人には人の乳酸菌。
人には人の文房具。
あたたかいオレンジの照明が店内を照らす。
「いらっしゃいませ〜」
私は、手元のガラスペンを磨きながらそう言った。狭いこの店なら十分に聞こえるだろう。
ここは文具店「つがる」。
人と文具をつなぐ場所だ。
私はここの数少ない店員として、日々のんびり過ごしている。
今日も、そんなのどかな日だ。
「クレヨンある? できればいっぱい色あるやつ」
「はい、ありますよ。こちらへどうぞ〜」
今日のお客さん第一号は真っ白な髪の人だった。サングラスは対照的に真っ黒で、前が見えているのか不思議になる。
求めてきたのがクレヨンというのも印象深い。
こんなに身長の高い人が、多色のクレヨンを探しているのはなんだかかわいい。妹さんとか、いらっしゃるのだろうか。
私は、お店の中でもかなり飾り付けに力を入れているクレヨンコーナーに男の人を案内した。
サクラクレヨンや、海外の変わり種など、王道から新しいものまで色々揃えている。品揃えには自信があった。
「へー、思ったよりあんじゃん。一番色多いのってどれ?」
「こちらですね」
サクラクレヨンの24色セットを見せる。縦長のパッケージがちょっと珍しい。
「すこし種類は違いますが、クレパスもおすすめですよ〜」
そう言って、黄色いパッケージが懐かしいサクラクレパスも取り出す。小さい子はみんなお世話になったんじゃないだろうか。
こちらも24色セットがある。
「クレパスぅ? クレヨンと何が違うの」
「よくぞ聞いてくれました! クレパスはクレヨンより混色が得意で、やや柔らかいです。洗って落ちやすいのはクレヨンが勝ちますが、柔らかく描けるので広い面も綺麗に塗れるんですよ!」
案外、この違いを知らない人は多い。知らぬ間に、クレヨンと思ってクレパスを使っていた人も多いかも。
黄色いパッケージに茶色のわんこがいる方がクレパスと覚えておこう。
早口になってしまった。これは私の悪い癖、文具オタクが出てしまった。
引かれてないかな、と恐る恐るお兄さんの顔をのぞけば、ぽかんと呆気に取られている。
「す、すいません早口で……つい」
「なぁ、もしかしてアンタがイロハ?」
「へ? なんで私の名前を……」
急に本名を言われて驚いた。店員のネームタグは名字だから色葉は書いてないはずなんだけど……。
もしかしてナンパ!? とちょっと警戒すると、白髪の青年は特に気にしていないようにこう答える。
「ここ、硝子に紹介されてきたんだよね。わかる? 硝子」
「……家入さんちの硝子さん?」
「そう、家入のとこの」
「あ、友達……デス」
硝子ちゃんの知り合いだった。
ナンパと勘違いしてすみません。
硝子ちゃんは中学時代の友達で、今も不定期に連絡を取り合っている。
直接は会えてないけど、お互い忙しいからしょうがない。
硝子ちゃんにはここを継ぐことを言っていたけど、まさかお客さんを紹介してもらうなんて。こんどお礼言っとかなきゃ。
「硝子ちゃんのお知り合いだったんですね」
「同級生」
「へぇ! 硝子ちゃん元気ですか?」
「おー。酒飲んでタバコ吸ってる」
元気そうで安心した。彼女の平常運転だ。
「あ、これ二つとも買うわ」
「どちらもですか? ありがとうございます」
まさかふたつとも買ってもらえるとは。毎度あり。
ラッピング希望だったのでそのように包んでいく。やっぱりご家族へのプレゼントだったりするのだろうか。
「あ、そーだ店終わんのいつ?」
「え?」
「ウチこねぇ?」
……前言撤回。やっぱりナンパかも。
*
「五条さんが来ったぞー!」
「お、おじゃまします……」
断ることもできず連れてこられたのは小さなアパートで、畳の匂いがした。
1DKの部屋には、時間割や折り紙で作られた花など、小学生の気配が濃い。
入ってすぐの部屋には、ちゃぶ台が置かれ、そこには新品のスケッチブックが開かれていた。
中は白紙だ。
「おかえり〜。あれ、色葉じゃん」
「硝子ちゃん?」
「だれー?」
「……」
いつのまにか、足元に女の子がいる。
硝子ちゃんの近くには女の子より少し小さい男の子もいた。
よくわからない組み合わせだけど、クレヨンたちはこの子達のために買われたんだろうとわかる。
私は、子どもたちを怖がらせないようにしゃがんだ。といっても、私もそんな身長ないけど……。
「初めまして、色葉っていいます。硝子お姉ちゃんのお友達だよ〜」
「わたし、津美紀っていいます! よろしくおねがいします」
「……恵、です」
「硝子お姉ちゃんだってよ」
「ガラじゃないね」
五条、と名乗った青年は、硝子ちゃんにニヤつきながら紙袋をちゃぶ台に置く。
それにいち早く反応したのは津美紀ちゃんだ。
恵くんは、お姉ちゃんの後ろについていってる。
「それなぁに?」
「これ? プレゼント〜! 開けてみな」
「プレゼント? やったぁ!」
津美紀ちゃんは大喜びでラッピングに手を伸ばした。
子どもが実際に商品を開けるところが見れるなんて、なんだか貴重だ。良いものを見せてもらっている。
中からは、クレパスとクレヨンが顔を出した。
「クレヨンだぁ! しかもたくさん! ありがとう五条さん!!」
「……ありがとう」
「おー! そこのお姉さんおすすめだぞー」
そう言われて思わず噴き出した。
「私はただ仕事をしただけですからなんにも──」
「色葉さん、ありがとう!」
「ありがとう……ございます」
「こ、こちらこそ?」
素直な感謝に疑問系になってしまった。
でも、私は本当にお礼を言われることはしてないんだけど……。
「あ、硝子ちゃんお店の紹介してくれたんでしょ? ありがとうね」
「いやー? 恵たちの家の近くに良い文具屋があるって言っただけだし」
「色葉さん、クレヨン使ってもいいー?」
「うん、あと色葉“ちゃん”でいいよぉ」
「わーい!!」
津美紀ちゃんは早速スケッチブックを一枚ちぎった。何を描くんだろう?
恵くんは、クレパスのパッケージをじっと見ていた。
「恵〜使わないの?」
「わんちゃん……」
「ああ、箱にわんこいるね」
黄色い箱には茶色のわんこに白い鳥。金魚やカタツムリもいる。
恵くんはわんこが好きなのかな?
「色葉、この犬描いてやんなよ」
「かけるの?」
「色葉は絵上手いよ」
「ほどほどだよ……」
そんな、デッサンとか模写がすごい上手いってわけではない。
まぁ、クレパスのわんこはシンプルだから描けそうだ。特撮ヒーロー描いてとか言われたらむりだけれど。
恵くんのクレパスを一個借りて、挑戦してみる。スケッチブックを一枚ちぎった。
「お、上手い上手い」
「おお……」
恵くんにじっと見られて緊張しつつ描いた犬はわりとよく描けた。曲線がきれいにいっったと思う。
恵くんは完成に手をたたいてくれた。
「黒い犬と白い犬……かける?」
「黒と白のわんこ?」
「もふもふの……」
静かながらもリクエストしてコミュニケーションをとってくれる恵くんがかわいい。
そのくらいお姉さん頑張って描くよぉ!
もふもふを意識して、ピンと立った耳がかわいい犬を描いてみた。
恵くんは満足そうだ。
「恵ばっかりずるーい! 色葉ちゃん、津美紀にも絵かいて!」
「モテモテじゃん」
「うるさい」
硝子に小突かれたので小突き返した。
「あのね、お姫さま描いて! この馬車のとなりに」
「わかった。どんなお姫様がいい?」
「ピンク!」
かぼちゃの馬車らしいオレンジのかたまりの隣に、ピンクのドレスのかわいいお姫様を描いてあげた。今度は津美紀ちゃんのクレヨンを借りて。
クレヨンの方が硬いので、細かいティアラもはっきり描ける。
「ほんと上手いね」
「うわっ!?」
「驚きすぎでしょ」
津美紀ちゃんと話していた五条さんがこっちをのぞいてきてつい声が出てしまった。
というか五条さん近くで見るとめちゃくちゃ顔がいいな。モデル?
「次、王子さまかいてね!」
「いいよ〜」
小学生の相手なんて久しぶりだけど、楽しいな。
クレヨンで絵を描くのももう何年振りかな。
新しくできた小さいお友達は、次々にスケッチブックをちぎっていった。
さぁ、次は何を描こう?