皆さまも、手洗いうがい等はこまめに行うようにして罹らないよう気をつけてくださいね。
そんなことはさておき、今回も少し長めのお話となっております。いつも、あらかじめ作成した話を、投稿用に改めて執筆するといった感じなのですが、何故だか追加で書き込む内容などが多くなってしまい、思ったより進みが遅れてしまっている現状です。なので、一話当たりの文字数を大幅に増やし、予定通りの話数で終えられるようにしました。
正直、一話当たり12000文字ほどのものになるので、文字数が多くて読みづらいよ!って声がありましたら、また改善されていただきます。
改めて、皆さま。
流行り病に気を付けてお過ごしください。
手洗いうがい、大事!
「……ごめん、待たせた?」
「ううん、私たちも来たばっかだよ」
「てんっ!」
「はいはい……少し落ち着こうね」
好奇心の塊のような彼女には案の定、この世界はとても輝いて見えるらしい。
まだ、鳥居を抜けただけの場所にも関わらず、彼女の目線は煌びやかとしている。
……かくいう僕自身も、正直このクオリティには驚いてる。
「……すごいな」
「でしょ」
なんと形容すべきだろうか。
物は見えるし、音は聞こえる。けど、空気の澱んだ感じとか手先から伝わる物の感触はわからない。アバウトに触っているのは伝わってくるが、細かくまでは情報が伝達してこない。多分、匂いも感じないことから嗅覚や味覚もないんだろう。
確かに電脳の世界ではあるが、作られた世界であるとは素直に感じられる。言葉では表しづらい空間なのは確かだ。
「……視覚や聴覚は問題ない。味覚はわからないけど、嗅覚はないのかな……?」
「よくわかったね」
「……水辺の近くにいるのに匂いがないからかな。なんていうんだろう、水辺特有の独特な匂いがあるでしょ?それだよ」
「あー……確かに、言われてみればそうかも」
「触覚もかなりアバウトな感じかぁ……」
「ちょっと残念そうだね」
「うん、少しね。味覚たちはさておき、視覚や聴覚は現実と比べると多少の誤差はあるけど、間違いなく再現されてる。だから、せめて物に触れている細かな感触さえあれば、より一層没入感があったのになって」
「そう言われて見ればそうかも?」
とは言え、それでも没入感が一切ないわけではない。
目から伝わる情報が、確かに僕たちがこの電脳の世界にいることを示している。
それは、こういったものに触れてこなかった僕からすれば、それだけで珍しいものではある。
「……てか、その犬」
「うん?」
「……誰?」
「犬DOGE!」
「いぬどーじ?」
「そう!かぐやが作ったの!」
「そっか……?」
こんな世界でもかぐやはかぐやのままっぽい。
「……かぐや、結構派手だね」
「ね、私も思った。……ギャルいかぐや姫って感じ」
「ギャルいって……。なんか表現がおっさんみたいだよ彩葉」
「え、ちょ、誰がおっさんですかっ!」
「え、彩葉おっさんなの!?」
「違うから!天も変なこと言わないっ!」
ツクヨミだろうと、僕たちはいつも通りらしい。
「彩葉はどっちかっていうと、クールな感じで良いね」
「……そう?」
「うん、いつもの彩葉とは違った印象かも」
「……逆に、いつもはどんな印象だったの?」
「うーん、可愛らしい感じ……かな」
「かわっ……え、あ、あの、それはどういう……意味、ですか」
「どう意味も何も……そのまんまの意味だよ?」
「……私のこと、可愛いって思うの?」
「?思ってるから、そう言ったつもりなんだけど……」
「……」
「彩葉?」
「……てんのばか」
「え、なんで僕が罵倒されてるの……?」
「うるさい……すき」
「えぇ、抓らないでよ……」
女の子って、相変わらずよくわかんない。
……というか、いつまで抓ってるのかな。流石にちょっと痛くなってきた。
「……ねぇ、どういうことかなぁ?」
「何がだ」
「あれ、FUSHIがやったでしょ」
「……知らない」
「嘘は良くないゾ〜?あんなことできるの、ヤッチョ以外に誰がいるのかな〜?ん?ん?」
「……うるさい、別に良いだろ」
「良くないから、こうやって問い詰めてるの。わかる?」
全く、このウミウシはさぁ……。
どうして、いっつも勝手に動くのかなぁ?
「……これが最善だと思うから」
「はい?」
「……これ以上は言わない」
「お?喧嘩するか?」
最善だと?
……そんなわけがあるか。アレがてんに渡ることが何を意味するか。それを知らないわけがない。
「……よりにもよって、
「テン以外に渡す気なんてあるかアホ」
「なんでそんな辛辣なのさ……」
「アレはあいつだけのものだぞ。……他のやつになんか絶対に渡すわけない」
「……それはさぁ、そうなんだけど」
「何がそんなに不満なんだ」
「不満しかないでしょーが。……アレのせいだよ」
「……」
「……アレがあったから」
「……わかってる。でも、これも運命ってやつだ」
「なにそれ」
「テンが言ってた」
「……てんっぽいわ確かに」
わかってる。どうせアレをてんに渡さなくたって、いつかは自分で辿り着く。前だってそうだった、それが輪廻というものなんだろう。
……けど、輪廻というものが変えられないものではないことを、私は知っている。
「……それに」
「?」
「……アレは、どっちにしろテン以外にどうにかできる物じゃないぞ」
「まあね。……でも、怖いものは怖いんですー」
怖い。
幾星霜を経ても尚、あの瞬間の情景が頭から離れてくれない。私は、あれより先の世界を知らない。だからこそ、ずっと想像してしまう。
……最悪の結末を。
「……私たちにできるかな」
「何を今更、今頃怖気付いたか」
「……怖いものは怖いんだよ〜?」
既にこの円環は覆りつつある。
……逆に言えば、これからは予定通りにはいかないと考えるべきだろう。
「……でも、やらないとだもんね」
「ん」
今度こそは、失いたくない。
もう、あんな思いをするのは嫌だ。
「……てん」
彼を思うと、胸が暖かくなる。
だからこそ、この熱をもう手放すようなことだけはあってはならない。
「……好きだよ」
「……」
「なんだよ、その目は」
「……別に」
「言いたいことがあるなら言えばいいじゃん!てんへの想いを噛み締めて、ヤッチョが酔いしれてる良いシーンだったよね今?……乙女心がわかってないよほんと」
「ぷっ……乙女って」
「あ?もういっぺん言ってみろ?ん?」
「乙女(笑)って……なぁ?」
「ほぉ……?」
この煽り性能は誰から譲り受けたんだろうなぁ……ねぇ、てん?
「……それで、満足した?」
「うん、全然!」
「はぁ……言っとくけど、今日はここまでだからね?私たち明日も学校あるし」
「えぇ〜!かぐやまだ満足してないよ!?」
「うるさい。……別に明日も来るから、今日はこの辺で満足して頂戴」
「むぅ」
「文句言わないの」
「は〜い……」
天と合流した私たちは、ツクヨミ内をある程度散策していた。
ツクヨミでの、ある程度の流れなんかを二人に教えつつ、どんな感じのものがあるかだとかを軽く教えて回っていた。
……正味、かぐやが勝手に走り回るからそれどころではなかったが。
「ん、そろそろ帰る感じかな」
「うん、流石に明日も学校だしね」
「そうだね、これ以上は流石に明日に響くか」
「まぁ、明日もまた来るし今日はこれぐらいで良いでしょ」
「だね」
こうして、私たちはログアウトを済ませて部屋に戻ってきたわけだが……。
「……これどういう状況?」
「さぁ?僕だって知りたいよ」
かぐやが天の上に乗っかって寝ていた。
……いや、どういう状況。羨ましいんだが?
「……私が一瞬トイレに行ってる間に何があった」
「なんか、乗っかってきてそのまま寝た」
「はぁ?この一瞬で寝るとか子供かよ」
「実際、ついこないだまでは子供だったけどね」
「……確かに」
言われてみれば、ついこないだまでは確かに子供だった。
にしたって、この一瞬でこんなに深く眠るとはどんな体してんだこいつ。
「……ごめん、今日もここに泊まっていくことになるかも」
「別に良いよそれぐらい。むしろ、泊まっていってほしかったぐらいだし」
「……え?」
「……天ともう少しだけ一緒にいたかったから」
「えっと……そっか?」
「うん……」
「……」
天とは最近、一緒にいることが増えた。
けど、大抵かぐやもいるから二人きりとは言いづらいのが現状だった。なら、かぐやがいてもいいから少しでも一緒にいる時間を増やしたかった。
少しでも増やして、天を感じていたかった。私の隣に天がいるんだって。
「……彩葉ってさ、結構寂しがりやだったりする?」
「……え?」
「前にもさ、似たようなこと言われたなって」
「前?」
「うん、前に『何処にも行かないで』って言われたなって。ほら、かぐやを連れて返ってきた時にさ」
「あ……」
あのときか。
あのときのことは、今でも鮮明に覚えている。私の心に強い焦燥と独占欲を刻み込み、天への想いを自覚するきっかけになった出来事だ。忘れるわけがない。
「……ねぇ、天」
「なに?」
「あのときにさ、私が言ってたことって」
「……うん?」
「どれぐらい覚えてるの」
「えっと……状況が状況だったから、あんまり情報が入ってこなくて」
「……うん」
「だから、あんまり聞き取れてないっていうか。……さっき言ったことぐらいしか覚えてないかな」
「……そっか、じゃあさ。もう一回言うから、今度はちゃんと聞いてほしいな」
「え、うん?」
なんでだろうか、いつも天といると正常な判断が出来ない。
ここで伝えたって、何かが大きく変わるわけじゃないことぐらいはわかっている。
けど、伝えたい。知って欲しい。私がどれだけ貴方を想っているかを。
「天は自覚ないかもだけどさ、私って結構天に救われてるんだよね」
「え……?」
「……私ってさ、独りだったじゃん。別に友達とかはいるけどさ、なんて言うの?何でもかんでも一人で抱え込みがちって言うかさ。……孤高であろうとし続けてた。一番じゃなければ意味がない、そう思い込んで何でもかんでも抱え込んで、自分の弱さから目を逸らしてた」
「……」
「でも、天がその弱さを肯定してくれたから、私は変われたんだ。弱さを誤魔化して笑うよりも、弱さを受け入れて泥臭くても前を向こうとすることが大事だって教えてくれたから」
「……そんなことも言ったっけ」
「だから私、受け入れたよ。自分の弱さをね。私って、本当は独りが嫌なんだ。お父さんが亡くなってから、ずっと思ってた。お兄ちゃんまでいなくなって、私独りぼっちになっちゃうんじゃないかって」
「実際、独りだって思うことは多かったし、それがすごく嫌だった。お母さんはそんな弱い自分を認めてくれなかったし、なんでも自分一人で出来ることを求めてくるんだよね。だから、お母さんに反発するように家を出てきたんだ。……そのせいかな。私は強く在り続けなければいけないって思ってた。弱さを認めたら、また昔の自分に戻ってしまう。そしたら、お母さんはまだ私を認めてくれないんだって」
「……弱い自分だから、お母さんは認めてくれない。だから、弱さを受け入れた上で、何でもかんでも完璧にこなす。それが私がお母さんに私を認めてもらう方法なんだって、躍起になってた。……でも、もう認めてもらう必要はないんだ」
「……それは」
「それはね、天がいるからだよ。私はさ、独りが嫌だったからお母さんに認めてほしかったんだ。お父さんもお兄ちゃんもいなくなって、そんな中でお母さんに認めてもらえなかったから、私は独りぼっちになっちゃうって思ってた。それが何よりも嫌で、反発するように強くあろうとしてた。……けど、今はもう天がいる。だから、弱さも受け入れられるようになったよ……?」
「……」
わかっている。
こんな重い想いを伝えたって意味がないことぐらい。天から見れば、私なんてただの隣人だ。かぐやという秘密を共有する、少しだけ変わっただけの関係。……けど、それ以上でもそれ以下でもない。
「……ごめん、急に」
かぐやと過ごすようになってから、自分に素直な姿がいつも羨ましかった。
そうだ、羨ましかったんだ。天の横にいるのに、距離を縮めるのに時間がかかった私と、たった数日でそれを成し遂げたかぐや。
……無意識に自分と比較してはいつも自己嫌悪していた。なんでそこまで素直になれるんだとか、どうしてそんなにすぐ受け入れてもらえるんだとか。考えれば考えるだけ思い浮かんで、かぐやに対する醜い感情がより浮き彫りになる。
「……彩葉」
でも、かぐやのことは嫌いじゃない。
むしろ、好きな方だ……うん。あいつの愚直さは玉に瑕だけど、良いところでもあるんだ。それに、天と少しだけ似てる。
天に対する気持ちとは違う。けど、かぐやがいるこの日常が大切なのは間違いではない。
……だからこそ、そんな醜い自分が嫌になる。
「……あ、れ?」
弱さを受け入れられるようになったのに。
これじゃ、何も変わってない。
「……彩葉?」
あぁ、想いが溢れるのが止まらない。
私ってこんなに弱かったっけ。
「……っ!彩葉!」
「え、な、なに……天?」
「……泣くぐらい嫌なら、無理しなくて良いんだよ」
「……へへ、なんかそれ前も聞いた気がする」
「そんなこと言ってる場合じゃ……」
「……ううん、大丈夫だから。ごめんね、急に」
天は相変わらずだ。
前にもおんなじようなこと言われたっけ。
「……ちょっと待ってね」
「え?」
「……かぐやを起こさないように退かすから」
「ちょ、え?」
そう言って、天はかぐやを慎重に布団に移動させる。
「……ずっと壁に寄りかかってたから、少し腰が痛いや」
「大丈夫?……てか、なんで急にかぐやを」
「ちょっとだけ話がしたいなって」
「話……?」
「うん、だからさ。ちょっと散歩しない?」
月光に照らされた姿が、なんだが眩しくて直視できなかった。
微かに聞こえる虫の声と、私たちを照らす月光の中を歩いて辿り着いたのは、ちょっとした公園だった。
「……天?」
「じゃ、座ろっか」
「えと、はい……」
私は天の横に腰を下ろす。
どこにでもある、小さなベンチに私たちは二人並んで座る形となった。
「あの、一体何を……?」
「少しだけ真面目に話をしたかったんだ」
「え?」
私を見つめる天の瞳がいつもよりも鋭い。
こんな天は初めて見た。……ちょっと良いかも。
「……彩葉がさ」
「……うん」
「弱さを受け入れられるようになったのは僕のおかげだって言ってたじゃん。……正直、僕にはそんなことできるほどの力なんてないと思うんだ」
「……そんなことないし」
「あはは……まぁ、彩葉が言うならそうなのかもね」
「うん……」
「で、まぁ。そう言われるからにはさ、僕も伝えるべきことがあるかなって」
「伝えるべき……こと?」
真剣な瞳が私を貫く。
「……僕だって、彩葉には散々救われてるんだ」
「私が……天を」
「……彩葉に出会うまで、ずっと消えたかったんだ。どこかに消えて終わってしまいたかった。でも、そんなことをする余力すら僕には残ってなくて、いつも無気力に生きてた」
「消え、て……?」
「前に少しだけ話したよね、僕の家族のこと」
「う、うん」
「……僕の家族はさ、土砂崩れに巻き込まれたんだ」
「え」
「……中学の時かな。僕がずっと家族でキャンプに行きたくて、家族をキャンプに誘ったんだ。キャンプはすごく楽しかった。父さんも母さんも、兄さんもみんな笑顔でさ。……すごく幸せだったんだ」
「……」
「……けど、夜頃から強い雨が降ってきてね。宿泊は諦めて帰ることにしたんだ。そして、山を下っている最中に事件が起きた」
「それ、は」
「そう、さっき言った土砂崩れだよ。土砂崩れって言っても、そんな大きいものではなかったけどね。元々緩かった地面が雨のせいで崩れたって感じの規模感だったよ。……その土砂崩れに巻き込まれて、気がつけば僕は病院にいた」
天の声が強く震えている。
それでも、私を捉える瞳は力が籠ったままだった。
「……僕だけが助かった。それは運が良かったとかじゃない」
「え……?」
「……発見当時、僕は家族全員に抱きつかれるようにして見つかったらしい」
「……」
「おそらくだけど、みんなが僕だけでも助けようとしてくれたんだと……思う。あんな狭い車内で、わざわざ身を乗り出してまで僕を守ろうとしてくれたんだ」
「天……」
「……目が覚めてからずっと、考えちゃうんだ。あの日、誘わなければみんな死なずに済んだんじゃないかって」
「あの日の後悔がずっと僕を過去に縛り付けてる。……そんな日々に現れたのが君だった。初めは変わった人だなとしか思ってなかった。いつも何かに追われるように無理して頑張っててさ、正直いつか壊れちゃうんじゃないかって思ってた」
「……そんな彩葉を見てるとさ、よく思うんだ。いつか倒れたりして、家族が悲しむんじゃないかって」
「……」
家族……。
「何があってもおかしくないからこそ、家族を悲しませることはしちゃいけないよ……って思って声をかけたんだっけな。そこから沢山話すようになったよね」
「うん……」
「最初の方はただの世間話ばっかだったけど、次第に普通に会話することも増えてきてさ」
「一緒に昼食を食べたり、宿題を一緒にすることもあったね」
「そうやって彩葉と関わる日々が僕にとっては大切だったんだ。……失いたくないって思えるほどに」
天の気持ちをこうして聞くのは初めてだった。
だからこそ、怖かった。……重い自分とは違って、彼は軽いんじゃないかって思っては、いつも胸が締め付けられる。自分だけがこの関係を大切にしているんじゃないかなって焦燥がいつもあった。
……でも、天も同じ気持ちだったんだ。
「……まぁ、それを自覚したのはかぐやのおかげなんだけどね」
「え?」
「かぐやを見守る中で、今の日々や目の前の小さな命の尊さを実感してさ、大事にしなきゃなって」
「……確かに、ちょっとだけわかるかもそれ。私もかぐやがいたから、改めて天が大事だって気付けたと思う。なんて言うんだろ、この日々が大事なんだってもう一度実感させられた……です」
「あはは、なんで敬語?」
「……わっかんない」
あらためて、口に出すと少しだけ照れくさいものがある。
「まぁ、何が言いたいかって言うと……救われたのは僕も同じ、だから僕だって彩葉に感謝を伝えたかったんだ」
「……そっか」
「だから、ちゃんと伝えるよ」
さっきまで聞こえていたはずの虫の声が聞こえてこない。
人の音も何もかもが、今は鳴りを潜めている。
まるで、この世界に私たちしかいないみたいに。
「ありがと」
あぁ、もうなんでそういうことするかなぁ。
「い、彩葉?」
「……ううん、なんでもない。それより、私の方こそありがとうだよ」
「え?」
「私も沢山救ってもらったし、いっぱい温かい気持ちを教えてもらったから。だから、ありがとうなの」
「……そっか」
胸が温かい気持ちで満たされていく。
天と一緒だといつもこうなってしまう。……だけど、嫌な気持ちではない。むしろ、嬉しい気持ちでいっぱいだ。
「……ちょっと、寒くなってきたね」
「そろそろ戻ろっか」
「ううん、まだここにいたいかな」
「明日も学校だからって怒ってたのは、どこの誰だっけ……?」
「知りませーん」
まだ、全部は伝えられていないけど。
それでも、天が私や私との日々を大切に想ってくれているのなら、今はまだこの関係のままでいい。
「……月が綺麗だね」
「居待月?ってやつだっけ……って、なんか怒ってる?」
「べっつにー」
けど、鈍感すぎるところは変わってほしいかな?
「……そろそろ戻ろっか」
「ん、そうしよっか」
あのまま、私たちは軽い雑談していた。
「……天」
「ん?どうかした?」
「……手、繋いでも良い?」
「えっと、別に良いけど……」
えへへ、手繋げちゃった。
「……お義母さんたちのことはさ、とても悲しいことだと思う」
「彩葉?」
「……だから、私が天を幸せにしてあげる。辛いなって思うことがあれば、全部無くしてあげる。悲しいって思うことがあれば、悲しさなんて吹き飛ぶぐらい楽しい思いをさせるし、寂しいなって思うならずっとそばにいる」
そうだ、ずっと一緒にいればいい。
天の側にずっと。そうしたら、天も悲しい思いをしなくて済むし、前を向くきっかけにもなると思う。
だって、私のことが大切なんだから。……えへへ。
「辛い過去も後悔も全部一緒に背負ってあげる。だから、私のそばにずっといて」
「……ずっとなんだ?」
「うん、ずっと。私の日々に天がいないのは、もうあり得ないから。……天だってそうなんでしょ?」
「すごい自意識過剰な人みたいに言うね……たしかに本当だけどさ」
「じゃあ、ずぅっと一緒にいよ?」
「あ、はい」
ずっとそばにいれば傷つくことはないし、仮に傷つくことがあっても一緒に分け合えばいい。
健やかな時も病める時もずっっと一緒にいて、辛いことも全部分かち合って傷を舐め合っていけば、辛いことも乗り越えていけると思うんだ。
……だから、ずっと一緒にいようね?
「……なんかすごい寒気が」
「気の所為じゃない?」
「そうかな……?」
身震いしながら少し怯えた様子の天も可愛い。
「……ねぇ、今度のお盆さ。一緒に挨拶に行ってもいい?」
「それは良いけど……。彩葉は良いの?」
「うん!むしろ、お世話になってるって挨拶がしたいからさ」
「それなら全然良いんだけど……」
お盆まで、一ヶ月もないぐらい。
それまでには、挨拶できるぐらいの関係になれたら上出来だろうか。
「……てか、ここの公園よく知ってたね。あんまりこういうとこ来る機会ないと思うんだけど」
「……え?別に知らないけど」
「?え、でも、真っ直ぐここに向かってなかった?」
「いや、そんなことはないと思うんだけど……」
「えぇ、最初からここに向かってるようにしか見えなかったよ……」
実際、ここに向かう足取りには力強さがあった。まるで、最初からここを目指していたかのように。
それに、この公園に着いた時も一目散にベンチに向かって行った。
……公園の入り口からは死角になって見えない位置にあるベンチに。
「……お義母さんとかと小さい時に訪れたとかはないの?昔によく遊んでた公園とかない?」
「小さい時に訪れた記憶はないかな。……てか、そもそもそんな時のこと覚えてないし」
「……まぁ、確かにそう言われればそうか。幼い頃によく遊びに来てたとしても、あんまり覚えてないことの方が多いもんね」
「いや、そうじゃなくてさ」
「?」
「母さんたちと出会ったのは中学に上がる少し前なんだよ」
「え?」
「詳しくは覚えてないけど、それまで僕施設にいてさ。そんな僕を引き取ってくれたのが母さんたちだったんだ。だから、昔のことはよく覚えていないっていうか……」
「そうだったんだ……ごめん」
「いいよ、それぐらい。むしろ、言ってなかった僕が悪いしね」
あんまり気にかけた様子もなく、天は呆気なくそう言う。
……確かに、あまり覚えていないことなら変に気を使う方が宜しくないのかもしれない。
「……ん?ねぇ、天」
「どうしたの?」
「小学生の時の自分とかは覚えてないの……?」
「うーん、別に小学生の時に限った話じゃないんだよね。正直、中学生の時のこともあんまり覚えてないし」
「え……?」
「家族のことはちゃんと覚えてるんだけど、同級生とかのことはよく覚えてなくてさ。自分のことも結構曖昧って言うか、考えたこともなかったって言うか……」
「……それって、事故に遭ってから?」
「多分そうなのかな?今まで考えたこともなかったから、よくわかんないかも」
「……」
私は甘かった。
天の過去を、単なる悲劇譚のように受け取っていた。事故で家族を失くした過去や、そのきっかけとなった自分に対する強い自己嫌悪。
ただ、それだけだと思っていた。だから、そんな過去を後悔する天が私やかぐやとの出会いの中で少しずつ前を向けていることは、良いことだと思っていた。
……けど、これは違う。
「……彩葉?」
「……ううん、なんでもない。早く帰ろっ?かぐやが起きたら、私たちいなくてびっくりしちゃうしさ」
「う、うん?」
天の状態は、私が思っているよりも何倍も悪かった。
……これは、放っておいて良いものじゃない。
——解離性健忘。
心的外傷やストレスによって引き起こされる精神障害の一種。よくあるのは、過去の強いトラウマに対して防衛反応として、その記憶の一部を封じ込めてしまうものとかだ。
健忘には様々な種類が存在する。
最も多いのは限局性、特定の時期だけを忘れるというもの。他には、トラウマなどを忘れる選択的健忘。そして、自分に関する全てを忘れる全般性健忘。
……天は全般性の健忘に近い。けど、家族のことは覚えている。だからこそ、あまり放っておける状態じゃない。
自分に関する記憶の殆どを忘れてしまうほどの強い心的外傷。にもかかわらず、家族のことだけは鮮明に覚えている。
全てを忘れてしまうほどの強いダメージを負ったのに、家族だけは忘れていない。一見すれば、それは良いことのように思えるかもしれない。けど、そのダメージを負うことになった原因も家族が関係している。
全てを忘れてしまうほどのことなのに、家族のことだけは覚えていないといけない。
……それは、全てを忘れてしまうほどの辛さを常に抱え続けるのと同義ではないだろうか。
「……天、これからは一人で寝るの禁止ね」
「はい?」
……あの服薬も、そういうことか。
本人はちゃんと理解しているのかはわからないが、きっとあの薬もそういうことなのだろう。
「あと、ご飯も一人で食べるの禁止。これからはずっと一緒に食べること」
「え、彩葉がバイトだった時はどうすれば……」
「そんときはかぐやと食べなさい」
「えっと」
「返事は」
「はい……」
天に一歩近づいたと思ったら、また一歩離れていってしまった。
……私には、この距離がもどかしくて仕方がないや。
「……んっ、てん……?え?」
てんの上で眠ったところまでは覚えている。
でも、目が覚めたら誰も部屋にいなかった。……なんで?
「てん?……てか、彩葉もいない?え?どゆこと?」
部屋中を見渡しても誰もいない。
彩葉もてんも誰もいない。まるで、一人世界に取り残されたかのよう。
「え、なんで……かぐやが悪い子にしたから?」
怖い、怖いよ。
寂しい。二人ともどこに行ったの……?
「てん……どこぉ?」
怖い。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い——。
「……こわい。ひ、ひとりはやだよぉ」
かぐやが悪い子だから捨てられたのかな。
言うこと聞けなかったから?ちゃんと約束守れなかったから?彩葉のお金勝手に使っちゃったから?
「ごめんなさいするからぁ……ひとりにしないでよぉ……」
「……かぐや?」
「っ!てんっ!」
「おっと、そんな急に抱きつかれると転んじゃうよ」
「彩葉もいるっ!」
「う、うん?私はいるけど……どしたの?」
あたたかい。
てんの温もりを感じる。この温もりが欲しかったんだ。
「……ふたりともいなかったから、かぐや捨てられちゃったのかなって思っちゃった」
「す、捨てっ!?そ、そんなことするわけないでしょ!」
「あはは……流石にそんなことしないよ」
「うん……でも、こわかった」
「……ごめんね」
「ううん!二人ともいるから大丈夫っ!」
あぁ、二人ともいる。
かぐやの腕の中にはてんがいて、それを少し呆れつつも優しそうに見守ってる彩葉がいる。この日々が大好きなんだ。
……だから、いなくなっちゃやだよ?
「……まさか、かぐやが泣くほど悲しむとは」
かぐやには内緒で家を出たとはいえ、あそこまで悲しまれるとは思わなかった。
「それだけ僕たちのことを大切に想ってくれてるってことか……」
彼女たちが、僕のことを大切に想ってくれることは普通に喜ばしいことではある。
が、それを素直に喜べないのも現状ではある。
「……ほんと、幸せそうに寝るなぁ」
ほんの少し、トイレのために寝床を離れていた。
少し音で起こしてしまわないか心配だったが、二人ともそんなことに気づく様子もなく、幸せそうな顔で寝ていた。
「……今日も一日、二人ともよく笑ってくれてたな」
僕といるときの二人は、笑顔が多い。
他の人といる二人をあまり知らないのもあるが、僕と一緒にいるときの彼女たちはいつも笑顔な印象がある。
だからこそ、少しでもその笑顔が曇るとすぐ気にかけてしまうのだ。
「……俺があの笑顔を生み出したんだってさ」
誰かに向けたわけでもない呟きが部屋に漂う。
なんで、その言葉が誰かに向けたかのように放たれたのかは、俺にもわからない。
ただなんとなく、口から溢れていた。ただ、それだけだった。
「……笑えるよな。今更、誰かを笑顔にするなんてさ」
何に対する後悔だろうか。
自分でもわからない。ただひたすらに、とめどなく後悔の念ばかりが言葉として溢れてくる。それは、忘却してしまった過去への未練なのか。それとも違う別の何かなのか。
俺にはわかりそうにもない。
「……二人のことは大事だし、この日々は大切だよ」
彩葉の照れくさそうに笑う顔が、かぐやの真っ直ぐで愚直な表情が俺は好きだ。
そんな二人に揉まれて、苦労しつつもみんなで笑い合える今が何よりも大切だと感じる。
……だからこそ。
「……もう、失うのは嫌なんだ」
俺のせいで、誰かを失うのだけは嫌なんだ。
彩葉もかぐやも、芦花も。
誰一人だって失いたくはない。
「……ほんと自己嫌悪ばっかで嫌になるな」
この癖はきっと、死んでも治らないだろう。
ここまで染み付いた癖というものは、そう簡単には治らない。きっとこれからも、死ぬまでずっと己自身を嫌悪し続けていく。
嫌悪して、そして悔やむのだ。いつか訪れるその終わりに、自らを嫌悪し、悔やんではようやく手に入れたい幸せを手放す絶望に打ちひしがれて朽ちていく。
それこそが、俺が行うべき贖罪なのだ。
「……もう終わりは見えてる」
俺が迎えるべき終わりはとっくに見据えている。
なら、あとはそこに向かっていくだけなんだ。
……なのに、少しだけ躊躇ってしまうのはきっと、彼女たちが大切だと想ってしまったからだ。
彼女らを遺して終わることをどこかで望まない僕がいるんだ。
彼女たちと幾つもの時間を共有し、触れ合ってきたからこそ、彼女たちとまだ共に歩みたいと思ってしまう。
「……いや、むしろこの方が好都合か」
矛盾している方が、終わるのがきっと苦しくなる。
「苦しんで終われるのなら、なんだっていいか……」
気がつけば、月は雲に覆い隠されて見えなくなっていた。
「って、良いわけがあるかぁ!」
「……うるさい」
「そりゃあ、うるさくなっちゃうってもんでしょーが!ええ!」
「……ガチでうるさいからヤメろ」
「……それはちょっとごめん」
偶然、彼の言葉が端末越しに聞こえてきた。
そう偶然。別にやましいことなんてしてないよ?なんとなーく耳に入ってきただけ。ウンヤチヨワルイコトシナイモン。
「にしても、あの感じなら長くは持たないぞ」
「わかってますぅ。……ここまで早いとは思ってなかった。明らかに前よりも早い気がする」
「……そりゃあまぁ、多少は変わるだろ」
そう、明らかに前回よりも早いのだ。
正直、前回との変化こそ分かってはいるものの、その原因に関しては滅法見当がつかない。
というか、彼自体を見つけるのに随分と時間がかかったのだ。彩葉の側に現れるのは知っていたからこそ、見つけることはできたが、そこに至るまでの過程で見つけることはできなかった。
「正直、アレを見つけるのも時間の問題だぞ」
「……わかってる」
「今のアイツにアレが見つかるのは避けたいんだろ」
「わかってるよっ!!」
見つかるのもアレを使うのも、別に構わない。
けど、それでてんが消えてしまうことだけは絶対に許せない。せめて、てんの想いが別のものになるのならそれでいいんだ。けど、あの考え方のてんにアレを使わせるわけにはいかない。
……もう、自己犠牲だけは絶対にさせないって決めたから。
「……アレを使わせるには、死ぬことを諦めてもらう必要がある」
「ん」
「そのためには、かぐやと彩葉にてんを救ってもらわなくちゃいけない」
「何か案でもあるのか」
「うん、二人のことはよくわかってるからね。簡単な話——
——てんへの独占欲をちょーぜつに刺激しまくって、二人にてんを愛で手篭めにしてもらえばいいんだよ」
「……乙女(笑)の考えはすげーな」
「おい」
「シラネ」
「あ、逃げんなっ!」
全く、乙女をなんだと思ってるんだか。
・クソボケ
本作を通してのテーマは自己矛盾。素直に死ぬより苦しんで死にたいタイプの人。
過去が簡単に明かされたと思ったな!そう簡単にはいかないぞ!って感じらしい。
・超人さん
本作を通してのテーマは依依恋恋又は愛屋及烏。死ぬなら好きな人と共に朽ちたいタイプの人。
多分、本作で一番単純で分かりやすい。あと、湿っぽい。
・たけのこちゃん
本作を通してのテーマは愛執。死ぬ……?ひとりにするの?って人。
単純な依存具合でいったら多分本作随一。けど、自覚症状はないみたい。
・8000年さん
本作を通してのテーマは希望。誰も死なせたくない!って人。
圧倒的湿度や依存度を誇る元たけのこちゃんだけど、今は目的のために光堕ちして鳴りを潜めているよう。多分、裏主人公みたいな立ち位置。
・おはなちゃん
本作を通してのテーマは自己犠牲。今はこれだけっぽい。