もはや恒例となっている赤ペンの購入は、意外な関係を正体に持っていた。
「あ? なんでお前がここにいんだ」
いつも、不定期に店に来て赤ペンを一本買っていく男性の客がいた。
黒いスウェット姿が常で、たまに道着のようなものを着ているのを見たことがある。
たいてい競馬新聞か競艇新聞を脇に挟んでいるので、賭け事に使っていると思われる。
あまりに頻繁に買い替えるので、つい「前回のはどうしたんですか」と聞いてしまったことがあった。
回答は
「この前のオークスで負けたとき折った」
だそうで。
そこまで力を入れて見ていたんだなぁという気持ちと、負けたんだ……という気持ちが混ざった表情をしてしまった。
いつも一番安い赤のサインペンを買っていく男性。
そんな彼が、伏黒姉弟の家に入ってきた、今日。
それが冒頭のセリフの状況だ。
「お、お邪魔してます……」
「チッ帰って来たのかよ、親父」
「おーおー帰ってそうそう息子は冷てーな」
「え、お父さん……!?」
まさか、あの月単位で赤ペンを折っていく人がこの二人の親だというのか。
五条さん曰く良いとこ出身だから色々面倒なしきたりがあるらしいけど、賭け事には特に何も言われないんだろうか。
「えーと、最近よくお邪魔してます。色葉と申します」
「あー、五条の坊が言ってた友達の友達ってお前か。世間はせめぇモンだな」
「お父さん、色葉ちゃんのことしってたの?」
津美紀ちゃんの真っ当な質問に、男性──甚爾さんは寝っ転がりながら答える。
「文具屋のねーちゃんだろ。おい、うちに来てんなら入場料だいつも買ってる赤ペンタダにしろ」
「普通は一本で数ヶ月持つ筈なんですが……」
「クソ親父、その赤ペンかせ」
早めの反抗期になっている恵くんが、甚爾さんの耳に引っかかっていた赤ペンを取った。
甚爾さんは「五万な」と冗談を言いつつ、もう私に対する興味を失ったらしい。
世間狭けれど、毎月賭けで負けてる人がお父さんとは、少し心配だ。先月もうちに来てたぞこの人。
「色葉さん、このプリントの丸つけお願いします」
「あ、うん。いいよ」
たまに、五条さんがいないときはこうして私が恵くん達の宿題を見ている。
おうちの人に丸つけをしてもらう算数のプリントなどがあるのだ。
赤ペンを受け取りつつ、賭け事に使われていることを思うと複雑なきもちになる。
赤ペンに罪は無いのだけれど。
「うん、今日も満点。花丸わんこをあげよう」
「やった」
「色葉ちゃん、今日は音読のサインにねこさん描いてね」
「いいよぉ」
花丸わんこは、なんとなく描いてみたら恵くんに想像よりウケて毎回満点だと書かれるようになった花丸の毛を持つわんこだ。
これが恵くんの勉強モチベーションになってるみたいなので、責任重大なわんこなのだ。
赤ペンによってサラサラと丸をつけていくのは、つける側としても気持ちがいい。
「随分懐いてるじゃねぇか」
「私は大したことしてませんけどね」
「ふぅん」
その日は、もうその後甚爾さんは寝てしまって、帰る時間になっても起きてこなかった。
そして次の日、また私の店に赤ペンを買いに来たのだった。
*
文具屋として、いくら一番安い百いくらのサインペンだったとしても、文具は大切に扱って欲しい。
毎月一本折るなんて勿体無いし、毎月顔を合わせるのも気まずい。
ペンを折るのって、負けた日だし。
「というわけで、二人には協力願いたい」
「わたしにできることなら頑張るよ!」
「でも、あの親父におれ達が言っても効果は無いと思う」
袖の下のカステラ(消え物にした)を頬張りながら、ふたりは顔を見合わせた。
子ども達にそう思われていて甚爾さんは悲しくないのだろうか。
私としても、あの癖は簡単なことじゃ治らないだろう。
治ってたら、私と数ヶ月連続で会うほど常連になっていない。
「そこで、この黒のサイペンと紙製シールを使うの」
「えー?」
ちょっとしたイタズラ程度だが、効果があることを願おう。
私はふたりにちょっと良いオレンジジュースを注ぎながら、そう考える。
今回の件は、ふたりには関係無い、私のエゴからなる願いなので、前払いはしっかりしておく。
賭け事を辞めさせるわけでは無いしね。
*
そんなこともあり、今日は家に珍しく甚爾さんがいた。
五条さんの協力で、ちょっと良い「お取り寄せもの」を用意してもらったからだ。
宮城の牛肉巻き四個入り。
お高い牛肉がレタス、辛子レンコンを巻いているそれは納得の絶品だ。
津美紀ちゃんには、辛子レンコンはちょっと辛すぎたみたいで、その分は甚爾さんのお腹に消えた。
うまうまとお肉を味わっている隙に、甚爾さんの赤ペンにこの前用意した紙シールを貼っつける。
粘着力は文具屋のお墨付きだ。
「あんだ、お前も秋華賞賭けんのかよ」
「未成年なので賭けれませんよ。今回こそ折らないよう、細工をさせてもらっただけです」
「……んだこれ」
「とーじくんの似顔絵だよ! わたしと恵が描いたの」
「はぁ?」
甚爾さんとて父親だ。
自分の子どもが描いた自分の似顔絵が貼られたペンは、流石に折りづらいのではないか。
という考えがえで、やる気まんまんな津美紀ちゃんと嫌そうな恵くんに彼の似顔絵を描いてもらったのだ。
かわいい紫の紙シールに黒い塊がふたつ。
つたないひらがなで名前も書いてある。
甚爾さんはそれを見て少し目を見開いた。
「……ハッ、こんなんで俺を制御できると思ってんのか」
「色葉ちゃんがすっごい褒めてくれたの! お父さん絶対喜ぶよって!」
「……」
「わたしも楽しかったー! 次のペンにもまた描いてあげるね」
「……」
甚爾さんが「謀ったな」という目でこちらを見て来たけど、知りません。
わたしは似顔絵を描いてと頼んだだけです。
ついでに、私の似顔絵も別紙に描いてくれて、すごく嬉しかった。それは、自室に額に入れて飾ってある。
私は、似顔絵を描いてもらってすごく嬉しかったから、お父さんもきっち喜ぶよと言っただけだ。
「……」
「別に、いつも通り使っていいだろ」
あんたのペンなんだから。と、恵くんがフォローを入れたものの、私にはそれが重たいフィニッシュブローに見えた。
それから1ヶ月。
甚爾さんは文具屋に来なかった。
「ねぇ恵〜、五条さんにも似顔絵ちょうだいよぉ〜」
「うるさい。今玉犬切ってるから」
「ちょっとお父さんだけ貰っててずるくな〜い? あのお肉は俺のプレゼントだったんだけど〜」
「おう、次を早くよこしな」
「誰がテメーにやるか次は二個入りだわ」
そんなやりとりを眺めつつ、私は内心とても爽やかな笑顔だった。
甚爾さんの耳にあるペンは、まだ紫のシールが健在だ。ここまで嬉しいこともそうそう無いだろう。
やはり父親は父親なのだ。
「……秋華賞に勝ったから折ってないだけだ」
「あー、すごい追い込みでしたね、ポートレートラブ」
「お前……賭けたのか」
「いえ、ちょっと父にこの馬が気になると言っただけです」
「ハァー……」
当たったから、とちょっと多めにお小遣い貰ったりしたけどね。
呆れたため息を吐く甚爾パパに、私はニコッと笑いかけるのでした。
じわじわお気に入りが伸びてて嬉しいです。
ありがとうございます!