1990年夏、五歳の私は鳥取県にある美保基地に親に連れられブルーインパルスの航空ショーを見に行っていた。次々に繰り出される曲芸飛行に魅了された私は上空にあるその美しい飛行機を口を開けて見入っていた。全ての曲芸飛行が終わり、地上でパイロットたちが手を振っていた。
五歳の私は親の手を振り切って人垣を超え、テープを超え真ん中に立っていたブルーインパルスの隊員さんに抱き着いた。そして、それはなんと女性だったのだ。
「え!?子ども!?」
まだ若さの残る中年のお姉さんは戸惑った。
「お姉ちゃん、すっごくカッコよかった!あたちもお姉ちゃんみたいになりたい。」
私がそういった時だった、父と母が制止線を越えて私を迎えに来た。
「すみません!ちょっと目を離したすきに」
父が頭をかきかき私を引き取った。
「お姉ちゃん、あたちもブルーインパルスになれる?」
私の繰り返しの質問に、その女性隊員は目を閉じると、すぐにニコッと笑い親指を立てた。
「私がなれたんだもの貴女もなれるわよ。」
「本当に?本当に?本当に?」
「本当よ、あなたが今の気持ちを忘れないならきっと。」
「うん!あたち、ピーマン食べる!お勉強もいっぱいする!」
「ふふ、待ってるわよ」
あの感動から13年、私は背が伸びず132センチだったが今防大1年生であった。本来135センチが基準だったが常に背伸びします!と言ったら面接官全員が爆笑し、入学が許可された。学科が満点だったこともあるのだけど。
戦闘機に乗る時はGでのブラックアウトとの戦いだ。
身長の小さな私は心臓と脳の距離が短いのでそれは男性のパイロットより有利だったが、血を脳にやるための筋肉は男性の方が有利だった。
それに小さな体の私は特注でコックピットを作ってもらわないといけない。
それでも航空自衛隊に進みたかったので、私は132センチ体重40キロの筋骨隆々の小人でい続けた。
しかし、やはり、この小ささは好奇の目で見られていた。
そして、教官二人が歩いていた。
「あの周防月音はどう思う。」
「成績優秀で意識も高い、ぜひこの日本の国を守る大人になってほしい。」
「しかし、あの小ささだ。空自のパイロットは厳しいと思うがね。」
「海自に入って潜水艦乗りになら適任なんだがねぇ」
私は気づかれないよう走ってその場を後にした。
誰にも気付かれない校舎裏の木に足をかけ蝙蝠のようにぶら下がった。
血の巡りをコントロールするにはぴったりの訓練だったから、私は幼少からよくこうやっていた。
『あぁ、どうして、私はこんなにも小さいのだろう…。』
涙があふれて眉を貫き、地面へと落ちる。
あの夕焼けが私を連れて行ってくれればいいのに、とそんなことを考えていた時だった。
突如、頭をバッドで殴られたような衝撃が走った。
慌てて、木から降りるが次は、暗幕が垂れ下がったように目の前が見えなくなった。
な…に…これ?
暗転する意識。
『これはやばい…。』
そう思ったのが最後だった。
プロローグⅡ・こんにちは菅野さん!私は月音!え?キツネじゃないよう…。
「こちら、菅野一番!敵機発見!突入する!」
轟音と凄まじい揺れの中、手放したはずの意識が浮上する。
『ここはどこ・・・?』
という疑問符はあっという間にエクスクラメーションマークに変わった!
ガラスでおおわれた空間に目の前には小柄な青年。恐る恐る声を掛けた。
「すみません!ここはどこですか!?」
私の問いに青年は答えなかった。聞こえなかったのだろう。
ので、私は青年の顔面の前に顔を寄せて再び問うた。
「ここは!どこ!ですか!!!????」
「うわああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
青年から信じられないほど大きな声が出た。
「隊長!どうしました?」
「宮田!大変だ!俺の機に女が乗っている!」
「こちら二番機・宮田。えぇえ?そんな、まさか…って本当にいる!隊長、暴れられては事です。可哀そうですが、捨てたほうが…。」
え、こんな上空で私は捨てられるのか?どこかまだ夢うつつだったがだんだんと目の前の光景が現実味を帯びてきた。
「何、気絶させればいいだけだ。」
青年はニヤリと口の端を持ち上げるとスロットルをフルに引いた。
とたん、急加速でものすごいGがかかった。
これが戦闘機の加速か…。
たしかにきついものがあったが幼少よりブルーインパルスに憧れて暇があれば逆立ちをしてきた私には少し物足りなかった。
当然、私は意識を保ったままだった。
ガラスの風防に蜘蛛のように張り付いたままの私を見て、青年は目を剥いた。
「…これで落ちないだと?」
狭いコックピットの中でジワリと汗がにじむ。
目線同士がぶつかる。
「じゃあ、これでどうだ!」
青年は一度フルスロットルにした後すぐにエンジンを切った。飛行機はきりもみしながら落ちてゆく。そして、Lを続け字にして空に描いたような曲芸飛行をし、私の意識を無くさせようとした。
すこし、きつかった。
しかし、それでも、私は耐えてしまった。
驚愕し、瞠目する青年。
しかし、次の瞬間には優しく笑んで私にいった。
「僕の方に降りてこれるかな?」
私は黙って肯首した。
「よし…よし!このまま、僕と向かい合わせに僕の膝に座れるかい?」
私は頷き、青年の膝に向かい合うように座った。
「さぁ!掴まっていてくれ!」
青年は私の頭を自身の肩へと引き寄せて、操縦桿を握った。
「よし、行くぞ。こちら、菅野一番、全機突入せよ!」
2番機の宮田が目を剥き電話をかけてきた。
「隊長!正気ですか?」
「今更この荷物をおろしに地上に降りれるか!」
「隊長がそう言うなら。では戦法はいつも通りでいいですね。」
「あぁ!良しあの四発は俺が落とす」
行くぜ!と青年は気合を入れるとあっという間に上空へと飛行機を飛ばした。
雲のギリギリ上そこから、見つけた、と一言漏らすと、一気に急降下した。
ドクンドクンドクン
青年の心音がこちらまで伝わる。
「今だ!」
すさまじい金属音とともにはるか上空で今しがたまで浮いていた飛行機が黒い煙をあげて緩やかに墜ちていっていた。
「決まった!よし、もう一機!おっと、お嬢ちゃん、ちゃんと俺に張り付いといてくれよ?」
外の様子を見ようとした頭を青年に抑えられた。
急加速での急上昇ののち再び列機とともに、敵機上方から忍び寄ると、これまた一気に急降下し、敵機の主翼前をすり抜けた。すぐに列機が追い打ちをかける。
二機目の敵機ももうもうと黒煙を吐き落ちていった。
たまらず、敵の飛行機の編隊は逃げていった。
「ちぇっ、もう一機撃ち落とそうと思っていたのに。」
この若くて、それでいて曲芸のごとくの戦闘飛行する青年。私はその顔を見上げた。菅野直の顔を褒めてみました。意志の強そうな眉。それでいて甘い切れ長のたれ目。すっと通った鼻筋に、形の良い薄い唇。飛行機乗りだというのに肌は美白皙と言ってよかった。その整った顔のパーツと裏腹にその顔に乗った表情はイタズラっ子の少年を思わせた。思わず、ぼうっと顔に血が上った。
「空戦止め!全機帰還する!」
青年は私が見つめているのに気が付いて、人懐っこい八重歯を見せながら私に笑いかけてくれた。
「日本語はわかる?」
「私は日本人です。ここはどこですか?」
「…フィリピンだけど?」
「…フィフィフィフィフィフィリピン!!!!????」
「うわっ、びっくりした!」
「東京に帰してください!」
そこまで言って私はある可能性に気が付いた。木に蝙蝠のように引っかかってた私は何者かにバッドで殴られてこうしてフィリピンの抗争部隊の飛行部に連れ去られた。ん?しかし、それにしてはこの青年は紳士的だし第一こんな飛行機戦前のものでしかない。自衛隊のF15では絶対にない。
「君は東京から来たの?ご両親と?」
「はい、東京から。寮生なので両親はいません。」
「???」
青年は眉を下げ笑ったその時だ。雲の向こうから光るものがあった。
「て、て、て、敵機直上!」
とっさの私の合図に青年は機銃をよけ、撃ち返したが敵機は逃げてしまった。
興奮で青年は息を切らした。そして私の頭がわしゃわしゃと撫でられた。
「すごいな!よくわかったな。」
「プロペラが、多分なんですけど光って…。」
おずおずと説明する私に青年はふーんと鼻を鳴らした。
「あのう、今は西暦何年何月何日ですか?」
うーん、と青年は唸り、
「1944年の9月23日…なんだけどなぁ。ここに来るまでにひどい目にあったのかな?」
「いえ、それは…。」
「はぁ、もう直接聞いちゃうか。君…。」
青年の声のトーンが暗くなる。
「メリケンのスパイじゃないだろうね!?」
「え!アメリカの!?やだなぁ、日米は同盟国じゃないですか。」
その瞬間空気がピシッと凍った気がした。
青年はその滑らかな肌の眉間にしわを寄せ、うんうんと唸っていたが、やがて、両の手で自分の頬を叩き、決めた!と叫んだ。
「君は言うことが奇抜すぎる。」
青年は続けた。
「何から何まででたらめで、でもこちらに害意はない。俺を撃ち落としたいのならさっきの敵機に撃ち落とさせるだろうしな。」
ふぅ、と青年はため息をついた。そして驚愕の言葉が紡がれた。
「おい、服を脱げ、全部だ!」
「えっ」
私はチビで胸だけはKカップもある。背に行く分がきっとこの爆乳に行ったのだろうと思うと苦しかった。ので、私は自分の容姿のどこを褒められてもそれを真に受けることができず見た目に関してコンプレックスの塊だった。防大に入ってもそれはそのままで入試ではすべての科目で満点を取ったし入学後の試験でもそれを心得ていた。小さいは小さいなりに使えると思ってほしくて。
ぼうっと遥か未来の防大でのことに思いをはせて固まっていると青年は再び怒鳴った。
「このまま、着陸して見ろ!そのメリケンみたいな服であっという間に憲兵にハチの巣にされるぞ!」
あぁ、忘れていた、ここは1944年の戦時のフィリピンなんだ。確かに私の服装は米軍のそれに似ていた。
「安心しろ!お前みたいなチンチクリンに俺は発情しない安心して服を脱げ、もう地上まで時間がない!計器と装置を踏まないように、そうだ、よしいいぞ!」
早く着替えることは防大でも求められたことだ。私は青年の運転を邪魔しないように、シャツとジャージとTシャツを纏めて、靴下とズボンも纏めて脱いだ。
残るは下着だけ。
「機長さん、これも脱ぎますか?」
パンツとブラを指さす。
ボクサータイプのパンツに動きやすいモールドタイプのブラでお気に入りだった。
それを見て青年は目を丸くして言った。
「変わった湯文字にさらしだなあ。それも脱いでもらおう!」
「はい。」
私は生まれて初めて男性の前で裸を晒した。
今になって思えばエロティックな画面だったが青年、菅野さんにその気がなかったし、私も必死だったので、とてもそんな空気でなかった。
「よし、もうすぐ基地につく。お前は一言もしゃべるな。あ、いや、一度だけ『おっとつぁん』と言え、俺がよしと言ったら名前だけ言え。」
緊迫した空気の中、青年は飛行機の停止所に綺麗に自分の機を止めると自分の飛行服を脱ぎ、全裸の私に着せ、主翼に立つと私を引き立たせ、ひょいと姫抱きにすると歩いて飛行機を降りた。
「隊長、大丈夫でしたか?」
部下の笠井智一上等飛行兵曹 が心配そうに駆け寄る。
「…?隊長。その娘は?」
彼らの後ろから血相を変えて宮田と他の部下が駆け寄ってきた。
「宮田からききましたと!」
「その娘はいきなり上空で現れて、隊長の風防に張り付いてたって。」
「服もその下はメリケンのものだった!」
そういって、宮田さんという方は私の着ている搭乗員さんの飛行服を捲ったが全裸だったので、顔を真っ赤にした。
「と、と、と、と、とにかく憲兵に引き渡しましょう。」
はぁ
その時、私を抱く青年は肺のめいいっぱいから空になるまでの空気を一気に吐き出した。
「わからないかなぁ。ほら、見ろ!」
そう言って青年は私の顔を引き寄せ自分の顔にくっつけた。
「わからないかなぁ、といわれましても。」
「隊長、そいつはスパイです!さっさと憲兵に渡しましょうよ。」
宮田さんは泣かんばかりだった。
「それは無理だな。こいつは俺の娘だ。」
青年はそれはそれはきっぱりと言ってのけた。
隊員たちはざわつく。隊長の娘?本当かよ…?そんな声が聞こえてきた。
「そうだなぁ中学のとき、綺麗なお姉様に誘われて一度だけ火遊びしちまったんだ。そのときにできたのがこいつってんだ。どうだ、俺に似て美形だろ?」
ここだ。私は確信し言った。
「おっとつぁん。」
「おぉ!わが娘よ。ほらみろ、おっとつぁんといってる。えっと、名前は…。」
「す、周防月音と申します。」
「よし!今日からお前はキツネだ!戦時に穀潰しはいらん。俺たちの身の回りの世話から掃除洗濯炊事まで、出来ることは何でもさせるからな!」
「はい!」
「ちょっとお、俺本当に見たんですよ。風防の中に急に現れたあの子が。」
宮田さんは泣かんばかりであったがほかの隊員はすっかり白けてしまっていた。「あの菅野隊長ならなにをやってもおどろかないな。」という声の中に「もしかして、上空で隊長が産んだんじゃないですか?あの子」という声まで。
誰もいなくなって、私はふと聞いていないことに気が付いた。
「あの、すみません。助けていただきありがとうございます。」
「なに、これで貸し借りゼロだ。」
「あの、ところで、あなたのお名前はなんですか?」
「俺?俺の名前はな、」
少しためて言う。
「菅野、菅野直だ。」
これから私は隊長の運命の日までお供をするのだけど、その話はあまり膨大でまたの機会に譲りたい。