいよそれぐらい、好きなだけ言っても。彩葉がそう言ってくれるなら嫌じゃないよ。それだけ大事に思われてるってことだしさ」
「……へへ」
「うわぁ……なんか良くないなぁ。かぐやでもわかるよ」
「うっさい……それでね?その、頑張ったからさ」
「?」
「頭!……撫でて欲しいなぁ……なんて」
「はいはい、これでいいかな?」
あぁ、心の不純物が浄化されていく気がする。
「……頑張ったねって、褒めて欲しい……です」
「うん、頑張ったね、彩葉」
「——っ」
誰かに認めてもらえる。
大好きな人に、頑張ったねって褒めてもらえる。
「……えへへ」
これがずっと欲しかったんだ。
頑張りを認めてほしかった。認めてほしいから頑張ったんだ。
私はただ、褒めてほしかったんだ。
「頑張ったね」
こんなこと、頑張ったなんて言えるほどのことじゃない。
けど、私にとっては違う。天と離れることは何よりも苦痛に感じる。だから、ほんの数分離れるのを我慢するだけのことも、私からすれば大きなものなんだ。
それに、些細なことでも頑張ったねって褒めてもらえることが嬉しい。どんなこと小さなことでも、頑張ったねって頭を撫でて褒めてくれる。それがどれだけ幸せなことか。
「……まだ、止めないで」
私は知ってしまった。
独りじゃない時間を、想いを。そんな私にはもう、独りでいることを耐えられるほどの強い心はない。
でも、別にそれでいいんだ。
「……すき」
彼がいるから。
天がいてくれるなら、私は弱くても構わない。
天が、私の弱さを受け入れてくれるから。
「……すき」
この温もりが、私には毒だ。
一度知ってしまったら、手放すことのできない依存性がある。でも、天の暖かさになら溺れたっていい。
彼で満ちていくのは好きだから。
「……終わり?」
「もう少しだけだよ……?」
「……うんっ!」
最初に弱さを受け入れるべきだと教えてくれたのは貴方だ。
だから、この弱さを最後まで受け入れてほしい。
私が貴方の熱でダメになってしまう時まで。
「……ねぇ、天?」
この日常が、崩れることがあるのならば。
私はきっと、持ちうる全てを以て抗うだろう。
貴方を傷つける全てを、私は許さない。
「……ずぅっと、いっしょだよ」
絶対に、離さない。
死んでも、絶対に。
「……ずるいな」
普段、人にずるいずるい言う彩葉だけど、スイッチが入ったときばかりは、彩葉の方が何倍もずるい。
「……いいなぁ」
彩葉はあまり、てんに甘えるのが得意じゃない。
けど、あの状態になってしまったら、周りなんて関係ない独走状態になる。
正直、そんな彩葉がいつも羨ましかった。あんなに全てを曝け出して甘えられる彩葉が、私には輝いて見えていた。
素直に甘えることはできても、あんなにドス黒い感情を直接ぶつける勇気は私にはなかった。彩葉が大丈夫なら、私だって大丈夫だろうと何度も挑戦しようとしたけど、結果は惨敗。
いつも、拒まれたらどうしようって恐怖が最後の一歩を邪魔するんだ。……結局、私も彩葉のこと言えないな。
「……私だって、重いんだよ」
私だって重いんだ。
それを伝えられれば、少しは変わったのかな。
てんも彩葉も、誰にだって渡したくないよって素直に伝えられたら、何かは変わったのかな。
「てん、彩葉……」
幾たびの時を超えても、この辛さだけは慣れそうにもない。
あの熱が、二人の温もりが今も私の脳裏に焼き付いて離れてくれないんだ。
てんが幸せに過ごしてくれるなら、なんだっていいって思ってる。
……けど、願うことなら。
「……もう一回、抱きしめてほしいなぁ」
一度だけでいいから、強く抱きしめてほしいな。
『あ、そうだ!』
『?』
『かぐやね、ライバーになることにしたよっ!』
『……は?』
「あはは……」
自分で言うのもあれだけど、相変わらずの突拍子のなさだなぁ。……てんたちには結構迷惑かけたっけ。
まぁ、そろそろ準備しますか。
「そろそろか」
「うん」
ようやく、長かった旅も終わる。
「……待ってるよ、てん」
約束したから。
「……ちゃんと、見つけてくれないと拗ねちゃうぞ?」
ハッピーエンドにするってさ。
ちょっと重たい女の子っていいよね。
・クソボケ
相変わらずの自己矛盾。書いてる側まで矛盾しそう。
・超人さん
誰か抱きしめてあげて。
・たけのこちゃん
内心、自分もあれぐらい言えたらなって思いながら、人に重たいとか言ってたりする。
・8000歳さん
盗聴は犯罪ですよ
・おはなちゃん
最近、少し太ったことを気にしてる。
・おにいちゃん
文字数的に省かれたが、妹の変わりようにだいぶ驚いている人。クソボケ茄子には“もう一度”会いたいと思ってたり。