第四章 左側に残らなかった傷
焦凍の最初の訓練は、氷を出すことから始まった。
訓練場の中央に立たされた幼い焦凍は、不安そうに燈真を見ていた。
「燈真兄」
「ここにいるよ」
燈真は壁際に座り、笑顔で手を振った。
焦凍の表情がわずかに和らぐ。
その様子を見ていた炎司が、厳しい声を出した。
「こちらを見ろ、焦凍」
焦凍の身体が強張る。
ゆっくりと父へ向き直った。
「右手を前へ出せ。さっき見せたように、指先へ意識を集中させろ」
「うん……」
「返事は大きく」
「はい」
焦凍が右手を突き出す。
小さな掌の前で、白い冷気が渦を巻いた。
床に霜が広がる。
次の瞬間には、焦凍の背丈を超えるほど大きな氷が生まれていた。
燈真は目を見開いた。
まだ本格的な訓練すら受けていない。
それなのに、これほどの氷を出せる。
「すごいな、焦凍」
燈真が声をかけると、焦凍が嬉しそうに振り返った。
炎司は氷の厚みを確かめていた。
「悪くない。もう一度だ」
「父さん」
「どうした」
「今の、すごかったよ」
「ああ」
炎司の返事は短かった。
「だが、この程度で満足させるつもりはない」
焦凍の笑顔が消えた。
燈真は黙って父を見た。
褒めてやればいいのに。
たった一言。
よくできたと言えば、焦凍はもっと頑張れる。
幼い燈真が、そうだったように。
「もう一度」
父に命じられ、焦凍は右手を構えた。
再び氷が生まれる。
一度目よりも小さい。
「集中しろ」
三度目。
さらに小さくなった。
焦凍の息が白くなる。
「もう一度だ」
「父さん、少し休ませよう」
燈真は口を挟んだ。
「身体が冷えてる」
「左側を使えば解決する」
焦凍の表情が固まった。
炎司は訓練場の反対側に置かれた標的を示した。
「左手を前へ出せ」
焦凍は動かなかった。
「聞こえなかったのか」
「……やだ」
「何?」
「炎、やだ」
小さな声だった。
しかし、静かな訓練場にははっきりと響いた。
父の顔が険しくなる。
「お前の個性だ」
「熱いから、やだ」
「熱を制御するために氷がある」
「やだ」
「焦凍」
低い声で名前を呼ばれ、焦凍の肩が跳ねた。
燈真は立ち上がった。
焦凍と父の間へ入る。
「今日は氷だけでいいだろ」
「どけ」
「初日だよ」
「初日だからこそ、両方を扱わせる」
「怖がってる」
「恐怖は慣れなければ克服できん」
炎司の言うことにも、一部の正しさはあった。
個性を制御できなければ、いつか焦凍自身や周囲の人間を傷つける。
早い段階で個性の扱い方を学ぶ必要はある。
だが、正しい目的のためなら、どんな手段を選んでもよいわけではない。
燈真は、自分の身をもってそれを知っていた。
「俺が一緒にやる」
燈真は焦凍のそばへ屈んだ。
「左手、出せるか?」
焦凍が首を振る。
「じゃあ、俺と手を繋ごう」
「手?」
「ああ。熱くなったら、俺が吸う」
炎司が眉を寄せる。
「必要ないと言ったはずだ」
「焦凍が安心できる」
「お前に依存させるな」
「最初だけだよ」
燈真は焦凍へ左手を差し出した。
焦凍は迷ったあと、小さな左手で握り返してきた。
体温が伝わる。
怖い。
失敗したら怒られる。
炎が出たら、自分も燈真も傷つくかもしれない。
そんな感情が熱に混ざり、燈真の中へ流れ込んできた。
「大丈夫」
燈真は焦凍の手を握った。
「炎は悪いものじゃない」
「でも、燈矢兄も怪我した」
焦凍は知っていた。
兄の腕に残る火傷を。
燈矢が父と口論する声を。
燈真が血を吐いて倒れたことも、幼いなりに理解していた。
焦凍にとって炎は、家族を傷つけるものだった。
「燈矢兄が怪我したのは、炎を使ったからじゃない」
「じゃあ、なんで?」
燈真は答えを探した。
「一人で頑張りすぎたからだよ」
それは燈矢だけのことではなかった。
自分にも向けた言葉だった。
「だから焦凍は、一人でやらなくていい」
「燈真兄も一緒?」
「ああ」
焦凍はゆっくりと左手を標的へ向けた。
小さな火花が弾けた。
驚いた焦凍が手を引っ込めようとする。
燈真は離さなかった。
「平気だよ」
「熱くない?」
「温かいくらいだ」
本当だった。
焦凍の炎は、今はまだ小さい。
父や燈矢の炎と比べれば、燈真が吸収するまでもないほど弱かった。
それでも燈真は、焦凍の掌から伝わる熱を少しだけ吸った。
「ほら、怖くない」
再び炎が灯る。
今度は、先ほどより少し長く続いた。
焦凍の顔に驚きが浮かぶ。
「出た」
「うん。上手だ」
「燈真兄、痛くない?」
「痛くないよ」
焦凍が笑った。
その笑顔を見て、燈真も心から笑った。
やがて焦凍は燈真の手を離し、一人で小さな炎を出した。
一度。
二度。
三度。
失敗して消えても、燈真が褒めると何度でも挑戦した。
「見て、燈真兄」
「ああ。ちゃんと見てる」
「さっきより大きい」
「すごいな」
焦凍は嬉しそうだった。
その様子を、炎司は黙って見ていた。
求めていた力。
自分を超え、オールマイトさえ超える可能性。
その片鱗を目の前にしているはずなのに、父の表情には不満が残っていた。
「今日はここまでだ」
やがて炎司が告げた。
焦凍が安堵したように息を吐く。
「明日から燈真は同席させん」
焦凍が父を見上げた。
「どうして?」
「一人でできるようにならなければ意味がない」
「やだ。燈真兄とやる」
「駄目だ」
「父さん」
燈真が声を上げる。
炎司は有無を言わせない目を向けた。
「お前がいる限り、焦凍は自分で限界を判断しなくなる」
その言葉が、燈真の胸に刺さった。
「燈矢のときと同じことを繰り返すつもりか」
何も言い返せなかった。
自分が熱を吸ったから、燈矢は限界を超えて炎を出した。
身体に負担が残っていることにも気づかず、強い炎を求め続けた。
もし焦凍にも同じことが起きたら。
守っているつもりで、また弟を傷つけたら。
「……分かった」
燈真は頷いた。
「燈真兄」
焦凍が服を掴んでくる。
「大丈夫だよ」
その手を優しく外した。
「焦凍なら一人でもできる」
「でも」
「怖くなったら、今日のことを思い出せばいい。炎は焦凍の力だ。父さんのものじゃない」
炎司の眉が動いた。
燈真は気づかないふりをした。
「どう使うかは、焦凍が決めていいんだよ」
幼い焦凍が、その言葉をどこまで理解したかは分からなかった。
それでも、小さく頷いた。
翌日から、訓練場の扉は燈真の前で閉ざされた。
焦凍の訓練中、ほかの兄弟は近づくことを禁じられた。
燈真は扉の外で待った。
中から聞こえる音に耳を澄ませながら。
氷が床を走る音。
炎の弾ける音。
父の怒声。
焦凍の泣き声。
入ってはいけない。
自分がいれば焦凍は成長できない。
父にそう言われた。
燈真も一度は納得した。
けれど、幼い弟が吐きながらも立たされているのを、扉の隙間から見てしまった日。
父の言葉を信じるのをやめた。
「もう無理だよ!」
燈真は扉を開けた。
床に膝をついた焦凍の前へ駆け寄る。
「燈真。出ていけ」
「休ませて」
「訓練の途中だ」
「立てないのに、何をさせるつもりだよ」
焦凍を抱き上げる。
身体が冷え切っていた。
右半身には霜が張りつき、左半身は熱を持っている。均衡が崩れ、自分で調整できなくなっていた。
燈真は冷えた右側を抱き締め、自分の体温を分けた。
同時に左側から余分な熱を吸い取る。
焦凍の身体が、少しずつ正常な温度へ戻っていく。
「燈真兄……」
「もう大丈夫だ」
「俺、できなかった」
「違う。今日はここまでできた」
「父さん、まだだって」
「父さんが間違ってる」
炎司の身体から熱が立ち上った。
「今、何と言った」
燈真は焦凍を抱いたまま、父を睨んだ。
怖かった。
目の前にいるのは、国内で二番目に強いヒーローだ。
炎を使わなくても、子供一人など簡単に押さえつけられる。
それでも退けなかった。
「父さんが間違ってる」
もう一度言った。
「これは訓練じゃない。ただ焦凍を苦しめてるだけだ」
「何も知らない子供が口を挟むな」
「俺は知ってるよ」
声が震える。
「父さんに認めてもらうためなら、死んでもいいって思うようになることを」
炎司が黙った。
「俺も、燈矢兄も、そうなった」
「燈真」
「焦凍まで同じにしないでよ」
父の手が伸びてくる。
焦凍を取り戻すつもりなのか、燈真を退かせるつもりなのかは分からなかった。
燈真は反射的に身を縮めた。
叩かれる。
そう思った。
しかし、炎司の手は途中で止まった。
一瞬だった。
その目に、迷いが見えた。
けれど次の瞬間には、いつもの厳しい父親の顔へ戻っていた。
「焦凍を部屋へ連れていけ」
「訓練は?」
「今日は終わりだ」
燈真は息を吐いた。
「ありがとう、父さん」
礼を言う必要などなかった。
それでも言った。
父が次も同じ選択をしてくれるように。
ほんの少しでも、これが正しいことだったと思ってくれるように。
その日から、燈真は焦凍の訓練が終わる時間に合わせ、必ず廊下で待つようになった。
扉が開けば、焦凍を迎える。
身体を温める。
水を飲ませる。
吐いた日は、口元を拭いてやる。
父には同席を禁じられたが、訓練の後まで禁じられてはいなかった。
燈真なりの、小さな抵抗だった。
「今日は氷を五回出した」
ある夜、布団へ入った焦凍が言った。
「うん」
「炎も二回出した」
「偉いな」
「父さんは遅いって言った」
「俺は速いと思う」
「燈真兄は、何でも褒める」
「本当にすごいと思ってるからな」
焦凍は少し黙った。
「燈真兄は、俺が炎を使わなくても褒める?」
「ああ」
「氷も使わなかったら?」
「褒めるよ」
「何もできなくても?」
燈真は、焦凍の頭を撫でた。
「焦凍が焦凍なら、それでいい」
弟の目から涙が溢れた。
大きな声では泣かなかった。
父に聞こえないよう、燈真の服へ顔を埋める。
燈真は、その小さな身体を抱き締めた。
焦凍の涙から熱が流れ込んでくる。
怖い。
苦しい。
明日が来てほしくない。
訓練が嫌だ。
父が怖い。
母に助けてほしい。
燈真兄に、ずっとそばにいてほしい。
燈真は、すべてを受け入れた。
せめて今夜だけは、焦凍が何も抱えずに眠れるように。
その代わり、燈真は眠れなくなった。
焦凍の恐怖が頭から離れない。
目を閉じるたび、自分が訓練場の中央に立たされている感覚に襲われる。
炎司の怒声が聞こえる。
立て。
まだ終わっていない。
もっと出せ。
限界を超えろ。
それは焦凍の記憶なのか。
燈矢から吸収したものなのか。
自分自身が経験したことなのか。
もう、区別がつかなかった。
それから数か月が過ぎた。
焦凍の力は急速に成長した。
同時に、冷は少しずつ壊れていった。
子供たちの前では笑っていた。
食事を作り、洗濯をし、学校の話を聞いた。
だが、ときどき何もない場所を見つめていた。
炎司の足音が聞こえると、身体を強張らせた。
焦凍の赤い髪を見ると、怯えたように目を逸らすことがあった。
燈真は、それに気づいていた。
「母さん、少し休んだ方がいいよ」
「大丈夫」
母も、その言葉を使うようになった。
「俺が家のことをやるから」
「あなたは子供なのよ」
「もう十歳だよ」
「まだ十歳でしょう」
冷は笑って、燈真の頬へ触れた。
「あなたは、何もしなくていいの」
その手は冷たかった。
以前は心地よかった母の冷たさが、今はひどく不安定に感じられた。
冷たさの奥に、焼けるような恐怖がある。
逃げたい。
けれど、子供を置いていけない。
炎司が怖い。
自分も、炎司と同じものになってしまうのが怖い。
そんな感情が、燈真へ流れ込んでくる。
「母さん」
「何?」
「病院へ行こう」
冷の指が止まった。
「疲れてるだけよ」
「疲れてるから、診てもらおう」
「必要ないわ」
「あるよ」
「必要ない!」
冷が燈真の手を振り払った。
すぐに我に返り、青ざめる。
「ごめんなさい」
「平気だよ」
また、そう答えた。
冷は何かを言おうとした。
しかし、言葉は出てこなかった。
その日の午後。
燈真は廊下で、母の電話を偶然聞いた。
実家へかけているらしかった。
「もう、無理かもしれない」
震える声だった。
「毎日、あの人の姿が見えるの。家にいなくても、炎の匂いがする気がして」
燈真は足を止めた。
聞いてはいけないと思った。
それでも動けなかった。
「焦凍の左側を見ると……あの人を見ているみたいで」
その言葉に、息が詰まった。
台所の方から、小さな足音が聞こえた。
焦凍だった。
訓練を終え、母を探している。
「母さん」
冷が振り返った。
受話器が手から滑り落ちる。
焦凍の左側。
赤い髪。
青い瞳。
炎司から受け継いだ顔が、真正面から母を見ていた。
冷の表情が変わった。
怯えていた。
自分の子供ではなく、恐ろしい何かを見ている目だった。
焦凍は、その場で立ち止まった。
「母さん?」
冷の手が、台所に置かれていたやかんへ伸びた。
中には、沸かしたばかりの熱湯が入っている。
何をしようとしているのか。
燈真が理解するより先に、身体が動いた。
「焦凍!」
二人の間へ飛び込む。
やかんが傾いた。
熱湯が降り注ぐ。
燈真は焦凍を抱き締め、自分の背中で庇った。
個性を全開にする。
水から熱だけを奪う。
触れた瞬間。
あまりにも強い熱が、燈真の背中から身体の中へ流れ込んだ。
皮膚が焼けたのではない。
熱そのものが皮膚をすり抜け、内臓へ突き刺さった。
心臓が止まりそうになる。
視界が白く弾けた。
けれど、焦凍の身体へ触れた水は、すでに冷たくなっていた。
「燈真兄?」
腕の中から、焦凍の声が聞こえる。
怪我はない。
左側の顔にも。
母と同じ青い瞳にも。
火傷は残っていない。
「よかった」
燈真は、それだけを言った。
そして床へ倒れた。
冷の悲鳴が響いた。
「燈真!」
母が駆け寄ってくる。
燈真の身体へ触れた瞬間、冷は手を引いた。
熱湯を浴びたはずなのに、皮膚には目立った火傷がない。
その代わり、身体全体が異常な熱を持っていた。
「違うの」
冷が首を振る。
「私、違うの。そんなつもりじゃ……」
焦凍は呆然としている。
燈真は床に伏したまま、震える手を伸ばした。
「焦凍を……連れていって」
冷は動けなかった。
「母さん」
「ごめんなさい」
「焦凍を、別の部屋へ」
燈真がもう一度言うと、冷はようやく焦凍の手を取った。
しかし焦凍は抵抗した。
「燈真兄も」
「すぐ行くよ」
「一緒に来て」
「あとで行く」
「本当?」
燈真は笑った。
「約束する」
それが守れない約束になると知りながら。
焦凍が部屋を出たあと、燈真は口元を押さえた。
熱い血が溢れた。
床へ落ちる前に、冷が手で受け止める。
「救急車を呼ばないと」
「その前に、母さん」
「喋らないで」
「聞いて」
燈真は母の服を掴んだ。
「焦凍を、嫌いにならないで」
冷が息を呑んだ。
「違うの。焦凍が嫌いなんじゃない」
「分かってる」
「私、あなたまで……」
「分かってるよ」
燈真は母の手を握った。
熱が流れ込む。
後悔。
恐怖。
自分への嫌悪。
死んでしまいたいほどの罪悪感。
そのすべてを、燈真は受け入れた。
「母さんは悪くない」
「そんなこと言わないで!」
冷が叫んだ。
「私はあなたに熱湯をかけたのよ!」
「俺が勝手に入った」
「どうして庇うの!」
「母さんが悪いことになったら、みんながもっと苦しむから」
「あなたは!」
冷は燈真を抱き締めた。
「どうして自分のことを考えてくれないの!」
母の涙が、燈真の頬へ落ちた。
その熱ささえ、個性が吸収していく。
「考えてるよ」
燈真は母の胸の中で答えた。
「俺が一番嫌なのは、家族が苦しむことだから」
「それは、自分を大切にしていることにはならないの」
「難しいよ」
燈真は小さく笑った。
「俺、そんなに頭よくないから」
冷は声を上げて泣いた。
燈真が母の泣き声を聞いたのは、その日が初めてだった。
それでも燈真は泣かなかった。
母の分まで自分が泣けば、母を責めていることになる気がした。
やがて救急車が到着した。
搬送される直前、燈真は玄関で燈矢を見た。
学校から帰ってきたばかりだった。
救急隊員に囲まれる燈真。
泣いている焦凍。
立ち尽くす母。
床へ転がったやかん。
それだけで、何が起きたのかを理解したらしい。
燈矢の顔から表情が消えた。
「誰がやった」
燈真は答えなかった。
「母さんか」
「事故だよ」
「嘘つけ」
燈矢の身体から熱が立ち上る。
「焦凍のせいか」
「違う!」
それまで弱々しかった燈真の声が、鋭く響いた。
燈矢が驚いて動きを止める。
「焦凍は何も悪くない」
「でも、お前はあいつを庇って――」
「焦凍を責めたら、兄さんでも許さない」
燈真は初めて、はっきりと燈矢を拒絶した。
燈矢の顔が傷ついたように歪んだ。
それでも、ここだけは譲れなかった。
「じゃあ、誰を責めればいいんだよ」
「誰も責めなくていい」
「またそれかよ」
「俺が間に合った。焦凍は怪我してない。だから大丈夫だ」
「お前が大丈夫じゃないだろ!」
燈矢の叫びを残し、救急車の扉が閉まった。
車が動き出す。
小さな窓の向こうで、燈矢が遠ざかっていく。
燈真は目を閉じた。
焦凍の顔に傷は残らなかった。
母が一線を越えた事実も、家族だけが知ることになる。
原作なら焦凍の左側へ刻まれるはずだった傷を、燈真は奪った。
しかし、傷が消えたわけではない。
焦凍の皮膚に残らなかっただけだった。
その熱も。
その痛みも。
その日に生まれた家族全員の後悔も。
すべて、燈真の中へ移っただけだった。