『斉木楠雄の恋愛は、計画通りにいかない』   作:ケーケーケー

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第五話 斉木楠雄の恋愛疑惑は否定できない

 

「途中までなら付き合う」

 

 僕のこの一言が、教室中を騒がせる結果になった。

 

 もちろん、放課後に照橋さんと途中まで一緒に帰るという意味だ。

 

 しかし、周囲の人間は違う意味で受け取ったらしい。

 

「付き合うって……まさか、交際するって意味か!?」

 

 クラスの男子が震える声を漏らす。

 

「そんなわけないでしょ」

 

 夢原さんがすぐに否定した。

 

「斉木君が言ったのは、一緒に帰るって意味よ。ねえ、照橋さん?」

 

「え? う、うん。もちろんだよ」

 

『危なかった……』

 

 交際している本人が、誰よりも動揺している。

 

「そうだよな! びっくりさせるなよ、相棒!」

 

 燃堂はあっさり納得した。

 

 対して、海藤は腕を組み、僕たちを交互に見ている。

 

「待て。昨日も二人で帰ったんじゃなかったか?」

 

 覚えていたか。

 

「偶然、帰る方向が同じだっただけだ」

 

「しかし今日も一緒に帰るんだろう? 二日連続で偶然が重なるものか?」

 

 中二病のくせに妙なところで現実的だ。

 

「確かに、少し気になるわね」

 

 夢原さんまで加わった。

 

「最近、二人で話していることが多くない?」

 

「そうかな?」

 

 照橋さんが完璧美少女の笑顔で首を傾げる。

 

 それだけで周囲の男子たちから疑念が消えかけた。

 

『そうだ。照橋さんほどの完璧美少女が、斉木なんかと付き合うはずがない』

 

『きっと俺たちには言えない事情があるんだ』

 

『斉木はただの荷物持ちに違いない』

 

 失礼な納得の仕方だ。

 

「二人が仲よくなったなら、いいことじゃないか!」

 

 灰呂が大きな声で割り込んできた。

 

「男女だからといって友情を疑うべきではない! 互いを信頼し、支え合う。それこそが青春だ!」

 

 その通りだ。珍しく灰呂がまともなことを言っている。

 

「だから今日の放課後、みんなで一緒に帰ろう!」

 

 前言を撤回する。

 

「いいな、それ!」

 

 燃堂が賛成する。

 

「俺も構わない。もしダークリユニオンの襲撃を受けても、全員一緒なら対処しやすいからな」

 

 海藤まで乗ってきた。

 

「私も行こうかな。照橋さんも一緒に帰るんでしょ?」

 

 夢原さんが照橋さんの腕を取る。

 

「う、うん。そうだね」

 

『斉木君と二人で帰るはずだったのに……』

 

 残念だったな。

 

 僕としては、二人の関係を疑われるよりは都合がいい。

 

 そう思ったが、照橋さんの明らかに落ち込んだ心の声を聞くと、少しだけ申し訳ない気もした。

 

     ◆

 

 放課後。

 

 僕たちは六人で学校を出た。

 

 燃堂、海藤、灰呂、夢原さん、照橋さん、そして僕。

 

 秘密の交際を隠すという目的だけを考えれば、理想的な集団だ。

 

「なあ相棒、今日はラーメン食いに行かねえのか?」

 

「行かない」

 

「じゃあ、みんなでボウリングに行こう!」

 

 灰呂が提案する。

 

「体を動かせば、もっと絆が深まるはずだ!」

 

「俺は反対だ。人の多い施設へ行けば、奴らに見つかる危険が増す」

 

 奴らとは誰だ。

 

「私は照橋さんと新しくできた雑貨屋さんに行きたいな」

 

「いいね、夢原さん」

 

 会話だけを聞けば、どこにでもいる高校生の放課後だ。

 

 ただし、僕の隣を歩く照橋さんからは、先ほどから不満げな思考が流れ込んでくる。

 

『せっかく一緒に帰れると思ったのに』

 

『斉木君、全然こっちを見てくれない』

 

『少しくらい隣を歩いてもいいよね?』

 

 照橋さんが歩調を緩め、僕の隣に並ぶ。

 

「斉木君」

 

「何だ」

 

「この前の喫茶店、また行こうね」

 

「ああ」

 

 その瞬間、少し前を歩いていた夢原さんが振り返った。

 

「この前の喫茶店?」

 

 しまった、という心の声が聞こえる。

 

「二人で喫茶店に行ったの?」

 

「それは……」

 

「偶然会っただけだ」

 

 僕が代わりに答える。

 

「偶然会って、一緒にお茶したの?」

 

「そうだ」

 

「それにしては、また行こうなんて随分仲がいいのね」

 

 夢原さんの目に疑惑が宿る。

 

 恋愛に関しては、海藤よりも遥かに鋭い。

 

「そういえば水族館でも一緒だったんだよね?」

 

「ああ、そうだぞ」

 

 燃堂が何も考えずに答えた。

 

「偶然会ったから、四人でイルカを見たんだ」

 

「水族館にも二人で来ていたの?」

 

「違う」

 

「偶然だよ」

 

 僕と照橋さんの言葉がほぼ同時に重なった。

 

 まずい。

 

『怪しい』

 

 夢原さんの心の声が、はっきり聞こえた。

 

「二人とも、ちょっと待って」

 

 夢原さんが足を止める。

 

 僕たちも立ち止まった。

 

「まさかとは思うけど……二人って付き合ってるの?」

 

 直球だな。

 

 周囲が静まり返る。

 

「そんなわけねえだろ」

 

 最初に答えたのは燃堂だった。

 

「相棒は照橋さんに会っても、全然反応しねえしよ」

 

「確かにそうだ」

 

 海藤も頷く。

 

「照橋さんと付き合えるのに、何も言わず平然としていられる男なんているはずがない」

 

 ここにいる。

 

「でも、最近の二人は少し不自然よ」

 

 夢原さんは引き下がらない。

 

 僕と照橋さんを交互に見つめている。

 

「照橋さんは、どうなの?」

 

「どうって?」

 

「斉木君のこと、好き?」

 

 周囲の空気が凍りついた。

 

 通行人まで足を止める。

 

 照橋さんは完璧美少女だ。そんな彼女の恋愛事情となれば、無関係な人間でさえ気になるらしい。

 

「斉木君のことは、友達として大切に思ってるよ」

 

 完璧な回答だ。

 

 笑顔も声も、普段と変わらない。

 

 ただし、心の中は違った。

 

『本当は好きって言いたい』

 

 その一言を聞いた瞬間、胸の奥に小さな違和感が生まれた。

 

 僕が秘密にしようと言った。

 

 照橋さんは、それを守るために嘘をついた。

 

 交際を隠すことは正しい。公表すれば、確実に面倒なことになる。

 

 それでも。

 

「ほら、やっぱり違うじゃねえか」

 

 燃堂が笑う。

 

「そうね。変なことを聞いてごめんね」

 

 夢原さんも納得したらしい。

 

「ううん、気にしないで」

 

 照橋さんは変わらず笑っている。

 

 僕以外には、何も問題がないように見えているだろう。

 

『ちょっとだけ寂しいけど、約束だから仕方ないよね』

 

 その思考を聞き流すことはできなかった。

 

     ◆

 

 駅前まで来ると、僕たちは別れることになった。

 

 燃堂と海藤はラーメン屋へ向かい、灰呂は公園へ走り込みに行った。

 

「それじゃあね、照橋さん」

 

「また明日、夢原さん」

 

 夢原さんも帰り、残ったのは僕と照橋さんだけになる。

 

 だが、ここは駅前だ。人通りが多すぎる。

 

「それじゃ、私も帰るね」

 

「ああ」

 

「今日は一緒に帰ってくれてありがとう」

 

 実際は、ほとんど二人で話せていない。

 

 照橋さんはいつもの笑顔で手を振り、歩き出した。

 

 心の中では、寂しさを押し隠している。

 

 僕は一度、その背中を見送った。

 

 このまま別れても問題はない。

 

 明日になれば、また学校で会う。交際が終わったわけでもない。

 

 それなのに、足が勝手に動いた。

 

「照橋さん」

 

 僕が呼ぶと、彼女が振り返る。

 

「どうしたの?」

 

「忘れ物だ」

 

「え?」

 

「こっちへ来い」

 

 人の少ない路地へ入り、周囲に誰もいないことを確認する。

 

 照橋さんが少し遅れてついてきた。

 

「何を忘れたの?」

 

「今日の約束だ」

 

「約束?」

 

「二人で帰る予定だっただろう」

 

 照橋さんが目を見開いた。

 

「でも、もう駅まで来たよ?」

 

「ここから家まで送る」

 

「いいの?」

 

「ああ」

 

『もしかして、私が寂しがってたのに気づいた?』

 

 気づいた。

 

 心を読んだからというだけではない。

 

 彼女の笑顔が、いつもの完璧なものに戻っていたからだ。

 

 最近は、その違いが超能力を使わなくても分かるようになってきた。

 

「行くぞ」

 

「うん!」

 

     ◆

 

 駅前から離れると、人通りは少なくなった。

 

 夕方の住宅街を、僕たちは並んで歩く。

 

 先ほどまでの集団とは違い、周囲に知り合いはいない。

 

「ねえ、斉木君」

 

「何だ」

 

「さっき夢原さんに聞かれたとき、驚いた?」

 

「少しな」

 

「もし私が、好きだって答えてたらどうした?」

 

「時間を戻していた」

 

「え?」

 

「何でもない」

 

 危ない。つい本音が出た。

 

「でも、いつかはみんなに言ってもいいんだよね?」

 

「騒ぎにならずに済む方法が見つかればな」

 

「そんな方法、本当にあるのかな」

 

「今のところ思いつかない」

 

「やっぱり」

 

 照橋さんは苦笑した。

 

「私ね、みんなに自慢したいわけじゃないの」

 

「そうなのか」

 

「少しはしたいけど」

 

 するのか。

 

「でも、それより……斉木君が私と付き合ってることを、嫌がってないって分かればいい」

 

「嫌なら最初から付き合っていない」

 

「そうだけど、斉木君って何を考えてるか全然分からないから」

 

 その言葉は以前にも聞いた。

 

 僕には他人の心が分かる。

 

 だが、他人に僕の心は伝わらない。

 

 考えてみれば、それはかなり不公平な関係だ。

 

「僕も、お前のことを全部理解しているわけではない」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「でも、いつも私が何を考えてるか当てるよね」

 

「分かりやすいからな」

 

「それ、褒めてる?」

 

「事実を言っただけだ」

 

「じゃあ今、私が何を考えてるか当ててみて」

 

 心を読めば簡単だ。

 

『手をつなぎたい』

 

 予想通りだった。

 

「断る」

 

「まだ何も言ってないよ」

 

「顔に書いてある」

 

「もう、その言い方ずるい」

 

 照橋さんは頬を膨らませる。

 

 僕は周囲を確認した。

 

 通行人はいない。学校の生徒も、照橋信も近くにはいない。

 

 見られる心配はなさそうだ。

 

 僕は何も言わず、照橋さんの手を取った。

 

「えっ」

 

「家までだ」

 

「う、うん」

 

『斉木君から……!』

 

 彼女の心の声が、いつも以上に大きく響く。

 

「うるさい」

 

「私、何も言ってないけど?」

 

「……独り言だ」

 

「変な斉木君」

 

 照橋さんが笑う。

 

 完璧美少女として作った笑顔ではない。

 

 僕の隣にいるときだけ見せる、普通の笑顔だ。

 

 手をつないだまま、僕たちはゆっくり歩いた。

 

     ◆

 

 照橋家の近くへ着く。

 

 今回は照橋信の姿も、心の声もない。

 

「ここまででいいよ」

 

「ああ」

 

 僕が手を離すと、照橋さんは名残惜しそうに自分の手を見た。

 

「今日はありがとう」

 

「礼を言われるほどのことではない」

 

「でも、嬉しかった」

 

「そうか」

 

 照橋さんは家へ向かいかけ、途中で足を止めた。

 

「ねえ、斉木君」

 

「何だ」

 

「今日の分、まだ呼んでもらってないよ」

 

 名前のことか。

 

「毎日呼ぶとは約束していない」

 

「でも、今日は二人で帰ってくれたでしょ? ついでに一回くらいいいじゃない」

 

「ついでで呼ぶものではないだろう」

 

「じゃあ、ちゃんと呼んで」

 

 どちらでも同じだ。

 

「また明日な、心美」

 

 照橋さんが固まる。

 

 数秒後、顔を赤くして笑った。

 

「うん。また明日、楠雄君」

 

 今度は僕の動きが止まった。

 

『いつも私ばっかり驚かされるから、お返し』

 

 なるほど。

 

 やられた。

 

「学校では呼ぶなよ」

 

「分かってる」

 

「絶対だぞ」

 

「二人きりのときだけね、楠雄君」

 

 照橋さんは満足そうに家へ入っていった。

 

 僕は一人、帰り道を歩き出す。

 

 名前で呼ばれただけだ。

 

 それ以上の意味はない。

 

 心拍数にも、体温にも異常はない。超能力の制御にも影響は出ていない。

 

 だから、何も問題はない。

 

 ただ一つ問題があるとすれば――明日から彼女に名前を呼ばれるたび、今日のことを思い出しそうだということくらいだ。

 

     ◆

 

 翌日の昼休み。

 

「楠雄君、これ取ってくれる?」

 

 教室が静まり返った。

 

 照橋さんの顔から笑顔が消える。

 

 僕は一瞬で時間を一日前まで戻そうかと考えた。

 

「……今、何て呼んだ?」

 

 夢原さんが震える声で尋ねる。

 

「えっと……」

 

『間違えたあああああ!』

 

 だから絶対に呼ぶなと言っただろう。

 

 交際を隠し始めてから一週間。

 

 どうやら僕たちの秘密は、ついに最大の危機を迎えたらしい。

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