辻褄の合わないところがあったら教えて欲しいです
01.善人の檻
「見てノア、レノ! 今週の【善行ポイント】、私ついにA判定(アッパー)に上がったよ!」
全面ガラス張りのクリーンなリビングに、ハルの弾んだ声が響いた。
彼女が掲げたスマート端末の画面には、輝かしい金色のランクバッジと、『現在の徳:8,200pt』という数字が表示されている。
短い黒髪を揺らし、無邪気に喜ぶハルを、僕――ノアは眼鏡の奥の瞳を和ませて見つめた。
「おめでとう、ハル。毎日欠かさずシェルター内のゴミ拾いや、下級生の手伝いをしてたもんね。努力が認められて良かった」
「ふん、まあハルにしては上出来だな。これで16歳になったら、予定通りハルも『上層都市』へ行けるわけだ」
レノが不愛想にスープを口に運びながら言う。
ハルは「もう、レノは一言多いんだから!」と頬を膨らませるが、すぐにまた嬉しそうに笑った。
ここは、国が管理する全寮制の自立支援シェルター『アーク』。
すべての行動がAIに監視され、スコア化される世界だ。
「16歳までに善行ポイントを溜めてA判定になれば、汚染のない綺麗な『上層都市』へ卒業し、普通の人間として幸せに暮らせる」ハルは、学校の教科書に書かれたその言葉を、1ミリも疑わずに信じていた。
「ハル。素晴らしい成績ですね」自動ドアが静かに開き、グレーの軍服を隙なく着こなした女性――【指導官ジュリア】が部屋に入ってきた。
約100人の子供たちを統括する彼女の顔には、一切の私情が排されている。
ここは国営の更生施設なのだ。ジュリアは冷徹なシステムの一部として、淡々と告げた。
「ハル。あなたの高いスコアと従順さは、上層部の目にも留まりました。あなたには16歳になったら、上層都市へ行くのではなく、このシェルターの『次代の指導官(管理者)』としての訓練を受けてもらいます。この管理システムを維持する歯車になりなさい」
「え……? 私が、指導官に……?」
ハルは息を呑んだ。
それはつまり、僕やレノと一緒に「上層都市の街」へ行く夢を諦め、一生この監視だらけのシェルターで、子供たちを取り締まる側に回るという意味だった。
「……あの、指導官。私は、みんなと一緒に普通の街へ行って、普通に働きたいです。私が指導官になったら、2人と離ればなれに……」
ハルが純粋な理想を口にすると、指導官ジュリアは感情の失せた瞳で、ハルを冷たく見下ろした。
「拒否権はありません、ハル。システムの決定は絶対です。……違反すれば、即座にポイントは剥奪されますよ」
ジュリアはそれだけ言い残し、冷たい足音を立ててリビングを出ていった。
ハルが「どうして……」とショックで俯いた時、僕はハルの肩を優しく叩いた。
「ハル、先に部屋に戻って休みなよ。ショックなのは分かるから。ここの片付けは僕とレノでやっておくよ」
「……うん。ありがと、ノア」ハルが力なくリビングを出ていく。
その背中を見送りながら、僕とレノは静かに拳を握りしめていた。
ハルの純粋な夢を守るための、僕たちの長い戦いが、ここから始まろうとしていた。