書き直しては書き直してようやく投稿……!
自分の文章に納得いかないことが増えてきました。執筆って難しい。
夏が始まった合図がしたよね?
夏といえば、何を思い浮かべるだろうか。
入道雲、麦茶の氷。それとも、遠くで鳴る風鈴だろうか。花火大会にかき氷、駅前の屋台。教科書に載せたくなるぐらいには、夏の正解というものは、いつだって眩しいものだ。
「……ふぅ」
俺にとっての夏といえば、やはり暑さが真っ先に思い浮かぶ。
肌を焦がすような強い日差し、世界を歪ませるような滲んだ熱さ。技術の進歩した現代においても、この暑さばかりは完全に克服できるものではない。
昔に比べて、暑さを凌ぐ術は幾つも存在している。が、暑さそのものをどうにかする術はいまだにないのだ。涼しさを追求することはできても、暑さを根本から吹き飛ばす手段はない。故に、冷房が存在しないような場所において、暑さというものは切っても切り離せないのである。
全ての建物に冷房があるわけでもない。となれば、その辺の歩道になんて尚更あるわけがない。そのため、外に出れば必然的に暑さに向き合うことになる。
だから、俺にとっての夏とは「暑さ」なのである。
ようは、
「……あっちぃ」
すごく、暑いんです……。
かぐやのライバー計画なるものが始まって約二週間。
日本には、本格的な夏がやって来た。
連日、記録的な猛暑を更新し続ける毎日。正直に言おう、暑すぎて暑い。とにかく、暑いったら暑いんだ。もはや熱いまである。
「……明らかにバグってるだろこれは」
そんな猛暑の中、俺はとある用があって出掛けていた。
最近は日課になっていた、友人とのランチである。彼女曰く、夏休みは家に籠ってばかりになるから、外に出る習慣をつけた方が良いとのことらしい。……毎日、外食することは良い習慣と呼べるのだろうか。
「ごめん、待った?」
「いや、俺もさっき来たばっかだよ」
「その割には、随分と汗かいてるように見えるけど?」
「……汗っかきなんだよ」
「そういうことにしとく」
予定通りの時間に現れた彼女は、どこか揶揄うような物言いで痛いところを指摘してくる。
……にしても、猛暑だというのに全然暑さを感じさせないな。これが女子というものなのだろうか。
「天は頼むもの決めた?」
「うん、冷やしパスタにしようかな」
「あぁ、暑いもんね……」
冷やしパスタ、なんて甘美な響きなんだろうか……!
こんなに死にそうな暑さだと、冷という文字が入ってるだけで魅力的に見えてしまう。これが夏のパワーってやつなのか。
「さて、料理を待っている間に」
「……あれですか?」
「そう、クイズの時間です」
「暑すぎてまともに答えられる気がしないんだが……?」
「そこは気合いで頑張ってくださいな」
俺と彼女との日課には、外食の他にもう一つだけ存在する。
それが、クイズである。毎日毎日、日課として行われるクイズであるが、ただのクイズというわけでもない。
「今日の問題はね、なんだと思う?」
「……好みとか?」
「それはもうやったじゃん」
「嫌いな食べ物……?」
「もうやりました」
「わからん」
「正解はね、仲良くなったきっかけでした」
「おお……!」
このクイズ、出題される問題が俺に関する内容なのだ。
例の出来事によって、俺自身の抱えていた問題は彩葉やかぐやに暴露される形となったわけだが、あの件を経ても目の前に座る彼女は俺に関する出来事を話したがらなかった。
彼女曰く、言うのが怖いとのことらしい。事情を教えてもらわない限りは、何が怖いのか検討もつかないような状況の中、ある一つの転換があった。
それが、クイズだ。
きっかけは、俺の好物がメロンであることを知っていた彼女が、何故メロンが好きなのかをクイズ形式で聞いてきたことである。
このクイズの際に、少しずつ小分けに情報を出していくのであれば問題ないと彼女は判断したらしい。それもあって、俺たちの日課の中にクイズが加えられる形となったのだ。
「……そこまで踏み込んだ内容でもいいんだ」
「え?」
「いつもは全体的に軽めなものばっかだったじゃん。好物とか嫌いものとかさ」
「……まぁ、そろそろ次の段階に進まないとね」
「そう……?」
このクイズ、問題に正解することができなかったとしても、問題の答え自体は教えてもらえるようになっている。
あくまで正解だった場合に、追加で情報が一つ貰えるといった形だ。
「……うーん、芦花と仲良くなったきっかけかぁ」
「わかんない?」
「いや、わかるわけなくない?……どんな出会いだったかなんて、推察で導き出せるようなものでもないしさ」
「えー?天自身の性格を考慮すればわかるかもよ?」
「……ふむ、さっぱりわからん」
「ちょっとは考えてよ……」
ただでさえ、昔の記憶がないというのに、過去の自分の性格を考慮しろだなんてわかるわけがないだろう。
……そもそも、俺自身の性格ってなんなんだ?
「もう……答え、言うよ?」
「教えてください……」
「正解は……困ってた私を助けてくれたから、でした」
「……ギリわかったかも」
「でしょ?……当時、周りの人と関係が上手くいってなかったんだけどさ。そのときに手を差し伸べてくれたのが天だったんだ」
「……なるほど」
「お互いに孤立してた者同士、仲良くなるのに時間はかからなかったな」
「……孤立の訳を聞いても?」
「だーめ。それはまた別の問題の時にね?」
「……はーい」
孤立、か。
俺自身が孤立するのはなんとなくわかる。いろんな面で拗らせてるし、周りの人間から距離を置かれていたのはあまり驚きはなかった。
けど、芦花まで孤立していたのは少しだけ意外だった。どちらかといえば、彼女は人に好かれるタイプの人間だ。話しかけやすい性格や他人への配慮の仕方、どれを取っても好まれるような要素ばかりの彼女は、どちらかといえば多くの人に好かれる側の人間だと思っていた。
……あまり邪推は良くないか。
「正解できなかった天には、ご褒美はあげませーん」
「ご褒美?何それ、聞いてないんだけど……」
「正解できたら、メニュー表の右上にあるメロンのアイス奢ってあげようと思ったのになぁ……?」
「……いいもん、自分で頼むし」
「あはは、拗ねないでよ」
別に拗ねてないし。
メロンアイスぐらい自分で頼むし。
「てか、どうなったの?かぐやちゃんのやつ」
「……お手上げです」
「えぇ、そんなになの?。……まぁ、素人がいきなり初めて上手くいくようなものでないしね」
「そうじゃないんだ……」
「え?」
「少し前に初配信を終えたばかりなんだけどさ、その日からずっとテンションが高くて……」
「……あぁ」
「振り回されてばかりだよ……」
そう、テンションが高いのだ。
何をしても嬉しそうに抱きついてくるのは別に良い。嬉しかったことを意気揚々と言いに来るのも別に良い。……問題は、その頻度が極端に多いことにある。
「……そういう割には、あんまり嫌そうには見えないけど?」
「どれだけ振り回されたとしても、そんなかぐやが俺には何よりも大事だって思えるんだ。だから、嫌になることだけは絶対にないよ。……お手上げになりそうにはなるけど」
「その発言、彩葉が聞いたら怒るんじゃない?かぐやばっかりずるいー……って」
「怒りはしないだろ……多分」
「多分なんだ……」
「この日課もそうだけど、誰かと関わることが増えてきたから、自然と彩葉に構う時間が減っててさ」
「……そりゃあ怒るねぇ」
「……最近じゃ、他の人の名前を出しただけで独占欲マシマシだよ」
「……重っ」
ここ最近、配信活動をするかぐやに構う機会が多かったからか、彩葉に構う機会が少しずつ減っていた。彩葉自体は構ってくれと何度も言っていたが、俺はそれを御座なりにしがちだった。
……気がつけば、独占欲を拗らせた彩葉が完成していた。
「正直、依存の域だよ」
「……いいの?」
「うん。俺だって彩葉たちに依存してるからさ、むしろ嬉しいまであるよ。それに、依存されるってのはそれだけで想われてる証拠でしょ?」
「……そっかぁ」
依存とは、他者に頼って自立できない状態のことを言う。
少なくとも、辞書にはそう書いてある。それだけ見れば、あまりよろしいものではないだろう。
だが、辞書は教えてはくれなかった。依存される側の、この胸の重さと温かさを。
「……二人が俺にとっては全てなんだ」
「……」
「少なくとも、今の俺にはそうなんだ」
「……今?」
「もしかしたら、記憶を無くす前の俺は違うかもしれない」
「……っ」
「大事にしていた人が他にもいたかもしれないからさ、少なくとも今はって感じ」
「……天って、ほんとずるい」
「知りませーん」
彩葉やかぐやのことは大切だ。
けどきっと、目の前にいる少女のことも俺は大切なんだ。ただ、そのことを覚えていないだけで、芦花のことだって何よりも大切にしたい存在だったはずなんだ。
じゃなきゃ、彼女を見るたびに胸に湧くこの感情に説明がつかないではないか。
「……もし、私のこと思い出したらどうするの?」
「どうする……とは?」
「彩葉たちみたいに、大事にしてくれるの……?」
「……っ、それ……は」
「それは……?」
「その聞き方は……ずるいよ」
「……天の方がずるいじゃん」
「ずるくないし。……別に思い出せなくたって、大事にするっての」
「……ぁ」
「思い出さなきゃダメなんて道理はないだろ。それとも、思い出してくれないと嫌だってか?」
「……違う」
「なら、どっちにしたって大事にするよ。ただ、俺にとって全てって言えるほどではないよってだけで」
「……ぇ、ぁ、そっ……か」
「まだ、今の俺は芦花を知らないだろ。だから……」
「……だ、から?」
「……この日課とか通してさ、少しずつ芦花のことを知っていけば、いつかはそうなると思うんだ」
「……!そ、そっか」
そうだ、まだ俺は彼女を知らないんだ。
大切だと思っても、彼女自身がどんな人間なのかを殆ど知らない。だから、彼女を彩葉たちみたいにもう一度理解することができれば、きっと言えるだろう。
俺にとっての、全てだと。
「……待ってるから」
「出来るだけ早めに迎えに行くよ」
「そうしないと許さないからね。……私だって、重たい女の子なんだよ?あまりにも遅かったら、捕まえて閉じ込めちゃうからね」
「……いやいや、怖いっすよ」
「じゃあ、早く迎えに来てね?」
「……はい」
何故だろう、俺の周りには心なしか重たい女の子が多い気がする。
……俺自身もかなり重たい部類だし、類は友を呼ぶってやつなのか?
「じゃあ、そろそろ帰ろっか」
「そうだなぁ、彩葉がそろそろ限界を迎えてそうだしね」
「通知凄っ……てか、まだ口調慣れてないの?」
「え?」
「さっきから、少し前までの口調と混ざってる喋り方してるよ?」
「そうかな?俺自身は全然そんなつもりはなかったんだが……」
「え、今も全然混ざってるじゃん」
「……マジか」
「大マジです」
「……気をつけます」
あの件以降、兄の模倣をやめた。
それに伴っては、喋り方なんかも本来の俺自身のものに戻した。元々、何者かもわからない自分自身でいるのが嫌で、微かに覚えている他人を真似ていた。その中で、他人と関わる上で一番簡単だったのが兄だった。
例え、演じられた偽りのものであったとしても、数年も続けていれば、それは立派な癖となる。
染み付いた癖というものは、そう簡単には消えないのだ。
「私はどっちの天も好きだけどね、彩葉たちはなんて?」
「こっちの方が好みだとさ。なんでも、ちゃんと本心から喋ってるように感じるからだって」
「彩葉たちからすれば、暴かれた本性みたいなものだもんね」
「前の口調で喋ると即座に二人からダメ出しされるよ。……まぁ、空っぽを偽ろうとするのを許してくれないって感じっぽい」
「なるほどね。確かに、前の喋り方だったら儚さ全開だしね。いつ死ぬかわかんない雰囲気出てる」
「……なるほど?」
「ダメだからね、死のうしたら」
「しないよ、今更」
「……でも、死にたいって思いはするんでしょ?」
「そんなの常にだよ。……ただまぁ、死ぬ理由が今の俺にはないからさ。少なくとも、大切にしたい者がいて、大事にしたい今があるんだ。自分から死のうとはしないよ」
「……そっか、ならよかった」
死にたい。
死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい。
その感情が、常に心を支配する。
過去への後悔から来るものなのか、未来への絶望に向けたものなのか。記憶のない俺にはわからない。俺が何を経て、何を思い、何を諦めたのか。
死にたいと思うほどの強い自己嫌悪が俺を離してはくれない。それはきっと、そう思うほどの何かがあったのだろう。そして、目の前にいる彼女は、恐らくそれを知っている。
だから、彼女は俺が全てを思い出すことをあまり好ましく思っていない。少しずつ思い出させるのも、俺自身に耐性を付けさせるためなんだろう。
それほどまでに、俺が知り得ない何かは恐ろしいものなんだろう。
「俺が死んでしまったら、悲しむ誰がいるって知ったから」
「……うん、その通り」
「でしょ?」
死んだら悲しむ誰がいる。
それをあの時、俺は知ったんだ。俺のことを想い、泣いてくれた少女たちを。
あれ以上、彼女たちを傷つけるのは俺にはできない。死にたい。彼女たちの傷ついた姿を、俺は見たくないんだ。死にたい。だから、過去に向き合う時が来るまでは、彼女たちと生きていこうと思ったんだ。死にたい。
「……天?」
「ん?」
「……なんでもない」
今日は天気が良い。
雲は一つもなくて、木々は蒼く輝いている。
「……天」
「どしたの?」
「……っ」
「急に抱きつかないでよ……びっくりしたじゃん」
「……ごめん」
「芦花?なんかあった?」
「……ごめん」
「……?」
あぁ、こんなに天気が良いと。
「死にた——」
言葉の続きは、背中に回された腕の強さに潰された。
芦花の腕は細いくせに、痛いくらいだった。胸に押しつけられた額から、熱がじわりと染みてくる。
夏の空気よりもずっと熱くて、その熱のおかげで、喉まで上がってきたものが、ゆっくりと奥へ沈んでいった。
「……芦花?」
「……ごめん」
彼女は顔を上げなかった。ただ、俺の服を握る指に、さらに力がこもる。
聞こえていたのかもしれない。声にならなかったはずの、続きまで。
蝉の声が、何処か遠くで聞こえた気がした。
「ねぇ、なんで私が怒ってるかわかる?」
「……えと」
「芦花との日課、何時までには終わるって約束したっけ」
「……14時です」
「今何時かな」
「…………16時です」
「朝から家出てさ?帰ってきたのは16時だよ?……遅いよ、私ずっと待ってたのに」
「……ごめん」
「……寝るまで離さないで」
「うん、約束する」
予定した時間よりも数時間遅れて天が帰ってきた。
芦花との関係に口を出すつもりはない。芦花だって、私たちと同様に天との様々な出来事があって、関係を築き上げていったんだ。
だから、嫉妬することはあっても、制限することはない。
「……もっと強く」
「はいはい」
「……ん」
でも、ずっと芦花と一緒にいるのは違うと思う。
何もないのはわかってる。天もそう言ってくれてる。……けど、二人の関係的に何があるかわからない。直接的な明言はないものの、二人の関係は今の私たちの関係に近いものだったのは明らかだ。
もし、昔みたいな関係になってしまったら?過去のことを思い出して元の関係に戻ってしまったら?
「……彩葉?」
嫌だ、そんなのは絶対に嫌だ。
たとえ、友人である芦花であろうと彼を譲る気は一切ない。友人であろうと、私の世界は誰にも渡さないし汚させない。
私の世界であり、全てなんだ。
「……ごめん、嫌なこと考えちゃって」
「別に良いよ。てか、そんなに強く抱き着いたら痛くない?」
「……うん、これがいいの」
「……そっか」
あの日以降、私の想いは留まることを知らない。
天の一挙手一投足を目で追い、天の言動に一喜一憂する。天に触れられれば嬉しくて、天に触れられないと辛くなる。名前を呼んでもらえると幸せで、そばにいないと胸が苦しくなる。
ただでさえ重たかった私の想いは、完全にブレーキを失ってしまった。日に日に強くなっていく想いに、私自身も振り回されてばかりだ。
「それにしても、彩葉がここまで重たくなるとはなぁ……」
「……変?」
「いや、変ってわけじゃないよ?……ただ、去年の彩葉を思い返してはここまで変わるんだなって」
「……それだけ、天が私の心を埋め尽くしたんだよ」
「そう言ってくれるなら何より」
「……天はさ、そういうのないの?」
「え?」
「……私たちばっかり重たいじゃん。天にはそういう感情ないのかなって」
「あー……どうだろ、わかんないや」
「……私とかかぐやがさ、他の人とくっついたりしてたら嫌だって思う?」
「いや、それは普通に思うでしょ。くっつくとかは誰だって嫌だと思う」
「……じゃあ、仲良さそうに話してたり遊びに行ったりするのは?」
「それは……嫌だよ」
「……っ、ほんと、に?」
「……俺に対して、自分の全てだとか言ってくれたのに、他の人と仲良さそうにしてたら嫉妬はするよ。けど、それを口にすることはないさ。俺なんかが、何でもかんでも人のやることを決定していいわけがないし」
この男は……自覚がないのが、タチが悪い。
いつも人の心を知らない顔をして掻き乱す。本当にずるい人だ。
「……いいよ?私は全部、天にあげたから。全部決めて?」
「ナチュラルにそういう発言するのやめようね。……普通に受け入れちゃうからさ」
「じゃあ、受け入れてよ」
「……もう殆ど受け入れてるっての」
「……へへ」
少し前から、夜ご飯が当番制になった。
そのせいもあり、夜ご飯の具材を買いにかぐやが出かけている為、この家には私と天の二人しかいない。
二人きりのときは、出来る限り素直に甘えるようにしている。かぐやがいるときでも甘えること自体はできるが、人前だと少しだけ躊躇してしまう。
一度、やるぞってスイッチが入ったらなんてことないのだが、そこに至るまでが難しいのが今の悩みだったりする。
「……ん、こっち隙間空いてる」
「そんなにギチギチにする必要ある……?」
「いいから」
「はいはい……」
足の間に収まっては、隙間を一つも残さないほど密着するのが好きだ。私と天の境界線があやふやになって、まるで一つになっていくこの感覚が愛おしく感じるから。
全身に伝わる愛しい熱を離したくなくて、ついつい込める力が強くなってしまう。
「……芦花のことは許すけど、他の人は絶対ダメだから」
「わかってるよ」
「……私たちだって、芦花みたいに他の人とそういうことしてたら嫌でしょ?」
「嫌に決まってる」
「……ぁ、そ、そんなにはっきり、言うんだ……」
「……嫌だったから」
「……っ!」
最近の天は、前に比べて素直になった。
私たちの想いを素直に受け止めるようになったし、スキンシップは一切拒まなくなった。なんなら、自分から歩み寄ってくれることもあって、まるで拾った猫が懐き始めたかのような感じだった。
……まぁ、私も周りから見れば似たようなものだろうけど。
「……天」
「なに?」
「……あったかい」
「えぇ……今夏だよ?めちゃくちゃ暑いよ?ほんとに暑いよ?」
「……そんなに暑いを連呼しないでよ。暑く感じてきたじゃん」
「じゃあ、離れたらいいんじゃ……」
「うるさい」
変わってしまった天に、少しだけ寂しさを感じることもある。
前までの天はどこか儚げで、吹かれた風に掻き消されてしまいそうな煙のような人だった。だからこそ、そんな煙のような彼を手元に留めておくことはすごく難しくて、それでも離したくないと思えるほどに大切だったんだ。
けど、今は完全にではないものの儚さは鳴りを潜めている。年相応の男の子のような活発さを得て、少しだけ明るくなった。
そんな天に、変わってしまった寂しさを感じつつも、私たちによって前向きになれたことや、私たちを大切に想ってくれることに嬉しさを感じているんだ。
……あわよくば、私のことだけしか考えれないほど想ってくれたらいいなとか考えてませんよ?
「じゃあ、今日もアレやるよ」
「えぇ……あんまり好きじゃないんだけど」
「いいから!」
「……へーい」
「今日も一日?」
「……楽しかったです」
「みんなといれて?」
「……幸せでした」
「明日も生きたいと?」
「……」
「……はぁ、嘘つかれるよりはマシなんだけどさ。やっぱりまだ、素直に生きたいとは思えないんだ」
「……まだ、少しだけね。でも、死のうって思うわけでもないんだよ。彩葉たちと一緒に生きていこうって、ちゃんと思ってるから」
「……それならいいけどさ」
天の希死念慮。
正直、これは簡単にどうにかなる問題ではない。そもそも、前提として原因がわからないのだ。本人自身がここまでになった理由を理解できていないし、それを知る唯一の人物は口を閉ざしている。
芦花曰く、過去を知れば天はもう一度変わってしまう。悪い方にだ。
素直に思い出させても、また強いトラウマを引き起こすだけになるかもしれない。なら、こうやって純粋な希望やポジティブな感情を刷り込めばいい。
生きることへの肯定や、今への愛着。それらを天の心に刻み込んだ上で、段階的に過去を取り戻していけば、想定し得る最悪の結末にはならないはずだ。
そのための一環として行われているのが、本人の意思表明だ。
ただ闇雲に復唱させるわけではなく、あくまでこちらの問いに本人が本心から答えることで、生きること自体への肯定を行うようにしているというわけだ。
……とはいっても、生きたいと口に出すこと自体はまだ上手くいっていない。他の内容に関しては、紆余曲折を経て本人の口から思いを吐き出させ、認めさせることはできた。けど、生きたいと言わせるのは、まだ少しだけ時間がかかりそうだ。
「……まぁ、いいよ。私たちとずっと一緒にいれば、いつかは言えるようになるから」
「……随分、ポジティブだなぁ」
「まあね。悪いけど、私って強欲なんだよね。離してあげるつもりもないから。それに、絶対に幸せにするって決めたから」
「……幸せでは、あるんだけどなぁ」
「もっと幸せにするの。私も天もかぐやも、みんないてハッピー……でしょ?かぐやだって言ってたじゃん、ハッピーにするってさ」
「……あんまし、認めてなかったような?」
「うるさいぞ、過去のことなんて知りません。私は今だけを見続けてるから。天っていう今をね?」
別に、かぐやの言うことに共感できたわけでも納得したわけでもない。けど、天をハッピーエンドに連れて行くって点に関してだけは私も同じなんだ。
私は捉え続けるし、離す気もない。天という、たった一つの今を。
「たっだいまぁー!」
「……あ、かぐや帰ってきた」
「じゃあ、ご飯の用意しますか」
「だね」
最近の天は、笑うのが上手になった。
それが少しだけ怖かった。上手に笑える人は、何かを上手に隠している人だと、どこかで聞いたことがあったから。
「天」
「……?」
「ずっと、そばにいてね」
「う、うん?当たり前じゃん……?」
かぐやと話す天を、私は後ろから見守る。
話しかけるわけでもなく、並ぶわけでもなく。ただ、視界から消えてしまわないように。
窓から差し込む夕日が、窓枠の影を床に落として、彼はその縦模様を一つずつ跨いでいた。
その背中が、ふいに振り返りそうな気がして、私は息を止めた。けれど、天は振り返らなかった。振り返らないまま、かぐやとの会話を続けている。
私の目の前に、天がいる。
この部屋の入り口付近に、明るさ全開の少女と共にいた。そんな二人を見ていると、私はちょっとだけほっとしたんだ。
けど、それと同時に、自分がどれだけ二人に縋って生きているのかを実感させられて、胸が少しだけ冷えた気がした。
「……で、今日は何を作るわけ?」
「うーん、油淋鶏っ!」
「その心は……?」
「塩ダレにレモン果汁混ぜてサッパリ風味にしたら涼しさ全開っ!……って書いてたから」
「いいと思うよ。揚げ物だから、気を付けるんだよ?」
「……てか、私たち別に手伝うことなくない?」
「確かに……?」
言われてみれば、肉を揚げるだけだしなぁ。
俺たちが進んで手伝うようなことは何もない。肉を切ることや、衣をつけて揚げることなんかは手伝うことはできるが、それだと逆にかぐやのやることが殆どなくなってしまう。
「……まぁ、ご飯当番はかぐやだしいいんじゃないか?」
「それもそっか。……てかアンタ、この肉なんなわけ?」
「なんのこと?」
「値段よ!ただの晩御飯に使うにしては高すぎるわよ!」
「えぇ?このお肉の方が美味しいの作れるよ?」
「にしたって高すぎるわ!このお肉でどれだけの食材が買えると思ってるわけ。……てか、このお肉買うために遠出したな?通りで帰ってくるのが遅かったわけか」
「えへへ」
「褒めてない!」
相変わらず、二人の掛け合いは漫才のようなテンポ感で、見ていると少しだけ微笑んでしまいそうになる。
普段はこんな感じのテンション感の二人だが、なんだかんだ互いに大事に想い合っているのを俺は知っている。
「……まぁ、いいわ。お金を出してくれた天にはちゃんと礼を言いなさいよ」
「ありがと、天!」
「どいたまですよー」
「……ど、どいたま?」
なんなら、意外に違いに向ける独占欲が強かったりして、二人の普段の様子とのギャップ差でびっくりするぐらいだ。
……まぁ、三人で大切にし合えるのであれば、それに越したことはないけども。
「まぁ、お金のことは気にしなくていいよ。正直、高校生が持つにしては意味わからないぐらいあるし……」
「でも……」
「俺が持ってても使う術がないしさ。唯一思い浮かぶ使いたい理由が二人のためぐらいだからさ、別にこれぐらい問題なしだよ」
「……ずるい」
「ね、ずるいよねー?」
「え、何が?」
「ないしょ」
「……内緒」
「気になるだろ……」
お金に関しては、ぶっちゃけたことを言えばわからないのもある。
家族の死があったにしても、俺が所有する金額はあまりにも大きい。正直、遺産なんてレベルではない。それに、一人で所有するにしたって有り余らせるばかりだ。
「かぐや、配信の方は順調かい?」
「ん!順調でふ!」
「キャベツ咥えながら喋んな。……まぁ正直、最初に比べたらマシになってる方。あんなヘンテコな配信からよく持ち直したもんよ」
「でも、彩葉がどうにかしてあげたんだ?」
「べ、別にそんなんじゃ……。てか、天も手伝ってよ!私ばっかり手伝ってるじゃん。かぐやにばっか構ってるんだから、少しぐらいは一緒に何かしたい……」
整えた野菜を三人分の皿に盛り付けて、肉の用意をする。
ある程度用意した肉に、片栗粉をまぶして180℃に熱した油へと放り込む。この間に、味噌汁の用意も忘れてはいけない。
「あはは……俺、機械は疎いんだ。何にも覚えてないのもあると思うけど、多分昔からそうなんだと思う。スマホとか、彩葉とかと個人的なやり取りを使うときぐらいしか使わないし」
「言われてみれば、部屋にテレビはないもんね。パソコンだって置いてないし、スマコンだって最近買ったばっか。……私が言うのもなんだけど、現代人とは思えない生活してるよね……」
「……反論の余地もありません」
「なんなら、趣味も料理か読書だしね。本当に高校生?お爺ちゃんみたいだよ」
「……二人とも、お爺ちゃんの介護をする孫ってか」
一応、彩葉たちと関わるようになってからスマホの利用頻度を増やそうとしてはいるが、なかなか上手くいかない。
というか、スマホで何をしたらいいのかがわからない。連絡を取ったりするのは俺でもできるが、ゲームや買い物?とかに関しては、全くわからない。
ゲーム自体にあまり触れてこなかったからなのか、ゲームをしていてあまり楽しいとは思えなかったし、買い物とかなんかは実際に行く方が好きだったりする。
音楽を聴いたり、動画を観たりするのは楽しくはあるが、それをするぐらいなら二人と話していた方が何倍も俺にとっては楽しかったりする。
……本当に高校生か、俺。
「む……孫扱いはやっ!かぐや、孫じゃないもん!」
「まぁ、名付け親ではあるから、実質親……みたいな?」
「それもやだっ!やだやだやだ!かぐやたちはそんな関係じゃないもん!」
「そこまで否定するんだ!?」
「……そうだよ、かぐやの言う通りだよ。私、天のことが好きなんだよ。なのに、孫扱いとかされたら嫌に決まってんじゃん。怒るよ?ん?今すぐ閉じ込めてもいいんだよ?」
「え、ちょ、なんで急に……そんな」
「てん……子供扱いは、やだよ?」
二人が少しずつ近寄ってくる。
なんだか、二人の瞳が据わっているように見えた。
……えと、料理は?
「……いや、あの、一回火を止めようか。油、はねるし」
「大丈夫、もう止めたから」
「はや……」
彩葉が、俺の背中越しにコンロのつまみを指さす。いつの間に。
かちり、という小さな音すら聞き逃していた。換気扇の低い唸りだけが、狭いキッチンに残っている。さっきまでの、鍋の中で踊っていた油の音が消えた分、世界が急に静かになった気がした。
かぐやは、俺のエプロンの裾をきゅっと掴んだまま、ぴったりと左側に収まっている。肩のあたりに、彼女の髪が触れていた。家を出る前にシャワーでも浴びたのだろうか。ふわりと甘いシャンプーの匂いが、揚げ物の香ばしさに混ざって鼻先をくすぐる。
逃げ道は、ない。
「えっと……二人とも?」
「天さ、さっき孫扱いって言ったよね」
「あの、それは冗談で……」
「かぐやは……冗談でも、やだ」
かぐやの声は、いつもの元気がなかった。
ぽつりと落ちるように静かで、それが逆に怖い。
普段なら、語尾が跳ねるように弾んでいる声だ。それが今では、水面に沈んでいく小石みたいに、ゆっくりと底へ落ちていく。その落差のほうが、怒鳴られるよりもずっと胸に刺さった。
「かぐやね、てんのこと大好き。いつも、てんのこと考えちゃうぐらい大好きだよ?……今日だって、てんに美味しいって言ってほしいから、わざわざ遠くまで買い物に行ってきたんだよ」
「……それは、知らなかった」
「言ってないもーん。……気づいてほしかったのに、気づいてくれないんだもん」
そう言って、かぐやは俺の腕に額を押し付けた。熱い。キッチンの熱気のせいだけではないと思う。
袖越しに、彼女の呼吸が伝わってくる。少し浅く、少し速い。強がって言葉にした分だけ、本当は緊張していたのだと、その熱が教えてくれた。
「ほら、こっち向いて?」
右側から、彩葉の指が俺の頬に触れる。
ひんやりとしていた。水仕事の後だからか、それとも緊張で血が引いているのか。そのまま、彩葉の方に顔の向きを変えられる。
真正面で目が合った。
近い。睫毛の一本一本が数えられそうな距離だった。逸らそうとしたら、もう片方の手が俺の肩を押さえて、逃げ道をそっと、けれども確実に塞いだ。
「私もだよ、大好き。天が誰と話したか、何時に帰ってくるのか、今日は何を食べたいのか。全部知りたいし、全部私のものにしたい。重たいでしょ?それぐらい大好きだよ」
「……随分、ストレートなことで」
「うん、控えるつもりないから」
即答だった。迷いのなさが、むしろ祈りのようにも聞こえた。
「いつだか言ってたじゃん。重たいのはそれだけ相手を想っている証拠だ……って。なら、私の証拠、ちゃんと受け取ってよ。拒否は受け付けません」
「……拒否るわけないだろ」
左からはかぐや、右からは彩葉。
後ろには調理台がある。完全に包囲されていた。
背中に当たる調理台の縁が、じんわりと冷たい。その分だけ、両側から伝わる体温がいやに生々しかった。心臓の音が、とてもうるさい。
多分、二人にも聞こえている。
「……天、顔少しだけ赤いね?」
「ほんとだ。かぐや、初めてみたかも」
「……暑いんだよ、キッチンが」
そうだ、暑いんだ。
今日も今日とて猛暑日だった。そんな日に、油の前に立っていたら誰だって暑くなる。
「……へぇ、そうなんだ?」
彩葉が、ふっと意地悪く笑った。
けれど、そのくせに俺の袖を掴む手は震えている。強がっているのはお互い様らしい。
その震えに気づいてしまった瞬間、胸の奥のどこかがゆっくりと音を立てて動いた。
この人たちは怖いのだ。俺がいつか、手の届かない場所へ行ってしまうことが。だからこうして、触れて、掴んで、確かめずにはいられない。
重いのはきっと、俺がそれだけのものを与えられているということなのだろう。
「……ねぇ、天。私たちがどれだけ天を好きなのか、ちゃんと分かった?」
「……分かった、分かったから」
「ほんとに?」
「ほんとー?」
二人の声が重なる。
逃げるように視線を落とすと、二つの手がそれぞれ俺の指を一本ずつ、離さないように掴んでいた。小さくて、少し汗ばんでいて、それでも驚くほど強い力だった。
ああ、これは敵わないな。
「……分かったよ。十分すぎるほど」
やっとそれだけ絞り出すと、二人は顔を見合わせて同時に満足そうに息をついた。
張り詰めていた空気がほどけて、キッチンに夏の夕方の音が戻ってくる。遠くで鳴く蝉と、換気扇の唸りと、冷蔵庫の低い振動。
「じゃ、ご飯の続きしよっか!」
「……あ、でも、手は繋いだまま作ろ?」
「いや、それは無理だって……!」
結局、油淋鶏はいつもより少し焦げ目が濃くなった。
二人が代わる代わるに、スキンシップを求めてきたせいで、その都度手が止まったからだ。
なんなら、一つ一つのスキンシップを少しでも粗にしてしまうと、やり直しを喰らう。誠心誠意真面目に接していたら、気がつけば油淋鶏が少し焦げていた。
けど、三人で囲んだ食卓はそんなのが気にならないくらい暖かかった。
箸を伸ばすたびに肘が触れ合う距離。笑い声の合間に、ふと目が合って、また笑う。
こんな夜が明日も続くなら。
そう思っている自分に気づいて、俺は自身の変化を改めて実感するのであった。
少しずつだけど文章量が増えているから、いつかとんでもない量になりそう()
わからせの前兆が見えてて良いですね。
・クソボケ
ようやく人らしくなった。更生まではまだかかりそう?
男子高校生らしくなってきたからか、最近の悩みは二人との距離がほぼ皆無なこと。嬉しい反面、どうすればいいか困ってる。
・超超人
お料理隊の野菜担当。構ってくれないと怪獣化するぞー!がおー!だってさ。
・たけのこの山
二人のことがだーいすき!ほっんとにだいすき。
・8000歳ばあちゃん
油淋鶏、私も食べたかったな……。
・おはなちゃん
毎日会えて幸せそう。全部を話すのはまだ少し怖い。