「……おい、ノア。いい加減にしろ、説明しろよ」
自室に戻り、重い鉄製のドアが閉まった瞬間、レノが抑えきれない怒りを声に乗せて僕に詰め寄ってきた。
僕は何も答えず、デスクに向かって自作の黒い携帯端末を起動する。壁のAIカメラの死角に設置した僕たちだけの秘密の有線回線。
それを端末に差し込むと、無機質な部屋の壁一面に、超高速で流れる青いコードの群れが投影された。
「ノア!」
「静かにしてくれ、レノ。AIの音声認識を誤魔化すジャミングは張ってあるけど、大声を出すと振動ログで不審がられる」冷たく突き放すような僕のトーンに、レノは息を呑み、拳を握りしめながら僕の背中を睨みつけた。
「さっきハルの前で言った『システムのバグ』ってのは何なんだ。お前、指導官ジュリアの決定をひっくり返す算段でもあるのか?」「ひっくり返すんじゃない。……改ざんするんだ」
キーボードを叩く僕の指先が、ある一つの赤い暗号の塊で止まる。壁一面のコードが収束し、ひとつの
【極秘閲覧ログ】
が浮かび上がった。
「これを見てくれ、レノ。去年の冬、僕たちの二つ下のクラスにいた『ルイ』っていう男の子を覚えてる?」
「ルイ……? ああ、体が弱くて、いつも訓練を休んでたあいつか。……急に『別の特別支援施設に転入が決まった』って、指導官から発表されていなくなっただろ」
「それが最初の嘘だ」画面が切り替わり、アークの最下層にある、錆びついた廃棄物処理区画の防犯カメラ映像が再生される。
そこには、怯える幼いルイの小さな手を引き、暗い通路を必死に走るハルの姿が映し出されていた。
「これ、は……」
「ルイは【善行ポイント】の累積が、10歳未満の生存最低基準値を下回った。つまり、この施設にとっての『不適合品』として、夜中に秘密裏に『殺処分』されることが決定していたんだよ。
ハルはそれを知り、あの夜、自分のポイントを全て偽装してルイを最下層の物置に匿った。
そして、外の世界へ繋がる廃棄ダクトから、彼を逃がそうとしたんだ」
レノの顔から血の気が引いていくのが、横目をみなくても分かった。
「バカな……。じゃあ、ルイは外の普通の街に逃げられたのか?」
「いや。ダクトを抜けた先は、普通の街なんかじゃない。人間を遥かに超越したおぞましい【バケモノ】ののさばる、汚染された地獄の荒野だ。ルイは外に出た直後、監視ドローンに射殺された。
ハルが必死に匿った行為は、システムにとっては『国家資産の隠匿および逃亡幇助』。つまり、一発で死刑になるレベルの国家反逆罪(重罪)だ」
「なっ……! じゃあなんで、ハルは今も無事なんだよ!?」
レノが僕の肩を掴み、狂ったように揺さぶる。
僕は眼鏡を指で押し上げ、冷たい声のまま、壁の画面をさらに切り替えた。
「僕があの夜、ハルの通信ログと防犯カメラのデータを全てハッキングして、僕のIDに書き換えたからさ。AIの定期検閲の目を眩まし、ハルの『罪の履歴』を僕の端末の中に隔離し続けた。……でも、それももうじき限界を迎える」
画面に、指導官ジュリアのサインが入った、明日の【AI全領域検閲】の指令書が表示される。
「明日、このアークのすべてのデータが中央サーバーへ同期される。そうなれば、僕が隠蔽していたハルの過去の罪は100%暴かれる。ハルは指導官になるどころか、明日の朝には心臓を撃ち抜かれてゴミ箱に行くだろうね」
「嘘だろ……。おい、ノア、お前ならできるだろ!? もう一回ハッキングして、そのデータを今すぐ完全に消せよ!」
「消せないよ。一度システムに記録されたバグは、上書きするしか消す方法がないんだ」
僕はレノの震える手を静かに外し、キーボードの『実行(Enter)』キーに指を添えた。画面に映し出されたのは、ハルの『生体適合データ』。
そして、僕自身のデータ。
「ノア……お前、まさか」
「ハルの『国家反逆罪のログ』を、僕の生体データと完全に融合させる。
ハルの代わりに、僕が全ての罪を被って、明日の検閲で『出頭(排除)』する。
……レノ、男子は16歳になると普通の街に行けるわけじゃない。
外のバケモノと戦うための、使い捨ての『電子特攻兵器』の脳にされるんだ。
僕は、ハルの身代わりとして、その兵器の脳(システム)になる」驚愕と絶望で言葉を失うレノに向き直り、僕は、ハルには決して見せない『狂気の笑み』を浮かべた。
「ハルは綺麗事が大好きだ。だったら、あいつのあの笑顔と理想は、僕自身を代償にしてでも、最後まで本物のまま守り通してやる」