目が覚めたら、『まどマギ』の美樹さやかの姉だった… 作:黒い魔女
真壁つるぎにとって、剣道とは人生のすべてだった。
剣道家であった父親の影響で、幼いころから剣道をやらされることになった。
女の子なのに『つるぎ』という名前をつけた時点で、父親の影響力は推し量れるだろう。
つるぎは、そのことについて不満があるわけではなかった。
女の子らしいことをしたくないと言えば嘘になるが、それよりも父親の期待に応える方が嬉しかった。
才能もあった。
幼いころから、周囲より格段に強かった。
道場に通い、相手になるのは上の世代の人間だけ。同世代ではずっと一番だった。
中学生になり、部活という括りの中で剣道をやり始め、その中でもつるぎはトップに立っていた。
先輩だって、つるぎには勝てなかった。
そのはずだったのに。
二年生になって最初の大会で、つるぎは初めて完膚なきまでに負けた。
相手は、美樹すがめという見滝原中の生徒。
先輩たちに交じって出た大会で、いつも自分のことを褒めてくれる先輩たちの上位大会への進退がかかった試合だった。
つるぎを責めるような者はいなかったが、つるぎ自身はそのことを深く思いつめた。
誰よりも努力を重ねていたはずだった。
そのはずなのに、反応速度も、剣の速度もすがめには追いつかなかった。
あっさりと二本取られて負け、控えに戻ったつるぎは聞いてしまったのだ。
部員から褒められながら謙遜するようにすがめが言った言葉。
『大したことないよ』
つるぎの心の内で、何かが燃え上がった。
すがめはハッとしたようにこちらを見て、すぐに申し訳なさそうに目を伏せた。
すがめは決して嫌な人間ではない。
つるぎにはそれが分かったが、だからこそあふれ出す感情に整理をつけられなかったとも言えるだろう。
それから一年近く。
つるぎはめげずに努力を続けていたが、それでもすがめに勝てるとは思えなかった。
つるぎは確かな才能を持っているが故に分かったのだ。
すがめの強さは、生半可な人間が敵うようなものではない、と。
もう時間がない。
思いつめたつるぎは、自分でも分からなくなるほど落ち込んだ。
絶望のままにふらふらと歩き、誘われるがままにその命を絶とうとして―――
つるぎは見たのだ。
人間のままでは決して至ることのできぬ強さ。
『魔法少女』を。
『大丈夫かい?間一髪だったね』
敗北への執着を魔女につけこまれたつるぎを救った少女が何かすると、つるぎの心の中にあった靄が急速に晴れていった。
自分が死ぬところだったという恐怖に怯えると同時に、つるぎはその強さに夢中になった。
現れた化け物を、華麗に倒す魔法少女。
つるぎにとって、心の底から求めていた強さを彼女は持っていた。
救われた後、同時に気づく。
すがめの強さの理由。
それは、すがめも魔法少女だったからではないか。
『私を、私を美樹すがめと同じ場所に立たせて!』
つるぎを助けた少女は、朝倉なずなと言った。
魔法少女になることを即決したつるぎになずなは難色を示しながらも、後輩だからといっていろいろなことを教えてくれた。
すがめが魔法少女だったということも、なずなから聞いた。
かつてチームを組んでいて、喧嘩別れしてしまったということも。
『私が悪いんだけど、もう一人のいたチームの子が亡くなってしまってね。一緒に戦い続けるのはもう無理だと思った。だから、三人で守っていた風見野と見滝原を、それぞれで守るようにしたんだ』
何か複雑な事情がある様だったが、なずなも深くは語りたがらなかったからつるぎには詳しくわからなかった。
『美樹すがめは、なずなさんを置いていったのかしら?』
『違う。そんな単純な話ではないよ』
『でも、今は一人じゃない!』
『・・・そうだね』
けど、なずなの話を聞いたことで、すがめに対する負の感情はすがめを目の敵にするような大きなものへと変化していったのだ。
つるぎは剣道があったため、なずなの魔女退治には時々同行する形になっていた。
コンビを組む形になったのだが、その仲は良好だったとつるぎは思っている。
なずなは強かったが、つるぎも生来のセンスですぐに魔法少女としての戦いに慣れていった。
このままもっと強くなって、いつかすがめに勝ってみせる。
―――そう思っていたのに。
なずなは、一人で魔女狩りに行ったあと帰ってこなかった。
つるぎが町中を駆け回って探した結果、見つかったのはソウルジェムがなくなって、物言わぬ死体になったなずなだった。
自分も同行していれば。
つるぎは後悔したが、それでも世界は続いていく。
縄張りの主として風見野の魔女を代わりに倒し、なずなと同じ様に人を助けて回った。
そうしているうちに、見滝原中との合同稽古の知らせを受けた。
だったら、すがめも来る。
「今度こそ・・・アンタに勝つわ」
決意を胸に、つるぎは待つ。
例えそれが歪んだものだったとしても、つるぎにとっては真っ当な正しさだった。
☆
ぺんぺん草みたいな魔女の首を、長剣の一閃で叩き落とす。
風見野中に着いた途端これだ。
トイレに行くって嘘をついて、結界の中に転移し、パッと戦闘を終わらせる。
本当なら断りもなく他地域の魔女を狩るのはNGなんだけど、本人に連絡が取れない以上どうしようもない。
風見野になずなの魔力はないけど、なずなは隠れるのが上手い魔法少女だ。
相当近くにいないと気づけないだろうし、別におかしくはないんだけどな。
けど、今の魔女は―――。
うん?
トイレの扉を開けて中学校の中へと戻ってくると、魔力の反応があることに気づいた。
風見野中のメンバーの中に、魔法少女がいるね。
けどなずなの魔力じゃない。
一体誰だろう。
少し見渡してみると、そこにいたのは真壁つるぎ。
完全に魔法少女だ。
戦闘で冴えた頭が、さらに冴えていく。
魔法少女との縄張り争いは、魔女との戦いとは違った緊張感がある。
例え私の経験の方が長くても、私の魔力の方が多くたって、固有魔法の性能次第で勝敗が覆り得るからだ。
ほむらの時間停止とかは特にそうだね。
あれを初見で突破するのはなかなか難しそうだ。
だから、見知らぬ魔法少女に出会ったときはいつでも変身できるように準備しておく。
今は他の人の目があるから変身できないし、流石に向こうも襲い掛かってくるようなことはないだろうけど・・・。
それにしても、真壁つるぎか。
彼女が今の風見野の魔法少女なら、なずなは今どうなってるんだろう。
・・・少し嫌だけど、聞くしかない。
「集合ーー!」
私が真壁つるぎの元へ行こうとしたところで、全体に集合がかかった。
タイミングが悪いなぁ。
私から数人挟んで左後方に立つ真壁つるぎからは、見なくても分かるような敵意が感じ取れた。
心当たりはあるにはあるけど、それは真壁つるぎの方からこんな敵意を向けられるようなものではないはずなんだけど。
テレパシーで聞くのもいいけど、相手が慣れてないと妙な感じになっちゃうし。
マミの様子も確認しているが、家族でショッピングしてるだけだ。
まだ大丈夫。
顧問の先生や部長の話を聞き、基本稽古を終わらせ、練習試合が始まった。
見滝原の列に並び、対面に並ぶ真壁つるぎを見る。
目が合った。
妙な表情だ。
1年前のあの日から会うことはちょくちょくあったけど、その時は悔しさを隠しきれない燃えるような目だった。
今は、余裕があって落ち着いているように見える。ただそれはそう見えるだけで、私の感覚は悔しさなどよりもっとどろどろした敵意を感じ取っていた。
「お互いに、礼!」
「「「よろしくお願いします!」」」
試合に向けて準備していると、先生が話しかけてきた。
「美樹さん、あなたは真壁さんの相手をしてもらいます」
「・・・わかりました」
普通にやったら大会メンバーに選ばれちゃうんだろうけど、練習試合で手を抜くわけにはいかない。
向こうが魔法少女であるなら、魔法云々はそこまで気にすることではないだろう。
けど、あれだけ真摯に剣道と向き合っていた真壁つるぎが魔法少女になったのは少し残念だな。
本人がどう思っているかはわからないけれど。
「美樹先輩、真壁って人と知り合いなんですか?めっちゃ見てますけど」
「大会で戦ったことがあるだけだよ」
「へぇ!どちらが勝ったんですか?」
「私だけど・・・」
「やっぱり!先輩強いですもんねー!」
後輩ですら気づくレベルで私のことをガン見してくる真壁つるぎには困ったものだ。
後輩は無自覚だろうけど、真壁つるぎへの煽りっぽくなってるし・・・。
ズルしてる自覚があるから、誇ろうにも誇れない。
やっぱりと言われても、次どうなるかはわからないしね。
魔法少女になったのなら、身体能力のアドバンテージはないも同然だろうし。
さっき真壁つるぎが魔法少女になったことが残念だと思ったけれど、今回こうして対等な試合ができるのは嬉しい。
手を抜くつもりはないけど、対等な条件で剣道をやればきっと私は負けられる。
それでいいんだ。
最初からそれが正しい結果なんだから。
そういえば、マミの様子はどうなったかな。
面を被ったついでに、視界が通るだけの小さな小窓を作って様子を確認する。
家族と談笑しながら・・・車に乗り込んでいる。
ショッピングは終わったのかな。
車なら警戒は続けなきゃ。
こっちのこともさっさと終わらせなきゃね。
あれよあれよという間に試合が終わっていき、私と真壁つるぎの試合になった。
礼をして対面し、互いに竹刀を構える。
「始めッ!」
「面!!」
はっや。
始まった途端超速で踏み込んできた真壁つるぎの竹刀が、一瞬で私の面を捉えた。
剣道の試合だからって油断してたのもあるし、固有魔法が使われたり、竹刀が魔法の武器に代わりやしないかと警戒してたのもあるけど、それでも意表を突かれた。
ちょっと人外めいた速度ではあった。
けれど、魔法少女として身体能力が高くなっただけで実現できる動きではなかった。
迷いなく上がった審判の旗を見て、思わず笑みがこぼれる。
良かった。やっぱり、同じ条件なら真壁つるぎの方が強い。
私が勝ってしまったのがおかしかっただけなんだよ。
けれど分かってしまえば速度自体は反応できる程度。
私が気兼ねなく身体強化できるなら、真壁つるぎはどう対処するかな?
竹刀を構える姿に、油断は一切ない。一本取ったことを喜ぶ様子もなく、面金の奥から私だけを睨んでいる。
「二本目、始めッ!」
今度は互いに隙を伺う。
竹刀の先をじりじりとぶつけ合いながら、相手の目線、僅かな筋肉の緊張、感情の機微すら観察し竹刀を打ち込む隙を待つ。
真壁つるぎの切っ先は真っ直ぐ私の喉元を指して外れない。
こちらが右にずらせば追い、私が竹刀で上から押さえれば滑るように抜け、すぐに中心へ戻す。
やりにくい。ルール無用の魔女との戦いなら、こんなふうに真正面から打ち合ったりはしない。
けど、これが剣道だ。
ここには竹刀しかないし、私はルールの中で一本を取らなきゃならない。
真壁つるぎの剣がブレる。
一瞬で私の頭にまで到達しそうなそれを竹刀で擦り上げるようにして逸らし、手首を返して胴に向かって振り抜いたけど・・・。
浅い。
真壁つるぎは少し下がりながら間合いを切った。
ならば踏み込むまで。
下がった真壁つるぎの態勢が整う前に、踏み込んで面を狙う。
しかしギリギリで受けられ、鍔迫り合いに持ち込まれた。
人外の膂力で押し付けられる竹刀がミシミシと音を立てる中、私と真壁つるぎは睨み合う。
やっぱり、真壁つるぎは上手い。
魔女との戦いでの剣は、どうすれば相手を切り裂けるか、多種多様な攻撃を防げるか、どれほど早く命を奪えるか。
そういった要素が大半を占める。そこに関しては、私だって研究を惜しんだことはないし、真壁つるぎよりもよく知っていると思う。
けど剣道という枠の中なら、積み重ねてきた時間は真壁つるぎの方が遥かに長いんだろう。
真壁つるぎの竹刀が僅かに動く。
即座に払おうとしたが、真壁つるぎの竹刀は私の払いを下から回り込んで避ける。
あ、誘われたな。
これは今の身体能力じゃどう頑張っても間に合わない。
無防備になった私の小手に鋭い一撃が叩き込まれた。
「小手ぇッ!!」
「小手あり!!」
審判の旗が再び上がった。
真壁つるぎの二本先取。
去年とは真逆の、私の負けだ。
見滝原の部員から残念そうな声が漏れ、風見野側から歓声が上がる。
だけど。
「勝負あり!お互いに、礼!」
「ありがとうございました」
真壁つるぎと向かい合って礼をしたとき、私は嬉しかった。
悔しくないわけじゃない。
二本目を取られた瞬間は、ミスったなって思ったよ。
それでも、それ以上にホッとしていた。
真壁つるぎは、美樹すがめより剣道が強かった。
ようやく、正しい結果になったんだから。
試合場から戻り、面を外して一息つく。
すると、向かい側で釈然としない表情の真壁つるぎと目が合った。
『ねぇ、どうして本気を出さなかったの?』
テレパシー。
真壁つるぎも魔法少女なら当然か。
本気・・・出さなかったわけじゃないんだけどな。
『本気を出したよ。そのうえで真壁さんが勝ったんだよ』
『嘘。なずなさんから聞いたアンタの強さはそんなものじゃなかったわ』
ハッと顔を上げる。
真壁つるぎから、なずなの名前が出た。
風見野の魔法少女であればおかしくないけど、だったらなずなの状況について手がかりを得られるかもしれない。
『なずなを知ってるの?彼女が今どうしてるか教えてほしいんだけど』
返事はすぐには来なかった。
『・・・今更なずなさんのことを気にするの?』
『今更って、どういう―――』
『どうしても聞きたいのなら、私と本気で戦いなさい。私に勝ったなら教えてあげる』
どうしてそうなる?
本気って・・・魔法少女としての本気って意味なの?
そりゃあ、一般人の目がある中で魔法使ったり変身したりはできないでしょ。
っていうか人にできる程度の動きにとどめておかないといろいろ厄介だ。
『皆の目がある中で魔法の力を使うわけにはいかないでしょ。剣道では間違いなく本気だったけど』
『嘘よ。アンタには余裕があった。一本取られた後もヘラヘラ笑って・・・私の剣も、しっかり目で追っていたでしょ』
笑ったのは別に余裕があったからじゃないんだけどな。
まあ、魔女と戦うときみたいに意識して身体を強化すれば、確かに負けはしなかったと思うけど。
『なずなさんのことが聞きたいというのなら、今からの昼休みに体育館裏に来なさい。そこで、本気の勝負をしましょう。貴方の本当の武器を持って来なさい』
『ちょ・・・真壁さん・・・』
真壁つるぎはさっさと歩いて行ってしまった。
その背中からは、先ほどの勝利の喜びなど微塵も感じられない。
私また何か間違えたかな・・・。
もう一度だけ小窓を開く。
マミの乗った車は、何事もなく大通りを走っている。
まだ大丈夫。何か起きても、扉ならすぐに間に合う。
友達からの昼食の誘いを断って、体育館裏へ向かう。
あんまり気乗りはしない。
魔法少女同士で戦うことは何度もあったけど、得るものがないし。
それに魔女との戦いに比べて、手加減だったり後始末だったりと全てが面倒だ。
けど、なずなの事は気になる。
・・・まあ、もう薄々察してはいるんだけどさ。
けど、事実を知っている人がいるなら直接聞いて確かめたい。
にしても、なずなは私のことを何て説明したんだろう。
やたら私が強いことにされてるけど・・・。
まあ実際、私となずなの仲が拗れたのは魔法少女としての実力差が原因だ。
私はかつて、私となずな、それともう一人の三人で活動していた。
魔法少女になって半年くらいの話だ。
最初に風見野で活動しているなずなに会って、そっからなずなが面倒見ていたもう一人も一緒に魔女退治するようになったんだよ。
私の魔法があれば移動は楽だし、複数人でやったほうが安全性も上がる。実際、個人で魔女退治してるのはある程度実力のある魔法少女だけだ。
その時の私はもう十分にベテランと呼ばれるだけの素地を身に着けていたけど、今ほど強くはなかった。
だから、チームを組んで戦えて結構安心感があったし、負担も減った。
ただ、もう一人の子は本当に弱かった。
魔女どころか使い魔数匹にすら苦戦する有様で、一人で戦ってたら確実に死んでただろうなってレベル。
でもいい子だったよ。
弱いなりに努力して、役に立とうと必死だった。
私も彼女を助けてあげたいと思ったし、なずなもそうだったろう。
最初は順調だった。けど、だんだん何かがずれ始めた。
一向に強くならないその子と、徐々に成長していくなずなと、なずなを引き離して強くなっていく私。
まあ単純に、実力差が大きくなっていっただけなんだけどね。
チームの中で、私の果たす役割が大きくなり過ぎたんだ。
なずなの魔法は、姿や痕跡を隠す魔法。
もう一人の魔法は、弱めの治癒魔法。
最初の頃は役に立ってたそれらが、私が正面切って魔女を倒せるようになったことで役割を果たせなくなった。
移動も私だし、本当に存在意義がなくなったと感じたんだろう。
なずなもその子も、焦り始めていた。
私がそのことに気づいたのは、事が終わった後だったんだけどね。
私がいると戦えなくて成長できない。
だから二人は、私に黙って魔女退治に行って―――
帰ってきたのは、なずなとソウルジェムが砕けてしまったその子だった。
ソウルジェムが自分たちの魂だったと知ったのもその時だ。
治癒魔法を使えば、まだ間に合うと思った。
身体には重大な傷はなかったからだ。
けれど、どう身体の傷を繕っても、呼吸が戻ることはなかった。
『当然だよ。彼女の魂は、とっくに壊されているんだからね』
キュゥべえは、いつも通りの声色でそう言った。
その論理自体には納得できたけど、実際はそれでも真実を隠していたわけで・・・。
私はそのことでなずなを責めて、そこで初めて二人が私に置いていかれることを不安に思っていたことを知った。
確かに、私は二人を守ろうとはしてたけど、一緒に戦おうとはしてなかったよ。
二人の気持ちに寄り添うこともなかった。
気づくのが遅過ぎたんだよね。
なずなは自分が連れていったと言ったけど、多分その子が行きたいって言ったんだろうな。
なずなは面倒見がいいから断れなかったんだろう。
結局、なずなとは一緒にいられなかった。
嫌いになったわけじゃないけど、その子の死で喧嘩をしてそのまま自然と会わなくなっていった。
私はなるべく風見野に行かなかったし、なずなも見滝原には入ってこなかった。
命懸けの魔女退治に行くなら、強くないといけない。
その考えは変わらない。
けど、また仲良くなりたかったよ。
なずなは私より弱いとわかっていたのに、その辺の魔女には負けないだろうと判断してほっといた。
関係を修復しようともせず、ただ漠然と世界が続くと思っていた。
魔法少女の命が短いことくらい、わかってたのにね。
「来たよ。本当にやるの?」
体育館裏で待っていた真壁つるぎを見つけ、声をかける。
お昼時だから影は短いけど、体育館の影はそれでも大きく、私と真壁つるぎをすっぽりと覆っていた。
確かに人は来なさそうだ。
「当然よ。本気で戦いなさい」
真壁つるぎが変身した。
剣道着を少し改造したような衣装。
らしいな、と思う。
手に持つのは刀だ。竹ではなく、鋭く研がれた殺害のための武器。
「その前に、なずなのことを聞かせてよ。もちろん、聞いたからって戦いから逃げたりしないからさ」
知りたかったことを聞くと、真壁つるぎは辛そうにしながら言葉を吐き出した。
「死んだわ」
そっか。
予想はしてたから、意外に衝撃は小さい。
けど、心の内にじんわりと喪失感が広がった。
「・・・なずなの最期はどんなだったのかな」
「知らない。私が駆けつけた時には、ソウルジェムがなくなって冷たくなったなずなさんの身体があるだけだった・・・!私が一緒に行っていれば・・・!」
「それは・・・」
君が悪いわけじゃない。
そう言いたいけど、やっぱダメだ。
一緒に行っていればって後悔は、いつだって残された人につきまとう。
自分で納得しないとダメなんだよ。
それに、ソウルジェムが砕けたのではなくて、なくなっていたのなら多分・・・。
「・・・ソウルジェムが砕けた痕跡は?」
「そんなのなかったわ」
だったら、なずなは魔女になってしまったんだろう。
そして今朝、風見野には見慣れない魔女がいた。
姿を隠すように、結界の奥深くで息をひそめていた魔女が。
「・・・・・・じゃ、やろうか」
じゃあ、今朝私が切り落としたのは―――。
なずなの首だったのか。
溢れ出した魔力が、私を魔法少女の姿に変身させる。
お望み通り、本気でやる。
こんなことは間違ってる。そんなことはわかってる。
けど今は、自分の中の激情を、とにかく何かにぶつけたかった。
☆
つるぎは、戦意を昂らせてすがめを見る。
つるぎがなずなについて話した直後から、すがめの雰囲気が一変した。
温和で冷静な雰囲気を崩し、その目からは柔らかさが綺麗に消えていた。
つるぎはそのことを嬉しく思う。
これなら本気でやってくれる。
本気のすがめに勝つことが、彼女の最初の願いなのだから。
いろいろな事情が重なり合ったことで、つるぎからすがめへと向けられる感情は濁ったものになっていたが、それでもそこは変わらなかった。
変身したすがめが足を鳴らすと、すがめを中心に周囲の景色が変化していく。
咄嗟に避けようとしたつるぎだったが、変化していく世界の速度の方が速かった。
世界が閉じ、全面が無数の扉で覆われた立方体の空間につるぎとすがめが取り残された。
「これは・・・!?」
困惑するつるぎに、すがめが淡々と告げる。
「魔女の結界を真似たもの。原理や構造が分かってしまえば、模倣は容易い。ま、気にしなくていいよ。単に人払いのためだけの簡単な結界だから。この中で戦う分には不都合ないはず」
「あっそ・・・!」
つるぎは先手必勝と言わんばかりに、すがめに切りかかる。
魔女相手でも魔法少女相手でも、相手が何かする前に仕留める。魔法という理外の術を行使する者を相手にするとき、最も効果的な対策だ。
変身したつるぎの踏み込みは、すがめの面を捉えた先ほどの試合の時よりもなお速い。
魔法少女になって数週間の未熟者の速度ではなかった。
魔法少女としての素質も十分な上、幼少期からの武道経験がそれを可能にする。
だが。
すがめはどこからともなく取り出した長剣で、あっさりとつるぎの刀を弾き飛ばす。
剣道でやるような受け方ではなく、振り下ろされる刀に無理やり剣をぶつけたようなやり方だった。
「(槍・・・!?いや、長いだけで剣ね。リーチ差はある・・・けど、その分連撃には弱いでしょ!)」
刀が弾かれても動じず、つるぎはすがめの無防備な胴に向けて即座に切り返しを放つ。
しかしすがめもまた、長剣を手首で回転させてつるぎの刀を弾き返した。
そのまま長剣を半回転させながらつるぎの脳天に振り下ろす。
「くっ・・・!」
つるぎは片手を刀に添え、真上からの一撃を両手でなんとか受け止めるも、その衝撃にたたらを踏んだ。
「どうしたの?本気って、この程度?」
「っ!うるさい!」
なんとか長剣を受け流すと、再びつるぎの刀が弧を描く。
予備動作などほとんどなく、その切っ先が作る軌跡は無駄がない。
振り下ろし、薙ぎ払い、切り返し・・・。
目にも止まらぬ連撃だったが、すがめはそれを片手で軽々と捌いていく。
両手持ちでも重そうな長剣だったが、魔法少女の身体能力なら関係ないのだろう。
つるぎの横薙ぎの一閃を、盾のように立てた剣で阻んだすがめの目には、まだまだ余裕が感じ取れた。
打ち込んだ刀から、逆に骨までしびれるような衝撃が帰ってきたのを感じたつるぎは、差を痛感し歯噛みする。
「魔法少女としての身体能力にはまだ差がある様だね。魔力を如何に効率的に身体に回し、どの部位を強化するか・・・。無意識に強化してるだけじゃあ、私には及ばないよ。なずなから教わらなかったの?」
「・・・知らないわ」
「だろうね。なずなは出来なかったから。その程度で埋まる実力差なら、そもそも仲違いなんてしてなかった」
「なずなさんを馬鹿にするな!」
更に剣速を上げ、すがめの首へと白刃が迫る。
すがめも即座に反応し、長剣を割り込ませる。
刃と刃が噛み合い、甲高い音と火花を散らした。
「事実だよ。・・・なずなは強かった?」
「なずなさんは強かった!魔女を倒して私を救ってくれた・・・魔法少女になった私に色んな事を教えてくれた!私の、目標だった!」
「・・・そっか」
じりじりと火花を散らしながらの鍔迫り合い。
埒が明かないと判断したのか、つるぎの方から跳び下がった。
「なずならしいとは思うけど・・・なずなを強いと思うんなら、私に勝てるはずがないよ。私はなずなより遥かに強いんだから」
冷淡に語り続けるすがめに苛立ちつつ、つるぎは自らの固有魔法を発動させる。
「これならどう!?」
「・・・」
つるぎを中心に光が広がり、正方形のフィールドを作り出した。
つるぎの足が音もなく前に進み、その刀が神速の突きを繰り出す。
瞬きの間にすがめの首元に迫ったそれは―――
澄んだ衝突音を響かせ、すがめの眼前で止まっていた。
「!?それは・・・」
すがめは首元で二本の剣を交差させ、つるぎの刺突を挟み止めていたのだ。
長剣が中央の蝶番を軸に二つに分かれ、双剣となってすがめの手に握られていた。
「魔法少女なら何でもあり・・・覚えておいた方がいいよ。君の固有魔法は、身体能力を均すって感じかな。確かに悪くないね。少なくとも、力と速さは同じになった。けど、剣を短くすればその分小回りが利くってわけ。別のところで差をつけようか」
今度はすがめから攻めに出た。
迎撃しようとするつるぎの刀を一方の剣で抑えつつ、もう一方で切りかかる。
一本と二本。
身体能力の差はつるぎの固有魔法である程度埋まった。膂力、速度、反応速度。数値の上では、二人はほぼ等しい。
しかし手数と経験の差は、それ以上に戦いの趨勢を傾かせた。
無駄がなく実直なつるぎの剣技に対し、変幻自在で捉えどころのないすがめの剣技。
「君剣道は強いけどさ、それじゃ魔女相手には通用しないでしょ」
右、左、右。片方を逆手に持ってまた右。二振りの剣が途切れることなく軌跡を描き、つるぎに襲い掛かる。必死に刀で受けるつるぎだったが、刃が肩口を掠め衣装に赤い線が走る。防ぎきれなかった斬撃が腕を浅く裂き、鮮血が数滴地面に散った。
「面に胴に小手!どこを攻撃されても、魔女相手だったら一発アウト。素直なのはいいけど、戦いの場ではひねくれてた方が強いかな」
反撃を挟もうとするつるぎの技をことごとく抑え込みながら、すがめは舞うように連撃を叩き込む。
「確実に相手の攻撃を防ぎながら、着実にダメージを稼いでいくってわけ。たまーにいる縄張り荒らし対策に編み出した戦い方だけど、いやらしいでしょ」
風車のように回るすがめの剣は、予測不能の殺人独楽だ。つるぎの刀のあらぬ方向へ弾き、はたき落とし、回転の勢いの乗った斬撃はついでのようにつるぎの肌を切り裂く。
退きながら上体をそらし、首を傾け、息つく暇もなくなんとか紙一重で避けるつるぎだったが、剣が鼻先を通り過ぎるたびに遅れて髪が宙を舞う。
「くぅッ!なんで・・・!?」
「経験。君は成り立てにしては強いから、多分なずなよりは強くなれるし、魔女との戦いを重ねれば私にも届くかもね。けど、殺し合いは剣道の試合とは違うんだ。必要な経験値は、全く別だよ」
すがめが片方の剣を投げ、回転する刃がつるぎの眼前に迫る。
つるぎはそれを冷静に弾いたが、突如として左足に鋭い痛みが走り、身体が崩れ落ちる。
「痛・・・!?」
つるぎが片方の剣に気を取られた際に、すがめのもう片方の剣が左足の健を掻き切ったのだ。
「はい終わり。魔力を回復に徹すれば、それくらいの傷はすぐ治るでしょ。私は怪しまれないうちに戻るね。これはおまけ」
そう言うとすがめはつるぎに背を向けた。
グリーフシードを一つ取り出すと、つるぎの足元にポイと投げ捨てる。
戦いの場となっていた扉の空間も、徐々に消えていき元の風景に戻りつつあった。
つるぎは悔しさに顔を歪ませ、禁じ手に出る。
すがめの背中に向かって、持っていた刀を投擲したのだ。
すがめは見向きもしなかった。
刺さってしまう、そうつるぎが思った瞬間、すがめの背中に扉が現れ、刀が飲み込まれる。
そして次の瞬間には、その刀がつるぎの真上から落ちてきて、墓標のように突き立った。
つるぎが見上げると、先ほどまで空間を構成していた扉のうちの一枚が、消えずにつるぎの真上に残っていた。
振り返ることもせぬまま、すがめはつるぎに言い残す。
「魔法少女ならそのくらいでいいと思うよ。君がどう戦うかは君の勝手だけど」
そのまますがめは去っていった。
残されたつるぎは、敗北の悔しさを噛み締めるよりも先に、自分がやってしまったことを自覚し呆然とする。
「(剣を・・・投げた?この私が・・・?)」
以前の自分なら、絶対にやらなかったことだ。
そんな勝ち方など、望んでいなかったというのに。
背を向けたすがめを傷つけたいという衝動だけで、自ら剣を手放した。
父親から―――剣士の魂だと教えられてきた、それを。
変身が解け、魂が抜けたかのように座り込む。
そこに、白い悪魔が現れる。
「やあつるぎ。すがめは強かったね」
「キュゥべえ・・・私・・・どうしよう。剣士として勝ちたかったのに、剣士の魂を、捨てちゃった・・・」
「君の魂はソウルジェムだよ?まだ君の指についているじゃないか。それとも、誇りや信念といった話かい?それならば、捨てたという表現は正確ではないんじゃないかな」
「・・・どういうことよ」
「君はすがめに勝つために魔法少女となり、勝てないと分かると、剣士としての作法を捨てて背後から刀を投げた。つまり君は最初から、剣士であることよりも、すがめに勝つことを優先していたんじゃないのかい?」
「違う!私は、剣士としてアイツに勝ちたくて・・・」
「でも、君は剣道の試合ですがめに勝ったじゃないか。確かに魔法少女としての実力で考えれば一割も見せていなかったけれど、あの試合で彼女がわざと手を抜いていた様子はなかったよ」
「だったら・・・何で・・・」
「剣道の技量では、もともと君の方が上だったんだろうね。すがめが以前君に勝てたのは、先に魔法少女となっていたことで、身体能力に大きな差があったからだ」
つるぎの表情が固まる。
「ちなみに、すがめが君との試合を最後に公式戦へ出なくなった理由を知っているかい?」
「・・・なによそれ。知らないわ」
「魔法少女の力で普通の人間に勝つのは、不公平だと考えたからだよ。今日の試合に全力で臨めたのも、君が魔法少女になり、ようやく条件が同じになったからだろうね」
「条件が、同じ・・・?」
「そして同じ条件で剣道をした結果、君が勝った。すがめも、その結果を正しいものだと認めていた。君はもう、望んでいたとおり、剣士として彼女に勝っているじゃないか」
「違う!・・・こんなの、絶対に、違う・・・」
「何が違うというんだい?」
「私は、魔法少女になって強くなって・・・それで、アイツと同じ場所に・・・」
「だけど、君が剣道ですがめに勝つために、魔法少女の力は必要なかった可能性が高い。反対に、魔法少女として戦えば、君の願いで身体能力を均しても勝てなかった」
キュゥべえはいつもと変わらない調子で続ける。
「それどころか、契約してから君が普通の剣道家たちを相手に得た勝利は、すがめが不公平だと考えて捨てたものと同じだ。君は自分が許せなかった行為を、自分でも繰り返していたことになる」
「やめて」
「君の願いは間違いなく叶った。すがめと同じ条件に立ち、剣道では勝利した。魔法少女としては敗北した。それだけのことだよ」
「やめてよ」
「僕には、君が何に絶望しているのか分からないな」
キュゥべえが小さく首をかしげる。
「剣道ですがめに勝つという目的は、既に達成されている。しかも、そのために契約する必要すらなかった」
「・・・・・・」
「それなら君は、いったい何のために魔法少女になったんだい?」
キュゥべえの赤い無機質な目には、元の色など分からないほどどす黒く濁ったつるぎのソウルジェムが映っていた。
☆
真壁つるぎとの戦いを終えて、見滝原中の皆のところまで戻ってきた。
つるぎはまあ強かったよ。なずなよりは強かったと思う。
けど、私も二年生き残っているのだ。
戦わなければ生き残れない魔法少女の性質上、経験の長いベテランが弱いということはない。
私はその中でも、ダントツに魔女との戦闘経験を重ね、自分の能力について検証を重ねてきた自負がある。
今更その辺の魔法少女に負けるもんか。
ああけれど、真壁つるぎに対する接し方は間違いなく間違えたな。
激情に身を任せ、ただ本音をぶちまけてしまった。
最後のアレも良くなかったな。
まさかあの真壁つるぎが剣を投げるとは思わなかったけど、それについて何かフォローしなきゃ、彼女の心は追い詰められてしまうだろう。
けど、今はそんな気分じゃない。
なずなの死。魔女化。そしてなずなの魔女をこの手で倒してしまったこと。
確定ではないけど、今更そんな希望的可能性に賭ける気は湧かない。
鬱だなー。
とりあえずソウルジェム浄化しといて・・・。ああそうだ、マミの様子を確認しなきゃね。
「あ!すがめ!どこ行ってたの?もう弁当食べ終わっちゃったわよ」
「ごめんごめん。ちょっとお花摘みにね」
「真壁さんに負けたこと、そんなに気にしてるの?仕方ないわよ、あんなの誰だって負けるって」
「そうですよ!むしろ少しでも戦えていたことが凄すぎです!」
「んーありがと。でも大丈夫だよ。そのことは気にしてないから。端っこでお昼ご飯食べてくるね」
友達も後輩も優しい。
けど、ホントのことが言えないのは辛いな。
人目につかなそうな柱の陰に座り込み、小窓を開いてマミの様子を確認する。
戦いの最中もずっと座標捕捉のために魔力が減ってて面倒くさかったな。
お弁当を食べながら、人目につかないように窓の様子を見ると・・・一気に血の気が引いた。
まだ車移動中。
それはいい。
マミには異常は見当たらない。
けど。
車を運転している父親の首筋に、魔女の口づけがある・・・!
マミの事故って、魔女のせいだったのか?
いや、それは今考えてもわからない。
日常のちょっとした不注意だって、魔女による呪いのせいなこともあるんだ。
別におかしいことじゃない。
今すぐ行って、大本の魔女を倒さなければ。
放っておけば、間違いなく命に関わる事故を引き起こす。
すぐに立ち上がり、トイレに駆け込もうとする。
あんまり行き過ぎると疑われてしまうが、この際仕方がない。
だけど―――
突如として、武道場の照明が落ちる。
まるで光の届かぬ洞窟の奥のような、そんな暗さだ。
「キャッ!?」
「暗ッ!?なんだこれ!」
「停電・・・!?」
「皆さん、落ち着いて!」
武道場内にいる人間のざわめきが聞こえる。
まだお昼時。
照明が切れたとしても、こんな暗さになるのはおかしい。カーテンを閉めたとしてもこうはならないだろう。
クソッ、本当に何もかも間違えたんだ私は。
こんなときに・・・真壁つるぎが魔女化した・・・!
そう遠くない場所で、爆発的な呪いの奔流が発生したのを感じ取る。
生まれたてなら、速攻で仕留めればまだ間に合うはず。
いや。
この感じだと、武道場を結界内に飲み込んでいる?
生まれた直後で結界を形成中だとすれば、近くにあった建物が巻き込まれるのも納得がいく。
なら、巻き込まれた人の保護が優先か。
結界が完全に閉じる前に魔女を倒して結界が崩壊すると、中にいた人の命は保証できない。
結界がどう崩壊するのか分からないからだ。生きていれば結界の外に吐き出されると思うけど、結界の中に持ち込まれた非生物はそのまま消滅するし。建物ごと巻き込んで形成されていく結界の消滅時にどうなるかは、私にも分からない。
目の届く範囲にいてくれなきゃ・・・。
けど、どうする?
全員知り合いみたいなものだ。万が一私が魔法少女だとバレたらまずい。
少しの逡巡で、動きが止まってしまった。
好都合なことに、視界が通らない暗闇の中だ。とりあえず変身しておく。
扉で皆を結界の外に出すのが正解かな。皆からしたらわけのわからない不思議現象だろうが、そこは何とか納得してもらおう。
魔法で皆の位置を探り、扉で外に放りだそうと準備をしたところで、私は選択を誤ったことに気づいた。
・・・これは。
この、背筋が凍るような感じは・・・。
稀に見る、めちゃくちゃ強いタイプの魔女!!
即座に振り向きながら長剣を振るう。
後ろから来ると思ったのはただの勘だ。
けど、それは間違ってなかった。
間違っていたのは、魔女の強さ。
私の背後から首を断つように放たれた斬撃を、私は長剣で受けようとした。
けど接触した瞬間気づいた。
これは受け止められない。
即座に受け流しに切り替える。
澄んだ音色が、空間に響いた。
「いっつ・・・!」
指と左耳に熱い感覚が走る。
やば、左手の小指と、左耳持ってかれた・・・!
なんとか斬撃は逸らせたけど、その威力は尋常じゃなかった。
武道場が斜めに寸断される。
魔女が繰り出した斬撃が、一枚の平面が通ったところ全てを綺麗に断ち切ったのだ。
轟音を立てて、武道場が崩れ始める。
「何何何何・・・!?」
「なんだこれ!?何が起こってんだよ!」
「早く避難を!」
悲鳴が聞こえる。
まずい。ここにいたら魔法少女以外絶対死ぬ。
けど、さっき捕捉した皆の位置が、逃げまどっていることで若干ずれてる。
なんとかこの暗闇の中で位置を捕捉しなきゃいけないけど、魔女相手にいちいちそんなことをしてる場合じゃない。
全霊を持って臨まなきゃ、間違いなく私でも死ぬ。
なら。
あえて魔女へと斬りかかる。
魔女も、その手に持つ歪な刀で受け止めた。
火花が散る。
そして、それによって周囲が少しだけ照らされる。
視線を少しだけ動かし、僅かに照らされた皆の位置を確認する。
もう少し。
魔法少女のつるぎ相手の時のように余計なおしゃべりも、身体強化の手も抜かない。
文字通り全身全霊。
両手で長剣を持ち、魔力をしっかりと纏わせ全力で魔女へと斬り込む。
魔女も当然のように対応してきた。
一手二手三手・・・そこから先は数えてられなかった。
数秒の間に幾度となく刃が衝突し、そのたびに暗闇に火花が咲いた。
けど、その火花によって結界内の人間の大体の位置は把握できた。
最後の一人も・・・見つけた!
「開錠!」
私が変身したときに腰に吊るす鍵は、私の魔力を蓄えた魔法のアイテム。
生物を無理に通そうとすると抵抗されてしまう私の扉。
その抵抗を、鍵を使えば魔力のごり押しで押し通すことができる。
鍵が数本、砕けちった。数十人を転移させたのだから当然だ。手痛い出費だけど、命には代えられない。
武道場内の人間全員の真下に扉が開き、皆は悲鳴をあげながら落ちていった。
行先は武道場の外。結界の外ギリギリだ。
ホントはもっと遠くに飛ばすべきだけど、あんまり遠くに飛ばしても後がめんどう。というかそんな遠くに座標を設定してる暇がない。
私の意識が僅かに逸れた刹那、魔女の斬撃が私の剣をすり抜けた。
即座に身体をくねらせ、飛び上がるように回避するが、ギリギリ間に合わなかった。
鈍い音とともに何かが地面に落ちる。
たった今切り落とされた、私の左手首だ。
周囲に血塗られたような赤旗が三本、私を取り囲むように上がった。
「くっ・・・!」
けど、こっちもこれで周囲を気にすることなく本気でやれる。
魔法だって使い放題だ。
落ちた手首と指は扉で回収しておく。後でくっつけるからね。なくなったら流石に困る。
私は回復に優れているというわけではないから、すぐに腕が生えてきたりはしないんだよ。
魔法少女ならそれでも戦える。痛みだって、痛覚を弱めれば問題ない。
剣を伸長させ、神速の突きを魔女に向かって繰り出す。
魔女の刀による防御を抜け、魔女の顔面と思われる場所にぶち当たって火花を散らした。
改めて、魔女の姿を正面から確認する。
黒い剣道着に、黒い防具。姿形は、真壁つるぎによく似ていた。
けど、面金の奥に見えるはずの顔はなく、そこにはどろどろと側溝に溜まってそうな泥が渦巻いているだけだ。
腕も足も、本来見えるはずの場所まで全部黒い。
唯一、刀だけは銀色に鈍く輝いていた。けど、その刀も錆びてボロボロだ。
もしもそれが、真壁つるぎの心を表しているとすれば・・・。
申し訳ないことをした。
―――よし、切り替えなきゃ。
魔女に同情なんてしてたら私が死ぬ。『まどマギ』でもそうだっただろ。
真壁つるぎの魔女化の原因が私だったとしても、真壁つるぎは魔法少女。
自分の選択の果ての結末だ。
今はそう思え。
少しでも心を濁らせれば、魔力の操作をミスって死ぬ。
「ふーーーー。よし落ち着いた。悪いけど、君を倒すよ。真壁つるぎ」
落ちてくる天井を切り裂き、建物の外に出る。
武道場だった瓦礫を足場に、魔女の結界がその全貌を現した。
あまり風景は変わらなかった。
巨大で、全体的に暗い武道場だ。
睨み合う。
互いの動きが完全に止まった。
そう錯覚するほどの静寂。
次の刹那、魔女の姿が闇に溶ける。瞬間、私もまた剣を振る。
ひと際大きな火花が散ったかと思うと、私の長剣が大きく欠けた。
これは・・・。
魔女の追撃をなんとか弾いていくも、そもそも威力が高すぎるうえに私の剣が壊されていく。
五度目で完全に折れた。
途中から予想はしていたので、新たに扉から剣を形成する。
それでも防戦一方だ。
どんなに正着な受けをしても、純粋な強度が弱められているのか必ず武器に亀裂が入る。そして砕ける。
多分『強度』を均してる・・・というか、一方的に格下げされてる感じだ。
斬れるところまで強度を引きずり降ろされている。
それにさっき、手首をやられたときに赤旗が上がったのが気になる。
もしも赤旗が魔女で、『小手あり』を示していたのなら、次に何か技を決められたらまずい。
条件を満たしたら強力な呪いが発動するってパターンは、珍しいけどないわけじゃない。
剣道で、二本先取されたら強制敗北、確実に死ぬ。そう思った方がいいだろう。
ま、右手首も斬られたら流石に何もできなくて死ぬし、面が割られても胴を割られても流石に死ぬので、別に変わりはないか。
あと単純に暗くて不利だ。一切光源がないうえ、魔女の体も黒いとなると視認するだけで困難だ。
なら光源を作るまでだ。
「バックドラフト」
私と魔女を取り囲むように並んだ十二の扉が一斉に開く。
剣戟の合間を見計らって私が飛び上がると、魔女の結界内が爆炎で包まれた。
魔女に効いた様子はないが、姿は炎の中で明瞭に浮かび上がった。
連続で飛んでくる斬撃を、扉を足場に跳躍して紙一重で避けながら魔女に肉薄する。
魔女の剣速は異常だ。
出だしで抑え込めなければ、至近距離で躱すのは困難だろう。
こうして接近したとしても、切り捨てられるのがオチ・・・だけど、私には扉がある。
魔女の刀が私の身体を捉えようとした瞬間、扉の中に逃げ込み魔女の背後に転移する。
魔女の斬撃は転移前の扉を真っ二つにしたが、既にそこに私はいない。
背後から、魔女の胴に向かって一閃。
魔女の体から泥が吹き出し、一瞬態勢が崩れたが・・・泥は逆再生したかのように魔女の体の中に戻り、何ともなかったかのように魔女は動き出した。
「あー、普通に斬るだけじゃダメなタイプか」
再び至近距離での死闘が始まる。
魔女の攻撃は剣道での技と酷似している。
真壁つるぎの心残りというか、執着のせいだろう。魔女は元の魔法少女の影響を色濃く反映している。
けど、そのおかげで動きが読める。
剣がどういった軌道を描いてどう迫ってくるのか。それが分かる。
私なら、対処は容易い。
鍵を一つ消費して、魔女の足元に小さな扉を作る。
魔女の踏み込む先に穴を作り、魔女がそれを踏み抜くと途端に体勢を崩した。
「面!」
魔女の刀の軌道はずれて、私の真横を通り過ぎた。
一方私は、長剣を真っ直ぐに魔女の頭に振り下ろす。
全力で魔力強化を施したそれは、魔女の頭を叩き割った。
ぶしゃ、と泥が飛び散り、周囲に黒い人影が浮かび上がり白旗を上げる。
やっぱり、審判が技の判定をしているということで間違いなさそう。
白が私だね。
「一応、公正に判断してはくれるんだね。魔女らしくない・・・真壁つるぎらしいとは思うけど」
魔女の身体は泥で出来ていて、破壊しても致命傷にならない。
先ほど背後から胴を切った時にはなんの反応もなかったので、剣道のルールに則って技を決めるしかないって感じかな?
ま、私はどこを斬られてもまずいので、イーブンな勝負になってるとは思わないけど。
魔女は面と胴と小手を守ってればよくて、私は全ての部位を守らないといけないなんて・・・つくづく、魔女というものは理不尽だ。
今更だけどね。
「じゃあ後一本。さっさと終わらせるよ!」
周囲に小さな扉を複数生み出す。
魔女の視界を遮り、攻撃経路を封じ込め、それに加えて私の攻撃を転移させる。
自慢の固有魔法だ。
魔女は次々と扉を切り裂いていくが、私は破壊された分だけ補充していく。
転移する扉として出そうとすると座標の設定だったり大きさだったりいろいろ考えることがあるけど、単にモニュメントとして出すだけならそこまで考えずとも無数に出せる。
魔女の攻撃が扉を破壊した瞬間、無事な別の扉から私の剣が飛び出す。
攻撃が決まると思ったら、こうして扉に転移の機能を持たせる。魔力の節約にもなるし、有用な戦法だ。
魔女の小手に当たったが、白旗は上がらなかった。
転移させての不意打ちじゃダメか。
それなら。
魔女の背後に転移し、魔女が振り向き私のいた場所に斬りかかったところで再び魔女の背後に転移。
魔女が振り返った瞬間、接近しつつ長剣を伸ばして魔女の喉を突く。
長剣は魔女を貫き、魔女の背後に泥をぶちまけさせた。
白旗が上がる。
審判の姿が、炎の中にくっきりと浮かび上がった。
「やっぱり突きもありだったか。中学生は突きなしだと思ってたけど、さっき使ってたもんね。習い事でやってる人は使うのかな?なんにせよ、私の勝ち―――」
魔女が予備動作もなく刀を振る。
咄嗟に上体をそらして回避したけど、今のは危なかった。
「往生際が悪いよ。剣道で負けたら大人しく死んでくれないかな」
それでこそ魔女、という感じだけどね。
基本的に生前の魔法少女の要素を色濃く映し出すが、肝心なところを欠落させている。
にしても、だったらどうすれば倒せる?
魔女の核があるとすれば・・・刀、とか?
剣は剣士の魂ともいうし、ありそうではある。
「アアァァァァァァァアアァァァッ!」
甲高い叫び声をあげながら襲い来る魔女。
その攻撃を掻い潜りながら、隙を伺う。
もう速度にも慣れてきたよ。
魔女の刀が私の眼前を空振った瞬間、長剣を変形させて額に戻し、その中に魔女の刀を捉える。
「『扉は閉じる』」
音もなく、魔女の刀が切断された。
「よしこれで―――!?」
だが、私の認識はまだ甘かったようだ。
切断された刀の切っ先が、まるで独立した生き物かのように回転しながら私の顔面目掛けて迫ってきた。
「ッ―――!」
避けようと首をねじるが、躱し切れずに顔の左側に熱が走った。
視界が半分、赤く染まる。
扉を使って魔女から離れた場所へ転がり出る。
片膝をついて右手で顔を押さえる。
指の間から血がこぼれる。
やばいな。左目が見えない。
痛覚を遮断しても、視界は戻らなかった。
頭上を見ると、旗は上がっていなかった。
これは一本判定にはならないってわけね。
「魔女になっても律儀だなぁ」
治すには時間がかかる。今は止血だけでいい。
「傷よ、閉じろ」
開いたものは、閉じればいい。
扉と同じだ。
治ったわけじゃない。魔法を解けば、また開く。
けど、血が止まった。今はこれで十分。
二本取ってもダメ、刀を破壊してもダメ。
じゃあ後何がある?
「・・・まさか、審判?」
炎によって浮かび上がった、旗を持つ黒い人影。
最初は影のように不明瞭だったそれは、私が二本目を取ってから明瞭になった。
今まで私が魔女だと思って戦っていたのは、もしかして操り人形に過ぎなかったのでは?
なら、これで終わるはず。
宙に浮いて飛び込んでくる刀の切っ先を、扉で閉じ込めてしまう。
やっぱり遠距離攻撃扱いか。さっきは対処を間違えたな。
そして激昂して私に迫る黒道着の魔女を、真正面から迎え撃つ。
刀が折れた今なら、如何に動きが速かろうとそこまで脅威じゃない。
すれ違いざまに剣を振る。
身体が袈裟懸けに両断され、魔女は泥となって地面に崩れた。
どうせすぐ再生するんだろうけど、時間稼ぎはできた。
飛び上がって、審判の姿を確認する。
三体。それぞれ赤と白の旗を二つ持っている。
一太刀で仕留められる。
一閃。
三体の審判の身体、その手に持つ旗。
それら全てが、私の放った伸びた剣の一閃により両断された。
声もなく、黒い影たちは溶けていった。
結界が、崩壊する。
私が結界の外に出て変身を解除すると同時に、結界から炎が噴出する。
結界から出た場所は武道場の入り口だった場所。
「あ・・・やべ」
そういや武道場も一緒に巻き込まれてたんだ。
結界の中に取り込まれた物は、結界が崩壊したときに一緒に消失する。
武道場がまるごとなくなるのは怪奇現象過ぎる。
そう思ったが、結界から噴出した炎によって一時的に武道場があった場所は炎に包まれた。
これで火事消失扱いとかになればいいけど。
バックドラフトは加減せず使うと大惨事になるな。よく考えて使わないと・・・。
回収しておいた左手首と小指を取り出して傷口に押し付けつつ、グリーフシードでソウルジェムを浄化し魔力で傷の回復を促す。
最優先は手。切断されてるのがバレたら一番面倒なことになる。
「美樹さん!?酷い怪我!大丈夫!?」
「先生・・・」
負傷を見られた。
どう誤魔化すべきか。
「探したんですよ!皆外に出てたのに、美樹さんと真壁さんだけいないから・・・怖かったですね、もう大丈夫ですよ。救急車も消防車も呼んでありますから。さあ、早くここを離れますよ。掴まってください」
先生が私を抱え起こし、燃え盛る武道場跡地から離れ始める。
先生もこんなところまでよく来たな。
消防隊の人とかに任せるのが普通でしょ。
振り返って見てみると、武道場は完全に飲み込まれたというわけではなさそうだった。
少なくとも、基礎の部分や柱の一部は残っているように見える。
全部消えたわけじゃなさそうだけど・・・調べるのは後でいいか。
「辛いでしょうけど、聞いていいですか?真壁さんの姿を見ませんでしたか?」
「・・・知りません」
先生の言葉で、途端に先ほどまでのことを思い出す。
私のせいだ。
そう言えたら楽なんだけど、そんなわけにもいかないし。
知らないふりをするなんて、最低だとは思うけど。
真壁つるぎはもうこの世にいないんだから、探しても無駄だ。
その残滓さえ、たった今私が斬り捨てた。
「そう・・・気にしないで、美樹さんは自分のことだけ考えなさい。病院で安静にするんですよ。親御さんにも連絡しておくから」
「・・・はい」
救急車が来て、私はその中に連れ込まれた。
医師の人に見られる前に手首と小指は繋がったけど、顔の傷は治せなかった。左耳も斬られてるの、すっかり忘れてたよ。
やっぱ痛覚遮断なんて多用するもんじゃないね。
病院についてから治療室で治療を受けた。
顔の傷は開くかもしれないからって言われて縫われた。
目は見えなくなるかもしれない、とも。
処置が終わって病室でぼーっとしてると、お母さんが血相を変えてやってきて、病室で泣いていた。
こんなに憔悴したお母さん、初めて見たよ。
女の子の顔に傷がどうこう言ってたけど、目も傷もきれいさっぱり治せるから気にしなくていいのになぁ。
でもそれを説明するわけにはいかない・・・。
魔法少女って、本当に面倒だ。
いろいろな事があって疲れたな、今日は。
正直、何も考えたくない。
でも、何か、大事なことを忘れてる気がする。
「・・・なんだっけ」
何かじっとしていられなくて、病室の外に出る。
すると、女の子の泣き声が聞こえてきた。
・・・ああ。
何で忘れていたんだろう。
泣き声のもとへと向かうと、そこにいたのは金髪の可愛らしい女の子。
年は、さやかと同じくらいかな。
実際は一つ上なんだろうけど。
彼女が縋りつくのは、運ばれて来たストレッチャーに乗った二人の大人。
魔法少女だから分かる。
完全に死んでいる。
それを覆すには、魔法少女の願いでもなければ不可能だろう。
けど・・・。
金髪の少女―――巴マミの指には、魔法少女の証であるソウルジェムの指輪が銀色に輝いていた。
『救う』?
何一つ救えていないじゃないか。
マミどころか、かつての仲間も、剣道の好敵手も。
どれか一つに集中していれば、誰かは救えたかな。
・・・いいや。
これはそんな単純な話ではないんだろう。
『まどマギ』を知っていたとしても、それは全知の未来視などではないんだ。
なずなと仲直りしたかったのに、会いに行かなかった。
つるぎに謝るべきだったのに、立ち去った。
傷を見られて、お母さんを泣かせた。
私は―――私はまず、自分の人生に向き合うべきだったのかもしれない。
すがメモ
ぺんぺん草の魔女。その性質は庇護。外の世界を危ないところだと思っている魔女。結界に迷い込んだ弱い人間を、葉や莢に隠して守ろうとする。ただし、隠した人間を外に戻すことができない。結界を見つけるのは難しいが、本体はそこまで強くない。
審判の魔女。その性質は証明。自らが誰よりも強いことを証明しようと、訪れた者へと勝負を仕掛ける。剣士の姿は、魔女が操る使い魔。魔女の本体は審判で、自らの強さを証明するものを探している。ただし、何をもって自分を認められるのか、魔女自身にもわからなくなっている。