生きたいと言わんかい!   作:吾輩は猫であるか(願望)

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いつもより長いです。
1.5倍ぐらい長いです……。


恋しちゃったんだ、多分?

 

 「……ただいま」

 

 玄関を開けると、すぐにかぐやが駆け寄ってきた。

 

 「てんっ!おかえり!」

 「……うん、ただいま」

 「おりょ?なんか、元気ない?」

 「……そう?」

 

 抱きつかれそうになるのを、やんわりと避ける。

 けれど、そんな僕なんか気にも止めずに、改めて僕の腕に彼女は抱きついて頬擦りしてくる。

 ……なんか、犬みたいだ。

 

 「かぐやちゃんが元気にしてあげるよぉ」

 「……君のその元気さを見てるだけで、十分元気になりそうだよ」

 「えへへ」

 

 多少の皮肉も込めたつもりだったのだが、無邪気な彼女にはそんなことは伝わるわけもなく、嬉しそうに頬を緩めている。

 彼女の表裏の感じさせない、この無邪気な笑顔はあいも変わらず見ている人を和ませる効果がある気がする。少なくとも、僕はこの笑顔を見るたびに、いつも暗い気持ちが吹き飛んで明るさを貰っているように感じる。

 

 彼女のこの天真爛漫な部分は、彼女自身の強みであると同時に弱みでもある。

 飾らない明るさは確かに周りの人を照らすだろう。だけど、その明るさに制御という概念は存在しない。僕のような、暗がりを好むような陰湿な人間にとって、彼女は薬でもあり毒でもある。

 

 「……てん?」

 

 それを彼女自身に伝えるべきか、否か。

 別に彼女が間違っているわけじゃない。けど、人間というものは、彼女が思っている以上に脆く弱いものなんだ。それを理解させなければ、いつか軋轢を生みかねない。

 

 「おーい!」

 

 僕がいなくなったあとも、かぐやがここに留まるのであれば、きっと面倒を見るのは彩葉になる。

 彼女との関係が少しでも上手くいくようにするのであれば、軋轢の原因になるようなことは、あらかじめ対策を打っておくのがいいはずだ。

 ……彼女たちが仲違いするようなことは、絶対にあってほしくない。

 

 「てんってば!!」

 「あ、ごめん。……ちょっと考え事してた」

 「むぅぅ」

 「ごめんごめん、それで?なんかあった?」

 「……今日、かぐやちゃん一人でお留守番してたよ」

 「う、うん?」

 「だから、沢山構ってくれたっていいと思うんだけどなぁ……?」

 「……勝手に家飛び出して、彩葉に会いに行ったのは誰だっけなぁ」

 「……ヤベ」

 「おい」

 

 全く、人の心配も気にしないで。

 まぁ、そんなところが彼女の魅力なんだ、多少は目を瞑ってやろう。

 

 「おかえり、天」

 「ん、ただいま」

 

 ベランダで涼んでいたであろう彩葉が、顔を覗かせて迎えの言葉をかけてくる。

 おそらく、勉強の息抜きだろうか。彼女の机の上には、先ほどまで使っていたと思われる参考書やノートやらが開いたまま置かれていた。

 

 「勉強中?」

 「……さっきまでね。何かしてないとあれだったっていうか」

 「……?」

 「……実はさ」

 

 随分と、憂鬱そうな表情で彼女は語り始めた。

 曰く、彼女の貯金を用いてかぐやがすまこん?なるものを勝手に購入していたらしい。勝手に購入をしたことに対して怒るのもわかるが、彼女のやるせない思いの原因は他にあった。

 

 「……124,440円、?」

 

 そう、値段である。

 勝手に買うことも、褒められたものではないが、それ以上に値段があまりにもだったのだ。彼女は、祖父母の仕送りと自身のバイトで得た収入で生活しており、その中から幾らかを貯金に回している。

 

 僕と出会うまでは、本格的に死んでしまうじゃないかと言わんばかりの狂気じみたシフトを組んでおり、その上母親への反抗心から祖父母の仕送りにも一切手をつけないといった徹底っぷりだった。

 その影響もあり、彼女自身の貯金は花の女子高校生にしてはあまりにも多いものとなっている。その様子は、彼女自身からも何度も聞いているため知ってはいたが、祖父母や義両親の遺産等を抱えて生活する僕から見ても、普通に働いて貯めたにしては多すぎると感じるほどだった。

 

 「……えっと」

 

 この約一年間、彼女が汗と涙を流して貯めてきたお金たちが、かぐやによってすまこん?なるものに勝手に使用されたという状況は、彼女にとってはとてもダメージの大きいものだった。

 しかし、かぐやは常識の外側にいる存在だ。いくら間違った行いだといえど、強く叱ることや罪を与えることは難しい。ただ、頭ごなしに怒ったりしたって意味がない。かと言って、人間の常識に当てはめたって、遠い場所から来たであろう彼女にその理屈が通用するものか。

 

 「……とりあえず、ご飯食べよっかな」

 「……うん」

 

 彼女の戸惑いや怒り、申し訳なさが入り混じった後ろ姿は少しばかり悲壮感に溢れていて、なんだか守りたくなるようなものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……で、かぐやちゃんや」

 「……はい」

 「ちゃんと、謝ったのかい?」

 「……うん、彩葉の悲しそうな顔見て、かぐや悪いことしたなって」

 「……じゃあ、許します。次からは、ちゃんと一言相談するようにね」

 「……はーい」

 「とは言え、お金が減ったのは確かだしな……あ、そうだ」

 「天?」

 「ごめん、ちょっと出掛けてくるから少し待ってて」

 「え、ちょ、どこいくの?」

 「ちょっっと外に行ってくるよ」

 「え、行っちゃった……」

 

 天は何かを思いついた様子のまま、どこかに向かって行った。

 

 「……別にもうかぐやには怒ってるわけじゃないのに」

 「うぅ、ごめんなさい……」

 「……いーよ、もう怒ってません。でも、もうしたらダメだからね」

 「……うん、もうしない」

 

 天が帰ってくる一時間ほど前、かぐやには随分とお話をしたものだ。

 勝手に人のお金は使ってはいけない。それはとても大事なことだと彼女には伝えた。少なくとも、私たちの常識は私たちだけでなく、社会にとっての常識でもある。かぐやがどんな存在であれ、今は社会的存在としてこの世界に確かに存在している。

 

 であれば、社会のルールや常識に則ることはとても大事なことであるし、それを行わないっていうのは社会から外れてしまうことにもある。それは、いくら身寄りのない彼女と言えど、彼女の立場を揺るがしかねない危険なことだ。

 

 「……もう怒ってないから、そんなしょげた顔すんな」

 「……うん」

 「はぁ。……アンタのご飯、すんごい美味しかったわよ」

 「え?」

 「だから、感謝してる。天と料理をすることは、ここ最近増えたけど、人の料理を食べることってあんまりなかったからさ」

 「……彩葉」

 「だからなんて言うか……その、すごく暖かくて嬉しかった」

 「……!」

 「……だからもう、そんなしょげた顔してないでさ。天の帰りを待ちましょ」

 「……うんっ!」

 

 さっきまでの曇り気味だった表情は消え去り、とびっきりの笑顔を見せて頷く。

 穢れを感じさせない純真無垢な彼女の笑顔は、見ている私までもを笑顔にする。

 ……きっと、かぐやのこういうところに天も惹かれたんだろうな。

 かぐやを理解し、心を許す天。天の本質を理解し、歩みを進めるかぐや。私だって、二人のことを知ろうとしているはずなのに、何故だか私だけが一歩離されているかのように感じて、少し寂しくなる。

 

 「ねぇ、彩葉」

 「ん?どした」

 「……前にも聞いたけどさ、てんのどういうとこが好きだなって感じるの?」

 「めっちゃ急じゃん」

 「真実たちとの会話を思い出して気になったの!」

 「にしても急過ぎんでしょ」

 「だってぇ……彩葉も天も凄く優しくてさ、私は二人のこと大好きだなって思うよ」

 「お、おう?」

 「……けど、恋愛的な好きって何が違うんだろうなぁって」

 「なんか……能天気なアンタがそういう悩み方すんの、ちょっとキモいかも」

 「キモいは酷くない!?」

 

 しょうがないだろう。らしくなさすぎる。

 偏見ではあるが、かぐやが誰かを好きになった場合、理論的に考えるよりも直感的に考えそうなイメージがあった。

 好きになったから好きなんだ。みたいな感じで、彼女の中では恋愛を受け入れるとばかり思っていた。

 

 「……うーん」

 

 どういうところが好き、か。

 別に好きなところをあげるだけなら、いくらでも挙げられる。けど、恋愛的に好きかどうかは少し悩ましい。そもそも、人として好きな一面が、彼には多い。一個人として尊敬できたり、頼れる面は異性とか抜きにしたって好きなところだ。

 

 「……好きなとこ、かぁ」

 

 随分と悩ましい。

 あくまで、恋愛的に好きなところかぁ。

 

 「……あ」

 「お!あった!?」

 「……一応」

 「どんなとこ!?」

 「……瞳が好きかも」

 「瞳ぃ……?」

 「うん。天ってさ、向ける瞳が人によってちょっと違うんだよね」

 「……目線とか目つきが違うみたいな感じー?」

 「そうそう。それで、その瞳が私には凄く柔らかいっていうかさ……多分、この一年間でそれなりに関わりがあるからか、他の人に比べて凄く柔らかい瞳を向けてくるんだよね」

 「ほんほん」

 「ちょっと重たいかもしれないけどさ、私にしか向けていないその瞳が、なんだが宝石みたいな宝物のように感じてさ。……誰にも私の宝物を譲りたくないなって」

 「……おっと?」

 「恋愛的に好きってのさ、特別になりたいとか深く繋がりたいとか、独占したいとかそういうのだと思うんだよね。それでいうなら、私はそんな天の瞳を誰にも渡したくないって強い独占欲を抱いてたわけだし、恋愛的な好きに繋がるんじゃないかなって」

 「彩葉……?」

 「もちろん瞳だけじゃないよ。……知ってる?天って、私に触れるとき、すごく割れ物を扱うかのように慎重に触るんだよ。前に一回、なんでそんなに丁寧な感じなのさって聞いたらさ、なんて答えたと思う?」

 「あの」

 「『酒寄さんのことはそれなりには大事に思ってるし、僕なんかが触って傷つけたりしたら嫌だなって』って言ったんだよ?普通にそんなん言われたら嬉しいに決まってるじゃん。私のことをそんなに大事に思ってくれてるんだって思うとさ、なんか凄い好きだなって」

 「あのぉ……」

 「自覚ないのかわからないけどさ、他の人に比べて柔らかい瞳とか言葉とかさ、触れ方も笑顔も全部私にだけ違うんだよ?そんなの毒じゃん、最早。それを他の人にもって考えたときの私の気持ちがわかる?凄く胸が痛くてさ、涙が出そうになって辛くて辛くて、その時に気づいたんだよね。あぁ、私って誰にも天を渡したくないんだなって。そういう誰にも見せてない、私だけの一面が私は凄く好きなんだ。もちろん、他のところだって好きだよ。優しいところとか、ちょっと意地悪なところとか、そんなありふれたところだって好きだけどさ、やっぱり私にしか見せてないような一面ってのが、私にとっては何よりも大事で凄く愛おしいって言うかさ」

 「…………えと」

 「でも、好きだって自覚するのが遅かったからさ。他の人への牽制とか全然できてなくてさ。ちょっと前にそれを改めて実感させられたんだよね。教室で私の知らない表情が、あんまり関わりのない女子に向けられててさ、普通に頭がおかしくなるんじゃないかって思ったもん。でも、話を聞いたら、私の知らない表情を見て、少し気持ちが緩んだみたいなこと言っててさ。……普通に罪じゃない?死ぬほど嫉妬して狂いそうだったのに、事情聞いたらそんなこと言われてさ、心がジェットコースターみたいにあっちこっち振り回されてたよ。でも、そんなとこがやっぱり好きなんだなって、嫉妬してしまうぐらい好きなんだって徐々に気付かされ始めたって感じなのかな」

 「……彩葉」

 「でも、やっぱり「彩葉さんっ!!」……なに、まだ喋ってんじゃん」

 「いや、もういいよ!?」

 「……聞いてきたのそっちじゃん。てか、普通にまだ半分も語ってないんだけど?」

 「いや、知るか。……彩葉って、やっぱり重っったいよね」

 

 そっちから聞いてきたくせになんたる言い分だろうか。

 正直、これでも全然話し足りないんだぞこちとら。天の行動や仕草についてだってそうだけどさ、天の外見だって私は好きなんだ。別に見た目が好みだったから、好きになったわけじゃない。好きになったから、外見をより良く思うようになったのだ。

 恋とは、それだけ人を狂わせるほどの力がある。

 

 けど、私は別に後悔してないし、その恋を自覚して受け入れている。

 だからこそ、こんなもんじゃまだ足りない。私が天のことをどれだけ想っていると思ってるんだ。こんなのまだ序の口だぞ。

 

 「……仕方ないじゃん、悪い?私だって、そういうのあんまり良くないって思ってたけどさ、人を好きになって気づいたわ。人を好きになったのに、軽い奴の方が変。誰かを本気で愛したのなら、誰よりもその人を愛すぐらい重たい気持ちであれよな」

 「彩葉ってば、ちょーぜつ重たい女だったのか」

 「今の私からすれば名誉ある言葉ですぅ」

 「……でも、いいね。それだけ人を好きになれるってのはさ。だって、てんのこと喋ってるときの彩葉、ちょーぜつ幸せそうだったもん!」

 「……そ」

 「んもう!照れちゃってさぁ、彩葉ってばかわい〜!」

 「うるさい!……で、なんか参考になったわけ?」

 

 私の言葉に、かぐやが頭を抱えて悩む。

 彼女は、私とはそもそも前提が違う。かぐやは普通の人ですらない、それに加えて、話の内容的に人と過ごしてきたであろう過去を持たない。

 

 そんな彼女が、恋についてわからないのは至極当然のことなのだ。私だって、最近になって自覚して恋がなんなのかを理解したばっかりなんだ。私なんかよりも、よっぽど他者との関わりが少なそうなかぐやに、誰かを好きになるって感情を簡単に理解できるとは思えない。

 

 だからこそ、恋を理解しようと頭を抱えて悩む彼女は少し微笑ましかった。

 まるで、宿題で出てきた難しい問題に頭を抱える子供を見守る母親の気分である。

 

 「……じゃあ、私の経験に基づいたものにはなるけどさ」

 「?」

 「例えば、好きな人がいますとして」

 「うんうん?」

 「その人が、自分以外の人と一緒にいます。そして、とても親しげに話しています。……アンタはどう思う?」

 「うーん、他の人とも仲が良いのは良いことだから嬉しい?……と言うか、好きな人がいると仮定しても、まずその好きな人ってのがわからないんだから意味がないような……」

 「あー……じゃあ、ちょっと変えてさ。かぐやしか知らない、かぐやにとって大好きな一面が、かぐやが知らない他の誰かに向けられているって想像したらさ、どう?」

 「……」

 「好きな人ってのが分からなくてもさ、そういうのがあんまりよく思わないってんなら、そういう感情が恋ってことなんじゃないいの。……だから、その感情を向けられるような人が現れたら、きっとかぐやはその人のことが好きってことになると思う」

 「……」

 「……かぐや?」

 

 憂いを帯びた瞳を零しながら、こちらを向くかぐや。

 何故だろう、何処かで見た記憶があるような。

 ……あぁ、思い出した。

 

 

 

 

 

 私か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……かぐや?」

 

 彩葉の言葉が頭から離れない。

 私だけが知る、私の大好きな一面。そして、それを向けられている私の知らない誰か。

 それを想像したとき、自然と誰かを思い浮かべていた気がする。

 ……なんで、こんなに胸が痛いんだろう。

 

 「……いろは」

 「え、だ、大丈夫?」

 「……ん」

 「……え、なんか変なこと言った?私」

 

 天がしょうがないなと私を撫でるときの表情が大好き。

 彩葉が呆れながらもなんだかんだ許してくれるときの声色が大好き。

 

 「……ぁ」

 

 その二つが、誰かに向けられていたら?

 かぐやじゃない誰かに。同じようにそれらが向けられていて、そこにかぐやがいない。

 ……かぐやじゃ、ないのに?

 

 「ちょ、ほんとに大丈夫!?」

 「……いろはぁ」

 「え、泣くようなことあった!?わ、私なんかした?」

 「ちがうぅぅ……」

 

 嫌だ。嫌だよ。

 だって、かぐやだから向けてくれた表情のはずだもん。なのに、なんで違う人が同じように向けられるのさ。

 ……そんなの納得いかない。かぐやだけのなのに。

 

 だけ、の?

 

 「……あのね、いろは」

 「え、うん、どした?」

 「……自分しか知らない一面を誰かに知ってほしくないのが恋だって、さっき言ってたじゃん」

 「うん?まぁ、独占欲ってのは愛情から生まれるものなのかなって」

 「……じゃあ、かぐやね」

 「……?」

 「てんもいろはのことも好き、なのかな」

 「……はぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」

 

 彩葉の声が耳に響く。

 そんなに大きな声を出して大丈夫なのかな。私が大きな声を出したときは、近所迷惑だっていつも怒ってたのに。

 明らかに、今の彩葉の声量は今までで1番大きかった。

 

 「ちょ、え、は?好き?かぐやが?私たちのことを?」

 「……うん。だって、二人の知らない一面を他の人に知られたらって考えたらさ。すごく胸がズキズキして苦しかったぁ」

 「え」

 「彩葉の言う通りならさ、かぐやのこれも恋ってことになるのかな」

 「???????」

 「……かぐや、二人のこと好きなのかなって思ったらね?なんだか、他の人に渡たりするの余計に嫌だなーって」

 「???????」

 「これとかも、好きだからってことなのかな」

 「???????」

 「……彩葉?」

 「???????」

 「ちょ、彩葉!?」

 「???????」

 「い、彩葉ぁぁぁ!?!?」

 

 い、彩葉が壊れたっ!?!?

 なんか、何しても反応が返ってこないんだけど!

 

 「……ただいま」

 

 あ、てんが帰ってきたっ!

 

 「てんっ!助けて!?」

 「???????」

 「……えぇ?どゆこと?」

 

 おかしくなった彩葉と私を見て、天が訝しむ。

 困惑しながら私たちを眺める天の様子は、彩葉が壊れて焦っていた中でも、ちょっぴり可笑しくて珍しくて可愛らしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……落ち着いたかな」

 「……はい」

 

 返ってきたら、彩葉が壊れていた。

 ……いや、何を言ってるんだって話ではあるんだが、本当に彩葉が壊れていた。

 

 「えと、何があったの?」

 「……」

 「……」

 

 僕の質問に、彩葉とかぐやが困った顔で互いに見つめ合う。

 数秒見つめ合ったのち、何かを諦めたかのような様子で彩葉が言葉を漏らす。

 

 「……なんでもないよ」

 「えぇ……ほんとに?」

 「……うん、ほんとに。マジでなんもなかった」

 「……まぁ、そこまでいうなら。これ以上は何も聞かないよ」

 「ありがと……」

 

 なんとも気まずい。

 彼女たちの反応を見るに、僕がいない間に何かしらがあったのは間違いないだろう。けど、それを僕に言うのは少し憚れるみたいだ。

 無理に聞き出すのは酷な話だし、事情があるならあまり触れてやらないのが吉というものだろう。

 

 「……そういえば、どこ行ってたの?」

 「ん?あぁ、これを買いに行っててさ」

 「これ?……っ!?」

 

 そうして僕は、ポケットから黒色の箱のような物体を彼女の前に突き出した。

 

 「あ!それって!」

 「そう、スマコンだよ」

 

 そう、スマコンである。

『スマートコンタクト』通称、スマコン。

 現代では、幅広い分野で活躍を見せているコンタクトレンズ型のデバイス……らしい?僕個人は、あまりそういったものに触れてこなかったため、正直説明を聞いてもあまりよく分からなかった。

 分類としては、VRが主なものである。そして、その代表的な場が、彩葉が推している『月見ヤチヨ』が活躍する、あのツクヨミである。

 

 VRが主といっても、ARだってないわけじゃない。仮想現実が実現できるのであれば、拡張現実だって実現が可能であるはずだ。もちろん、このデバイスはVRだけでなくARにも対応している。

 例えば、デバイスを通して撮影した画像を、視界に映る別の場所に重ねることで作業をより楽なものにしたりなど、ARの面でも日常の場では活躍を見せている。

 それこそ、僕と彩葉が通う都立武蔵川高校では、校内でのスマコンの使用禁止の張り紙が至る所に貼られている。これは、スマコンを使用したARによるカンニング行為を咎めるためのものだ。

 

 教科書やネットの情報などをスマコンで保存し、答案用紙などに投影すれば、簡単に問題を解くことができてしまう。かつ、スマコンはデバイスの性質上、着けていることを他者から気づかれにくい。

 そのため、僕たちの通う高校では、スマコンの使用が禁止されている。

 スマコンとは、それほどまでに日常に幅広く浸透されているものなのだ。

 

 「……な、なんで」

 「これ、彩葉も持ってたでしょ」

 「え?……うん、持ってるけど。ヤチヨのライブとかみるために使ったりすることもあるから」

 「かぐやもあんまり褒められた内容ではなかったけどさ、買ったわけじゃない?」

 「う、うん?」

 「何はともあれ、せっかく買ったスマコンを使わないのは勿体無いしさ、使った方がいいでしょ?それで、使うってなったらきっと、僕や彩葉も誘われることになると思うんだ」

 「たしかに……」

 「だから、買ってきた」

 「は!?……え、うそでしょ?」

 「ここにあるってことは、嘘じゃないと思うけど?」

 「え、あ……え?」

 「……まぁ、ある程度までは責任を背負う気でいるからさ。かぐやには沢山構ってあげるべきかなって」

 「てんっ!」

 

 かぐやが僕に正面から抱きついてくる。

 僕とかぐやとでは、身長の差が多少あるため角度的に彼女の表情は見えないが、口から漏れ出ている声と彼女の待とう雰囲気がとても嬉しそうに感じる。

 ……こんなことで喜んでくれるのならば、いくらでもしてあげるものだ。せめて、終わりが来るその頃に、彼女が少しでも幸せだったと思えるのであれば、僕はなんだってするつもりでいる。

 

 「えへへ、一緒にやろーね!彩葉も!」

 「……う、うん」

 「初めてだから少しだけワクワクするかも」

 「……天がワクワクするって、なんか珍しいね」

 「僕だって男の子ですから。こういうものには心踊らされる一面だってあるんだよ」

 「てんっ!てんっ!早くやろっ!」

 「はいはい、わかったから。少しぐらい落ち着きなよ」

 

 興奮した様子で急かす彼女に少し頬を緩めそうになるのを気をつけつつ、僕たちはスマコンの用意を始める。

 

 「……そういえば、ヤチヨさん?のライブみたいなのって」

 「……あぁ、それ木曜日だよ。それがどうかした?」

 「……いや、どうせならそれを見せてあげたかったなって」

 「あぁ……まぁ、明日もログインさせれば一緒じゃない?むしろ、今日はアカウントの設定とか色々やる日だって思えばさ」

 「まぁ、そっか」

 

 ヤチヨさんのライブには少しだけ興味があった。

 アイドルや歌手に興味を抱くというよりも、AIライバーという存在に少しだけ気を引かれた。とはいえ、前までは決して触れることのない世界だと、特に深く考えずにいたが、まさか自分がこうしてツクヨミの世界に足を踏み入れることになるとは思わなかったな。

 

 とりあえず、ツクヨミへログインをするために、やらなければならないことたちを終わらせていく。

 帰り道で買ったおにぎりを食べ腹を満たし、明日の学校の準備をする。自分の部屋に、いつでも寝れるように布団敷いておく。

 あとは、歯磨きや軽い洗顔、服薬を済ませて彩葉の部屋に戻る。

 

 「……じゃあ、行こっか」

 

 瞬間、視界が一転する。

 目の前に広がる光景は、先ほどまでの彩葉の部屋でない別の場所だった。

 見渡す限りに広がる竹と、その竹の間に建っている鳥居。どちらも言葉では形容し難い独特の存在感を放っていた。

 

 「えっと、どうすればいいんだ……?」

 

 「——おや、お困りかな?」

 

 「……あ」

 

 僕の背後から声が聞こえた。

 透き通った柔らかい声だった。彼女は、その言葉と共に着実と僕に近づいてくる。

 

 「——初めまして、仮装空間ツクヨミへようこそ」

 

 あぁ、僕はこの人を知っている。

 人と呼んでいいのかわからないが、確かに彼女の名を僕は知っていた。

 

 「月見、ヤチヨ……」

 

 「ピンポ〜ン!大正解っ!」

 

 おちゃらけた様子で彼女はそう言う。

 彼女の仕草や声のトーン、表情など。どれを取っても、AIだと言われても、とてもじゃないが信じ難い。

 それほどまでに、目の前にいる彼女は確かに人だった。

 

 「私が月見ヤチヨだよっ。このもふもふはFUSHIっ!すっごく可愛いでしょ?」

 「ヤチヨがツクヨミとボクを作ったんだ!」

 

 これが、AI……?

 いや違う。確かにこれは人だ。

 明らかに、人じゃないか。

 だって——、

 

 「何を困っているのかな?かな?」

 

 ——こんなにも辛そうじゃないかな。

 

 僕は知っている、この表情を。

 この表情は、自分を許すことのできないものがする戒めの顔つき。

 ……そう、俺と同じように自分自身を死ぬほど憎んでいる人間がする顔だ。

 彼女は、その思いを笑顔という偽りの仮面で隠している。

 

 「……えっと」

 

 これが、AIだと?……ふさげるな。

 こんなのAIなんかじゃない。どこにこんなAIがいるって言うんだ。

 自分への強い憎悪を笑顔で誤魔化している彼女がAIだと言うのならば、それは作られた感情になる。……そんなもの、作って一体何になるんだ。

 AIが自発的に成長したって、こんな感情抱きやしない。だって、あの辛そうな顔はきっとAIの進歩や成長だけじゃたどり着けないものだ。

 

 それができるのならば、世に生み出されていくAIたちは最早人間だ。

 

 「初めてログインしたんだけど、どうすればいいか分からなくて……」

 「ふむふむ、じゃあまずはこれ!」

 「これって……服装?」

 「そうそう!服装とか、特にこだわりないんでしょ?」

 「え、いや、そうだけど……」

 「じゃあさ、これ使いなよ!。きっと、しっくりくるからさ」

 「あ、はい」

 

 こう言うのって、普通は時間かけて服装や髪型等を決めていくもんじゃないのか……?そういうのも一つの醍醐味だと思っていたんだが。

 まぁ、彼女の言う通り特にこだわりがあるわけじゃない。正直、とてもダサいものだろうが、ちゃんとしたものであろうが僕にはあまり興味がない。

 使えるのであればそれでいい。

 

 「それで、最後に聞きたいことがあってね」

 「はい」

 「敬語はいいよ。普通にタメ口でおっけー!」

 「お(・)、(・)お(・)う(・)?(・)」

 

 なんだこいつ。

 感情とかもだけど、テンションがイマイチよく掴めん。なんと言うか、空気のような女だ。

 ……話してると、こっちまで変なテンションになりかねん。

 

 「それで?なんだよ、聞きたいことって」

 「……」

 「おーい?大丈夫か?え、バグった……?」

 「あ、ごめんごめん!なんでもないよ、ちょっと考え事してただけ!」

 「さいですか……」

 「それでね。……名前を聞かせて欲しいな、君の名前を」

 「……プレイヤーネームか。ふむ、俺(・)の名前は……どうしようか」

 

 名前、か。

 無難なのは、本名から取ることだが……そのまま使うのはネットリテラシーが低いよなぁ。名前の一部や読み方を変えたりするのが無難だろうか。けど、下手に変えすぎると、彩葉達から呼ばれた時に違和感が凄そうだしなぁ。

 

 「……あ」

 「決まった?」

 「空だ。空にする」

 「ほう?その心は?」

 「……なんとなく、俺の本名から取ったっていうか。なんか、この読み方が妙に頭に残ったっていうかさ」

 「そかそか。空……ね、いい名前だと思うよ」

 

 何かを思い込む様子を見せるヤチヨ。

 彼女はしばし考え事をした後、俺に問いを投げかけた。

 

 「……君がこの世界でしたいことは何?」

 「へ?したいこと?」

 「そう、したいこと。このツクヨミはね、広大な世界だよ。現実とまでいかなくても、やりたいことはなんでもできる」

 「……」

 「そんなこの世界で、君は何を望むのかな。そして、何を行うのか。……それを教えて欲しいな」

 

 したいことかぁ。

 特に何かをしたくて、この世界に来たわけじゃない。

 ただなんとなく、かぐやを思って来ただけだった。だから、特別何かを期待することなんて別にないんだけどな。

 

 「……強いて言うなら、幸せな思いをして欲しい奴がいる」

 「……うん」

 「そいつを幸せにする過程には、この世界に触れるってのもあった。だから、この世界に来た」

 「……」

 「……特別何かをしたいってわけじゃないが、そいつを少しでも幸せだと思わせられるのならなんだってするかな……って感じです」

 「……そっか、じゃあさ」

 「?」

 「……そのあとは?」

 「あと?」

 「……幸せにしたあとは?幸せな思いをさせてあげたら、それで終わり?」

 「は……?」

 「……それで、はいさようならって?そんなの納得すると思う?」

 「な、何言ってんだアンタ」

 「……理想の終わり方とかそんなの知らないよ。なんであろうと、終わりを求めて生きてくなんて間違ってるよ」

 「……っ」

 「……生きたいって願ってよ。幸せにしたいんでしょ?なら、一緒にいればいいじゃん、最後までさ。なんで、終わらせようなんて考えるの?わざわざ離れていく必要なんてないよ。自ら自分に罰を与えるのだって間違ってるよ」

 「……な、んで」

 

 なんだ

 

 「……もっと自分を大切にしよ?みんなが貴方を想ってるよ?貴方が自分を大事にできなくても、みんなが貴方を大事にしているんだよ?」

 

 やめてくれ

 

 「過去のことなんて忘れろとは言わない。けど、だからって自分を罰するのは間違ってるよっ!」

 

 やめろ

 

 「……幸(・)せ(・)の(・)最(・)中(・)で(・)終(・)わ(・)ら(・)せ(・)る(・)こ(・)と(・)が、本当に正しい罰なの?本当にそこまでしないといけないの?貴方が自らそれを進んで行わないといけないぐらいのことをしたの!?」

 

 「おい」

 

 「もっと自分を大切にしてよっ!なんでいっつも自分を大事にできないんだよ!彩葉が……私がいるんだよっ!だから、もっと自分を大切にしてよ——」

 

 

 

 

 

 「——てんっ!」

 

 「お、い……?」

 

 てん……?

 なんで、俺の名前を知っている……?

 

 「いや待て……なんで、俺のことを知って……」

 

 何処かで俺と会っている?

 僕はこんな女を知らない。記憶を掘り返しても、こんな薄っぺらい笑顔をする女を知らない。あんな辛そうな顔だって俺は知らな「ヤチヨっ!……もういい、そこまでにしとけよ」ない

 

 知ら

 

 ——……うん、彩葉の悲しそうな顔見て、かぐや悪いことしたなって

 

 ……ない?

 

 「……ぁ、」

 

 何が頭に引っかかっているような感覚だ。

 まるで、何処かで出会ったかのような。何かであの顔を……?

 

 「大丈夫?」

 「……ぁ、はい、大丈夫です?」

 「……」

 「えっと、僕(・)はこのあとなにをすれば……?」

 「……チュートリアルは、あの鳥居を通り抜けたらおしまい。準備ができたら、いつでも通って大丈夫だよ」

 「あ、はい。ありがとうございます……」

 

 そう言って僕は、鳥居の方へ歩み出す。

 

 「あ、あの」

 「ん?何かな〜?」

 「僕たちって……何処かでお会いしました?」

 「えぇ〜?そんな情熱的なこと言われたら、ヤッチョ困っちゃうなぁ?」

 「えと……」

 「ヤッチョはね〜?バーチャルな存在なんだよ?ここにくるのが初めてな君が私に会ったことあると思う〜?」

 「……ないっすね」

 「じゃあ、ないんじゃないかなぁ?」

 

 確かに、言われてみれば彼女はAIライバーだ。

 仮想現実の場に今現在初めて足を踏み入れた僕が、彼女と絡むような機会を得ていたわけがない。

 おそらく、誰かと勘違いでもしていたのだろう。

 

 「……じゃあ、ありがとうございました」

 「いえいえ〜」

 

 そうして、僕は鳥居を通る。

 抜けた先、広がる視界には先にチュートリアルを終えたであろうかぐやと彩葉が僕を待っていた。

 

 ……そういえば、チュートリアルだって言ってたけど、特に何もしなかったな。別に服(・)も(・)見(・)た(・)目(・)も(・)初(・)期(・)の(・)ま(・)ま(・)だ(・)ろ(・)う(・)し(・)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あれで良かったのか」

 「ん、何が」

 「……あそこまで踏み込んだら、確実にお前が何者なのか疑問を抱くぞ」

 「あぁ……それなら大丈夫だよ」

 「?」

 

 星が降る海で彼女は、思い出しながら呟く。

 

 「……どうせ、忘(・)れ(・)て(・)る(・)だ(・)ろ(・)う(・)か(・)ら(・)」

 「……は?」

 

 何時ぞやの面影を重ねた彼女は憂う。

 想いを寄せた、彼を。

 

 

 





クソボケがいることによって起きた変化に合わせて口調等が多少変化しています。
例えば、かぐやの一人称など。個人的な解釈ですが、かぐやは彩葉からもらった名前をとても喜ばしき思っており、その影響で自らを名前で呼ぶのかなと。本作品では、クソボケの介入により、名前以前にかぐやの存在そのものに焦点を当てている機会がそこそこあるため、原作に比べて、多少「私」呼びが多い形になっております。

こういうのは、書く者や読む者の捉え方次第な気がしますが、他の人はどのように判断しているのでしょうかね?私、気になります。

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