『またうち来てくんない? 津美紀と恵がまた会いたいってさ〜٩( ᐛ )و』
連絡先を交換してから一切無かった音沙汰がやってきた。
クレパスの件から数週間後のことだ。
たくさんのスケッチブックに二人のリクエストの絵を描き、新品だったクレヨンたちにだいぶ使用感が出たあたりで夕方になり、おいとましたのだ。
二人にはかなり懐いてもらえたから、覚えててくれて嬉しい。
私はすぐオッケーの返事をした。
*
「この前ぶりだね〜。おじゃまします」
「あ! 色葉ちゃんこんにちは〜〜」
「……ども」
道はもうわかっているので、迎えは必要なかった。
部屋に入れば、すぐに二人が駆け寄ってくる。
その笑顔に、こっちも頬が緩んだ。
「今日は何しようか。お絵描き?」
「あのね、これ見て欲しいの!」
「え?」
畳の上に座れば、なにやら津美紀ちゃんがプリントを持ってきた。
ツヤツヤしたカラー印刷だ。
「これって……絵の具セットの見本?」
「わたしの絵の具セット! いっしょに選んでくれる?」
それは、小学生が授業で使う絵の具セットを注文するためのカタログだった。
色とりどりさまざまなテーマのカバンが、列に並んでいる。
文具店での注文も承っているので、知っている用紙だった。
なつかしい、リボンやドラゴンのモチーフが目に眩しい。
「もちろん良いよぉ。絵の具セット良いねえ」
「これ貰った時に、色葉ちゃんと選びたいなって思ったの! これとこれとこれ……と、これで悩んでるんだぁ」
貰った瞬間から考えてもらえるなんて、津美紀ちゃんの中で私はすっかり「絵のお姉ちゃん」のようだ。
恵くんは、羨ましいのかジッとカタログから目を離さない。
津美紀ちゃんが選んだのは、どれも可愛らしくも上品なデザインが多かった。シックやアンティークのタイトルが躍る。
「セット内容は全部一緒か。完全にデザインで選んで良さそうだね」
「色葉ちゃんだったら何にする?」
「うーん……」
昔──当時の私は、大きなリボンとチェックが特徴のかわいいバッグを選んだ。
そこから年代は変わり、カタログのデザインも今風のものに変わっている。
飽きられないシンプルなデザインやドラゴンはそのままだが、新しい顔ぶれも見えた。
悩ましい。
「そうだなぁ、私も津美紀ちゃんと同じこれかなぁ」
もっとシンプルなものを選ぼうとして、「それは大人の思考だ」と直感で良いと思った薄いラベンダーに大きなリボンのものを選んだ。
こういうのは置きにいったら負けだと思う。
ドラゴンがいいと思ったら、ドラゴンを買って良いんんだ。高学年とか気にしない。
津美紀ちゃんは意見があったからか、パァッと顔を明るくした。
「わたしこれにする!」
「似合うと思うよ」
「届いたら、またこれでお絵描きしてね」
「もちろん。恵くんも、描いて欲しいもの考えててね」
「……うん」
そして、残りの時間はクレヨンで絵を描いて過ごした。
五条さんは、うちの店で注文をしていった。
*
津美紀ちゃんから「届いたよ!」の連絡を五条さん経由で貰い、またお家にお邪魔する。
扉を開けると、既に肩にバッグを下げた津美紀ちゃんが玄関にいた。
「どうかな」
「素敵。大切に使おうね」
「うん! じゃあお絵描きしよっ」
落ち着いたラベンダーに大きなリボンがつい美紀ちゃんのポニーテールに似合っている。
中には、懐かしいと感じる大きな筆洗に、12色の絵の具と紫の軸の筆が。
パレットは真っ白で、まるで新雪のようだった。
内容に抜けは無いみたい。
「どうせなら、初めては津美紀ちゃんがやろう。津美紀ちゃんの絵の具セットだからね」
「じゃあ……ピンク作りたい」
「赤と、白の絵の具を混ぜてみよっか」
混色はこれから習っていくだろう。
津美紀ちゃんはまっさらなパレットに赤と白の絵の具を出して、少しの水と一緒に混ぜた。
ぐるぐると混ぜていけば、あっという間に薄い赤……桃色が出来上がる。
もう少し青を混ぜるともっと綺麗になるとか、そういうのはもっと先でいいだろう。
「ピンクできた!」
「やったね! じゃあこの色を使って何を描こうか」
「ねこさん描いて〜」
「いぬ……」
「うん、恵くんも待っててね」
筆をとり、スケッチブックに猫を描いていく。マスコット的な絵柄でいいかな。
ちょっと黒を入れた茶色で顔を描けば、かわいい猫さんが出来上がる。
「ねこさんだぁ〜!」
「恵くんは、わんこは何色がいい?」
「白と、黒……」
どうやら、恵くんはモノトーンが好きらしい。
パレットに残ったピンクも使ってニコニコさせてみたら、恵くんもニコッと笑った。
アリだったらしい。
それからは、厚紙にラップを敷いて二個目のパレットを作り、それぞれ絵を描くことにした。
食品もあつかうキッチンの水場を絵の具まみれにしたくないしね。
私はふたりが絵を描くのを眺めつつ、少し休憩することにした。
クーラーは効いてるものの、湿度は高い。
まだ夏の季節があちこちに残っていた。
たまに、混色の相談を受けたりした。
青と赤で紫になるのは、感覚的に知っていても実際に見ると感動するらしい。
津美紀ちゃんは絵の具カバンをさっそく描いていた。
「五条さん、遅いね」
「……帰りにアイス買ってくるって言ってた」
「色葉ちゃん、アイス何が好き?」
「ガツンとミカンかなぁ」
なんて、話していると外から階段を上がる音がした。
そのリズムは知ったものだったのか、津美紀ちゃんが顔を上げる。
「五条さんだ!」
そう、立ち上がった時だった。
ガタッと似合わない音がする。
「あ──」
横長の筆洗が、津美紀ちゃんの足に当たって場所を崩したのだ。
倒れる!!!
手を伸ばしても届かないと悟った時──
「あっぶな……」
いつのまにか現れた五条さんが、筆洗を支えていた。
そこからは中身は一滴も漏れていない。
「津美紀〜気っをつけてよぉ」
「ごめんなさーい!」
よ、良かった……。
畳の上でこぼしたら大惨事だ。
この後の時間ぜんぶ片付けになるところだった。
でも、そもそも五条さんの姿は無かったのに、近くにいた私でも間に合わなかった筆洗を支えた五条さんって……?
「五条さんって、エスパーか何かですか?」
「えー? ヒミツ♪」
流されてしまった。
まぁ、そんなわけないよね……。
「津美紀ちゃん、怪我は無い?」
「うん、大丈夫」
「焦った……」
恵くんもようやく胸を撫で下ろせたようだ。
「こういうのは邪魔にならない所に置いておかないとね」
「はーい!」
「も〜危なっかしいんだから! アイス食べる?」
「食べるー!」
一瞬の緊迫した空気はすぐに緩み、穏やかさが帰ってくる。
「恵くんも気をつけてね」
「うん……」
賑やかな津美紀ちゃんと五条さんを横目に、私たちはホッと息を吐くのでした。
私はクローバーのものにした覚えがあります。