生きたいと言わんかい!   作:吾輩は猫であるか(願望)

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何故だか、物語の進むスピードが遅い気がする……?
これも全部、クソボケのせいだ。



かぐやだよっ!

 

 「……んっ」

 「……あ、起きた?」

 

 瞼が思うように開かないから、詳しくはわからない。

 けど、至近距離に彼女がいることはなんとなくわかる。

 

 「……えっと、どれぐらい寝てた?」

 「んー、いっぱい?」

 「いっぱい……」

 

 曖昧な答えを返してきた彼女を傍目に、僕は時計を探す。

 どうやら、もう夕方らしい。随分と寝ていたみたいだ。

 

 窓の方を見れば、少しばかり強い橙色の光がカーテンの隙間から部屋に差し込んでいた。

 ……と、いうことは学校はとっくに終わっているわけで、おそらくではあるが、彩葉は現在バイトだろうか。

 

 「彩葉は?」

 「……んっとね、ばいと?だって朝言ってたよ!」

 「……やっぱりか」

 

 今の時刻は、17時半過ぎ。

 彼女が帰ってくるまで、まだ三時間以上はある。正直、このまま彼女の帰りを待つのでも構わないが、仮眠でこの子を長く放置していたのもあるし、少しぐらいは何かをしてあげたいってのが本音ではある。

 

 「……ご飯でも食べるかい?」

 「ご飯っ!?食べる!食べる!」

 「おぉ……元気だ」

 

 あいもかわらず、元気という言葉がよく似合う少女だ。

 常に元気というわけでもないが、比較的いつも元気な気がする。

 

 「うーん、何か食べたいものとかある?」

 「……って言っても、よくわかんないよね」

 「……?あっ!パンケーキが食べたい!」

 「パンケーキ……?」

 

 彼女の笑顔には曇りが一切なくて、瞳は純粋さで溢れている。

 ……本当に、生まれたばかりの何も知らない子供のように。

 

 「朝ね、彩葉が作ってくれたんだけどさ!ちょー不味かったのっ!」

 「……えぇ、彩葉って料理できた気がするんだけど」

 「なんか、味がなくて凄く粉っぽかった!」

 「……さては、水と小麦粉だけで作ったな」

 

 穢れを知らない彼女を見ていると、対比で自分の醜さがより一層浮き彫りになっていく気がする。

 僕なんかが、彼女の世話をしたらこの純白を薄汚れた色で穢してしまいそうな気がして、少しだけ怖い。

 

 「……もうアレはやめたと思ったんだけどなぁ」

 「?」

 「なんでもないよ。……じゃあ、美味しいパンケーキでも食べるかい?」

 「……!食べるっ!」

 「……りょーかい」

 

 ……あぁ、本当に眩しいな。

 この少女を見ていると、思いが過去に引っ張られそうになって、ついつい甘やかしてしまうな。

 

 「ふへへ」

 「嬉しそう」

 「えぇ?そう見えちゃう?」

 「……見えちゃうね」

 「見えちゃうかぁ」

 「……?」

 

 他愛もない会話をしながら、僕たちは夜ご飯の用意を始めるのだった。

 ……彩葉、水と小麦粉のパンケーキは流石に良くないんじゃないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、美味しいパンケーキを作ると豪語したものの、何を作ろうか。

 材料は……うん、見た感じは足りそうだ。バニラエッセンスとかがあると嬉しいんだけど、流石にそこまではなさそう。

 

 「……じゃあ、作っていくよ」

 「おぉー!」

 

 どうやら、僕が作るのを隣で見ていたいらしい。

 なんか、起きてる間は常に隣で飼い犬のように着いてくるから、随分と慣れてしまった。何処に行こうにも着いてくる。それこそ、トイレや風呂場にまで。

 ……正直、そこまでは許していいわけもなく、口煩く咎めて何とかって感じではあった。それでも、近くにいるのはやめなかったりと、まるで親鳥と雛鳥のような状態が多かった。

 

 「じゃあ、まずは卵黄2個と牛乳を混ぜます」

 「はい!」

 「……いい返事だね。混ぜたら砂糖も少し入れて混ぜてね」

 「砂糖っ!」

 

 ほんとに元気だなぁ、この子。

 ここまで元気だと、一周回ってどっかで充電切れるんじゃないかと少しだけ心配になる。

 そんな、僕の心配も関係なしに嬉しそうにボウルをかき混ぜる彼女は、見ていてとても微笑ましかった。

 

 「次は!?次は!?」

 「……今言うから、ちょっと落ち着いてね」

 「はやくっ!」

 

 続きが待ちきれない彼女は、まだかまだかと次を急かす。

 サラダ油を入れるのを忘れていたから、少し追加して混ぜる。薄力粉を加えて混ぜ、彼女が混ぜている間に僕は卵白を泡立て、砂糖を加えてまた泡立てる。

 

 「すごいふわふわしてるよっ!?なにこれ!」

 「メレンゲって言うの」

 「めれんげ?」

 「そ、メレンゲ。これがあるとパンケーキがふわふわになるの」

 「ふわふわっ!?」

 

 レモン汁を加えたメレンゲと生地を加えて下から混ぜる。

 コツはメレンゲを何度も分けて加えることと、ふわふわ感を残して混ぜる感じ。

 

 「じゃあ、絞り袋に入れて焼いていこっか」

 「はい!」

 

 サラダ油を軽く引いたフライパンに、パンケーキ生地をできるだけ高めに絞り出していく。

 あとは、水を適量入れて蒸し焼きにするだけだ。

 

 「もう完成?」

 「……早いよ」

 

 大体、5〜6分も焼けば片面は大丈夫そうかな。

 裏返して、裏面も同じくらい焼く。あとは、蓋をしたまま2分間ぐらいおいておけばよし。

 

 「最後に、粉糖とめーぷるをかけて……っと」

 「おぉ!めっっちゃ美味しそう!」

 

 美味しいパンケーキ(多分)の完成だ。

 うん、良い出来栄えだ。久々に作ったにしては、かなり完成度が高い。

 

 たかがパンケーキ、されどパンケーキ。パンケーキといえど侮るなかれ。

 母さんがよく口にしていた、料理をする上で心構え。どんな料理であろうと、慎重かつ、丁寧に。その心を忘れてしまったら、正しいものは作れない。……口煩く言われたっけ。

 

 「……美味しい?」

 「おいひぃぃ!」

 「口の中のものが無くなってから喋ろうね……」

 

 自分が作った料理を誰かが美味しそうに食べてくれる。

 この子に限らず、彩葉にもそうだが、料理を作ってそれを誰かに振る舞う日が再び来るとは、少し前の僕には想像が出来なかっただろう。

 

 「……お、彩葉帰ってきたみたい」

 「彩葉、帰ってきた!」

 

 彼女たちによって彩られていく日々が、とても痛くて痛くて心地が良い。

 僕なんかがいなくても、物事は進んでいく。そう思っていたはずだった毎日に置いていかれるのが、今では少し寂しく感じるのは、きっと気のせいじゃないと思う。

 

 「……おかえり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰ってきたら、天がパンケーキを用意して待っていた。

 バイトで疲れた今の私には、この甘いパンケーキはこれ以上とないご褒美のように感じる。

 

 「うっま……」

 「そう?そりゃ、よかった」

 

 生地はもちもちでふわふわ。

 パンケーキ自体は少し甘くて、粉糖とメープルだけのシンプルな味付けのはずなのに、何故だか食べる手が止まらない。

 

 「……これ、天が一人で?」

 「……えっと、厳密にはあの子も一緒にだけど」

 

 どうやら、私がバイトでいない間に一緒に作ったらしい。ずるい。

 私だって、バイトがなければ一緒に作ってたのに。お菓子作りは、私だってまだだったのに……。

 

 「……彩葉があのパンケーキ食べさせたって聞いたから」

 「……っ!ゲホッ!……アレは、その……なんと言いますか」

 「……アレ、もうやらないでねって釘刺したと思うんだけど僕」

 「……ははは」

 「笑って誤魔化すんじゃないの」

 「……はい」

 

 そう、あれは天と出会って四ヶ月ぐらい経った日曜日のことだった。

 あの日は確か、割れた姿見を買い直しに行った帰り道に天と会ったんだっけ。女子高校生が一人で運ぶには、あまりにも大きい姿見を運ぶ私を見かけた天は、部屋まで代わりに運ぶと申し出てきた。

 私としても、姿見はかなり重たかった。代わりに運んでくれるって言うのは、かなりありがたかったんだ。

 

 あの頃にはもう、一人で何でも背負い込む癖は多少は改善されてきていた。それも、天のおかげで。

 だから、素直に天を頼ったのは良かった。肝心なのはその後だった。

 

 運ぶのを手伝ってくれたお礼に、ご飯でも食べていったらと部屋に彼を誘ったはいいものの、大した食材が我が家には置いてなかった。

 それをすっかり忘れていた私は、案の定恥ずかしい思いをするのだった。

 

 あの時は結局、次の日に提出する予定の課題を手伝うことで何とか恩を返したんだっけ。

 ……でまぁ、その時にアレを作ったことがバレて注意されたっけ。今思い返せば、あの時の無気力な天にしては、随分と力の籠った説教だった気もする。

 やっぱり、料理にはなんだかんだ思い入れがあるのかな。

 

 「……あのときに、天がお菓子作り得意って知ったんだもんね」

 「……そうだっけ」

 「そうだよ。あの頃の天にしては、珍しく自分でそう言ってんじゃん」

 「……得意っていうか、アレよりはもっとマシなものを作れるというか」

 「……うるさい」

 「……えぇ、理不尽だよ」

 

 納得してない天の顔を見つつ、私はパンケーキを食べる。

 なんだろう、美味しいのもあるけど、人と食べるご飯というのは、なんだか心が暖かくなって、美味しいだけじゃない何かがある。

 

 「……おいしいね?」

 「……ん」

 

 ……そう思っているのが、私だけじゃなかったら嬉しいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……で、今日は一日何してたの」

 「んとねー、……寝てた?」

 「はい?」

 

 時間も時間なため、天は自分の部屋に戻っていった。

 ぶっちゃけ、まだ泊まっていっても構わなかったのだが、流石に連日泊まり込むのは抵抗があったらしく、彼は私たちを無理やり説得させて部屋に戻っていった。

 ……別に、ずっといたって問題ないのに。

 

 「てんがねー?眠たいから寝かせてくれって」

 「……ずっと?」

 「うん、ずっと!パンケーキ作るちょっと前まで寝てたよ?」

 「……そんなに疲れたなら、言ってくれればよかったのに」

 

 思ったより、彼は疲労を溜め込んでいたらしい。

 まぁ、この子が現れてから何かと気を張ってばかりの生活だったのもあるし仕方がないだろう。

 ましてや、赤ん坊だった頃は常に気をつけていなければ、何が起きるかわからない。

 

 「……ん?寝てたってどうやって?」

 「どうやって?」

 「いや、床に直で寝てたの?」

 「そんなわけないじゃん。普通に布団の上で寝てたよ?」

 「……布団?」

 「うん、布団」

 「……そこに置いてある、布団?」

 「?うん」

 

 今朝、目が覚めた彼は自分の布団を自らの部屋に戻していたはずだ。

 すなわち、ここに置いてある布団はどう考えても私の布団であり、それを使って寝ていたということになる。

 

 「天が、私の布団で寝ていた……?」

 「?」

 

 あのクソボケはどうして、そういうことをするかなぁ。

 というか、そんな無防備な姿を晒していたのにも関わらず、私はバイトのせいで見られなかったというのか。

 ……ちょっとだけ、店長を恨みそう。

 

 「……まぁ、いいや。とりあえず、布団敷くよ」

 「はーい!」

 

 我が家に布団が二枚もあるわけがなく、私たちは一枚の布団を使用することになる。

 ……正直、狭いと思う。昨日までは、天の布団と繋げることで、それなりの大きさになった布団に三人で川の字で寝ていた。

 

 「……私もこれが終わったら布団入るから。もう少し詰めて寝てよね」

 「えー……狭いよ」

 「文句言わない」

 「ちぇ」

 

 寝る前のスキンケアをする。

 乙女たるもの、好きな異性の前では常に可愛い自分を見せたいというものだ。こういう、日々の積み重ねが大事なのである。……って、真実が言ってた。

 

 「まだー?」

 「あと30分ぐらいは待って」

 「……えぇ、長くね」

 「乙女舐めんな」

 

 ちょっと前までは、寝る前にスキンケアをしてから寝るなんてあまり考えられなかった。

 私も女子ではある。多少の化粧やスキンケアを行いはする。けど、ここまでガチガチにするってのは殆どなかった。

 

 なんとなく、毎日同じ人に出会うなら多少は整えた方がいいのかなと思い、始めた気がする。それが気がつけば、天によく見られたいって趣旨に変わっていった。

 

 「ねぇねぇ、彩葉がいっつも見てるこの人誰ー?好きなの?」

 「……月見ヤチヨっていうAIライバー」

 「AI……。ロボット、ってこと?」

 「分身もできて、歌って踊れて8000歳……って設定」

 「へぇ……おもろー!」

 

 タブレットで流していたヤチヨの配信を見ながら、この子は感心した様子で騒ぐ。

 

 「ねぇ、ヤチヨのどこが好きなの?」

 「……どこがってそりゃ、やっぱ一番は歌声。あとは、雰囲気とか人?柄とか」

 「……ほーん。じゃあ、てんは?」

 「……はい?」

 「てんの場合は、どこが好きなのかなって」

 「……なんで、天?」

 「え?だって、彩葉言ってたじゃん」

 「なにが……?」

 「てんに対して、『好き』って。好き好き〜って連呼してなかった?」

 「……なっ」

 

 こいつ、聞いてたのか。

 ……聞かれてたと思うとすごく恥ずかしくなってきた。自分でも思い返せば、随分と痴態を晒していた気がする。

 冷静に考えれば、寝ている天に対してひたすらに好意をぶつけていたんだ私。いや、何やってんだほんと。

 

 「……聞いてたんだ」

 「?そりゃあ、あんなに好き好き言ってたら気づくと思うけど……」

 「……うるさい」

 「理不尽!」

 

 なんか、少しだけ天に似ている気がする。

 明るいとこや元気なとこ、能天気なとことか。そういうとこは、天とは全然似ても似つかないけど、話していると何故だか、天と似た雰囲気を感じる。

 

 「で、どこが好きなの?」

 「まだ言うか。……別に、優しいとことか色々」

 「ほへぇ……」

 「……なによ」

 「べっつにー」

 

 優しいからとか、真面目だからとか。

 そんな、断定的な理由で天を好きになったわけじゃない。いくつもの経緯を経て、段階的に好きになったんだ。そこに、一つの決定的な何かがあったというわけではない。何度も隣にいる中で想うようになっていった。

 

 「……彩葉ってさ、何かてんと似てるよね」

 「私が?……いや、ないない。私からすればアンタの方がよっぽど似てるわよ」

 「……うーん。なんか寂しいとこ?」

 「……」

 「てんってさ、なんか寂しそうじゃん?」

 「……そ、れは」

 「なんだか見ていて放っておけないっていうかさ」

 「……わかるよ」

 「彩葉も、そんな感じ!」

 「……」

 

 私が天と似ている。

 いや、そんなわけがない。……そんなわけがあっていいはずもない。

 私なんかが天と似ているわけがない。そもそもの前提が違う。天に比べれば、私の事情なんて全然軽いものだ。それなのに、私なんかが天と同じだなんて語るのは、天に対しての冒涜になる。

 

 「……私なんが天と一緒なわけないじゃん」

 「なんで?」

 「……天が抱えているものと、私が抱えるものじゃわけが違う」

 「え、別に良くない?」

 「は?」

 「なんでわざわざ優劣をつけるみたいになるの?二人とも何かしらの事情がある。それだけで良くない?」

 「え……」

 「二人とも寂しい。そこにどっちの方がなんてないと思う!」

 「……」

 「だからね、私が二人の寂しさを埋めてあげる!」

 

 ぶいっ!

 彼女は爽快に笑いながら、そう言う。

 ……そっか、だから似ている気がしたんだ。普段の様子とじゃ、全然似ても似つかないこの二人が似ているって感じのは、きっとこれだ。

 

 「……アンタにできんの?」

 「うーん、わかんない!……でも、するよ!ハッピーエンドに連れていくって約束したらね!」

 「……覚えてはおく」

 「へへ、忘れないでね」

 

 他人の辛さや悲しさに敏感なところが、天と似ている気がしたんだ。

 鋭いからこそ気づく天と、純粋が故に気づいてしまうこの子。決して、似ているわけじゃない。けど、なんだかんだ相手を理解してしまうあたりはどこか似ている。

 

 ……優しいんだ、二人とも。

 

 「……今度、美味しいご飯にでも連れて行ってあげる」

 「え!ほんと!?」

 「……うん。だから、ちゃんと大人しくしててよね」

 「わかった!大人しくする!」

 

 なんだろう、こんな日常も悪くない。

 天と私と、そしてこの子と。笑って呆れて、また笑ってが続くこんな日が。

 いつまでも、続くといいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「てーんっ!」

 「……おぉ、朝でも元気だ」

 

 流石に連日も休むわけにはいかない。

 今日こそは、学校に行こうと思い家を出たが、彼女のことが気になって、僕は彩葉の部屋を訪ねていた。

 

 「おはよ、天」

 「おはよう、彩葉」

 

 すでに朝の準備を終わらせたか彼女が、顔を覗かせて挨拶してくる。

 もう一年も経つが、朝起きて彼女の顔を見かけるこの日課のような光景はいまだに少し慣れない。

 

 「……あれ?てんも彩葉と似たような服着てる」

 「僕も学校があるからね……」

 「え!?なんで!てんも学校行かないとダメなの!?」

 「……それが学生ですから」

 「やだやだ!一緒にいてよ!昨日は一緒にいてくれたじゃん!」

 「それは……」

 「天に迷惑かけないの」

 「いーやーだ!」

 「ガキかっ!」

 

 いくら見た目が大きくなろうとも、中身はまだ子供みたいだ。

 多分、深い意味はないんだろうけど、僕が学校に行くことに寂しさを覚えてくれているのは少しだけ好ましく思う。

 

 「……ごめんね。帰ってきたら、相手してあげるからさ」

 「いやだ!私一人ぼっちじゃん!」

 「……えっと」

 「いやだ!いやだ!てんがいないといやだ!」

 「……ちょ、アンタねぇ」

 

 ふむ、どうしたものか。

 駄々をこねるこの子は、文字通り子供のようだった。まるで、仕事に行く父親を家から出させたくない。そんな、小さいな子供のような癇癪を起こすこの子を、僕は放置することができなかった。

 

 「……わかった」

 「え!」

 「天……!?」

 「学校は休めないけどさ、その代わりに」

 「代わりに?」

 「……なんか一つだけお願いを聞いてあげる」

 「お願い……」

 「そう、お願い。一つだけ、どんなお願いも聞いてあげる。だから、大人しくお家で待っててくれるかな」

 「……」

 

 どうだろうか。なんだか、本当に幼い子供を相手するかのようになってしまったが、実際に彼女はまだ幼い子供となんら代わりない常識しか知らない。

 子供のような彼女には、複雑なものよりシンプルなものの方がいいと判断した。

 が、それで上手くいくかは正直博打ではあった。

 

 「……じゃあ」

 「うん」

 「……なまえ、ほしい」

 「名前?」

 「……うん、名前が良い。てんと彩葉はいっつも名前で呼んでるのに、私だけ仲間はずれだったから」

 

 いつも元気な彼女にしては珍しく、少し曇った表情で俯きながら呟く。

 ……そうか、少し気にしていたのか。確かに言われてみれば、僕も彩葉もこの子の名前を呼ぶときは大抵、「君」や「貴女」が殆どだ。

 

 彼女自身を指していたとしても、名前を呼んでいるわけではない。だからこそ、彼女からしてみれば、自分を呼んでいたとしても、呼び名のない自分は僕たちとは違って、浮いているように感じたのだろう。

 ……ましてや、僕たちに懐いているこの子からしたら、感じる疎外感はとても大きいもののはずだ。

 

 「……わかった。名前、つけてあげるよ」

 「……ほんと?」

 「うん。でも、それは『お願い』には入らないかな」

 「……え、なんで!」

 「そんなことに『お願い』は使ってあげない。……『お願い』じゃなくたって、名前ぐらいつけてあげるよ」

「ほんと……?」

 「うん、だから『お願い』はまた別のことに、ね?」

 「うん……!わかった!」

 

 曇天だった彼女の心は、あっという間に晴れていく。

 それほどまでに、名前というものはこの子にとって大切なものだったのだろう。

 

 「……うーん、名前かぁ」

 「天、どんな名前をつけるの?」

 「……どうしよっかなって」

 「……急につけろって言われても難しいもんね」

 「うん……あ、そうだ」

 「?」

 「決まった!?」

 「うん、決まった」

 「わくわく」

 「君の名前はね、『かぐや』……なんてどうかな」

 「かぐや……」

 「かぐや姫から取っただけの安直な名前だけど、君にはぴったりかなって」

 「それやだっ!」

 

 え、まさかの受付拒否。

 僕としては、安直といえど真面目に考えた名前のつもりだったんだけどな……。かぐやって響きも可愛らしいし、女の子であるこの子にはちょうど良いかなって思ったんだけど、お気に召さなかったか。

 

 「じゃあ、別の名前を——」

 

 「違うっ!」

 

 「……え?」

 「名前が嫌なわけじゃない!」

 「え、でも今君が——」

 「それ!それがやだ!君じゃないもん!」

 「……へ?」

 「かぐやはかぐやだもん!君なんかじゃない!」

 「……あ、そゆこと」

 「……ふん!」

 

 随分と可愛らしいとこもあるじゃないか。

 僕なんかが付けた名前を、こうも気に入ってくれるとは、名付け親冥利に尽きるというやつか。

 

 「えっと、じゃあ……かぐや」

 「うんっ!かぐやだよ!」

 「……良い名前じゃん」

 「ほら、彩葉も!」

 「えっ、わ、わたしも?」

 「ほら!はやく!」

 「……かぐや」

 「ふへへ」

 「……だいぶ、気に入ってる様子だね」

 「気に入ってくれて、よかったね」

 「……うん、よかった」

 

 名前呼びを催促するかぐやと、それに困った顔をしながらも応える彩葉。

 そんな二人を、僕は少し離れたところから眺めていた。

 

 「かぐや、かぐや」

 

 まだ舌に馴染んでいないのか、たどたどしく自分の名前を繰り返すかぐやと、それを微笑ましそうに見つめる彩葉。

 玄関先の、ただそれだけの光景に、僕はしばらく目を離せずにいた。

 

 ─こんな朝が、これからも続くんだろうか。

 

 そう考えた瞬間、いつもの重たい靄が、胸の奥にすっと差し込んでくる。こんなふうに誰かの日常の一部になっていいのか、僕にはまだわからない。積み重ねていくものが多くなればなるほど、失った時の痛みも大きくなる。

 僕はそれをよく知っている。そんな僕が、また性懲りもなく、何かを積み重ねようとしている。

 自馬鹿だな、と自分でも思う。何度学んでも、懲りない自分に呆れる。

 それでも。

 昨日、疲れ切って眠った僕を起こさずにいてくれたこと。バイトから帰ってきたら彼女が、僕の作ったパンケーキを食べて幸せそうだったこと。名前一つで、あんなにも表情を輝かせるこの子のこと。

 

 そのどれもが、僕の中の凍り付いた何かを、少しずつ、本当に少しずつ溶かしていっているのを、僕は認めないわけにはいかなかった。

 

 「……天、行かないの?そろそろ行かないと遅刻するよ」

 「……あ、うん。今行くよ」

 

 彩葉に促され、僕は学校へと歩み出す。

 ふと振り返ると、かぐやが大きく手を振ってこちらを見ていた。

 

 「彩葉!てんっ!」

 

 朝から元気な彼女には、少しばかり僕も見習わないといけないものもありそうだ。

 

 「いってらっしゃい!」

 

 「ん、いってきます」

 「……いってきます」

 

 そのたった一言を、僕は今までよりも、ほんの少しだけ、素直な気持ちで口にできた気がした。

 この二人がいる場所に、帰りたいと思う自分がいる。それは、僕にとってはまだ馴染みの薄い感情で、素直に喜んでいいのかどうかも、正直よくわからない。

 

 それでも——もしこの先、何か少しでも「生きていてよかった」と思える瞬間があるのだとしたら。きっとそれは、こんなふうに、誰かが名前を呼んでくれる場所にしか、存在しないのだろう。

 

 柄にもなく、そんなことを考えながら、僕は今日も学校へと足を向けた。

 

 

 





クソボケによる超人の変化による原作改変。
それを、上手ーく調整しながら話を進めるのは結構難しかったです。

事前に仮で作った話を投稿用に調整して投稿って感じなんですけど、細かく調整していくうちに原作と大きく異なってくる点が多いんですけど、それをこの世界観にそぐわないようにかつ、ちゃんと『超かぐや姫!』としての物語を進めるのは毎回骨が折れます。

そんなこんなで、今回で六話目となりましたが、ようやく四分の一が終われたかなといったところです。本当なら、三話程度を予定していたのですが、思ったよりも長くなってしまいました……。書きたいことが多いってのも困りものですね。

次回こそは、「スマコン」や「ツクヨミ」といった内容には入れる思ってます。
……ちゃんと、ご査収パンケーキもあります。

あと、数話ほどで軽いキャラプロフィールなんかも触れていければいいなと思っているので、気軽にお待ちいただければなと思います。

気が付けば、評価数が50件を超え、お気に入りは800をも超えておりました。
本当にほんとーにありがたい限りです。ありがとうございます!

感想は新しいものであれば、できる限り返信するようにしてますので、よろしければ是非!

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