「はい、いつものおやつでーす」
「これこれ、このために『つがる』来てんだから」
休日の日、とても久しぶりに硝子ちゃんが「つがる」に訪れていた。
数年振り、とかのレベルで、中学の時は結構来てたんだけど……高校に上がってからはめっきり減ってしまった。
彼女の専用マグカップは、いつも裏手にあるのに。
ミルクティーが入った二色のマグと、メレンゲクッキーが載った一皿。
まだ午前中だけど、ちょっと良いおやつタイムだ。
しゅわ、と口の中で溶ける甘さ控えめのメレンゲクッキーは、久しぶりの女子会を彩ってくれる。
「私も忙しくはあるけどさ、硝子ちゃんは特に会わないんだもの、何ヶ月振りにお茶できて嬉しいな」
「高専は何かと忙しくてね。特に私は休まない方がいい立場だから」
「生徒会とかやってるの?」
「まぁ、そんな感じ」
ダウナーで、あまり面倒な仕事をやりたがらない硝子ちゃんが役職に就くなんて、意外だ。誰かに推薦でもされたんだろうか。
硝子ちゃんはタバコの代わりにとクッキーをつまんでいく。
商品に匂いがつくから、店内でのタバコは遠慮してもらっているのだ。
「えー、なんか五条さんみたいな人たちと関わってるのも意外だったし、高校で何があったの」
「アイツらとは、クラスが同じだから最初から嫌でも連んでたの。うち、クラスの人数少ないから」
「宗教系ってそんな感じなんだ〜」
硝子ちゃんは宗教系の高専に進学した。でも、大学は医療系のところ行くみたい。
なんだかよくわからない進路だけれど、本人が納得してるならいいや。
私は、家を継ぐのが確定しているから、受験とか進学先とかにあまりこだわりはない。
親は大学は行っておけって言うけど、まだどこを目指せばいいか決めきれないでいた。
「五条さんといいさ、将来決まってる人多いよね、そっち」
「へぇ、アイツが教師になんの知ってんだ」
「このまえうちに事務用品買いに来たの」
彼は、なんだか将来の選択があまり無いような引っかかる言葉を残していった。
別にそんなつもりは無かったのかもしれないけど、つい考えてしまう。
進路でどこに行こうか迷ってる私って、実はとっても贅沢なんじゃないか。そう思ってはミルクティーの渦の中に思考が溶ける。
「硝子ちゃんは、医療系の夢があるの?」
「んー、そうね。私じゃないとできないってのもあるけど」
「ふぅん」
なんでか、硝子ちゃんの表情が曇って見えて、私はこの話を打ち切ることにした。
「そういえば、新しいインクが入ったんだよ〜」
「また? 趣味で入荷決めんのも程々にしなよ」
「へへへ、店主の許可は取ってるんで」
私はカウンターのガラスケースに入っている瓶の一つを指差した。
片手で持てるジャム瓶くらいの大きさのそれは、「ハイカラインキ」と大正浪漫風のラベルが貼られている。
万年筆や、ガラスペンに使うインクだ。
「好きだねぇ本当。今何色持ってるの」
「53!」
「うわー増えてる。私はまだ一色しか持ってないのに」
「硝子ちゃんも増やせばいいのに〜」
「隣に53種も買ってるやついると恐ろしくて買えないわ」
私はいわゆる“インク沼”に浸かった人間で、インクとなるとつい集めてしまう。
1000円程度の安いものから3000円以上の大物まで、集め出すと止まらない。
インクひとつひとつに素敵な名前が付けられていることが多く、その魅力につい買ってしまうのだ。
実用するかは……別として。
早速見せようか、と言うときに、店のドアベルが鳴った。
「ん?」
「お」
「こんにちは、色葉ちゃん!」
立っていたのは津美紀ちゃんだ。いつも一緒にいる恵くんはいない。
ここは伏黒家に近いから、徒歩で来たんだろう。
「こんにちは、津美紀ちゃん。今日はどうしたの」
「もう一人はどした?」
「硝子ちゃんもこんにちは! あのね、五条さんと恵は今日予定があるみたいで、家に一人だから遊びに来たの」
「あれ、そうなんだ」
家に一人は確かに寂しいな。
私は津美紀ちゃんの椅子を用意しつつ、硝子ちゃんに声をかけた。
「悪いけど、津美紀ちゃんの飲み物入れてきてくれない? マグは青いやつがお客さん用だから」
「あーはいはい、客使いが荒いねこの店は」
「おやつを食べにきて何を言うか」
カウンターに椅子を寄せて、高さ調整で座布団を乗せる。
津美紀ちゃんの身長だと、カウンターは結構高い。
硝子ちゃんは、慣れた様子で店の裏に引っ込んでいった。
それを、津美紀ちゃんが不思議そうに見ている。
「硝子ちゃん、向こう行っちゃっていいの?」
「ああ、硝子ちゃんはうちの店のこといろいろ知っててさ」
「津美紀ちゃんココア飲めるっけー?」
「飲むー!」
裏手には、在庫のほかにちょっとした給湯室がある。
大抵、店番が昼ごはんを食べたり、ちょっとお茶を入れるときに使う。
硝子ちゃんは、仲のいい友達特権でうちに来るとお菓子が出る。
両親も知っている仲良しということだ。
「これ、食べていいよ。メレンゲクッキー」
「めれんげ」
「卵白を使ってるの」
卵アレルギーは無いことを把握している。
津美紀ちゃんは、そろりと小さく絞られたメレンゲクッキーをつまむと、口に運んだ。
サクッしゅわ……と、美味しそうな音が口の中でほころぶ。
その味に、津美紀ちゃんの瞳が輝いた。
「おいしい!」
「よかった〜。どんどんお食べ」
「いいの? 二人のおやつだったんじゃ」
「私らはさっきまで食べてたから。はい、ココア」
「やったー!」
津美紀ちゃんがメレンゲクッキーとココアを楽しむ。
その様子を茶菓子に、私もミルクティーを飲んだ。
さっきまでの、すこし薄い膜を塗り固めたみたいな空気を、津美紀ちゃんが一瞬で霧散させてくれた。
「硝子お姉ちゃんと色葉お姉ちゃん、仲良いんだね!」
「そーそー、今でも会った時のこと思い出すと……ふふっ」
「ちょっと! その話もう何十回するの」
「会った時?」
津美紀ちゃんが首を傾げる。
それに、硝子ちゃんが「かかった」なんて顔をしたものだから、思わず小さく腕を小突いた。小突き返されたけど。
「それがさぁ、コイツ、私に名前が“硝子”ってわかるとすぐに突撃してきて、『ガラスペンに興味ありますか!?』って聞いてきたのよ。初対面ね?」
「もー! ずっとその話する!」
私は机に突っ伏した。
ちょっと、あの時の私は若かったというか、文具オタクが爆発してた時期で……。
私の中ではちょっと黒歴史なのだ。
「なんとなく『ある』って言ったら、ここに連れてこられてさ。カウンターのガラスペン見せられたんだよねー」
「これがガラスペン? ほんとーにガラスでできてる!」
「あの……勘弁してください。ほんとあの時はテンションがおかしくて」
「でも、なんで“しょーこ”だからガラスなの?」
津美紀ちゃんのいい質問に、また硝子ちゃんが笑った。
「私の名前は、漢字だと“ガラス”とも読むんだよ」
「じゃあ、
「あははっ、そういうこと」
「もうやめて……」
ダジャレじゃんっていうか、初対面の相手にお高めなガラスペン紹介するなよとか、過去の私に言いたいことはたくさんある。
でも、あの一件で硝子ちゃんが私を「おもしれー子」として見てくれたのは確かだ。
だから友達になれたのかもしれない。
「いいなー! だって、ガラスペンってすごく綺麗なんだもん」
「津美紀ちゃんは、『アデリアレトロ』のシリーズが好きそうだねぇ」
「わ、かわいいー! お花の柄だ!」
つい店員の癖で紹介してしまったけど、ガラスペンはまだ津美紀ちゃんには早そうだ。
ガラスで繊細だし、アデリアレトロのガラスペンは柄が長細い。
「津美紀ちゃんがもうちょいお姉さんになったら、私の使わせてあげるよ」
「硝子お姉ちゃんの?」
「うん……私のも、アデリアレトロなんだ」
私が彼女の誕生日に贈ったものだ。
今も持っててくれてる嬉しさと、あの時の自分への羞恥がないまぜになる。
耐えられずにカウンターに伏せれば、ケース内のハイカラインキが微笑ましげに突っ立っていた。
私の顔は、このモダンレッドより赤いに違いない。