ありがとうございます!
津美紀ちゃん達のお父さんは、今ご実家に帰っていて帰るに帰れないらしい。
小学校低学年の子がふたりだけで家にいる時点でなんとなく察していたけど、事情があるお家みたい。
今はなるべく五条さんが面倒を見ているんだとか。
「アイツが帰ってきても居座るけどね〜」
とは、本人の談。
私は私で、あの子たちともっと遊んだりしたいと思った。
最近は、絵の具セットの力で二人はお絵描きがブームになってるみたい。
クレヨンは水を弾くから、一緒に使うと面白い絵が描けることを教えてみたら更に加速した。
私としては嬉しいけど、心配なのはスケッチブックの残量。
かなりのハイペースで消費されるページは、もうもう残りわずかだろう。
今回は、私からのプレゼントって形で、新しいスケッチブックをあげようかな。
私は店のスケッチブックコーナーに立った。
スケッチブック、もとい紙は絵の基本となる要素。
質感、厚さ、吸水性。
色や枚数、リングのスタイルなど、選び始めるとキリがない。
水彩専用とか、クレヨン専用なんかもあるんだから。
ただ、そういうものは高かったり枚数が少なかったりと、今回の目的にはそぐわないので弾く。
となると、やはりスタンダードなのはマルマンのスケッチブックかな。
黄色と濃い緑の表紙が長年の、美しいロングセラーだ。
私も愛用していた時期があった。
「問題はサイズかな」
子どもがちぎりやすい針金の輪っかで留められている、一番一般的なスケッチブックのスタイルにするまではすんなり決まったけど、紙の大きさはどれにしよう?
お手軽なハガキ、ノートサイズから大判まで。天下のマルマンスケッチブックにはたくさんのサイズが揃えられている。
目の前の紙の山で、顎に手を当てて悩んだ。
「楽しいのは、大きいやつかな」
十数分ウロウロして考えた結果。
私は在庫で一番大きいB3サイズを手に取った。
*
「今日は渡したい物があって来たんだ」
小学生なので、空いている時間はわかりやすい。土日のどちらかに行けば大体ふたりは家にいる。
たまに五条さんが外に連れてっているらしいから、そこはちゃんと確認するけど。
ふたりは、やっぱりもう紙が無かったみたいで、過去の絵の裏側やいらない学校のプリントに絵を描いていた。
クレヨンはいいけど、絵の具は薄いコピー用紙はちょっと不安だ。持ってきて良かった。
「なぁに?」
「なんだろう」
スケッチブックは、自分で買ってラッピングしたものが私の背後に隠してある。
B3は本当に大きいから、隠しきれてないけど。
大きな薄い袋は、二人には何が入っているかわからないようだった。
「開けてみて」
「いい? ……これって」
「スケッチブックだ。すごい大きい」
小さなふたりの手で袋から引っ張り出されたのは、ツヤツヤの表紙の大きなスケッチブック。
子どもにとっても大人にとっても、B3ってなかなか見ないから、津美紀ちゃん達には夢のような大きさかもしれない。
それが正しい予想みたいに、子ども達の目はかがやいていた。
「おっきーい!」
「……玉犬が、ちょっとはみでるサイズ」
「これなら好きなだけ描けるかなって。筆も一番大きいやつ使えるよ」
「すごい、すごい! 色葉ちゃん、ありがとー!」
「ありがとう、だいじに使う」
「きにいってくれたなら、良かった」
大きい絵を描くっていうのは、大人になるとなかなかしない。
夏休みに描いたコンクールの絵。
授業で描いたクラスの旗。
そういうものが、案外貴重な経験だったりする。
でも、大きい絵を誰にも縛られず描くって、すごく楽しいこと。
そう思うからこそだった。
「大きいからお城だって大きく描けるよ」
「犬も、前より大きく描ける」
「恵くんはほんとう犬が好きだね」
そう言えば、恵くんは頷いた。
「じゃあ、恵はあっちから描いて。わたしはこっちから描く!」
「筆洗は、机の上に置いておくね」
「色葉ちゃんは真ん中ね!」
私もチームに加えられたみたい。
そうだな、クレヨンも使って、某夢の国みたいなお城でも描いてみようか。
私も、こんな大きなスケッチブックには久しぶりに触れる。
クレヨンは水彩を弾くから、線画はクレヨン、塗りは絵の具にすると綺麗に描ける。
水色のクレヨンを借りて、真っ白な世界に線を引いていった。
「12色だけでも、結構描けるもんだな〜」
「12よりいっぱいの絵の具があるの?」
「あるある。超あるよ。それこそ100も超えるよ」
「ひゃくも!?」
白と黒除けば10色の世界は、混色をする時割と頭を使う。
三原色があったら全てを表現できるって言うけど、色を作る手間は結構かかる。
私は固形水彩が得意だから、柔らかいチューブの絵の具はもういつぶりに触るんだったかって懐かしんだもの。
今では、数を重ねて素早く狙いの色を作れるようになった。
「色葉さんのラップ、いつも色がたくさんですごい」
「ね! わたしたちよりすっごく混ぜるのが得意なんだね」
「えへへ、たくさんラップ使っちゃってごめんね……」
つい、色んな混色を試してしまって、私のパレットであるラップはいつも20色は色が並んでいた。
ひとつひとつは小さな塊でも、20集まればかなり場所を食う。
津美紀ちゃんたちが使えるように間隔を開けて混ぜてるから、余計にラップが消費されていった。ラップも、今度買ってくるべきかな。
「これ、お城? すごーい大きい!」
「すごいな」
「そう? ちょっと気合い入れちゃったかも」
某夢の国のお城は、かなり見栄えのする出来になっていた。
クレヨンと12色の絵の具だけでも、頑張れば結構見れる物ができあがるものだ。
てっぺんの旗には、白と黒の犬を描いておいた。恵くんが喜んでくれるといいな。
「あ! 来週ね、夏油さんちの子たちが遊びにくるの。この紙、貸してあげてもいい?」
「もちろん。夏油さんちの子?」
「あのね、五条さんのお友達の夏油さんの家の子なの。ミミちゃんと、ナナちゃんっていうの」
「賑やかになるね」
あまり情報が増えていない説明だったけど、五条さんに後で聞けばいいか。
今は、ふたりが楽しそうに絵を描いているから、それを眺めていよう。
白紙の中に城を建てる作業は、なかなかに手が疲れた。
クレヨンの脂でちょっとべたつく手は、絵の具とクレヨンで少しカラフルになっていた。
なかなか洗っても落ちないそれは、いつもこの家に来た時に私が持ち帰るものだ。
なんだか童心に帰った気持ちになって、つい楽しくてここに来てしまう。
硝子ちゃんは、「もう通っちゃえば?」なんて言ってきたけど、このままじゃ本当にそうなってしまいそうだ。
肩を伸ばした昼下がり、時計は静かに針を進めていた。