「ふざけるな……ッ! ふざけるなよ、ノア!!」
デスクのハッキング画面を前にした瞬間、レノの怒号が部屋に響き渡った。
レノは僕の胸ぐらを掴み、そのまま壁へと乱暴に押し付けた。
背中に走る鈍い痛みにも、僕は眉ひとつ動かさずに、眼鏡の奥から幼馴染の燃えるような瞳を見つめ返す。
「お前が消えて、ハルの身代わりになって、明日出頭する……!? そんなことをして、ハルが喜ぶと本気で思っているのか! あいつはな、お前も含めて『みんなで』上層都市に行くのが夢なんだよ!」
レノの掴む手に、じわじわと血が通わなくなるほどの力が籠もる。
彼の目からは、悔し涙が溢れて床の白いタイルへと落ちて弾けた。
ハルは綺麗事が大好きだから、自分のために誰かが犠牲になったと知れば、二度と笑わなくなる。
レノの言うことは、いつだって正しい。正論だ。
「……上層都市なんて、最初からどこにも存在しないよ、レノ」
「え……?」
僕が酷く静かに告げると、レノの動きがピタリと止まった。
「僕たちの教科書に載っている綺麗な街も、青い空も、全部AIが作ったただの映像データだ。16歳になった男子は、生きては帰れない最前線の『電子特攻兵』として戦場に使い捨てられる。……そして女子は、このシステムに都合のいい『指導官』になるか――ルイと同じ『処分』だ」
レノの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
掴まれていた僕の胸ぐらから、自然と力が抜けた。
「ハルはさっき、ジュリア指導官の打診を拒絶した。あいつは絶対に理想を曲げない。明日の朝、僕がルイの件のデータを上書きして身代わりに出頭し、ハルの目先の一発処分を回避できたとしても……数年後、指導官の育成期間が終わって正式に拒絶した時点で、ハルは『不適合品』として処分される。ハルの未来には、最初から死しかないんだよ」
「っ……! だったら、今すぐ3人でここから逃げ出す計画を立てろよ! お前天才だろ!?」
「逃げられない。中央AIの監視ログは、僕たちの生体IDと完全に紐づいている。だから、僕が明日出頭して電子特攻兵のシステムに入り、内側から国営アークの管理サーバーにアクセスし続けるんだ」
僕はデスクの端末から、一つの暗号化されたデータチップを抜き取り、レノの震える手のひらに握らせた。
「これは……?」
「僕が最前線のシステムからハッキングを続けて、ハルの生体データに致命的なバグを意図的に仕込み続ける。ハルが16歳になっても17歳になっても、
AIが『エラーチェック中で処分の判定が下せない』状態を維持し、
数年後の処分の運命を何年も先に『延期』させ続けるんだよ。前線で僕が生きてハッキングを続ける限り、僕はハルに盾を買い続ける」
僕はレノの肩に両手を置き、その目を真っ直ぐに見つめた。
「そしてその数年の間に、お前はこのチップの脱獄計画を使って、ハルをここから安全に連れ出すチャンスを裏から作れ。……レノ、僕の『共犯者』になってくれ。ハルには最後まで笑顔で嘘を吐き通し、あいつの理想を、僕の代わりに、本当に叶えてやってほしいんだ」
ノアはそう言って、ハルには決して見せない、狂気と祈りの混ざった美しい微笑を浮かべた。
レノは血が滲むほどに拳を握り締め、何度も涙を拭った後、絞り出すような声で呟いた。
「……ああ、分かったよ、クソ野郎。……お前のその最悪な嘘、俺が最後まで付き合ってやる」
アークの冷たい真夜中。ハルの明日の一発処分を回避し、そして数年後の未来の生存を繋ぐため、二人の少年の、命を賭けた血の同盟が結ばれた。