SSSS.GRIDMAN 始まりの声 作:アレクシス同盟
廊下を一人で歩いていた。
移動教室で、ノートと教科書を持って移動する。
歩きながら、外の景色を見ていた。
最近そんな事ばかりしている気がする。
空を見ていると、なぜか安心できた。
飛んでいる鳥を見ていると、どこか羨ましかった。
記憶喪失からの、怪獣騒ぎ、そして消失。
何も考えずに過ごしていた数か月前が懐かしい程に。
前を見ると、三人が会話しているのが見えた。
今日もまたあの場所へ行くのだろうか。
「グリッドマン」と呼ばれる存在がいる、あの場所へ。
僕もそこに行かなければ、皆みたいに忘れられるのだろうか。
何も考えずに、平穏に。
もしかしたら、消える事だって――
「大田、お前も来るよな? 同じグリッドマン同盟として」
前を見ると、二人が何かを話していた。
六花さんが少し困ったような顔をしているのを見ると、今日またあの場所へ行くみたいだ。
「……俺はいいかな」
近づいて来た内海にそう返す。
「えぇっ、なんで」
「なんか……俺は……退屈が良かったんだ。普通の、ただの日常。この学校での、そんな日常。それが好きで……色々と考えるのは、その。疲れる」
昨日からそのことばかり頭に浮かんでいる。
グリッドマンや怪獣に興味がない訳ではなかった。
そこまでして知りたいという事ではない。ただそれだけだった。
この出来事を通して起こる『非日常』感が、言葉にはできないけれど……
安心したい、という思いが強いのだろうか。
もう、色々考えて、悩むのには……疲れた、というか。
「……そっか。まぁ色々あったしなぁ。悪い、考えられなくて」
「いや、こっちこそ。一緒に色々な事したのに」
「いーんだよ。ま、それでも渚もグリッドマン同盟の一員には変わりないから。来たくなったら来いよ」
肩を叩くと、二人の元へと戻っていった。
内海は良い奴だ。
こんな友達と出会えて、とても幸せだと、そう思った。
だからこそ、僕みたいな奴が、あの三人の輪の中に入るのは、違う気がした。
教室で弁当を食べるのにも飽きたので、中庭で食べてみる事にした。
日差しが気持ちよくて、ぼんやりと構内の景色を見ながら食事した。
グラウンドには、誰かが片付け忘れたボールが、風に吹かれて転がっていた。
空を見上げる。
雲はまばらにあるけれど、いい天気だった。
弁当を手に持ち、廊下を歩く。
中庭から構内に入ると、階段を上った。
「……っ、と。……先生?」
顔を上げると、うちのクラスの先生だった。
携帯を見ながら歩いているようで、前なんて全然見ていない。
ぶつかったのに、視線はスマホに落としたままだ。
「危ないですよ、先生」
「お……」
携帯を見ながら歩き去る。
先生としてどうなんだあの態度。
記憶が消えても、常識やマナーが消えたわけじゃない。
あれがマナー違反だというのは、多分誰にでも分かる事だ。
少しムッとしながら階段を下ると、人影が廊下に佇んでいた。
紫色の髪に、紫色のダボッとしたパーカー。
クラスの人気者の、新条アカネだった。
「新条さん、どうしたの……って、あー……飲み物零れてる」
近寄って足元を見ると、彼女が飲んでいたジュースが零れていた。
赤い色で、まるで血のよう。
気付いた手前、返事のない彼女を放置していくのもどうかと思い、ティッシュを取り出すと濡れた場所を拭いた。
彼女のシューズも濡れていたため、新しく取り出すとそれもついでに拭いた。
拭いた後にやらかしたか、とも思ったけれど。気にしない事にした。
「……あ、え?」
「ごめん、靴に飲み物零れてたから拭いちゃった」
新条さんが廊下と、自分の手に持っていたジュースを見つめた。
パックはぐしゃぐしゃに潰れていて、飲みかけのジュースが滴っている。
「あ……」
気を取り直したようで、焦ったようにジュースを握る手を抑えた。
「やっちゃった! どうしよ……」
「大丈夫大丈夫、まだティッシュあるから……」
ティッシュを渡すと、とりあえずはそれで手とパックを拭いてもらう。
垂れた分は……少しくらい平気だろう。
「ごめんね、ありがと。えっと……田中くんだ」
「大田です」
「あれ、そうだっけ。ごめんごめん、私覚えるの苦手で」
照れるように笑う新条さん。
視線が階段の方へと向けられた。
「……あ、もしかして先生?」
「え?」
「いや、僕も先生とぶつかったから……なんだよアレ、って思って」
彼女の視線は、少し鋭かった。
嫌な思いをしたのだろう。
確かに、あの行動は僕でもいいとは思わない。
新条さんは目を瞬かせると、ふっと笑った。
「そう! 私も先生とぶつかっちゃってさ~。先生、何にも反応しないの。何それ! って」
「というか、先生日頃からいつもスマホばっかりみて歩いてるし。模範となるべき教師があの態度はどうかと……」
「ふふふっ、大田くん、意外と言うね~」
新条さんの笑った顔をみて、少しドキリとした。
流石はクラスでも人気の美少女と言うだけの事はあった。
「……そのパックとティッシュも、ついでに捨てておくよ」
そういいながら受け取ろうとすると、新条は少し考えた後、手を後ろに引いた。
「……ねぇ、ちょっと話しながら歩かない? これ、捨てるついで」
「いいけど……」
新条さんが歩き出した。僕はその後を付いて歩く。
こつ、こつとシューズが廊下の床に当たり音が響く。
人は自分と新条さん以外廊下にいなかった。
まるで二人きりの世界になったみたいに。
「大田くんって、怪獣好きなの?」
「え?」
どうしてそれを、という目で彼女を見た。
「どうしてそれを、って顔に書いてあるよ~? だって昨日話してたじゃん」
そう言われ、記憶を掘り起こす。
昨日……あぁ、内海と話をした時か。
怪獣の話を少しだけした記憶がある。
あまりにも濃い一日で忘れていた。
というか、僕はまだ転校してきて一日しか経っていない。
「あー……あれ」
「うん。大田くんはさ、怪獣のどこが好きなの?」
どこが好き。
それもあの時、内海に聞かれた事だ。
「えっと……言わなきゃだめ? なんか恥ずかしい。こういう話題」
「えーいいじゃん。私しかいないんだし」
そう言われると、無理に隠す理由もなかった。
「深い理由はないんだ。記憶が消える前ならあったのかもしれない。けど、今の自分になってから、記憶にあったのはウルトラマンに登場する怪獣が好きだったって言う、感覚だったんだ。あまり深く話すのはやめておくけど……そうだな。しいて言うなら、あの造形とか、悪役としての活躍とか。怪獣がウルトラマンを追い詰めているのを見ると、少しワクワクするかも。そんな感じかな」
……考えると、少しまくしたてるように言ってしまった。
オタク感丸出して変に思われてないかな、と新条さんを見る。
新条さんは特に気にしていない様子だった。
本当に『そうなんだ』といった顔。
話の種に聞いたような、そんな感じ。
「じゃあさ、好きな怪獣は?」
「え? 新条さん、ウルトラマン知ってるの?」
「……あんまり知らないけどさ~、気になるじゃん。そこまで大田くんが魅力を語る、大田くんの好きな怪獣!」
話の話題を作って話をしてくれているのを感じた。
ここで変に逸らすのも、彼女に申し訳ない。
「……定番だけど、ゼットンとか、キングジョーとか……」
彼女の顔を見る。
少し目の温度が下がったように見えた。
怪獣を知らないといった彼女だったけれど、もう少し踏み込んでもいいかもしれない、そう思った。
「……イ、インペライザー、とか……」
その名前を出した時、反応が少し変わった。
一瞬だけど、目が少しだけ開いた。
先ほどの冷たい目ではなく、興味のある目。
「……その怪獣の、どこがカッコいいの?」
「えっと、怪獣というか、ロボットなんだけど……堅い防御力と、瞬時に再生できる自己修復能力があって。ウルトラマン二人で戦っても苦戦するほど強いんだ。それに、それでいて量産機っていう、絶望感が……」
またやってしまった。
こういうオタクな所が出るのは、もはや癖なのだろう。
記憶が消えても、唯一残っていた僕の趣味。
これからは内海の事を深く言えない……
「ふ~ん……」
足元の塵を蹴り、こちらを振り向かずに歩く。
ゴミを箱にぽいっと捨てると、クルっとこちらへ振り返った。
「色々と迷惑かけてごめんね! じゃ、また教室で」
「あ……うん」
そのまま歩き去っていく新条さんを、後ろから見ている事しかできなかった。
……やらかしてしまった。完全に引かれたよ、アレは。
クラスの女の子が気を聞かせて聞いただけなのに、求めていない答えまで返答してしまった……
その日は深い自己嫌悪で、帰宅するまで憂鬱だった。
様子を見かねた内海に「大丈夫か?」と言われる程に、落ち込んでいた。