目が覚めたら、『まどマギ』の美樹さやかの姉だった… 作:黒い魔女
今朝病室で起きて鏡を見ると、顔の左半分が包帯でグルグル巻きになった自分の顔が映っていた。
それを見て、廻天さやかとおそろいだと気づいて嬉しくなっちゃった現金な魔法少女、それが私です。
・・・私って薄情なのかな?
いやまあ、完全に気分が回復したかと言えばそれは嘘だ。流石に気分は憂鬱。
けど、さっきさやかから電話がかかってきたのでちょっと回復したのは本当だ。
心配そうにしながら、今日の午後にお見舞いを持ってきてくれると言っていた。楽しみ。
さっさと退院して安心させてあげなきゃね。
ま、ぶっちゃけもう退院できるんだけど。
顔の傷はすぐに治ると怪しまれるからまだしばらく治せないだろうけど、顔だけなら大して日常生活に支障はないし、あと数日様子を見たら、通院でもいいと言われた。
ただ、今まだマミが病院にいるからね。
退院するのはマミと接触してからにするつもりだ。
・・・昨日泣いて両親の死体に縋るマミに話しかけることは出来なかった。
あの時は私もいっぱいいっぱいだったし、マミと話して冷静でいられるか分からなかったからね。
一晩寝て少しは落ち着いたし、マミが大丈夫そうなら話しかけてみようかな。
両親を失った直後にどうこう言われるのは嫌だろうけど、魔法少女になった以上グリーフシードでソウルジェムを浄化しないといけない。
最初のうちは私の手持ちを融通するとしても、ずっとそうしてるわけにもいかないし。
『まどマギ』が関係なくとも、見滝原の縄張りの持ち主として、新たに現れた魔法少女への対応はしないといけないしね。
病院内の魔法少女の反応に向かって歩いていくと、金髪縦ロールが特徴的なマミの姿が見えてきた。
暗い表情で、廊下のベンチに腰かけている。
どうしようかな。
よくよく考えてみたら、今の私は顔の半分を包帯で覆っている重病人なわけで・・・そんなやつから話しかけられて、まだ小学生であるマミは大丈夫だろうか。
やっぱ通り過ぎるだけにしようかな・・・。
そう思ったが、マミのソウルジェムを確認して、かなり濁っているのを見てやっぱり話しかけることにした。
原作では生き残ってるんだから大丈夫なのかもしれないが、マミがどうやって初戦を潜り抜けたのかとか、両親を失ったショックからどうやって立ち直ったのかとか、そんなことは私にはわからないんだ。
・・・私はまず、自分がやるべきだと思うことをしよう。今度こそ失わないために、一つ一つじっくりと向き合うんだ。
「ねぇ、少しいいかな」
「・・・え?私ですか?」
すぐには反応を返さず、ゆっくりと顔を上げて聞き返してきたマミ。
こりゃ相当追い詰められてるな。無理もないけど。
「そうそう。良かったら、名前を聞かせてもらえる?」
「・・・巴マミです」
「いい名前だね。私は美樹すがめ。見滝原中学校三年生の魔法少女だよ。君の先輩ってワケ」
「え!?・・・あなたも魔法少女・・・なんですか?」
「うん。急に話しかけてごめんね」
さて、どう切り出すか。
なんも考えてなかったよ。
顔に包帯を巻いた中学生が、いきなり魔法少女の話を始める。
字面だけ見たら完全に中二病だな。
我ながら怪しい。
とりあえず、証拠を見せるのが早いかな。
私はソウルジェムを宝石の状態に戻した。
藍色の宝石を手のひらに乗せ、マミにだけ見えるように差し出す。
マミの目が、少しだけ見開かれた。
「あ・・・それ・・・」
『これで信じてくれたかな。これは聞こえる?』
マミは顔を上げ、私と宝石を交互に見た。
『・・・聞こえます』
テレパシーは問題ないようだね。
いつどこで誰に話を聞かれてるかわからないし、病院で話す分にはこっちの方が都合がいい。
『マミも魔法少女みたいだからさ。ちょっと気になって、声をかけたんだ。少し、ソウルジェムを見せてもらってもいいかな?』
『・・・どうしてですか?』
マミが左手を右手で覆う。
隠すような仕草だった。
怖がらせてしまったかもしれない。
実際、他人に自分のソウルジェムを見せるのはあまり良くないことだけどね。
『濁ってるように見えたからさ。それ、放っておくと体がだるくなったり、魔法が使えなくなったりするから』
真実を伝えるのは今じゃないだろう。
もっと落ち着いてから・・・マミが悲しみを乗り越えられるようになってからだね。
マミは自分の指輪に目を落とし、しばらくするとその手の中に黄色いソウルジェムが現れる。
本来の輝きは、黒い靄に覆われてしまっていた。
・・・思っていたよりひどいな。
けど、それを表に出してはいけない。
今のマミを、これ以上不安にさせるわけにはいかないからね。
『キュゥべえから、魔法少女について何か聞いた?』
『魔女を倒すと、これを綺麗にできるものが手に入るって・・・でも、まだ・・・』
『そっか。じゃあ、今日は私のをあげよう』
小さな扉を開き、その中からグリーフシードを取り出す。
マミはその黒い卵を見て、僅かに身を引いた。
見た目はまあ、不気味だよね。私は見慣れたけど、その出自を考えれば悍ましいものに変わりはない。
『これがグリーフシード。ソウルジェムに近づけると、穢れを吸い取ってくれるんだ。やってもいい?』
マミは迷うように私を見て、それから小さく頷いた。
マミのソウルジェムに、グリーフシードをくっつける。
黒い靄が吸い取られ、黄色い輝きが戻っていった。
『どうかな』
『少し、楽になりました』
『なら良かった。あと二回は使えると思うから、これは渡しておくよ。ソウルジェムが濁ってると思ったら、必ず使うんだよ』
これで当面は大丈夫だろう。
ただ、両親を亡くした悲しみまで吸い取ってくれるわけじゃない。
マミの表情は、さっきとそこまで変わらなかった。
『あの、ありがとうございます』
『どういたしまして』
そこで会話が途切れた。
浄化は終わったし、魔法少女として必要なことは、ひとまず済んだわけだけど。
だからもう終わり、ってわけでもないんだよね。
「隣に座ってもいいかな」
声に出して聞くと、マミは少し横へずれた。
「どうぞ」
「ありがと」
腰を下ろす。
少し離れたところで、看護師さんが誰かを呼んでいる。
台車の車輪が廊下を転がっている。
昨日も今日も、病院は普通に動いている。
例え私が生きるか死ぬかの死闘を繰り広げていたとしても、マミが死の淵から生還したとしても。
この世の大半の人間にとって、それは日常を左右するに満たない些事でしかないんだろうな。
「美樹さんも、入院してるんですか?」
「うん、昨日ちょっと怪我しちゃってね」
『それは・・・魔女に?』
『そうだよ』
マミが唇を引き結ぶ。
怖がらせたくはないけど・・・こればっかりは嘘をつくわけにもいかないし。
『怖いよね。私も、最初は怖かったよ』
『・・・私も、戦わないといけないんですよね』
膝の上で、マミの手がぎゅっと握られた。
『キュゥべえが、魔女を倒すのが魔法少女の役目だって。私、助けてもらったから・・・ちゃんとやらないと』
『まどマギ』では、正義の魔法少女という役割を信じ独りで戦い続けていたマミ。
作中の他の四人を導いたベテランで、頼りになる先輩・・・けど、今は戦いに怯えるただの少女だ。
無理もないだろう。
昨日まで、普通の小学生だったんだ。
両親と買い物に行って、車の中で笑っていたんだ。
『・・・今すぐ行く必要はないよ。しばらく休もう』
『でも・・・美樹さんだって、怪我してるのに』
『だから私も、少し休む』
そりゃ戦おうと思えば戦えるさ。
傷も、魔法少女にとって戦闘に大した影響を及ぼすものにはならない。
でも、ここで平気なふりをしたら、マミは魔法少女を無理してでも人々のために戦い続けるものだと思うかもしれない。
『戦い方も、落ち着いてから一緒に考えよう。一人で行かなくてもいいから』
『・・・教えてくれるんですか?』
『もちろん』
マミは何か言おうとして、口を閉じた。
少し待つ。
私にできることを次から次に並べ立てても仕方がないだろう。
マミの方から話してくれた方がいい。
「私・・・」
「うん」
「もう、死んじゃうって思って、怖くて、それで、助けてってお願いして・・・」
「・・・うん」
「そしたら、本当に助かったのに」
声が途切れた。
握られた手の上に、涙が落ちていく。
「何で、お父さんとお母さんも・・・!私だけ・・・!」
何て言えばいいんだろう。
両親も助けてほしかったと、そう願えばよかった。
何度もそう考えたんだろう。
死に瀕した極限状況で自分以外のことを考えられる余裕がある者なんてそういない。
けど、そう慰めたところでマミは納得しないだろうな。
私だって、マミのもとへすぐに行かなかったこと。
なずなやつるぎのことをなおざりにしたこと。
誰に何を言われようと、自分では決して納得しきれないだろう。
そのうち、そういう過去もあったと割り切れる日も来る。
昔あの子を亡くしたときもそうだった。
「・・・簡単に納得できることではないよ。私も、後悔してばっかりだから」
「けど、これだけは言っておくよ。私たちは、生きていた方がいい。今はまだ、何も決めなくていいから・・・いつかきっと、過去のすべてを自分で赦せるようになるまで、ね」
「美樹さん・・・」
結局なんの解決にもなってない気がするけど、まあいいや。
偽りのない私の本心だ。
自分のことを犠牲にするようなことはしないでほしい。
傍から見たら美しい行為かもだけど、親しかった人にとってはただ辛いだけだし。
主にまどかちゃんとほむら。ついでにさやかも。
あと、魔女化の真実を知っても無理心中なんてしないでほしいな、なんて。
・・・今言っても仕方ないか。
しばらく、沈黙の時間が続いた。
マミが泣き止んだころには、話しかけてから時計の長針が一周してしまっていた。
「あっ!?美樹さん!?あなた怪我したばっかりなんですからね!?あんまり勝手に出歩かないでください」
・・・ありゃ。
なにやら怒った様子の看護師さんが、私を見つけて詰め寄ってきた。
「はは、ごめんね。行かなきゃみたいだ」
『この病院内なら、テレパシーでいつでも連絡できるよ。あと、美樹さんじゃなくてすがめさんって呼んでほしいかな。もちろん、好きに呼んでくれて構わないんだけど』
マミが美樹さんと呼ぶと、さやかのこと呼んでるみたいで絶妙に違和感がある。
シリアスな雰囲気だったし、そうなるのも無理もない状況だったけど、マミが相談しやすいように私は明るくいこう。
「あ・・・はい。ありがとうございます」
まだ距離感あるな。あって一時間くらいだから無理ないんだけど。
けど、これから一緒に戦う以上は、ある程度仲良くなっておかなきゃ。
今度は誰も失わない。
その決意を更に固め、私は自分の病室に戻った。
病室に戻ると、お母さんとさやかがお冠でした。
「すがめ、あんたはまたどっか行って・・・!」
「いや、泣いてる女の子がいたからさ・・・」
「その子も心配だけど、お母さんはすがめのことが心配なの。もっと自分を大事にして頂戴」
「そうだよ!すっごく心配したんだから!お見舞いも持ってきてあげたんだよ!?」
「・・・ごめん」
自分を心配してくれる人がいる。
私自身も、そのことを忘れないようにしなきゃね。
死ぬ気はないけど、どんな窮地に立たされても必ず家族のもとに帰ってこよう。
もう、家族に会えない人だっているんだからね。
持ってきてくれたリンゴをさやかとお母さんが剥いてくれたので、それを食べながらおしゃべりをした。
すぐに退院できそうなことを話すと、さやかがたくさん遊ぶ約束をせびってきた。
もちろん、ちゃんと約束したよ。
勉強?それは・・・ええ、ちゃんとやりますとも。
話し疲れてさやかが寝た後、お母さんから昨日のことについて詳しく聞いた。
あの後、結界内に取り込まれた人たちは全員病院に運ばれたらしい。
体調不良を訴える子や、意識が不明瞭な子がいたそうだ。
無理もないね。
一時的にではあるけど、あれほど強い魔女の結界に捕らわれたんだ。
呪いにあてられるのも仕方ない。
むしろ先生が動けたことが不思議だね。
武道場に関しては、出火元不明の火事として扱われているようだ。
まだ調査中だが、付近から女学生と思われる遺体が見つかったとのこと。
まあ十中八九、真壁つるぎだろう。
思わず食べていたリンゴを吐いた。
私が出した炎で、遺体まで焼いてしまうとは。
つくづく私、罪深いな。
日も傾いてきたころ、お母さんはさやかを抱えて帰っていった。
また明日来ると言っていたけど、明日は平日でしょ。普通に仕事に行ってくれていいのに。
さやかも学校だろうし、普通にさやかの方を優先してほしいな。
窓から見える景色がすっかり暗くなった。
もう寝よ。魔女退治も、今日は休むってマミに言っちゃったからね。
寝る前に顔だけ洗っとくか。
・・・包帯だと洗いづらいな。
魔法で綺麗にしちゃえ。
よし、これでようやく寝れる。
「すがめ!大変だ。魔女が現れたよ!」
はあ~~~。
思わずため息をつく。
確かに、魔女の反応が遠くにある。
この白い害獣め。
控えめに言って死んでほしいな。
「私疲れてるんですけど?」
マミにもああ言ったしさ、私が行かなければ人が死ぬとしても、無理するのは違うと思うんだよね。
そりゃもう戦えるよ?
けど、戦わなくてもいいなら戦わないよ。
グリーフシードの貯蔵は十分だ。
行く理由がない。
・・・・・・。
「ねぇキュゥべえ」
「なんだい?」
「昨日私が武道場で倒した魔女ってさ、真壁つるぎだよね」
私の中では既に確信しているけど、確認せずにはいられなかった。
もしかしたら、なんて思っていない。
ただ、それを認めさせて・・・糾弾したかったんだ。
「そうだね。つるぎは君に敗北した後、ソウルジェムを急速に濁らせて魔女へと変化した。魔女となったつるぎは強かったかい?」
コイツ平然と・・・!
その言葉に、思わず奥歯を噛み締めた。
ああ、強かった。強かったよ。
久しぶりに死を感じたもん。
けど、あんな形でつるぎの強さを感じたくはなかった。
「魔法少女が魔女になるって、なんで言わなかったの?」
「聞かれなかったからさ。・・・キュッ」
キュゥべえの首に扉の枠が出来上がり、きゅっと収縮したかと思えば絞首刑のように空中に吊り上げた。
思わずやっちゃった。
けど、怒りは込み上げてくるばかりだ。
「朝に倒した魔女・・・あれはなずな?」
「君はすでにその可能性に気づいて、確信を持っているように見えるけれど」
「いいから答えろ」
「君の言う通りさ。あれはなずなが変化した魔女だ」
宙吊りにされてなお態度を変えないキュゥべえに、暖簾に腕押しをしているような虚無感を感じる。
「そっか。それを言わなかったのも、聞かれなかったから?私となずなの関係は、キュゥべえも知ってたでしょ」
「そうだよ。君が魔女を倒すのに、元が誰だったかという情報は必要ないはずだ」
「私には必要だった」
あまりにもあっさりとした別れだった。
私はいつも通りに魔女を倒した。
全ての魔女を悼むわけにはいかない。私はそんな聖人じゃない。
けど、大切な友達だったんだ。
魔女を友達だと認識して、その死を悼む時間くらい、くれても良かったでしょ・・・!
「それを事前に伝えていたら、何か結果は変わったのかい?放っておけば人を害する以上、君が彼女を倒すことは必然だったと思うけど」
「そういう話をしてるんじゃない」
コイツとは永遠に噛み合わない。
それを知識ではなく、体験としてはっきりと理解した。
もう一つ、聞きたいことがあったんだ。
「・・・お前、つるぎに何か言った?」
「何のことだい?」
「とぼけるな。私とつるぎが戦った後、つるぎと何か話したでしょ」
ただの憶測だ。
けど、そうであって欲しい。
「彼女から相談を受けたんだ。剣士としての誇りを捨ててしまった、どうすればいいか、ってね」
「それで?」
やっぱりそうだった。
なら・・・なら、なんだっていうんだ。
それで私の罪が消えるわけじゃないのに。
「君が大会に出たがらない理由を説明したよ。魔法少女が普通の人間と戦うのは不公平だから、というのが、君が以前僕に話した理由だったよね」
ああ、以前そんな話をした覚えはある。
あの時のつるぎに、そんなことを話したのか。
どうなるかは明らかだろうに。
「なんでそんなこと言ったのさ。それを聞いたつるぎがどう思うかくらい、わかるでしょ」
「彼女が知りたがっていたから答えたまでだ。確かに、この事実がつるぎの精神に負荷をかける可能性は予測していたよ」
「じゃあなんで」
「けれど、つるぎを追い詰めたのはすがめ、君自身のはずだ」
「───ッ」
「君との試合、君との戦闘、君がなずなについて口にした言葉。その結果として彼女のソウルジェムは急速に濁った。僕が説明した事実だけを、特別に問題視する理由が分からないよ」
結局、私のせいか。
聞かなきゃ良かった。
私の行動すべてが、つるぎを追い詰めた。
過去コイツに話した内容が、つるぎにトドメを刺す材料になった。
「わかってる。わかってるんだよ。私が悪いってことぐらい!なずなと仲直りしようとしなかった。つるぎを追い詰めた。余計なこと言った。全部私のせいだ・・・!」
「だったら、なぜ僕を責めるんだい?」
「全部私のせいだって、認めたくないからだよ・・・!」
キュゥべえが黙った。
一挙手一投足が腹立たしいやつだ。
どうせ私の気持ちなんてこれっぽっちも理解していないんだろう。
「八つ当たりだよ。悪い?」
「君が僕を責めること自体には不利益がないから、別に構わないよ。君の好きにすればいいさ」
「クソ!本当にムカつくなお前」
キュゥべえの反応に、私は何をしているんだろうという気持ちになる。
まあ、情けない話だ。感情に振り回されて、現実から目を逸らそうとしている。
今回の件に関して、私は目を逸らしてはいけないはずだ。
受け入れて。受け入れて前に進む。
そうしなくちゃならないんだ。
後輩だってもう出来たんだ。しっかりしなくちゃ。
確認できることを確認しておく。
『まどマギ』の知識は、私が生きていく上であまりに不安定だ。
「魔女化を防ぐ方法は?魔女になった魔法少女を元に戻す方法はあるの?」
「魔女になりたくないなら、グリーフシードでソウルジェムを浄化するしかない。魔女が魔法少女に戻る現象は、今のところ確認されていない」
「できないとは言わないんだ?」
「方法がないことは証明できない。ただし、僕たちが観測した中では成功例がない」
希望をちらつかせるようなことを言ってるけど、不可能に近いんだろう。
けど、私は知ってる。
コイツらインキュベーターの想定を超え、理外の存在となった神と悪魔を。
方法を探そう。
私たち魔法少女が、なんとか生きていける道を。
「それで、魔女退治にはいかなくていいのかい?魔女は現在も活動している。被害が出る前に対処した方がいいと思うよ」
「今は、行きたくない」
今の心持ちのまま行ったら、魔女を魔女として見れないかも。
すでに魔女となった知り合い二人を殺しているんだ。次に会った魔女にだって、元はどこかの女の子だったんだろうなって考えるかもしれない。
「今魔女を倒さなければ別の人間が死ぬかもしれないよ」
「・・・少しだけ待って。心の整理をする時間が欲しい」
「魔女は心の整理を待ってはくれないよ?」
「知るか。ちょっとは休ませてよ。話は終わり。どっかいけ」
首枷となっていた扉を解除すると、床に降り立ったキュゥべえは窓から出ようとして、振り返って言った。
「まあ、君がいいならそれでもかまわないよ。他にも魔法少女はいることだしね」
他・・・。まさか。
そういえば、マミはどうしてるんだろうか。
テレパシーを飛ばすも、返事はない。
代わりに、遠くにある魔女の結界が、敵に対処するかのように大きく脈動した。
魔女の悍ましい気配の中に微かに感じるのは、ごくわずかなマミの魔力だ。
「キュゥべえ、マミを魔女退治に行かせたの?」
自分でも驚くほど低い声が出た。
「ああ、君が行かないというから、彼女にも声をかけたんd―――」
ばつん、という音と共にキュゥべえが細切れになった。
「それを先に言え!」
思わず手が出てしまったが、そんなこと気にしてる場合じゃない。
剣についたキュゥべえの肉片を払うと、私は変身して窓から飛び出した。
「マミもマミだ!昨日契約したばっかで何をしてんの!?」
病院の窓から飛び出し、落下する私の先に扉が現れる。
「あの魔女結界へ!今度こそ絶対に間に合わせる!」
最初から自分が行けばよかったよ。
扉の先を、感知した魔女結界のすぐそばへ設定。
私は扉を蹴り破り、乱暴に扉の中へ飛び込んだ。
☆
マミは、恐怖と戦っていた。
怖い。逃げ出したい。
そんな思いを必死に押し殺しながら、目の前の化け物―――魔女を睨みつける。
病院で眠っていたマミに、キュゥべえからの魔女出現の知らせが来たのは少し前のことだ。
すがめは今日は戦いたくないと言っている。今の見滝原で戦えるのは、マミだけだ。このまま誰も向かわなければ、魔女に襲われて命を落とす人間が出てしまう。
キュゥべえはマミに、ただ事実を並べただけだった。
だが、マミは自分から行くと決めた。
すがめは怪我をしている。
魔女との戦いで入院するほどのけがを負い、顔の半分を包帯で覆っている。
にもかかわらず、マミの身を案じ、グリーフシードを分けてくれた。両親を失った悲しみを否定せず、泣き止むまで隣にいてくれた。
そんな人に、これ以上頼ってはいけないと思ったのだ。
すがめは一人で行くなと言ったが、マミは魔法少女になったのだ。
いつまでも守られるわけにはいかない。自分にだって、人を助ける力はある。
自分が行けば、誰かが死なずに済むかもしれない。
それこそが、自分が生き残ってしまった意味なのだと、そう信じたかった。
だから、マミはすがめに内緒で病院を抜け出し、一人で魔女の結界に入った。
だが今、マミはそのことを激しく後悔していた。
結界に足を踏み入れた途端、見慣れた街の景色は跡形もなく消え去った。
どこまでも続く、暗い道路。
錆びた標識やスピードメーターが宙に浮かび、周囲には黒い煙が立ち込める。
鉄とガソリンのような臭いで、息をするたびに喉の奥が灼けるようだった。
しかも、結界自体が巨大なベルトコンベアのように動き続けている。
立ち止まっていても、身体が運ばれていってしまう。どちらが前でどちらが後ろなのか。
気を抜くだけで、方向感覚が狂いそうだった。
流れていく景色は、嫌でもマミに悲しい事故を彷彿とさせた。
そこを、銀色の異形が闊歩している。
銀の魔女。
巨大な鉄くずの塊のような姿で、車輪に排気管、様々な部品が無理やり繋ぎ止められたような姿をしている。全身に赤茶色の錆びを纏い、動くたびに不快な金属音が空間に響いた。
少し小さな使い魔たちが道路の上を爆走し、ラッパのような器官からけたたましい音をまき散らしている。
エンジン音、警笛、金属音。
音が結界の中で何重にも反響し、考えることすら難しくなる。
マミの手は、先ほどから震え続けていた。
何度止めようとしても止まらない。
昨日まで、マミは普通の小学生だったのだ。誰かと殺し合った経験など当然ないし、魔法少女になったからといって恐怖が消えてなくなるわけではなかった。
(死にたくない)
その思いが頭にこびりついて離れない。
脳裏によみがえるのは、昨日の事故。
潰れた車に、体から熱が失われていく感覚。
見るも無残な、両親の遺体。
もう一度、あんな思いをするのは嫌だった。
(今度こそ本当に死んでしまうかもしれない。せっかく助かったのに・・・)
二度目の奇跡はない。
父と母を置き去りにして、自分だけ助かったのだ。
その命まで失ったなら、自分の奇跡の意味は何だったのか。
マミの中で、疑問がぐるぐると渦を巻く。
けれど、逃げることはできなかった。
自分だけ生き残ってしまったことに、何か意味があるのだと、そう思いたかったからだ。
誰かを助けることができれば、自分が生き残ったことも、いつか赦せるような気がした。
そのために、ここに来たのだ。
「・・・大丈夫。私には、力があるんだから・・・」
震える声で、自分自身に言い聞かせる。
震えを止め、戦いに意識を向ける。
マミは掌に意識を集中させた。
黄色い光が指先から溢れ、細長いリボンとなって宙を舞う。
誰かに教わったわけではないが、この魔法が自分の意志で行使できることはわかっていた。
マミは一本のリボンを近くのガードレールに巻き付けると、高速で流れる道路に体を持っていかれないよう自分自身を固定する。
「はぁッ!」
更に残りのリボンを数本、銀の魔女に向けて放った。
何本もの黄色い線が宙を走り、魔女の腕や胴体へと巻き付いていった。
「捕まえた・・・!」
マミは、それを確認すると、リボンを思いっきり引いた。魔女を転ばそうという算段だ。
銀の魔女の体が僅かに傾いた。
銀の魔女の動きは鈍い。新人のマミでも、考えながら対処ができる。
(これなら戦える・・・!)
そう思った直後、銀の魔女が腕を振るった。
巻き付いていたリボンが一斉に引かれ、マミの体が前方へと吹き飛んだ。
ガードレールへと結んでいたリボンが引きちぎられる。
「きゃっ―――!?」
マミは流れる地面に叩きつけられ、銀の魔女のもとへ転がっていった。
止まろうと手をついても、地面そのものが動いているため体を支えられない。
荒ぶる視界の中、どうにか街灯に新たなリボンを伸ばし、転がる身体を止めることができた。
「痛・・・!」
立ち上がろうとするマミだが、そこに影が落とされる。
転がるうちに、銀の魔女の足元まで来てしまっていた。
「ひっ!?」
魔女が手を振りかぶり、マミへと振り下ろす。
マミは咄嗟にリボンを縮め、体を引っ張ることでなんとかそれを回避した。
マミのいた場所に剛腕が振り下ろされる。
轟音とともに、硬いはずの道路の地面が放射状に砕けた。
当たっていないにもかかわらず、衝撃だけでマミの体が浮いた。
当たってしまえば、間違いなく死んでしまう。
マミはそれを理解してしまった。
再び、震えが戻ってくる。
思うように足が動かない。
こちらに向かってくる魔女から、マミは必死に逃げようとする。
勝てない。なら、逃げるしかない。
魔女に向かって流れる道に逆らうように、リボンを少しでも遠くに巻き付け、少しでも離れようと足掻く。
背後で、地面を蹴る音がした。
マミが振り返ると、そこには銀の魔女の姿はない。嫌な予感がしたマミが上を見上げると、そこには飛び上がってマミを押しつぶさんとする銀の魔女が猛スピードで落下してきていた。
咄嗟に横へ飛んだマミだが、隕石のように落下してきた魔女の衝撃を至近距離で食らってしまい、数十メートル吹き飛んで道路に叩きつけられた。
「カハッ―――!」
肺から空気が押し出され、マミはえづく。
動けない。敵わない。ここで死ぬ。
マミは、びりびりと感じる死の予感に屈しそうになっていた。
そこに場違いな声が響く。
「助けてぇ・・・!!ママぁ・・・!!」
子供の声だった。
マミが周囲を見渡すと反対車線の道路の上に小さな子供が倒れていた。
年齢は、マミよりも更に下だろう。小学生に上がってすらないように見えた。
結界に迷い込んでしまったのか、泣きながら地面に爪を立て、流れる道路に抵抗しようとしていた。
しかし、抵抗むなしく、その小さな体は少しずつ銀の魔女の方へと運ばれていった。
「子供・・・なんで・・・!?」
「結界に誘い込まれたようだね。魔女はあの子供を狙って現れたのかもしれない」
いつのまにか街灯の上に現れたキュゥべえは、あくまで冷静にマミに告げた。
「そんな、どうすれば・・・!逃げて!」
マミは子供に向かって声を張り上げるが、子供は恐怖で体が動かないようだ。
道路に手をついたまま泣きじゃくっている。
銀の魔女が、子供の存在に気づいたようだ。
マミに向かっていた体が、子供の方へ向きを変えた。
「ダメ!」
マミがリボンを伸ばすと、それは子供の体に巻き付く。
そのまま子供の体を引き寄せ、マミは流れる道路の上でなんとか子供を抱きとめた。
「うえええ!助けてぇ!」
「大丈夫よ」
マミ自身でも驚くほど、落ち着いた声が出た。
何一つ大丈夫ではない。
魔女を倒す方法も、結界から出る方法もわからない。
それでも、子供を不安にさせまいと自分を奮い立たせる。
「私が守るから」
マミはリボンを張り巡らせる。魔女の進路を妨害するように、網のようになったそれに魔女は突っ込み、僅かに動きを止めた。
だが、魔女は構わず体を進める。
「まだ・・・!」
ぶちぶちとリボンの切れる音がする。
次々にリボンを継ぎ足すが、魔法に慣れていないマミにはそれだけで大きな負担だった。
頭が重い、息が苦しい、それでも止めるわけにはいかなかった。
銀の魔女が、両腕を振り上げた。
力いっぱい振り下ろされたそれを、マミは子供をかばいながら必死に避けようとしたが、またしても衝撃で吹き飛ばされる。
なんとか子供を衝撃から守ったマミだったが、子供を手放してしまった。
マミが立ち上がるより先に、銀の魔女の腕が子供を掴んだ。
「離して!」
マミはリボンを伸ばすと、子供の全身に巻き付けて引っ張る。
しかし、子供の体は魔女の腕に沈むように取り込まれていった。
「嫌だぁ!怖いよ!ママぁ!」
「少しだけ我慢して!絶対に助けるから・・・!」
リボンを重ね、魔女の力に対抗する。
しかし、徐々に子供は暗い魔女の体へ引きずり込まれていく。
リボンを握るマミの手からは血が滲み、動く地面がリボンで固定したマミの足を擦っていく。
「マミ!今のうちに逃げるんだ!このままでは君も魔女にやられてしまう!」
「嫌だ!」
キュゥべえの言葉に聞く耳も持たず、マミは必死に抵抗する。
残ったリボンへ、ありったけの魔力を注ぎ込んだ。
「お願い・・・!戻ってきて・・・!」
だが、動かない。
まるで巨大な建物を引っ張っているようだった。
リボンがぶちぶちと悲鳴を上げている。
子供は既に胸元まで飲み込まれ、頭と片腕だけがマミに助けを求めるように宙を搔いている。
「助けて・・・!」
「待ってて・・・!絶対に離さないから・・・!」
嘘だった。
このままでは、リボンの方が耐えられない。
もうすぐ切れる。
そうなれば、子供は魔女に完全に取り込まれ、マミは子供を助けられない。
その現実が、マミの心を蝕んでいた。
現実を認め、ソウルジェムが濁り切りそうになった、その瞬間。
リボンから伝わっていた抵抗が、突然消えた。
「えっ?」
全力で引っ張っていた。マミの体が大きく後ろへ傾く。
支えるものを失った腕が跳ね上がり、そのまま仰向けにひっくり返った。
「きゃあっ!」
背中を地面へ打ち付ける。
だが、背中で感じたのは硬い道路ではなく、木製の柔らかな板だった。
違和感を感じつつも、慌てて体を起こし、魔女の方を確認する。
リボンが切れてしまったのなら、子供はどうなったのか。
嫌な想像をしながら、それでも見ないわけにはいかないと視線を向け―――。
「―――え?」
魔女もまた、倒れていた。
本来腕があったはずの場所は、鋭利な刃物で切断されたかのように真っ黒な断面をさらけ出していた。
傷口から黒い泥のようなものがあふれ出し、魔女は絶叫を挙げた。
そして、少し離れた場所に一人の少女が立っていた。
白と藍色の魔法少女。
たなびく紺色のマント。
顔の半分を包帯で覆うその姿。
「すがめさん・・・?」
そこにいたのは、片手を持ち上げるすがめだった。
その手には、自身の数倍はある魔女の巨大な腕が、取り込まれた子供ごと軽々と握られている。
「マミ・・・いろいろと言いたいことはあるけど、とりあえず無事でよかったよ」
少し怒っているような視線をマミに向けたすがめ。
グリーフシードを取り出すと、マミに向かって投げてよこした。
飛んできたグリーフシードを慌てて受け取ったマミは、そこで自分が座っている場所が道路ではないことに気づいた。
それは横倒しになった扉。
周囲の景色だけが高速で流れていく中、扉の上だけが別の空間のように安定していた。
「それでソウルジェムを浄化して。結構濁ってるよ」
そう語りかけるすがめの後ろで、銀の魔女が再び動き始めた。
腕を失った銀の魔女だが、死んではいなかった。
むしろ、怒りを発露させ、錆びついた金属を擦り合わせて叫ぶ。
『ギギギギギギギーーーーーーーー!』
残された腕を持ち上げ、すがめへと襲い掛かった。
「すがめさん!」
マミが叫ぶ。すがめは半身を魔女に向けると、何も持っていない片手を振った。
銀の魔女の金属製の胴が、大きく陥没する。
魔女の腕がすがめに到達するまでの、ほんの僅かな時間。
その隙間に踏み込んだすがめの裏拳が、銀の魔女の胴に叩き込まれたのだ。
マミには、その動きが見えなかった。
ただ、まるで蚊を払うような、軽い動作に見えた。
しかし、もたらされた結果は異常だ。
巨大な金属の体がくの字に折れ曲がり、そのまま後方へ吹き飛んだ。
魔女は高速で流れる道路の上を何度も跳ね、遠く離れたガードレールに激突した。
「え・・・?」
マミの口から、呆然とした声が漏れる。
自分が何本ものリボンを使っても止められなかった魔女だったはずだ。
その体を、すがめは片手で殴り飛ばした。
すがめは吹き飛んだ魔女を確認することすらせず、左手に持った肉塊へ視線を移した。
空いている右手の中に、金色の縁取りを持つ扉が現れる。
すがめがその縁を掴むと、扉は激しい音を立てて変形した。四角い枠が伸び、巨大な長剣へと姿を変える。
「ちょっと待っててね。すぐ出してあげるから」
肉塊の中に埋まった子供へ、すがめが声をかける。
直後、剣がブレる。
マミには、やはり何が起こったのかほとんど見えなかった。
すがめの腕が霞んだかと思えば、魔女の肉塊へ無数の線が走っていた。
複雑に入り組んだ金属部品だけが切断され、子供の身体を避けるように黒い肉が削ぎ落とされていく。
ほんの数秒、マミが瞬きをしたときには、子供を取り囲んでいた魔女の肉は、細かな破片となって道路へ散らばっていた。
子供の身体には傷一つついていない。
「よし」
すがめは子供の体を持ち上げると、扉を開いてその中に放り込んだ。
扉の向こうには、結界に入る前の街並みが見えた。
すがめは子供が外に出たことを確認すると、扉を閉じた。
「さて」
すがめは長剣を肩へ担ぎ、マミの方を振り返った。
その表情を見た瞬間、マミは反射的に背筋を伸ばした。
怒っている。
間違いなく、怒っている。
すがめが、マミの座る扉へ飛び移った。
「マミ。どうして一人で来たのさ。一人で行かないでって、言ったはずだよね」
「でも、すがめさん、今日は戦わないって・・・。怪我していたし、それに、魔女を放っておくのは・・・」
「そうだね。私も悪かった。子供みたいにいじけてたから。でも、マミはまず私に連絡する!」
強い口調で言われ、マミはうつむいた。
「・・・ごめんなさい」
「私に遠慮なんてしなくていい。行くかどうかは私が決める。勝手に気を遣って、一人で危険に飛び込もうとしないで」
「でも、すがめさんも休まないと」
マミの言葉に少しだけ表情をやわらげたすがめは、腰へ手を当て、深く息を吐いた。
「心配してくれるのは嬉しいけど、その結果マミが死んだら、私はもっと休めなくなる。いいね?」
「はい・・・。ごめんなさい」
そこまで言うと、すがめは結界の端で傍観しているキュゥべえに目を向けた。
「そもそも、キュゥべえが―――」
『プァァァァァァン!』
使い魔のラッパが鳴り響く。
「・・・」
すがめは出鼻をくじかれたように怪訝な顔をした。
『ギャリギャリギャリギャリ!』
今度はタイヤと地面がこするような音が爆音で鳴らされ、すがめの額に青筋が浮かぶ。
「うるっさいな!今大事な話してんだよ!」
すがめの持つ長剣が振られた。
刃は無数の使い魔ではなく、地面そのものに振り下ろされる。
強烈な斬撃が路面を走り、何車線もある広大な道路が端から端まで一気に切断される。
マミの乗っている扉以外の場所がガタンと音を立て傾いた。
続いて、すがめが足を振り下ろすと、衝撃で道路が大きく波打った。
その上を走り回っていた使い魔たちが、一斉に宙へ打ち上げられる。
すがめは身動きのとれぬ使い魔たちを一瞥すると、再び剣を振った。
マミには、すがめの剣が消えたと同時に、すがめが剣を振り終えて残身した状態で現れたように見えた。
だが、使い魔たちの体には無数の斬撃が走っていた。
一拍置いて、使い魔たちが無数の破片に変わり、そして溶けるように消滅した。
ついでにキュゥべえも粉微塵になった。
「きゅ、キュゥべえ!?」
「大丈夫。あいつはこれくらいじゃ死なないから」
「え、そういう問題なんでしょうか・・・?」
すがめは何事もなかったかのように剣を肩に担ぎなおし、マミに向き直った。
「ともかく!戦い方がわかるようになるまでは絶対に一人で行かないこと。初戦で死ぬ魔法少女は多いよ、死にたくなかったら絶対にこれは守るんだよ」
「・・・はい」
「本当にわかった?」
「はい。本当にごめんなさい、すがめさん」
自分だけでは、結局何もできなかった。
すがめが来なければ、子供を助けるどころかマミも魔女に殺されていただろう。
「でもね」
すがめはマミと同じ目線になるようしゃがみこんだ。
マミも顔を上げる。
「マミがここに来なかったら、あの子の命は間に合わなかった」
「・・・」
「マミの行動に救われた命があった。なら、きっと間違いではなかったんだと思うよ」
「すがめさん・・・ありがとうございます・・・!」
すがめの言葉を聞いて、マミの胸に溜まっていたものが少しだけ軽くなった。
安堵感で、涙があふれ出してしまう。
すがめはマミの頭をなでると、立ち上がって銀の魔女の方を向いた。
「マミは強くなれるよ。初めての魔女退治で、あそこまで恐怖と戦って生き残ったんだから。恐怖を感じたうえで、それでも動けるっていうのは、魔法少女に絶対必須な才能だと思うし」
ま、これは持論だけど。そう言ったすがめは、銀の魔女の様子を見て笑った。
道路のはるか先で、銀の魔女の錆が剥がれ落ちていく。
陥没した胴も徐々に治り始め、錆が完全に落ち切った時、そこには巨大な車輪と銀色に輝く装甲を持つ銀の魔女の真の姿があった。
巨大な車輪が甲高い音を上げた次の瞬間、銀の魔女が消えた。
そう錯覚するほどの速度で、すがめとマミに向かって突進する。
「あ・・・」
呆然とするしかないマミに、すがめは声をかける。
「マミにはこれくらい強くなってほしいな」
すがめが手をかざすと、結界の中に枠が生まれる。
マミは、とても大きな四角い枠が、銀の魔女を中心に格子状に並んでいることに気づいた。
実は、すがめはマミと話している間もこの枠を描いていたのだ。
「別にここまでやる必要はないんだけどさ。折角だし、先輩としてかっこいいとこ見せなきゃね」
すがめは少しだけ得意げに笑った。
「『扉は閉じる』」
すがめが告げると、全ての枠が同時に閉じる。
すがめとマミに突進している最中だった銀の魔女も、まるで巨大な刃で切り分けられたかのように、結界ごとサイコロ状に分断された。
銀の魔女を構成していた立方体が、互いにずれながら崩れていく。
同時に結界も崩れ、景色が現実へと戻る。
マミの足元にあった扉が消え、マミは今度こそ落下すると思い反射的に目を閉じた。
だが、落下する感覚はなかった。
「よっと」
恐る恐る目を開くと、すがめが両手でマミを抱きとめていた。いわゆる、お姫様だっこというやつだ。
落ちてきたグリーフシードを小さな扉に放り込んだすがめは、軽い調子で言った。
「はい、これで終わり。大丈夫?立てるかな?」
マミは、何も言えなかった。
あれほど恐ろしかった魔女。爆音の鳴り響く結界。
それらがいなくなり、嘘のように静かな街に戻ってきた安堵感。
そして、人間とは思えない力を見せつけたすがめ。
マミの目には、何をしたかわからないことの方が多かった。
同じ魔法少女のはずなのに、あまりにも遠い。
けれど、不思議と恐ろしいとは思わなかった。
「ほら、見なよ。マミが守った景色だよ」
すがめが指す先には、先ほどの子供と、その母親らしい人物が抱き合っていた。
それを見た瞬間、マミの目から涙があふれる。
「無事で、本当によかった・・・」
怖い思いをした。痛かった。けど、子供は母親と無事に再会できたのだ。
そして、すがめはそれをマミのおかげだと言ってくれる。
「あの、すがめさん」
「うん?」
首をかしげるすがめに、マミは問いかける。
「私も、すがめさんみたいに強くなれますか?私が何もできなかった魔女を、簡単に倒せるくらいに。私もあの子も、すぐに助けてくれたみたいに・・・」
すがめは目を瞬かせると、少しだけ悩むような表情で考えてから言った。
「簡単というか、まあ相性とかもあるけど・・・」
「なれるよ。とびきり強くて、後輩に尊敬される魔法少女にね」
「・・・それまで、私が教えてあげるから」
すがめの言葉に、マミは大きく頷いた。
「・・・はい!」
いつか、この人の隣で戦えるようになりたい。
守られるだけじゃなく、背中を預けてもらえるようになりたい。
そしていつか、自分も誰かにとってのすがめのような存在になりたい。
それは、魔法少女になったばかりの巴マミが抱いた、はじめての明確な理想だった。
すがメモ
『扉は閉じる』
ティロ・フィナーレみたいな、取り回しのいい大技。
時間と魔力をかければかけるほど、ティロ列車砲(叛逆)やティロフィナーレ戦艦(廻天)みたく洒落にならない威力と物量になる。
すがめ`s 腕力&動体視力
素で優れているうえに魔力による身体能力強化の効率がよく、固有魔法の応用でさらに強化率を上げている。
これに食らいついた真壁つるぎや、互角に渡り合った審判の魔女も実は超上澄み。
すがめ`s 剣技
基礎は剣道だが、完全に我流。関節外して可動域上げたり、魔法で慣性を殺したりして変幻自在な剣技を実現している。実は剣も振ってる最中は蛇腹剣のようになって伸びたりしている。