あの騒動から一転、現在は放課後、昼休みの際に一夏に聞いたらどうやら第二回目のモンデグロッソで一夏が誘拐されたせいで千冬が二度目の優勝を逃したことが原因らしい。それで情報提供のあったドイツに教官として千冬がいったというところだ。ーーーこれだとラウラ・ボーデヴィッヒの言い分はおかしくなる。なぜなら「誘拐」という出来事がなければラウラ・ボーデヴィッヒは千冬に師事することさえかなわなかったのだから。ーーー全く......八つ当たりにも困ったものだ。どうしてこうトラブルが多いんだか......確かに青姉やゼル爺と過ごす時のほうがトラブルの嵐だったけどやっと普通?に学園生活を送れると思ったのにこのざまだ。いったい僕にはどんな地縛霊や怨霊が取り付いてんだか。
ーーー今日からだったな同居人......ラウラ・ボーデヴィッヒだけは勘弁だな。あんな微妙な空気に常時いるとか想像すると吐き気がする。まぁ同居人には入寮日くらい飯を作ってやるか。好みなどは知らん。あっ......コーヒー豆貰うの忘れてた......そのついでに材料を少し貰っていくかな。そうさして僕は食堂に向かった。
まぁとりあえずコーヒー豆一週間分と補充したかった材料は手に入った。コーヒーメイカの調子が最近悪くなってきたから今度にでも外出許可を貰って買いに行きたいところだ。そうだな奮発して最高級のでも買うか。ーーーこういった飲食に関連したものに魔法は使いたくない。まぁ普通に育ててあるものを食いたいものだ。まぁ心の贅肉かも知れないけどね。
僕が部屋のドアに着く頃にはすでに日がくれていた。橙色の夕焼けが窓に差し込み輝いている。窓の影があるところを歩くと少しあったかい。ようやく扉が見えてきた。そこには一人の少年ーーー否、一人の少女が鞄をもって待っていた。
「済まない、待たせてしまったようだね。君が僕の部屋に新しく入る同居人かな? 名前は確かーーーシャロット・デュノアだっけ? 僕の名前は同じクラスだから知っているかも知れないが鬼狩識だ。他の部屋と中の作りや置いてあるものが違って困惑するかもしれないがその時は僕に聞くといい。大体は日本式になっているから......」
「はっ......はい、よろしく、よろしくお願いします...... 」
「全く......千冬め、こうなんでこういった重要な事柄を前もって教えてくれないのかなぁ......はぁ......おかげで材料をまた貰って来る羽目になったじゃないか。おっと失礼、失言が出てしまった。君は悪くない、悪くない、悪いのは全部、前もって教えてくれなかった千冬が悪いからね」
「はぁ......織斑先生を呼び捨てにするってことは相当仲がいいんですね? 」
「仲がいいというよりは寧ろ腐れ縁ていったほうが正しいのかもしれない。幼馴染ってやつでね。かれこれ二十年くらいの付き合いだ。全くなんの因果律か知らんが
ここまで腐れ縁だ。ーーーまさか、奴がここで教師をしているとは夢にも思わなかったよ。あいつ、絶対に教師には向かないし」
「随分と織斑先生に厳しいんですね? 」
「別にそこまでじゃないと思うけど......確かにあいつの才能は凄い、僕はあんな黄金の卵と違って割れかけの卵だからね。しかも賞味期限がだいぶたったやつ......ーーー才能でなら彼女と僕では雲泥の差だ。ーーーでもね、才能なんて所詮は才能なんだよ。才能は確かにあればあるほどいい。でもそれで訓練を怠ったらまさに宝の持ち腐れだろ? 僕の利点とすればある二人の師匠に地獄の特訓を八年間も続けたメリットくらいなんだ。その時は千冬は教官やらなんやらで訓練がなかなか全力で出来なかった。僕と千冬にはこの差くらいしかないからね。あっちが訓練出来ないのならこっちはその間にも少しでも強くならねばならない。ーーーだって才能で抜かれちゃうだろ? 僕は才能で抜かれるのはーーー絶対に嫌だからね......」
その時シャルルには一瞬、識の眼の色が冷たい青色に変わった気がした。余りにも冷たく、氷といってもそれでもまだ足りないくらい冷たい。ーーーいうならば「死」という単語が浮かんでくる。それほどに識の眼は冷たく感じた。彼は周りからは散々、天才だの、なんだの言われているが、本来は生粋の努力家なのだ。そうだれよりも努力を惜しまず、勝ちたいという意思を持つ青年こそが鬼狩識なのだ。
「ーーーさっこんな話は終わりにしてさっさと部屋に入ろうか。酒の貯蔵庫とかあるからその辺りは気をつけてくれよ」
そういい識は扉を開ける。扉の鍵はどうやらカードキーではなく、魔術的な鍵で封じられているようだ。識が手を置くと、小さな魔法陣が発生しカチャリと音を立てる。そして「ーーー認識登録開始」という単語が聞こえる。どうやら夜を除いてこの部屋を開けることが僕にはできるようになったようだ。部屋に入るとまず、段差が出来ており、どうやらここで靴を脱ぐようだ。欧州と違って家の中では靴を脱ぐのだということを最近知った。そして床はフローリングではなく畳がしいてあり壁にはちゃぶ台と呼ばれているらしい机が掛けてある。部屋は来客が多いのか他の生徒の部屋よりも広くなっており、押し入れがあったりした。奥の方は蔵書部屋と酒蔵、ーーーそしてその最深部がどうやら「魔法使い」である鬼狩識の魔術工房になっているようだ。
彼処には決して入らないことと念を深く言われた。ーーー無論、入りたくも無い。どうせデュノア社は潰れる、鬼狩識の魔術工房に入った瞬間、僕ーーー「シャルロット・デュノア」と「デュノア社」は木っ端微塵にそれもちりも残らないくらい潰しにかかりに来るだろう。ーーーならば、入る必要は無い。本来、社長であるはずの父さんは確かにこの余りにも危険すぎて会社をも叩き潰されかねない計画には反対していた。ーーーだが僕の義母である人が実質権限を持っているため逆らうことが出来ず、現在は何処かに監禁されているのだろう。そう僕の義母は「女尊男卑」の世界の典型的な女性なのだ。「IS」という「暴力」を盾にして男性を蔑む。そんな女性が「魔法使い」という異端であり、「男性」なのに今まで盾にしてきた「暴力」を動かすことのできる鬼狩識を許すことが出来なかったのだ。鬼狩識の圧倒的な力は代表候補戦や山田先生との対決リプレイでよく実感した。ーーーこの青年には勝つことは不可能だ。そんな青年をどんな手を使っても潰してしまいたいのが現代の「女尊男卑」によって男性を蔑んでいる典型的な「女性」なのだ。そんなことのために会社をも犠牲にする。そんなことのために夫をも犠牲にする。ーーーなんて馬鹿な人。
そうして部屋の説明が僕が思考をしているうちに終わり、自分の荷物を置くことから始めた。この三年間はほぼ安全なのだ。最後の自由だ。せいぜい楽しませてもらおう。